鷺の停車場

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映画「ジョバンニの島」

アニメ映画「ジョバンニの島」 (2014年2月22日(土)公開)を観ました。

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日本音楽事業者協会の創立50周年記念作品として作成された作品だそうです。監督は西久保瑞穂という方だそうですが、失礼ながら初めてお聞ききしました。

以下、おおまかなあらすじです。

現代、在住ロシア系住民との交流のため色丹島に向かう船に、年老いた純平の姿がありました。次第に見えてくる色丹島の姿。そうして、島に住んでいた当時の回想が始まります。
1945年の色丹島、母を早くに亡くした純平と寛太の兄弟は、島の防衛隊長を務める父と漁師の祖父と暮らしていました。2人の名前は、亡き母が好きだった宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラから名付けられたもので、父は2人に「銀河鉄道の夜」をよく朗読させていました。
終戦後、ソ連軍が進駐し、島民は、住居を奪われ厩舎で暮らすことを余儀なくされるなど、生活は大きく変わることになります。学校では、ソ連の子どもが隣の教室で授業を受けることになり、子どもたちも不満を募らせますが、ふとしたきっかけでソ連軍人の娘ターニャと知り合った純平と寛太は、ジョバンニとカンパネルラと名乗り、仲良くなっていきます。同じ年のターニャと純平は特に、淡い初恋を抱くようになります。
しかし、ある日父親がソ連軍に捕えられ、収容所に送られてしまいます。さらに、島民は島から退去させられます。船に乗って着いた先は、日本の本土ではなく、樺太であり、島民たちは収容所での生活を余儀なくされます。父親に恋愛感情を抱いていた小学校教師の佐和子が2人の面倒を見てくれますが、そうした苦しい生活の中、寛太は肺を患ってしまいます。
近くの収容所に父親がいることを聞いた2人と佐和子は、2人の叔父の助けも借りて父に会い行きます。二重の鉄条網を隔てて手を握る父親と2人。その後、2人は、収容所の幹部?の計らいで、日本への船が出るホルムスク(樺太の最南部にある港町)に車で送ってもらえることになりますが、その車内で、寛太は体調をこじらせ、息絶えてしまいます。
やっと本土に向かう船に乗る日、死んだ人間は海に捨てられていきます。純平は寛太を病人を装っておんぶし「銀河鉄道の夜」の一節を語り聞かせながら、船に乗り込むことができます。
そして現代、かつて色丹島で学んだ同級生たちは、数十年ぶりに色丹島にやってきていました。その夜開かれたロシアの住民との交流パーティーで、彼はターニャによく似た少女から、自分がかつて描いたターニャの絵を貼った画帳を渡されます。聞くと、彼女はターニャの孫娘でした。孫娘に誘われ、純平は一緒にダンスを踊ります。(ここまで)

冒頭、色丹島に向かう純平が乗っている船には「Coral White」(コーラル・ホワイト)との船名が出てきますが、これは、実際に交流のために北方領土に行っていた船だそうです。20年以上前から、旧ソ連(⇒ロシア)と日本の間で、北方領土問題の両国間の取り組みの1つとして、ビザなし交流というのが始まり、純平のように、かつて北方領土に住んでいた元住民を中心に、島を訪れ、今住んでいるロシア系の住民と交流を深めるという交流事業が続けられているようです。現地の景色などそういった機会に得られた情報も参考に作られているのでしょう。
ソ連軍が北方領土に進駐してきたことは知っていましたが、進駐後すぐに日本人は追い出されたイメージを(何となく)持っていました。映画で描かれた状況が事実であるとすると、2年ほどの間は、もともと住んでいた日本人が(抑圧されながらも)軍人をはじめソ連の人々と共に住んでいた時代があったということ、このことは初めて知りました。

一言でいえば、色丹島で暮らしていた人々が、敗戦に伴う混乱に直面し、辛い目に遭う物語ということになるのでしょうが、そこに宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の世界観が投影されることで、単なるお涙頂戴モノに終わらず、奥行きが増しているように思います。原作の小説もあるそうですが、アニメ化に当たって、ファンタジックな要素が増えているようで、これは、現実の厳しさを和らげる意図があったのでしょう。賛否はありそうですが、子どもにも安心して見せられる映画になっていることは確か。

兄弟たちが父親に会いに別の収容所に向かう場面など、おそらく原作を圧縮したことによるのでしょう、やや展開がうまく運びすぎと感じる部分もありましたが、全体を通して観ると、心打たれ、また考えさせられる物語になっていました。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」が全体を通じて重要な役割を果たしているので、作品を知っているとさらにいろいろ感じるところがあると思います。

私自身は、特に、最後の方、純平が死んだ寛太をおんぶしながら、死んでいることが見つからないよう、「銀河鉄道の夜」を語り聞かせながら船に向かうシーンは、涙が止まりませんでした。