鷺の停車場

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橋本紡「流れ星が消えないうちに」を読む

橋本紡さんの小説「流れ星が消えないうちに」を読みました。

流れ星が消えないうちに (新潮文庫)

流れ星が消えないうちに (新潮文庫)

  • 作者:橋本 紡
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/06/30
  • メディア: 文庫
 

以前に読んだ橋本紡さんの「月光スイッチ」が悪くなかったので、もう1冊読んでみようと手にした作品。

 

本作は、恋人を事故で亡くした女性と、その恋人の親友の男性。今は恋愛関係にあるその2人の心の揺れ動きを、転職を考えて妻と折り合わない女性の父親の描写も交えて描いた作品。

作品は、女性の視点での叙述と、男性の視点での叙述が、一章ごとに交互に描かれる形になっていて、それぞれの視点から、女性の元恋人・男性の元親友との思い出を交えつつ、互いの心情が描かれています。

以下は、ネタバレになりますが、大まかなあらすじと感想です。

第一章 お父さんの家出

父親の転勤で両親と妹が引っ越し、東京の自宅に一人残って暮らす大学生の奈緒子は、恋人だった加地と多くの時間を過ごした自分の部屋で寝ることができなくなり、玄関で寝るようになっていた。加地は、1年半ほど前、海外を旅行中に事故で亡くなったが、死んだ時、旅行先で知り合った女性と一緒だったことが奈緒子には引っ掛かっていた。そこに、家出してきたという父親がやってくる。

第二章 流れ星マシンとプラネタリウム

大学生の巧は、高校時代のサッカー部の先輩の山崎に誘われて通っていたボクシングジムを辞めることを決める。そして、加地と親友になるきっかけとなった高校2年の文化祭での、たまたま出会った科学部の加地のプラネタリウム作りを手伝った思い出を回想する。巧が今の彼女である奈緒子の家を訪ねると、ドアを開けたのは、知らないオジサンだった。

第三章 彼と父親

奈緒子が夕食を作る間、父親と今の恋人の巧は、テレビを見ながらビールを飲み和気あいあいと話していた。料理をしながら、奈緒子の回想は高校2年の文化祭に戻っていく。科学部のプラネタリウムの上映のナレーションをしていた加地にひかれたのが、2人が付き合うきっかけだった。その夜、寝つけない奈緒子は、巧のことを思う。トイレに下りてきた父親ととりとめもない会話をするうちに、2人のあいだにある何かが、少しだけ埋まったように感じる。

第四章 シュート

翌日、巧が目を覚ますと、昨晩の服装のまま寝ていた。文化祭で、奈緒子に告白するという加地を手助けした思い出を回想する巧。大学に向かう間、加地のこと、そして加地を忘れていない奈緒子のことを思う。その帰り、ばったり出会った奈緒子の父親に誘われて、居酒屋で一緒に飲むことになった巧は、父親から家出してきた経緯を聞かされる。先が見えず参った様子の父親に、巧は、動いてこそ、見えてくるものがある、なにかやってみたらいいのでは、とかつて加地に言われた言葉をかける。

第五章 妹、怒る

季節が春になって、父親は急に活動的になり、町内会の活動もいろいろと手伝うようになっていた。父親から、なにかやってみたらいいと巧に言われたと聞かされる。父親が口にした、かつて自分も聞いた加地の言葉をどう呑みこんでいいかわからない奈緒子。そんなある日、妹の絵里が、キャンパス見学という名目で突然家にやってきて、父親と姉に怒りをぶつける。奈緒子は高校時代の友人に誘われて同級生の飲み会に行くが、根も葉もない加地の噂話を耳にしていたたまれなくなり、途中で帰る。その帰り、巧と会った奈緒子は、巧に初めて加地との思い出を話し、感情を高ぶらせて涙を流す。その夜、玄関で寝る奈緒子のもとにやってきた絵里と恋について語り合ううちに、言葉が止まらなくなり、涙を流す。

第六章 復讐ノックダウン

奈緒子が変わろうとしていることに気付いた巧は、奈緒子をまぶしく感じ、加地と奈緒子が付き合うきっかけとなった文化祭での2人を回想する。加地の噂話をした同級生に殴りかかって逆に袋叩きに遭ったり、姉と一緒に先輩の山崎のボクシングのプロテストを観戦に行ったりする中で、巧は、自分も奈緒子も加地を忘れることはできない、3人で手を繋いでいくと心に決める。

第七章 星に願いを

巧と夕食の買い物をする奈緒子は、何気ない日常に幸せな瞬間を感じる。いつも加地と巧を比べてしまうが、そのことに対する疚しさは消えつつあった。2人は、父親や絵里も一緒に夕食を食べる。奈緒子は、これまで開けることができなかった押し入れの扉を開けて、加地から預かっていた文化祭で作ったプラネタリウムを出し、玄関で投影する。そこにやってきた巧は、加地から事故の直前に、事故の時一緒だった女性に部屋に誘われたのは断ったがキスはしたことを明かす絵葉書が届いていたことを奈緒子に話す。そして、玄関いっぱいに映る星空を見ながら、2人は、加地のことを忘れる必要なんてない、それでかまわないんだと語り合う。やがてやってきた父親と絵里も一緒に、プラネタリウムの流れ星に願いをかけるのだった。

(ここまで)

 

背表紙には、「恋愛小説の新しい名作」と紹介されていますが、恋愛小説というより、今は恋愛関係にある奈緒子と巧が、それぞれ、恋人/親友だった加地の喪失から癒えていく再生の物語と受け取りました。父親の家出や、その後の妹のの話も、壊れかけた家族関係の再生という共通する要素になっています。

そのように受け取ったのには、まずは、ひとつには、奈緒子と巧の関係は、最初から最後まで恋人のままで、その関係を揺さぶるような出来事も起きず、恋愛関係自体には目立った進展が何もないことが大きいでしょうし、感情が高ぶるような要素は少なく、加地との思い出を回想し、加地や互いへの思いを省みる叙述が多いこともあるだろうと思います。ただ、それだけではなくて、表面的にはけっこうな出来事が起きる部分の描写も、それを見る2人の内心の描写はどこか淡々としていて、読み手の感情を掻き乱すような感じではないこともあるでしょう。これは、先に読んだ「月光スイッチ」とも共通していて、作品で描かれている出来事を、醒めた眼で見ているような静けさがあって、どこかふわふわした感じも受けます。作品の設定に即してこういう筆致にしているのか、あるいはこうした作風の作家さんなのかもしれません。