鷺の停車場

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カルロ・ゼン「幼女戦記」第11巻 "Alea iacta est"

カルロ・ゼン著の小説「幼女戦記」、第11巻を読みました。今のところ本巻が最新刊です。

幼女戦記 11 Alea iacta est

幼女戦記 11 Alea iacta est

 

さらに状況が厳しくなる中で、今後の戦争指導をめぐるルーデルドルフとゼートゥーアとの見解の相違が明白になってくる。そして、ゼートゥーアは思い切った一手を打つが、それは想定外の形で達成され、事態は急速に動き始める。


これまでと同様、あらすじ紹介を兼ねて、時期が明示されている場面を列挙してみます。

(以下は統一暦。小説の登場順)

第一章:萌芽

1927年09月10日 東部方面軍司令部/ゼートゥーア大将執務室:ルーデルドルフ大将の「予備計画」の計画書を読んだゼートゥーア大将。それは外交折衝が失敗次第、軍部独裁を確立し、即座にイルドアを攻撃するというものだった。ルーデルドルフと会談しながら、もはや破綻を見据えて処理を論じなければならない帝国の状況にあって、願望と予想を混同し、勝利を求めるその計画に、言葉にし得ない反感を覚えるゼートゥーア。
 ゼートゥーアの命でその場に呼び出されたターニャは、ゼートゥーアの苛立ちを直感する。ゼートゥーアは、部隊の調子をターニャに尋ねる。ターニャの報告で厳しい東部戦線の現実を知って愕然とするルーデルドルフだが、話題を「予備計画」に戻し、ターニャに帝都制圧が可能かを問う。クーデターの実行部隊になるのがどう出るか懸命に考えた末、失礼ですが難しいかと、と答えるターニャ。連隊長職をちらつかせて、色よい返事を得ようとするルーデルドルフだが、ターニャは難しいと答える。
 自治評議会の評議員らとの会合のためにルーデルドルフが席を立った後、ゼートゥーアは、ターニャにルーデルドルフを殺してもらうことになるかもしれん、敗北を拒絶するための予備計画を模索するルーデルドルフに祖国の命運を委ねるわけにはいかない、と語る。覚悟を決めたターニャは、大将クラスを殺すのであれば、投資に見合うリターンを期待すべき、単なる1人の殺人ではなく、クーデターの首謀者として仕留めれば、かえって権力の強化が可能、と提案する。ゼートゥーアは、ルーデルドルフ殺害の具体的な方法についてターニャの意見を求め、議論する。

第二章:回顧録

回顧録—著者エーリッヒ・フォン・レルゲン(元帝国軍人):未出版原稿』:戦後、帝国の失敗について回顧するレルゲン。
 帝国軍参謀本部が国家戦略を主導したかのような言説は誤解だ、「恐るべきゼートゥーア」という戦争指導が伝説的であることがその原因、軍事と政治が融合したのはなし崩し的で、船長が不在だったためにある種のかじ取りを務めざるを得なかった。帝国軍人が終戦の外交工作を行ったのは、帝国において敗北を抱きしめ得る組織が参謀本部内奥にのみ存在し得たからだとし、数少ない理解者であったコンラート参事官について、そしてイルドアとの交渉について語る。
 レルゲンが示す帝国側の条件は、イルドア側のカランドロ大佐には理解されず、話はかみ合わない。無賠償・無併合・民族自決という帝国側の条件は、相手側には挑発と受け取られるというカランドロの言葉を理解することができないレルゲン。帝国が相当な譲歩を申し出て初めて交渉の基礎ができあがる、先方の嘘偽りない希望は帝国に滅んでもらうことだ、とカランドロは語る。参謀本部に戻ったレルゲンは、外交に活路なし、と報告する。そして、レルゲンは対イルドア戦の先鋒を命ぜられたのだった。

第三章:事故

1927年09月26日 帝国軍参謀本部:通商破壊のための無制限潜水艦作戦の従事する帝国軍潜水艦が西方沖合で排水量1万トン級以上の敵艦を撃沈と報告が入るが、それは、表向きは中立国である合州国貨客船の可能性大との報告に頭を抱える。そこに、外務省ルートで合州国参戦可能性を警戒し、対応計画の策定を在外公館に打電しているとの情報も入る。ウーガ中佐は、主要な敵の物流は護送船団方式により確保されてしまっている、無制限潜水艦作戦はコストとリターンが見合うかを検討すべきとルーデルドルフに進言する。

