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鷺の停車場

クラシック音楽、旅行、日常のできごとなどを気ままに書いていきます

昭和の産業遺構(廃墟)番組を見る

日曜夜、新聞のテレビ欄で紹介されていた番組を何気なしに見ました。
「懐かしき昭和への旅 廃墟は物語る輝かしい時代の思い出」(BS朝日
3人の旅人(俳優など)が、それぞれ昭和の時代に栄え今は廃墟となってしまった場所を訪れ、当時を知る人の話も聞きながらかつての繁栄を偲ぶといった趣の番組。

1人目の俳優・松重豊が訪れたのは兵庫県の明延鉱山(養父市)と神子畑選鉱場(朝来市)。
すずをはじめとする鉱物の採掘で栄えたが、進む円高で競争力を失い昭和62年に閉山。山の斜面を利用した巨大な選鉱場には驚かされます。
昔小樽の博物館でかつて小樽港で石炭の積出しに使われていた高架桟橋の展示を見た時の印象をふと思い出しました。

2人目の政治学者・姜尚中が訪れたのは愛知県・東浦町の紡績工場(大生紡績)。
この一帯は繊維産業で栄えたそうですが、円高の影響でしょう、ここも平成4年に工場を閉鎖。会社自体は存続しているようですが、それでいてここまで立派に?廃墟のまま残っているのは逆に珍しい気がします。

3人目の俳優・角野卓造が訪れたのは北海道・羽幌町の羽幌炭鉱。
石炭政策の転換の中ビルド鉱と位置付けられ昭和40年代前半にも炭鉱住宅や小学校校舎も新築されたものの、時代の波に抗えずその数年後に閉山。
旧小学校のドーム型の体育館は当時としてはかなり斬新だったでしょう。昭和46年の廃校にしては綺麗だと思ったら、どうやらその後宿泊施設として平成12年まで使われていたようです。
先見の明がなかったという面は否定できないでしょうが、時代の残酷さも感じます。

探索シーンでは「所有者の許可を得て…」とか「通常は立ち入りが禁止…」といった趣旨の字幕が出て、この手のスポットが好きな人の探検心を煽らないかちょっと気になりましたが、哀愁を感じつつしみじみと見てしまいました。

バルトーク&ルトスワフスキーのオケコン

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1.バルトーク管弦楽のための協奏曲[1943]
2.ルトスワフスキ管弦楽のための協奏曲[1954]
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団
(録音 1:1988年4月・2:1989年3月、クリーヴランド

バルトークのオケコンは、当時ボストン交響楽団を率いていたクーゼヴィツキーの依頼により作曲されたもの。依頼は、ナチスから逃れてアメリカに移住後、健康を損ね経済的に困窮するバルトークを助けるため行われたそうです。
曲名のとおり、随所で各パートがコンチェルト的に際立つだけでなく、オーケストラの技量(アンサンブル)を試すようなところもあります。
1楽章「序奏」は、神秘的な雰囲気の導入部、盛り上がってからの金管のカノンなど、聴きどころが多いです。
2楽章「対の遊び」は、それぞれ2人のバス―ン、オーボエクラリネット、フルート、トランペットが吹くメロディーが、中間部の金管のコラールを挟んで繰り返されますが、2回目の後半部は、背景に3人目の役回りが加わって変化するところがまた面白い。
3楽章「エレジー」は、バルトークの緩徐楽章によくみられる夜を思わせる神秘的な雰囲気の曲。
4楽章「中断された間奏曲」は、中間部に、先日紹介したショスタコーヴィチ交響曲第7番「レニングラード」の1楽章展開部のテーマがパロディ化されて出てきます。
同曲が第二次大戦下のこの時期、一種のプロパガンダ音楽としてアメリカでも広く流通していたことが伺えます。
なお、そのアメリカ初演は1942年7月のトスカニーニ指揮NBC交響楽団。当時ラジオ中継された歴史的な録音もCD化されています(私の好みではありませんが…)。
5楽章「フィナーレ」は、プレストで、弦楽器をはじめ各楽器の細かい動きが大変そうで、それなりの腕前のオケでないと厳しそうな曲。スコアには、エンディングとしてより短いバージョン(これは初演時のものだそう)も記載されていますが、一般には(このCDも)長いバージョンで演奏されています。

ルトスワフスキの方は、一般に広く知られた曲ではありませんが、彼の初期の代表作。当時の共産主義政権下では、前衛的な作品を書くのには自ずと制約もあったのかもしれませんが、バルトークと並べても違和感(現代音楽っぽさ)はあまりなく、バルトークほどの派手さはないですが、十分聴きごたえのある曲。
1楽章「イントラーダ(導入)」は、ティンパニが拍を刻む上に弦楽器が奏する力強い旋律が印象的。
2楽章「カプリッチョ(奇想曲)、夜想曲とアリオーソ」は、冒頭、弦楽器が弱奏で刻む細かい音符が半端ない。バルトークの5楽章冒頭の弦楽器の比ではありません。
3楽章「パッサカリアトッカータとコラール」は、力強いトッカータの威力が圧倒的で、その後のコラールとのコントラストも素晴らしい。

