鷺の停車場

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宮下奈都「静かな雨」

宮下奈都さんの小説「静かな雨」を読みました。そのあらすじと感想です。

2004年の第98回文學界新人賞で佳作に入選し、「文學界」2004年9月号に掲載された、宮下奈都さんの小説家としてのデビュー作で、2016年に加筆して単行本化された作品。2019年には文庫本も刊行されているようです。

静かな雨 (文春文庫)

静かな雨 (文春文庫)

 

本年2月7日(金)に公開された中川龍太郎監督の同名の映画を観ていました。映画としては起伏が少なすぎる感じがありましたが、原作の小説はどうなのだろうと思って読んでみました。

 

全体は章立てや数字による区切りはありませんが、ところどころ1行空けて少しずつ区切られています。

 

年末に突然の会社の廃業を告げられた行助は、駅のそばのパチンコ屋の裏の駐車場でたいやき屋をしている女の子に出会う。年が明けて、昔いた大学の研究室の嘱託の職を得て働きはじめた行助は、帰りにたいやき屋に立ち寄るようになり、その女の子・こよみさんと次第に親しくなる。しかし、こよみは交通事故の巻き添えに遭って頭を打って入院してしまう。3か月ほどたって意識を取り戻したこよみだったが、事故の前の記憶は残っているものの事故後の新しい記憶は眠ると失われてしまう高次脳機能障害になっていた。行助はそんなこよみを見守り、一緒に暮らすようになるが、翌日になると自分との記憶が残っていないこよみに複雑な心境になり、ある日抑えられず怒りをぶつけてしまう。それでも行助は、こよみと一緒に生きていくことを決心する・・・という物語。

 

比較的短い作品ですが、繊細な描写は、先に読んだ「羊と鋼の森」と共通したものを感じます。青年が、迷いながらも、めぐり合った女性との人生を引き受けていく過程が印象的に描かれていました。

以前に観た映画との比較でいうと、大筋としては本作のあらすじに沿って映画化されていますが、小説の冒頭の行助が失職して研究室での職を得るくだりなど、映画ではカットされている部分がある一方で、研究室での教授や大学院生との会話、姿を消したこよみを行助が探し回るシーンなど、映画版オリジナルの部分もありました。行助の視点からのこよみとの関係の描写がほとんどで、表面的には起伏の少ない原作に、変化や起伏を付ける狙いがあったのだろうと思います。それでも映画としては起伏に乏しいように感じましたが、原作を読むと、そうした不足感は特に感じません。小説と映画の違いといってしまえばそれまでですが、余計な要素を加えなくても、描写次第では印象深い映画になった余地はあったのかもしれないと(ずぶの素人の勝手な印象ですが)思いました。