鷺の停車場

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武田綾乃「君と漕ぐ―ながとろ高校カヌー部―」を読む

武田綾乃さんの小説「君と漕ぐ―ながとろ高校カヌー部―」を読みました。

君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

 

たまたま書店で見かけて、武田綾乃さんの小説は「響け!ユーフォニアム」シリーズしか知らなかったけど、こんな本も書いているんだ、と思って、読んでみた作品。

ちょっと調べてみたら、新潮社の隔月刊の電子版雑誌「yom yom」の2017年12月号(Vol.47)から2018年10月号(Vol.52)まで連載され、2019年1月に文庫本として刊行されたもの。なお、1号を開けて、2019年2月号(Vol.54)からは、第2シリーズの「君と漕ぐ2」の連載が始まっているようです。

 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

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君とならきっと、もっと速くなれる!

両親の離婚で引っ越してきた高校一年生の舞奈は、地元の川でカヌーを操る美少女、恵梨香に出会う。たちまち興味を持った舞奈は、彼女を誘い、ながとろ高校カヌー部に入部。先輩の希衣と千帆は、ペアを組んで大会でも活躍する選手だったが、二人のカヌーに取り組む気持ちはすれ違い始めていた。恵梨香の桁違いの実力を知り、希衣はある決意を固めるが。水しぶき眩しい青春部活小説。

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本編は、プロローグと6章で構成されています。それぞれの簡単な概要、あらすじは次のとおりです。

プロローグ

この部分は、文庫本化に当たって追加された部分のようです。

オリンピックのカヌースプリントの競技会場の観客席。親にねだってチケットを買ってもらってやってきた舞奈。隣には1つ上の先輩で大学1年生の千帆も来ていた。そこに檜原先生もやってくる。ここは友人たちの晴れ舞台。舞奈のスマホの画面には、大切な友達の湧別恵梨香の名前が浮かぶ。

第一章 そして春が始まる

高校入学を前に、両親の離婚で父親と埼玉県の寄居町の祖父母の家に引っ越してきた黒部舞奈。父の気遣いで自転車で出かけた舞奈は、長瀞近くの荒川でカヌーを操る湧別恵梨香に出会う。恵梨香が自分と同じながとろ高校に入学することを知った舞奈は、恵梨香をカヌー部に入ろうと誘う。
翌朝、自転車で高校に登校する2人。ながとろ高校は全校生徒が160人足らずしかいない規模の小さい学校。同じクラスになった2人は、放課後、カヌー部の見学に行く。ともに2年生の部長の鶴見希衣(きえ)と副部長の天神千帆の2人の部員が舞奈と恵梨香を迎える。さっそくプールでカヌーに乗る練習を体験する2人。休憩時間には、2年目の美術教師でカヌーは素人の顧問の檜原先生もやってくる。
次の日も、その次の日も、千帆の指導の下、プールでカヌーに乗る練習を繰り返す舞奈。恵梨香は希衣と荒川に練習に行く。
数日が経ち、正式な入部日の月曜日を目前にした金曜日、舞奈は、千帆が毎日のように自分の練習に付き合ってくれることに、初心者の自分が入っても彼女の足を引っ張り続けるだけではないかと、ためらいを感じていた。恵梨香は、土曜日に舞奈を誘って、「喫茶せせらぎ」のマスターの芦田さんを訪れる。恵梨香は芦田さんに気安く話しかけ、倉庫のカギを借りて、カヌーを出して荒川に出る。乗りやすいレジャー用のカヌーで川に出た舞奈は、美しい風景に心揺すられ、カヌー部に入る決心をする。