演奏は、シャープな録音もあいまって、精緻な響きでオケの技量が冴えわたります。決して機械的な演奏ではないですし、迫力も申し分ない。(より重量感や力強さを求めるのであれば、例えばシカゴ響(バルトークならショルティほか多数、ルトスワフスキ―もバレンボイムが振ったCDがありました)の方が向いてそうですが…)
冒頭の画像は初発売時のもの(輸入盤)ですが、国内盤の再発売時に、バルトークのオケコンと、このコンビでその後に録音した弦チェレ(弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽)とのカップリングとなってしまったので、残念ながら、ルトスワフスのオケコンは、今では中古盤でしか入手できないかもしれません。

Bartok & Lutoslawski :Concertos for Orchestra

Bartok & Lutoslawski :Concertos for Orchestra

眞子さまの婚約内定報道

今朝は新聞もテレビもトップはこのニュースでしたね。
突如日本中の注目の的となってしまったお相手とされる方がお気の毒、というのが率直な感想。(突然のことにきちんと対応しているところは立派だなあとも思いましたが)
下衆の想像ですが、芸能人の男女関係についてのスクープで本人が「良いお付き合いをさせていただいております」などとコメントしている段階に近いのでは。
もっとも、こうコメントした時に実際にどこまで話(関係)が進展しているかは様々でしょうが、いずれにしても諸事情からまだはっきりものが言えない段階なのでしょうから、もう少しそっとしておいてあげればいいのに。報道が過熱して、正式発表前に世間一般では既成事実のようになってしまうのは、どうなんでしょう。
いずれにしても、ご本人たちの意に沿ってうまく進むよう(勝手ながら)期待するばかりです。

レニングラード・フィルの「レニングラード」

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ショスタコーヴィチ交響曲第7番ハ長調 op.60「レニングラード」[1941]
マリス・ヤンソンス指揮レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
(録音:1988年4月22~23日・オスロ

先日紹介したラフマニノフ「交響的舞曲」の約1年半後に作曲されたこの曲。
第二次世界大戦中、ソ連のみならず数えきれないほど演奏され、一種のプロパガンダ音楽として大きな成功をおさめてしまった曲。
編成も、3管編成に加え、ピアノ、ホルン4・トランペット3・トロンボーン3のバンダもありますし、打楽器もスコアをざっと見て7~8人は必要ではという大編成。それもあってか、ゲテモノ的な扱いを受けがち。
しかし、この演奏は、そうした先入観を取り払うかのように、ケレン味なく、真っ向から作品に向き合った演奏。

1楽章も、テンポはスコアに比較的忠実で、スネアドラムのリズム打ちを背景に繰り広げられる巨大な展開部も、ことさらに効果を煽るような演出もないですし、重戦車が進んでいくような重々しさを期待すると的外れになりそうですが、奇をてらわない演奏によって、むしろ戦争の狂気のようなものが、図らずも表出されているように思います。
ちょっと残念なのは、金管バンダのパートがやや威力不足気味なところ。もしかすると、別動隊を確保できず、本来の金管パートがバンダ部分も掛け持ちしていたのかも、と思わせるところもあります。
2楽章以降はさらに素晴らしい。弦、金管もさることながら、木管セクションの奮闘が際立ちます。西側のオケだとfの部分でも綺麗に吹こうとしてか大人しくなりがちなところも、きちんと強奏されていて、これに馴染んでしまうと、他の演奏が物足りなくなります。特に、2楽章中間部のEs-Claのソロや、3楽章冒頭の序奏部分は聞きものです。

演奏は、先に紹介したラフマニノフと同じコンビですが、録音は4年ほど前、まだソ連の崩壊前、レニングラード・フィルだった時代。このオケの常任指揮者として一時代を築いたムラヴィンスキーが亡くなってまだ数か月、オケの実力が遺憾なく発揮されています。

個人的には、このオケ、例えばベルリン・フィルのように個々の能力が特筆されるというタイプではない。想像ですが、楽器も西側のオケに比べれば質が悪かったでしょうし(旧ソ連のいい楽器メーカーは聞いたことがありません)、個々の奏者の腕前だけを比較すれば、欧米にもっと上手いオケは少なからずあったでしょう。

しかし、ややくすんだ音色ながら、アンサンブルを磨いた先にある強靭な響きが、最盛期のこのオケの特徴ではないかと思います。おそらく、練習回数も欧米より多かったのではないでしょうか。