1927年09月28日 連合王国情報部:ハーバーグラム少将に、ミスター・ジョンソンは、帝国外務省の在外公館向け電信の傍受と、ルーデルドルフが東部視察予定との情報を入手し、担当官が襲撃作戦を検討していることを報告する。その護衛にはラインの悪魔が入るとの情報もあったが、ラインの悪魔そのものを仕留めることはかなわなくても、護衛するパッケージだけを狙えば勝算はあると進言するミスター・ジョンソン。ゼートゥーアがそれに合わせて前線から下がるとの情報に、ゼートゥーア返り咲きの可能性を検討するよう指示するハーバーグラム。
 分析班に検討させると、帝都枢要で評判が酷いゼートゥーアの返り咲きは困難との結論に至る。ハーバーグラムは、偶然を装ってルーデルドルフを襲撃する作戦の実行を決断する。

1927年10月02日 東部方面軍司令部:「予備計画」の発動をめぐってルーデルドルフとゼートゥーアの対立がヒートアップする。イルドアを攻めても得られるものが少なすぎると主張するゼートゥーアに対し、ルーデルドルフは今動かなければ機を逸すると主張する。議論が物別れに終わり、出てきたゼートゥーアはルーデルドルフ殺害をターニャに指示する。

1927年10月03日 東部上空:帝都に戻るルーデルドルフが乗る輸送機を護衛するターニャ率いる一個航空魔導中隊。暗殺を命ぜられていたターニャだが、敵戦爆混合編隊の来襲の情報が入り、不意遭遇なわけがない、と確信したターニャは護衛に入る。輸送機に同乗する参謀将校たちは連合王国による暗殺作戦だと確信する。ターニャたち中隊も数的劣勢に徐々に後退し、中隊はパラシュート降下を進言するが、ルーデルドルフはもう間に合わないと首を振る。攻撃する連合王国軍航空魔導師たちはラインの悪魔たちの高度な戦闘能力に驚愕する。一度は輸送機への攻撃を何とか防いだターニャだったが、二度目の攻撃は輸送機を捉え、ターニャの眼前で炎上し、墜落していく。
 最寄りの基地に飛び降りたターニャは東部軍司令部のゼートゥーア大将に電話を掛け、命ぜられた任務に失敗、連合王国軍の長距離戦闘機等に襲撃され、輸送機が撃墜された、と報告し、暗号が破られていることを強く示唆する結果だと伝える。

1927年10月04日 連合王国:ルーデルドルフ暗殺成功に喝采する連合王国情報部。

同日 帝都:ゼートゥーアは空路で帝都に戻る。参謀本部は、政府や帝室が難色を示しても、ルーデルドルフの後釜に断固としてゼートゥーアを据える。ルーデルドルフが座っていた参謀次長室のゼートゥーアを見定めようとするレルゲンに、生まれて初めて連合王国人に感謝した、我々は今や、不愉快な現実を抱きしめる連れ合いだと信じている、と語るゼートゥーア。

第四章:転機

1927年10月16日 イルドア:イルドアは戦争から距離を取るため、局外中立の道を選んだ。合州国との相互防衛同盟もその観点から選択したのだ。しかし、良くも悪くも、帝国は窮鼠だった。

同日 帝都:イルドアが合州国武装中立同盟を結ぶとの情報に、参謀本部に裏切られたという怒りと困惑が広がる。ゼートゥーア大将は早朝の報告に全く動じることなく、定時に出勤し、定例業務を開始する。しかし、執務室に入ったレルゲン大佐に、即時にイルドア攻撃命令を起草するよう命ずる。冬季攻勢に困惑するレルゲンに、選択肢がない、同盟は帝国にとって「許容可能なリスク」が「不良債権」へと変化するに等しい、とゼートゥーアは語る。そして、物流や動員はルーデルドルフの計画どおりでいいが、主攻を変える、と語り、レルゲンに主攻の1つの機甲師団の参謀長を命ずる。