第二章 それでも君と夢を見たい

希衣は、自室の学習机の上に置かれた写真立てを見る。それは2年前、全国中学生カヌー大会で赤く腫れた目で笑う自分と千帆の写真。背後には、百年に一度の逸材と謳われる天才少女の利根蘭子も写っていた。
学校で千帆と話す希衣は、初めからスイスイ漕いでいる恵梨香が、これまでの大会で見たことがないことを不思議がる。希衣と千帆は、ともに小学3年生から「ササウラカヌークラブ」に入会してカヌーを始めたのだが、そのクラブのほかに、近場でカヌーを習う場所はなく、そのクラブも、指導者の引退で2年前に閉鎖されていた。
プール脇の部室で、正式に入部した舞奈と恵梨香に注意事項や大会のことを説明する希衣。8月上旬に行われるインターハイに出場するためには5月の学総体兼関東大会県予選で1位にならなければならない。1人乗りのシングルでは6位以上、2人乗りのペアや4人乗りのフォアでは3位以上に入れば、6月の関東高等学校カヌー大会に出場できるが、そこに食い込めなければ、インターハイにも関東大会にも出場できないのだ。檜原先生は、昨年、創立1年目のこの部で、希衣と千帆は関東大会に出場したと得意げに話し、希衣は昨年の県大会、関東大会の結果を2人に見せる。関東大会の500mシングルの1位は東京の高校の利根蘭子で、2分を切るそのタイムは、千帆や希衣と20秒ほどの差があった。本気さえ出せば千帆だってあの子に負けないと思う、と言う希衣に、千帆はそんなつもりでカヌーをやっているわけじゃないから、とあからさまに話題を変える。
翌日、恵梨香と川に練習に出た希衣は、試しに恵梨香と競争してみるが、圧倒的な実力差に驚く。希衣の頭の中に千帆が恵梨香と組めばインターハイ優勝も狙えるかも、との思いが芽生える。小学生時代は敵なしだった千帆は、背があまり伸びなかったせいか、中学2年生から負け始め、1位を狙うことを諦めてしまっていたのだ。

第三章 彼女は孤高の女王

プールで千帆の指導を受ける舞奈、休憩時に関東大会に出場した昨年の活躍を話題にするが、千帆はあの程度じゃ活躍とは言えないと自嘲気味に話す。フォームは人によってバラツキがあってペアでは相性が出るけど、希衣はある意味すごい子で、誰にでも完全に合わせることができる、だからずっとペアを組んでいる、自分が弱くなっても、と語る千帆。
日曜日、4人は戸田で行われた合同練習に参加する。そこには昨年の全国大会優勝者の利根蘭子たち蛇崩学園も参加していた。昼休み、恵梨香の速さを知った蘭子は恵梨香のもとにやってきて強引にLINEの連絡先を交換する。
帰りの電車、蘭子を見ても対抗心を持たない千帆に不満を感じる希衣はその不満を千帆にぶつけるが、千帆は取り合わず険悪な雰囲気になる。千帆が恵梨香と組めばインターハイ優勝も狙えると言う希衣が恵梨香に話を振る、恵梨香はフォームが大きく違う千帆には合わせられない、ペアを組むなら希衣を希望すると言う。千帆も賛同し、自分がペアは出なくなることに、ほっとしている、希衣が追う理想の私にはなれないから、希衣の夢は私にはちょっと重すぎると語る。
千帆は希衣を引っ張って寄居駅で電車を下りていく。恵梨香は心がざわざわすると舞奈を連れて喫茶せせらぎに向かい、マスターの芦田に頼んでカヌーを出してもらう。恵梨香を見守るため舞奈を連れて川に出た芦田は、アイツ悩んでるんじゃないか、言葉にするのが下手だからカヌーで発散しているんだ、と語る。