第二次世界大戦初期、ドイツ軍によって包囲されたレニングラードで作曲が進められ、作曲家の故郷レニングラードに捧げられたこの曲の、レニングラード(サンクト・ペテルブルクではなく)のオケによる数少ない録音でもあります。

レニングラード・フィルはムラヴィンスキーの指揮で数多くのCDがリリースされていて、特にショスタコーヴィチはそれぞれの曲のベスト盤と言っても過言ではない名演が多いですが(個人的には6、8、11、12番あたり)、ほとんどはライヴでどうしても録音に多少の難があるので、クリアなスタジオ録音でこのオケの最盛期を捉えたという意味でも、貴重な録音。

録音がオスロなのは、当時ヤンソンスが首席指揮者を務めていたオスロ・フィルの本拠で、収録経験もありやりやすかったのか、そのへんの事情はわかりませんが、透明感のある明るめの音色で、トランペットをはじめロシア風の金管も目立ちすぎず、程よいバランスでまとめられていて、ロシアのオケの強烈な響きが苦手な人にも比較的聞きやすい仕上がりになっています。

現役盤はこちら。

なお、ヤンソンスはその後もバイエルン放送響、フィラデルフィア管をはじめ様々なオケとショスタコーヴィチ交響曲の録音を重ね、全集化しています。

他の曲も聞いてみようという場合は、全集の方がかなりお買い得かも。

Shostakovich Complete Symphonies

Shostakovich Complete Symphonies

  • アーティスト: London Philharmonic Orchestra,Vienna Philharmonic Orchestra,Dmitry Shostakovich,Mariss Jansons,Berlin Philharmonic Orchestra,Philadelphia Orchestra,Bavarian Radio Symphony Orchestra,Oslo Philharmonic Orchestra,St Petersburg Philharmonic Orchestra,Pittsburgh Symphony Orchestra,Larissa Gogolewskaja,Bavarian Radio Male Chorus,Bavarian Radio Chorus
  • 出版社/メーカー: EMI Classics
  • 発売日: 2006/06/29
  • メディア: CD
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新橋「うなぎのお宿」

先日、新橋「うなぎのお宿」でランチ。
うなぎはかなり好きな部類、近年の値上がりで、なかなか気軽には食べれませんが、昼に新橋に来る機会はあまりないので、思い切って入ってみました。

駿河淡水」という静岡のうなぎ問屋が経営しているお店のよう。

メニューはこんな感じ。

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注文したのは「お宿」。梅の上ですから、いわゆる「竹」相当。
待つこと10分ちょっとで出てきました。

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大ぶりのうなぎが3分の2尾分、ドーンと乗っています。
よく焼かれていますが、蒸しがいいのか、ふっくらとした仕上がりで、くさみもなく、とても美味しくいただきました。これで2300円は、コスパ的にも上々で
時間がなくて、慌ててかき込んで食べなければならなかったのが本当に残念。

時間に余裕があるときにまた来てみたいお店です。

ラフマニノフ「交響的舞曲」

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ラフマニノフ交響曲第3番 op.44[1936]
 交響的舞曲 op.45[1940]
マリス・ヤンソンス指揮サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団
(録音:1992年9月、サンクト・ペテルブルク)

前回の「晩禱」でもちょっと紹介した「交響的舞曲」と交響曲第3番、ラフマニノフの最後の2作品が収められたCDです。
「交響的舞曲」は、個人的にとても思い出深い曲です。
「舞曲」というタイトルに違わず、基本的に明確にリズムを刻む曲調でありながら、全体に短調が支配的で、物憂げな、何といったらいいのか、輝いていた昔を、哀しみをもって思い浮かべるような感じがする曲です。
そういう面で、何となく、この数年後に作曲されることになる、リヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」に似た雰囲気を感じます。
ただ、この曲が作られたのは1940年、第二次世界大戦は始っていたとはいえ、ドイツのソ連侵攻はまだ始まってませんし、ラフマニノフは既に亡命していたわけですから、1945年のリヒャルト・シュトラウスのように、祖国の崩壊に思いをはせていたというのではなく、むしろ個人的な感情・思いが背景にあったのでしょう。
基本的に3管編成ですが、1楽章の中間部にアルト・サクソフォンソリスト的に使われているのが異色です。

1楽章は4/4。タタ・・タタ・・タタタタ…とヴァイオリンの弱音の刻みで始まり、木管が主題の断片を奏すると、突然弦楽がタ・タ・タ・タ・タタタ・タ・とリズムを強奏し、主部に入ります。