同日 帝都:サラマンダー戦闘団のターニャにレルゲンからイルドア侵攻の命令書が渡される。仲介者を攻撃する命令が正しいのか憂慮するレルゲンにターニャは、ソ連にすがっての講和論が大失敗に終わった大日本帝国を想起し、仲介者など必要ないではないか、と進言する。

1927年10月19日 連合王国情報部:ゼートゥーアが参謀本部の主に収まった動きのあまりの早さに背筋が凍るハーバーグラムやミスター・ジョンソン。状況把握を進める情報部は、帝国がゼートゥーア大将、レルゲン大佐、ウーガ中佐の一元的な指導下にある可能性があると分析する。そして、イルドア侵攻の情報に、イルドアがかなり押し込まれると予想する。

1927年10月20日 連合王国情報部:帝国軍の配備状況を的確に把握する連合王国情報部は、開戦が間近であることを確信する。イルドアに警告を発するも、これまでも帝国の脅威を強調するメッセージを連発していたため、真剣に受け止められない。帝国軍の物理的な限界から攻勢は2週間も続かないとみる情報部。

第五章:舞台

1927年11月10日夕方 南方国境付近:レルゲンは先鋒を務める第八機甲師団のイェルク中将の下に入る。封緘命令を読んだレルゲンは、軍の長距離通話施設に駆け込み、ゼートゥーアの命に従い、開戦後の接触ルートを保持するため、イルドアのカランドロ大佐に国際電話をかけ、開戦を間接的に示唆する。

同日 イルドア国境司令部:電話を受けたカランドロ大佐は、事態を察し各方面に電話を掛けさせ、帝国に不審な動きがあると伝える。しかし、その警告を受けてイルドア軍参謀本部がかき集めた分析官に情勢分析を行わせた結果は、帝国本国で政争の可能性、というものだった。ボタンを掛け違えたまま、帝国の政情把握に取り組んでいくイルドア当局。

1927年11月11日 帝国軍参謀本部:ゼートゥーア大将は開戦を前にして緊張する副官役のウーガ中佐に、初戦は確実に貰えると語る。
 ほぼ同時刻、所定の時刻を迎えたイルドア国境付近のサラマンダー戦闘団では、ターニャが、今回は主導権を取っての攻撃戦だぞ!と部下を鼓舞し、各兵科の部隊長にそれぞれ激励の声を掛ける。
 帝国は、宣戦布告と同時に攻撃を開始する。ゼートゥーアのイルドア方面における局所的優位を確保しようとするリソース配分は功を奏し、航空優勢を保って地上軍が前進する。
 国境司令部のカランドロ大佐は、帝国の宣戦布告の知らせに、困惑し、混乱する。イルドア首都も衝撃に震撼する。イルドアー帝国間国境線は、最終局面まで静謐が保たれるはずだと信じていたイルドア軍にとって、帝国軍の越境は青天の霹靂だった。
 イェルク中将率いる第八機甲師団は友軍と比しても飛び抜けた前進速度で順調に進撃するが、状況把握のために一部の飛行隊長が独断で離陸したイルドア飛行中隊に攻撃される。牽制程度の攻撃であり車両数台を潰したに過ぎない攻撃だったが、師団長のイェルクを失う。その知らせを留守司令部で受けたレルゲンは、先任は自分以外にない状況に、自分が指揮権を継承するしかないと動き、ターニャに援護を求め、機甲師団を率いて突き進む。

同日 サラマンダー戦闘団:自分たちが友軍の最先鋒であることを疑わず進軍するサラマンダー戦闘団だったが、ターニャが直掩する第八機甲師団が前にいるとの情報に戦闘団を率いるヴァイス少佐は虚を突かれる。しかし、魔導反応を垂れ流すターニャに、最先鋒たれ、と命ぜられた以上、一番槍を目指すしかない、と前進する。
 時間とともに、敵中で孤立するのではないかと危惧し始めたレルゲンだったが、周辺偵察に赴いたターニャからサラマンダー戦闘団が後続しているとの報告を受ける。ターニャの能力の高さを実感するレルゲンは、かつての自分との変化を感じる。疲労の限界を訴えるヨアヒム少佐に、進めるときに進むのが最善手と理性で判断し、さらに前進を命ずる。
 レルゲン師団の突出は、同時代の目撃者には「自殺的突撃」とすら形容されるものであったが、後の歴史から「伝説的な突破」「偉大な奇跡」と賞賛されるものだった。軍事的要衝の奪取、防御用の縦深確保、帝国本国への脅威排除など、帝国がイルドア方面で完璧な拮抗状態を確保するのに多大な貢献を成し遂げたのだ。

