鷺の停車場

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「晩春」4Kデジタル修復版ほか@新宿ピカデリー

休日に映画を観に新宿に出ました。

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日曜の朝8時すぎの新宿は、宴のあと、という感じで人もまばら。朝まで飲んで帰る様子の人も見掛けます。

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新宿駅から5分ほど歩いて、新宿ピカデリーに到着。

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この日の上映スケジュール。

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この日は、小津安二郎監督の生誕115年記念企画「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」の一環として上映される「晩春」の4Kデジタル修復版がメインなのですが、その前に「リズと青い鳥」(4月21日(土)公開)を観ます。以前観たとき、小津作品と共通点があるような印象を受けたので、スクリーンで小津作品を観れる滅多にない機会に実際に観比べてみようと思ったのです。

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リズと青い鳥」は580席とピカデリー最大のシアター1での上映。

08:20からの上映と、かなり早い時間帯にもかかわらずかなりの入りで、予告編の間にも続々と入ってきます。少なくとも200人は入ったのではないでしょうか。

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さすがに画面も大きく、音響もいい感じ。全く不満を感じません。
改めて観てこれまでと違った見え方をした部分もありましたが、ちょっとしたしぐさにも何かしら意味が隠されていて、以前にも書きましたが、やはり息を潜めて観てしまう静謐で繊細な作品。冒頭の練習室での顔が写らない2人のシーンをはじめ、低い位置から見たアングルが多く、見下ろすようなアングルが少ないのも、そうした印象を抱かせるのに大きく影響しているのかもしれません。

リズと青い鳥」の終映後、数十分時間をつぶし、「晩春」(1949年9月13日(火)公開)を観ます
この特集上映は、戦後の小津作品から、家族の形をテーマに、晩春(1949)、麦秋(1951)、お茶漬の味(1952)、東京物語(1953)、早春(1956)、東京暮色(1957)、浮草(1959)の7作品の4Kデジタル修復版を上映するというもの。なお、小津安二郎監督は松竹に所属していたので、これらの作品のほとんどは松竹作品ですが、「浮草」だけは大映作品で、他の作品と異なり、中村鴈治郎京マチ子若尾文子など大映で活躍した俳優がメインになっています。

だいぶ昔に、とある名画座の小津作品特集に通って、戦前のものを含め、現在残る小津作品はかなりの数を観たので、これらの作品も一度は観ています(「お茶漬の味」だけは記憶が薄いので、もしかすると観てないかもしれません)。
全作品改めてスクリーンで観てみたい気持ちもありますが、新宿ピカデリーでの上映は1作品1回のみでほとんど時間が合わず、唯一都合がついたのがこの日の「晩春」でした。

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上映は287席のシアター3。先のシアター1の半分くらいの席数ですが、こちらもけっこうな入り。少なくとも100人は入っていたと思います。

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このスクリーンも、座席の空間に比べて画面は十分の大きさです。

オープニングロールや本編最初の北鎌倉駅の光景から、修復で鮮やかになったことが分かります。BGMの音質はやはり時代を感じますが、絵・音ともにノイズはきれいに除去されているのは見事。ただ、人物がメインのシーンではピントがボケている場所もあるなど、解像度の高い場所とそうでない部分が混じっていて、これは元々の撮影の問題なのか、修復の限界なのか、にわかに判断しかねるところもありました。

解説するまでもありませんが、妻を亡くして2人で暮らす、大学教授の周吉(笠智衆)と娘の紀子(原節子)の物語。

周吉は、娘を嫁にやらなければと気をもみますが、一方で、顔を洗う石鹸やタオル、着替えの帯さえ自分では用意せず、脱いだ洋服も紀子が片付ける、1人では到底ちゃんと暮らしていけないと思わせる周吉の生活ぶりが描写されます。周吉の妹のまさ(杉村春子)が持ってきた縁談に、嫁に行ったら周吉は生活に困るだろうと難色を示す紀子に、周吉は再婚話があると嘘をつく。再婚に不潔さを感じていた紀子はショックを受け、縁談を承諾します。

結婚前の最後に2人は京都旅行に出かけます。東京へ帰るために鞄の整理をしているとき、紀子は、お父さんと一緒に暮らす以上の幸せはないと思うの、ずっとこのままでいたいの、と周吉に訴えます。「お父さんが好きなの」と真剣なまなざしで告白する原節子には、今の感覚からすると、危険な匂いさえ感じます。
しかし、周吉は、2人でこれから創っていくのが本当の幸せなんだ、お前ならきっと幸せになれると諭し、紀子は嫁いでいきます。

娘と暮らす方が何かにつけ助かるけれど、娘の将来の幸せを考えて、嫁入りを強く勧める父親と、父親への愛情を断ち切れず、複雑な思いで嫁いでいく娘という、繊細な心の動きを、淡々と、静かな画調で描きながら、深く心を打つ作品。ちょっとした表情の変化、しぐさだけでなく、風景や小道具が写るカットでさえも印象的です。例えば、京都旅行で、2人が就寝するシーン、布団に入った紀子が周吉に語りかけると、早々に周吉は寝入ってしまうのですが、その後に写る床の間に置かれた磁器の壺の映像は、揺れる紀子の心中を表すかのように映ります。

なお、母親を亡くし父親と暮らす娘が嫁入りするまでの物語、という構図は、小津監督の最後の作品「秋刀魚の味」(1962)で、もっと直接的な形で描かれることになるわけですが、「秋刀魚の味」では、娘の父への思いは、ここまで顕わにされることはありません。岩下志麻演ずる路子は、いずれはお嫁に行くことになると思いつつ、決心がつかないという感じで、本作の原節子のように、お見合いを破談にしても父親との生活を続けたい、という積極的な意思を示すことはありません。これは、両作品の13年という時代の変化を反映した部分もあるのでしょう。

ところで、終戦からまだ4年ということを考えると、2人の生活はかなり恵まれています。周吉やその友人は飲み屋にも行くし、周吉の家にはパンやジャム、紅茶もあり、親子で能を観に行ったりする、という生活描写は、この時代の一般大衆にはどう映ったのでしょうか。

実際に2作品を続けて観ると、「晩春」では、後半、2人が能を鑑賞するシーンあたりから、表面上は淡々とした描写の中に紀子たちの心の動きに意識が集中させられ、観終わると、静謐な印象を受けることになりますが、冒頭からほぼ絶え間なくBGMが流れ、軽やかな会話もあり、クスっと笑わせるシーンもあったりして、前半は意外とにぎやかな雰囲気で、最初から静謐さが漂う「リズと青い鳥」とはだいぶ違っていました。視線の低さも共通していると言えなくもないですが、小津作品の特徴の1つであるローポジションは、地上15cmくらいから少し見上げるような独特な構図になっていて、「リズと青い鳥」の低い位置から水平に見る構図とはまた違います。

ただ、「リズと青い鳥」の劇中劇であるリズと女の子(青い鳥) の関係と、この晩春の父娘の関係は、かなり似ています。
相手の幸せを願って、本人が望まない旅立ちを強く勧めるリズ・父親と、愛する人のために、その意思に従って、悲しみを抱きながら旅立つ青い鳥・娘。「リズと青い鳥」の本編である希美とみぞれの関係はちょっと違うように思いますが、およそ70年も時代が離れている両作品で、こんな共通性がある(ように見える)のは、すごいなあと素朴に思いました。

なお、「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」は、公式HPによると、6/23から角川シネマ新宿に場所を移して7/7まで1日4作品が上映され、「晩春」も計9回上映されるようです。