ちなみに、ショスタコーヴィチ交響曲15番の4楽章の第2主題の前に弦楽器がピチカートで奏するリズムが、この強奏のリズムと良く似ているのですが、ロシア民謡などの由来があるとか、何か関連があるのでしょうか。

前半部の終わりから、木管ソロの掛け合いがサックスのソロを導きます(これは楽器を変えながら、サックスのソロの伴奏として続いていきます)。とても好きな部分です。

2楽章は3/4のワルツ。ラフマニノフは当初副題として付けていたという「黄昏」がしっくりきます。

3楽章は 9/8が主体ですがところどころ6/8が入り混じるアレグロ。要所要所で、彼が良く引用するグレゴリオ聖歌「怒りの日」のモチーフが、最後には「晩禱」の9曲目の「アリルイヤ」の旋律が現れ、神への祈りを暗示するように終わります。

交響曲第3番もリズミカルな部分が多く共通性を感じますが、比べると場面転換がより多く、目まぐるしく場面が変わっていく感じが面白い。
冒頭盛り上がる場面は、個人的には、映画音楽のような感じもします。

演奏は、ヤンソンス指揮のサンクト・ペテルブルク・フィル。
今でこそ、キーロフなどが有名で、ロシアの数あるオケの1つでしかないイメージですが、まだソ連の崩壊直後。現場ではいろいろ混乱もあったのでしょうが、まだかつてのレニングラード・フィルの名声が残っていて、まだ旧ソ連のオケでは最高峰とされていたころ。
録音もあるのか、くすんだ音色ですが、弦楽器のアンサンブルの精緻さなど、今では失われてしまったかもしれない、このオケの持ち味が良く引き出された演奏ではないでしょうか。

 現役盤はこちら。

ラフマニノフ:交響曲第3番

ラフマニノフ:交響曲第3番

 

春雨の広島旅行(3)江波、平和公園、広島城

広島旅行の2日目
朝、ちょっと早起きしてすずさんの故郷、江波へ。
広島電鉄6号線の終点の江波で降り、歩いてみます。
辛うじて雨は止んでいるものの、前日と同様に空はどんよりしています。
本川通りを南に向かい、高速(広島南道路)沿いに左折して本川沿いに出ると、間もなく映画にも出てきた商店の建物がありました。
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そのまま川沿いに江波港を通り、江波山公園に向かいます。
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登り口を見つけるのに一苦労。公園の西側にぐるっと回ってようやく見つけます。
ここは桜の名所のようで、散り始めですがまだ咲いていました。
天気が良ければさぞいい景色でしょう。
気象台まで登ったところで散策は終了。
ホテルに戻ってひと休みの後チェックアウトし、平和記念公園に向かいます。
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8時40分ごろ公園に着き、まずは平和祈念資料館に入ります。
まだ東館はリニューアル中で、本館のみの見学。
20年以上前にも来たはずですが、記憶にあるのは強い衝撃を受けたことのみ。展示も当然リニューアルされているでしょう、既視感は全くなく、前回のような衝撃こそないものの、やはり深く考えさせられます。
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50分ほどで資料館を出ると、またも小雨模様。
慰霊碑や原爆ドームなどを回り、近くの医院前にある爆心地にも立ち寄ってみます。
その後は、少し歩いて広島城へ。内部は鉄筋コンクリートの現代的な造りですが、城の成り立ちやその後の歴史の解説、武具など様々な物が展示されています。
最上階に上ると市内を一望…できたはずが、またも天気のせいであまり見通せず残念。
城を出ると帰りの新幹線まで1時間半ほど。
どんよりした天気で観光意欲も減退してきたので、早めに昼を食べて新幹線に乗ることに。
前日少ししか食べれなかったお好み焼きをちゃんと食べようと、ざっと検索して比較的近そうな八丁堀のお店に。
11時10分ごろに着くと、人気店らしく開店直後にもかかわらず早速5~6人の行列が。列車に間に合うか気にしつつ、ひとまず並びます。
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25分ほど並んでようやく店内へ。後を見るともう10人以上の行列です。
並んでいる間に店員さんが注文を聞いていたので、早くくれば何とか、と淡い期待をしていましたが、オーダーが立て込んでいて、思うようにいきません。
先に食べていたお客さんがお持ち帰りも買って帰るのを見て、急ぎ持帰りへの変更をお願いしたら、快く応じてくれます。これで一安心。
とはいえ、お店を出ると、もう発車まで20分ちょっと。小走りで広島駅行きの広島電鉄に乗車、車掌さんの案内に従って猿猴橋町で降り、新幹線乗り場に急行して、事なきを得ました。
車内でひと休みして、お好み焼きを頂きます。
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雰囲気や熱々さは劣りますが、ゆっくり味わって食べることができて、これはこれで満足。
天気には恵まれませんでしたが、思い出深い旅行になりました。(終)