鷺の停車場

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ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1・2番ほか/ハーゲン弦楽四重奏団

ハーゲン弦楽四重奏団のCDをもう1枚。

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1.ヤナーチェク弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」[1923]
2.ヤナーチェク弦楽四重奏曲 第2番「ないしょの手紙」[1928]
3.ヴォルフ:イタリア風セレナーデ ト長調[1887]
ハーゲン弦楽四重奏団
ルーカス・ハーゲン、ライナー・シュミット(ヴァイオリン)、ヴェロニカ・ハーゲンヴィオラ)、クレメンス・ハーゲン(チェロ)
 (録音:1988年11月 オーストリアアベルゼー、聖コンラッド教会) 

ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番&第2番/ヴォルフ:イタリア風セレナード

ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番&第2番/ヴォルフ:イタリア風セレナード

 

「クロイツェル・ソナタ」といえば、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番のことですが、ヤナーチェク弦楽四重奏曲第1番は、その曲を直接の題材にした曲ではなく、その曲が作中で重要な役割を担っている、トルストイの小説「クロイツェル・ソナタ」を題材にした作品。

確か高校の頃、新潮文庫で出ていたほとんど全てのトルストイの本を集中的に読んだ時期があって、「クロイツェル・ソナタ」もその当時引き込まれて一気に読んで、強烈な印象を受けた記憶があります。
クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)

クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)

 

詳細にはもはや覚えていませんが、夜行列車の中で、主人公(聞き手)と乗り合わせたある紳士が、結婚から妻を殺してしまうに至るまでを語る物語で、全体としては、性欲が人間を不幸にすること、そして純潔を訴えるもの。

その紳士は、若い頃の放蕩を止めて、純粋な夫婦の結び付きを求めてある令嬢と結婚しますが、子どもが産まれたり日々の生活に追われるうちに、関係がギクシャクしていきます。そのうち、音楽家が妻に教えるため家に出入りするようになりますが、紳士は2人の仲を次第に疑うようになっていきます。そしてある日、妻と音楽家が演奏するベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を聴いた紳士は、2人が不倫関係にあることを直感します!さらに疑惑の念を深めた紳士は、ついに、2人の逢瀬の現場に踏み込み、怒りのあまり、妻を短刀で刺し殺してしまいます。(細部は不正確かも)
ヤナーチェクのこの曲は、この紳士の心の動きに焦点を当てたような音楽になっており、次の4楽章からなります。
1.Adagio
2.Con moto
3.Con moto–vivoandante
4.Con moto(adagio)–più mosso
1楽章の冒頭から、疑念に駆られる心の動揺を表すようなモノローグが出てきます。次第に心の動揺は激しくなり、4楽章は、おそらく妻を殺すまでを表現したものなのでしょう。ヤナーチェクの作品にしばしば見られる独特の16分音符で刻む細かい分散和音が強い焦燥感を体現し、クライマックスではピッツィカートの強打が突き刺す短刀のように響き、最後は寂寥感の中で静かに終わります。
20分もない短めの作品ですが、独特の表現が身に迫る曲。 
一方の第2番。題名の「ないしょの手紙」とは、晩年に文通を続け頻繁に手紙を送っていたカミラ・ストスロヴァという女性への手紙ということで、約40歳下の既婚女性ながら想いを寄せていた彼女への秘めた想いが織り込まれているということのようです。
曲は次の4楽章からなります。 
1.Andante
2.Adagio
3.Moderato
4.Allegro
冒頭から強奏するチェロのトリルの上に2本のヴァイオリンが短い主題を歌います。これは繰り返し循環主題として出てきます。その後場面は次々に変化していきますが、循環主題によって全体が引き締まっているように思います。
2楽章は、ヴィオラの優しいメロディに始まり、穏やかな喜びを歌いますが、感情は目まぐるしく入れ替わり、5拍子の激しい動きや、循環動機も出てきます。
3楽章は、寂しさを感じさせる動きで始まりますが、やがてテンポを上げて音楽が高ぶっていき、一瞬の静まりの後、突然、高音から始まるヴァイオリンの抑えきれない想いが溢れ出したかのような熱い旋律が歌われ、冒頭の動きが戻った後、最後は心の叫びのような激しさで終えます。
4楽章は、冒頭に出てくる民族舞曲のようなテーマが中心になっており、様々に場面は入れ替わりますが、最後はプルトリラ―(短いトリル)を付けたヴァイオリンの飛び跳ねるような動きで幕を閉じます。
いずれの曲も、ヤナーチェクの曲にしばしば見られる5拍子といった変拍子や、細かい分散和音といった独特の語法のほか、スル・ポンティチェロ(弓を駒上(実際は駒寄りの場所)で弾く奏法)のかすれた刺激的な音が多用されているのが印象的です。

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一例として、第2番の第1楽章のクライマックス付近(237~244小節)の楽譜です。第1ヴァイオリンの細かい分散和音の動き(テンポ指定は二分音符=100)、練習番号16から5拍子に変わっていることが分かります(1小節=100というテンポは「16」の前後で同じ)。
 
さて、このCDは、先日紹介したショスタコーヴィチの7年前、1998年の録音。
他の演奏をきちんと聴いたことはあまりないので、他との比較はできませんが、スル・ポンティチェロも甲高い金属的な倍音を強調した刺激的な響きにしているなど、鋭利な表現が際立たせた演奏で、ヤナーチェクの独特な語法とあいまって、現代音楽のような感じを受けるくらいで、好き嫌いが分かれる演奏かもしれません。第2番は、もしかするともっとふくよかさがあった演奏の方がはまって聴こえるかも、という気もしますが、第1番の焦燥感が高まっていく曲調にはよく合っています。
本盤も国内盤は廃盤になっているようですし、他にもあまり多くの録音は出回ってなさそうですが、(後期ロマン派以降の20世紀前半のクラシック曲にあまり抵抗のない方であれば)一度聴いてほしいなあと思います。