鷺の停車場

映画、本、グルメ、クラシック音楽、日常のできごとなどを気ままに書いています

橋本紡「半分の月がのぼる空」(完全版)を読む

橋本紡さんの小説「半分の月がのぼる空」(上/下)を読みました。

2冊ほど、橋本紡さんの本を読んでみて、一般に代表作とされているらしい本作も読んでみようと思ったのです。

半分の月がのぼる空〈上〉

半分の月がのぼる空〈上〉

 
半分の月がのぼる空〈下〉

半分の月がのぼる空〈下〉

 

もとは2003年から2006年にかけて電撃文庫から刊行されたライトノベル半分の月がのぼる空」シリーズで、計8巻が刊行されているようです。

代表作を読むという趣旨からは、この電撃文庫版を読む方が適切なのかもしれませんが、私が読んだのは、著者自身が大幅に改稿して2010年に単行本化したリメイク版で、「完全版」とされています。

電撃文庫版との対応関係では、

  • 第1巻 looking up at the half-moon
  • 第2巻 waiting for the half-moon
  • 第3巻 wishing upon the half-moon

に相当する部分が上巻に、

  • 第4巻 grabbing at the half-moon
  • 第5巻 long long walking under the half-moon

に相当する部分が下巻に収載されています。上巻は3章、下巻は2章の計5章に分かれていますので、おそらく文庫本の各巻単位で章に分かれているのだろうと思います。

なお、このリメイク版は、その後文庫本化され、文春文庫から4巻に分けて刊行されているようです。

半分の月がのぼる空 1 (文春文庫)

半分の月がのぼる空 1 (文春文庫)

 

私が読んだのは借りてきた単行本でしたが、買うのであれば、新刊本であれ古本であれ、文庫本の方が入手しやすいのかもしれません。

 

死に至る病を抱えた若い女性と、同年代の男性との恋愛の物語という点では、住野よる「君の膵臓をたべたい」や、原作小説は読んでいませんが映画で観た佐野徹夜「君は月夜に光輝く」などと共通します。本作はこれらの作品のかなり前に書かれていますので、本作がむしろ本歌と言うべき作品になります。もっとも、昔に遡れば、宮崎駿監督の映画の原作(の一部)となった堀辰雄風立ちぬ」なども似た設定と言えるので、私が知らないだけで、それほど珍しい設定ではないのかもしれません。

 

大まかなあらすじは、

肝炎で入院した裕一は、看護師の頼みで同じ病院に転院してきた里香との話し相手をすることになる。2人の距離は次第に縮まっていき、裕一は里香にひかれていく。その思いを知った里香は、生きる希望を取り戻し、手術を受ける。裕一は、長くは生きられないかもしれない里香とともに生きていくことを決意し、2人の心は結ばれる・・・

というもの。

 

主な登場人物は、

  • 戎崎裕一:A型肝炎で市立若葉病院に入院している高校2年生。
  • 秋庭里香:先天性心臓弁膜症で浜松の病院から若葉病院に転院してきた裕一と同い年の女の子。美人だが、気が強くわがままな性格。
  • 谷崎亜希子:若葉病院の看護師。元ヤンキーで、病院を無断で抜け出したりする裕一を手荒く扱う一方、2人を温かく見守る。
  • 夏目吾郎:里香の主治医。腕はいいが裕一には辛く当たる。
  • 山西保:裕一の悪友。
  • 世古口司:裕一の親友。筋肉質の大柄な体つきだが、心優しい性格で、お菓子作りが趣味。
  • 水谷みゆき:裕一の幼なじみで同級生。以前は裕一と仲良くしていたが、高校1年の時のある出来事で疎遠になっていた。次第に世古口にひかれていく。

というあたり。 

 

2人のいじらしく進展する恋愛関係を、亜希子や夏目、みゆきたちのエピソードを交錯させながら描いて、心に響く作品になっています。

 

以下は、ネタバレになりますが、各章の大まかな概要です。

第一話 僕はそうして、彼女と出会ったんだ。

A型肝炎にかかり伊勢の市立若葉病院に入院した高校2年生の戎崎裕一は、退屈な病院生活に耐えられず、病院を抜け出しては看護師の谷崎亜希子に怒られる日々を送っていた。

入院してきた同年代の美少女が気になる裕一は、亜希子との取引でその女の子・秋庭里香の話し相手をすることになる。裕一は、里香のわがままな性格に振り回されるが、次第にひかれていく。里香は、自分が心臓の弁膜の病気で、命が長くないことを裕一に話す。ある日、裕一は里香と病院を抜け出し、里香の思い出の場所である砲台山に連れていく。