第六章:衝撃

1927年11月12日 イルドア軍国境司令部:平時意識のイルドア軍は、戦時意識の帝国軍に押し流される。国境司令部で対応を考えるカランドロ大佐は、即時かつ徹底した後退が必要だと確信し、司令官に進言するが、その言葉は届かない。そこに、敵の機甲師団が司令部に接近しているとの知らせが入る。カランドロは司令部機能の移転を進言し、後退の殿(しんがり)を務めるため、要員をかき集めて二個大隊を臨時で編制し、物資を鹵獲されないよう爆破し、橋を落としながら撤退する。それは、歴史家が憎悪し罵る「焦土作戦」、過剰なまでの遅滞戦闘であったが、帝国軍を決定的な瞬間に足踏みさせることに成功する。

1927年11月16日 北部イルドア地方:帝国軍の先鋒が後続と合流して戦果拡張を図る段階に移行した時点で、レルゲン師団を直掩していたターニャ率いる二個中隊は、戦利品を調達して基地に帰還する。そこにゼートゥーアから電話が入る。イルドア海軍の戦艦部隊が沿岸地域で猛威を奮い海沿いの街道線が使えなくなる危険性がある、しかし、それを全て撃滅するチャンスが転がり込んできた、北部軍港地域で近代化改修中だ、と語るゼートゥーアは、V-1による攻撃をターニャに命ずる。
 部隊に戻ったターニャは、隊員を集めて、敵戦艦群を攻撃する作戦を説明し、魔導部隊の要員らが搭乗したV-1が戦艦群に向け出撃する。イルドア海軍の濃密な弾幕網による視界の悪化に苦しむが、12本のうち直撃6、至近弾4を命中させ、3艦撃沈、2艦大破という戦果を挙げ、ヴァイス率いるサラマンダー戦闘団のもとに向かう。

1927年11月19日 帝国軍占領地域:占有地でイルドア人が残した食品などを調達するターニャたち。カランドロのように焦土化しながら撤退するのは例外的で、大半は橋すら爆破せずに後退していたのだ。イルドアのジャガイモの見事さに、総力戦の毒が帝国の基盤を蝕んでいること、そして国力の差を実感するターニャは、イルドア戦役に「軍事的作戦」でない何かがゼートゥーアによって込められている、それは徹底して隠匿されていると勘付き、帝国が得られる利益が何かを考えるが、明確な答えは出ない。しかし、ゼートゥーアが敗北を所与の前提として悪あがきを始めた以上、駆け抜けるしかないと思うターニャは「・・・賽は投げられた」とつぶやくのだった。

 

副題の"Alea iacta est"(アーレア・ヤクタ・エスト)とは、「賽は投げられた」という意味のラテン語古代ローマ期、ガリア総督だったユリウス・カエサルがローマに反逆して軍を率いて南下しルビコン川を渡る際に言った言葉として有名なもの。

帝国の断末魔へ向けた物語も、起承転結の転まで来た感じがします。この作品がそれで終わるのかどうかはともかくとして、少なくとも戦争は次の巻で終わりを迎えてもおかしくないですが、著者が読者の予想を裏切る展開に進めてもう少し続くのかもしれません。

これまでの巻で、多少なりとも戦後の姿が出てきたのは主任技師だったシューゲル、その後も軍に残り将軍となったドレイク、本巻で回顧録の未出版原稿が出てくるレルゲンくらいだったと思います。ゼートゥーアやターニャをはじめとする第二〇三航空魔導大隊の隊員など、その他の主要人物はこれまでのところ出てきていません。戦争が終わるとして、その終わり方はもちろんですが、これらの人物がどのような道を進むことになるのかも気になるところです。