第四章 過去は鮮やかに光っている

寄居駅で下りた千帆は希衣と蕎麦屋に入る。カヌーは好きだけど希衣とは好きの種類は違う、蘭子のように絶対に一番になりたいとは私にはどうしても思えない、希衣はずっと私が一番になることばかり考えて自分自身のこと後回しだったけど、もう私から解放されていいんだよ、と話す。希衣は、千帆と組まないことを心で受け入れるが、2人の間にある感情が少しずつズレているような気がする。
初めて4人一緒で行う川での練習、希衣と恵梨香のペアは合わせるのに苦戦する。休憩の時、恵梨香は中学卒業までの4年間不登校で、見かねた芦田の勧めでカヌーを始め、毎日カヌーに乗っていたと打ち明ける。千帆と希衣は、恵梨香を育てた芦田の指導が受けられれば自分たちにとって大きな武器になると思い付き、お願いしに行こうと言い出す。

第五章 その夢はノンフィクション

早速動いた千帆の手配で、練習後に彼女の叔母の車で喫茶せせらぎに向かうことになる4人。前のめりな希衣たちを心配して顧問の檜原先生も付いてくる。希衣たちのお願いを芦田は受け入れ、週末に指導に来てくれることになる。
初めての指導の日、芦田は希衣のフォームが小柄でストロークが小さい千帆に合わせて窮屈そうな動きになっていると指摘する。舞奈も芦田の指導で上達する。

第六章 この一瞬を君と

インターハイと関東大会の予選となる学総体兼関東大会県予選を2日後に控え、恵梨香とペアの練習に励む希衣は、恵梨香に「千帆」という言葉が先輩の口癖、千帆に執着している、精神的に自分を虐めるのが好きなタイプなのでは、と指摘される。
大会の前日、検艇のため南栗橋駅から歩いて大会会場の行幸湖に向かう4人。検艇後に練習する希衣と恵梨香だが、息が合わず落水してしまい、重苦しい雰囲気になる。帰りもピリピリする希衣は千帆に、恵梨香を選んだのは希衣、こんなところで投げ出さないでおいてあげて、と諭される。帰宅後、妹に、思っていること言わないくせに察せないと怒るかまってちゃんタイプ、と指摘されて、希衣は恵梨香に電話をかけ、自転車で会いに行く。恵梨香と話しているうちに気持ちが落ち着く希衣。
大会の日、シングルに出場する千帆と希衣、恵梨香は、無事に予選を突破し、決勝では、恵梨香は1位、千帆は3位、希衣は4位に入る。その後に迎えたペアの決勝、昨年シングル優勝の宍戸亜美のペアと競い合う恵梨香と希衣のペア。残り100m、ペースを上げる2人の動きはぴったりシンクロし、亜美たちの艇を追い抜いてトップでゴールする。

 

以前に読んだ武田さんの作品「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部 波乱の第二楽章」は、部員の多い吹奏楽部が舞台の群像劇でしたが、本作では人数の少ないカヌー部が舞台ということで、登場人物がだいぶ限られています。それもあるのか、著者の熟練の度合いが増したということなのか、読み始めたら止まらなくなって、何度も読み返してしまいました。

本作で描かれたのは、舞奈や恵梨香が高校に入学してから大会を迎える5月までのわずか2か月ほどの間で、まだ物語のほんの序盤という感じ。プロローグで描かれた、舞奈や恵梨香が高校3年生になってオリンピックを迎えるのは、かなり先のことになりますが、きっと作者には、そこに至るまでの物語の構想があるのでしょう。先日3年生編の「決意の最終楽章」が刊行され、本編としては完結した「響け!ユーフォニアム」シリーズに続くシリーズものになっていくのかもしれません。

ところで、冒頭の「プロローグ」では、オリンピックに出場する選手として直接名前が出てくるのは恵梨香だけですが、観客席に座るのは、舞奈と千帆、檜原先生の3人だけで、希衣はいません。舞奈のセリフやモノローグで「みんな…初めてなんですよ」「友人たちの晴れ舞台」といった表現が出てくることからすると、希衣も含め舞奈の知り合いが複数出場するという設定なのでしょうね、たぶん。

現在連載中の「君と漕ぐ2」も、文庫本化されたら、ぜひ読んでみたいと思います。