第二話 カムパネルラの声

裕一が里香に隠していたあることがバレて、2人の関係は壊れ、裕一は里香に避けられるようになってしまう。新たに病院にやってきた里香の主治医の夏目も、仲直りしようとする裕一を邪魔するが、夏目が亜希子の説得により里香に助言し、裕一は里香と仲直りすることができる。

そして、2人が屋上で仲良く語り合っている頃、夏目は里香の母親に病状と手術について説明していた。その夜、病室を抜け出した裕一は、酔っ払った夏目に見つかり、屋上に連れていかれてボコボコに殴られる。夏目の悲しげな様子に、裕一は里香の手術が失敗する可能性の方が高いことを悟る。

第三話 灰色のノート

やがて、里香から写真を撮ってほしいと頼まれた裕一は、亜希子の車で家に帰り、父親の形見のカメラを取ってくる。さらに、裕一の学校に行きたい、制服も着てみたいと言われた裕一は、幼なじみのみゆきにお願いして彼女の姉のセーラー服を借り、世古口や山西、みゆきの協力も得て、放課後の学校に入り込み、教室で授業ごっこをする。

日が経ち、病院の屋上で、里香は裕一に何かを言おうとした瞬間、突然倒れ、面会謝絶となってしまう。里香に頼まれた本を手に入れようと病院を抜け出した裕一は、カメラを取りに帰ったときに会った亜希子の幼なじみの美沙子に偶然出会い、誘われるままに彼女の部屋に行くが、一線を越えようとしたその時、2人を目撃した看護師の知らせで駆けつけた亜希子たちが踏み込み、裕一は連れ戻される。自分がしてしまったことに惨めな気持ちになる裕一。そして、里香の手術の日がやってくる。里香の思いを知った裕一は祈る。

第四話 夏目吾郎の栄光と挫折

里香の手術はひとまず成功したが、里香の母親の意向から、裕一は夏目から里香に会うことを禁じられる。

そんなある夜、裕一の病室に彼女に振られヤケになった山西が現れる。屋上で山西が持ってきた高級な酒を一緒に飲む裕一。

その頃、宿直の夏目は、高校時代から付き合い、後に妻となった小夜子との思い出を亜希子に語る。小夜子を心臓病で亡くした夏目は、里香に小夜子を重ねていた。

飲んで気が強くなった裕一は、ベランダから里香の病室に忍びこもうと試み、世古口たちの協力もあって、里香と会うことに成功する。

第五話 半分の月の下、長く短い道

相変わらず里香と会うことを禁じられる裕一だったが、隙を見て自分の病室にやってきた里香と会い、気持ちを通わせる。

その後、亜希子の説得もあり、夏目は裕一に里香に会うことを認め、裕一を以前勤めていた浜松に連れていき、弁膜症を患う老夫婦に会わせる。

里香とともに生きる覚悟を固めた裕一は、里香の母親にその想いを訴える。その強い決意に、母親は裕一を認める。

季節が変わって、2人は外出許可を得て思い出の砲台山に上る。裕一は里香にキスし、改めて自分の思いを伝えるのだった。

(ここまで)

 

率直な感想としては、あまりラノベっぽくはありません。むしろ、一般の恋愛小説に近い感じ印象。

もとの電撃文庫版を大幅に改稿したとのことですから、改稿に際して、その後の著者の作風の変化も反映して、ラノベっぽい表現を改めるといった変更が多く加えられたのだろうと推測します。単行本の装幀もそうですが、本文中に挿絵がないのも、そうした印象を強めています。

ただ、個々のエピソードは、けっこう突飛な内容というか、現実味に乏しいものもあったりします。裕一と里香が主人公の恋愛小説と見れば、そうしたエピソードをいろいろ盛り込まない方が焦点が当たって良かったような気もします。

もしかすると、もとの電撃文庫版を読んだ方がしっくりくる部分もあるのかもしれません。可能であれば読み比べてみようと思います。