鷺の停車場

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三上延「ビブリア古書堂の事件手帖7〜栞子さんと果てない舞台〜」を読む

三上延さんの小説「ビブリア古書堂の事件手帳」シリーズの第7巻、「ビブリア古書堂の事件手帖7〜栞子さんと果てない舞台〜」を読みました。

本巻は、「ビブリア古書堂の事件手帖」の本編シリーズの最終巻となる作品。作者のあとがきによれば、番外編やスピンオフという形では、まだ続いていくようです。また、昨年公開された実写映画のほかに、アニメ映画化の話もあるようです。

本巻は、第6巻「栞子さんと巡るさだめ」と同様に、各章ごとの小さな謎解きを絡めながら、全体を通じて一つの謎を解く長編になっています。第6巻までは全て日本人の作家の本がテーマでしたが、本巻はシェイクスピアの古書がテーマになっています。シリーズの最後を飾るにふさわしい力作、これまでと同様に一気に読んでしまいました。

 

 

 

以下は、ネタバレになりますが、ごく簡単なあらすじ、各話の概略を紹介します。

プロローグ 

西鎌倉の料亭の一室。大柄な老人が、大判の同じ大きさ、装丁で、革の色だけが赤、青、白と違う3冊の本を座卓に並べ、向かいに座る若い娘に、1冊だけ価値あるものが混じっている、本を開けずに見分けてみろ、合格したらその本を譲り、正式に自分の古書店を継いでもらうと告げる。しかし、娘は、見分けることはできるが、店はいただかなくて結構、いつどこで何をするか、どう生きるかは自分で決める、と断り、去っていく。娘は老人の愛人が産んだ子で、本妻の娘の鶴代は古書の取引ができないから、その娘に店を継がせようとしていたのだ。それを脇で聞いていた男は、口悪く娘を罵る老人に、自分がこれから記すものを用意するよう命ぜられる。

第一話 『歓び以外の思いは』

7月のある日、ビブリア古書堂に勤める五浦大輔は、怪我で1ヶ月ほど休んでいて復帰したばかりだった。自分も『晩年』初版本を所有する久我山尚大の未亡人・真理が、ビブリア古書堂の店主・篠川栞子が所有する『晩年』のアンカット本も入手しようと企み、大輔はその手先となって動いていた真理の孫の寛子ともみ合って石段から落ちたのだった。その罪は、祖母を庇う寛子が1人で背負って拘置所に入り、真理は東京の病院に入院していた。
大輔は田中敏雄にその祖父・嘉雄が持っていた『晩年』を合法的に入手して売る約束をしていたが、真理がその『晩年』を含む蔵書を入院前にまとめて売ったことを知る。栞子が売り先の舞砂道具店に連絡を取ると、足元を見た主人の吉原喜市は800万円という法外な値段を突き付けるが、栞子はその値段を受け入れ、まずその半額を支払うことで契約が成立する。吉原は、お買い上げのお礼にと『人肉質入裁判』と題した古い本も置いていく。それは、明治19年に発行されたシェイクスピアヴェニスの商人』の翻訳本だった。
翌日、店に水城禄郎という男性がその息子・隆司に付き添われて相談があるとやってくる。禄郎の妻・英子は栞子の祖母で、かつては翻訳の仕事をしており、栞子の母・智恵子が結婚した後に禄郎と一緒に住み始めたという。隆司は、禄郎が亡くなった前妻との間にもうけた子だった。禄郎は、英子は大学を卒業する前に古本屋の久我山書房を営んでいた久我山尚大と付き合っていたが、尚大は妻子がいることを隠しており、それを知って縁を切ったときには、智恵子を身ごもっていた、それ以来、古本屋には近づかないと心に決めた、智恵子が成長してから尚大から店の跡取りとして迎えたいと申し出があったが、英子は頑として応じなかった、智恵子がビブリア古書堂で働き始めたことを知って親子の縁を切ったという。
禄郎の相談とは、英子が持っていた本を買い戻してほしいというものだった。数日前に尚大の元部下だった吉原喜市が訪ねてきて、尚大の持っていた古書を真理から買い取ったが、本来あるはずの本の代わりに英子の借用書が出てきたという。それは、智恵子を跡取りに、という話を断った直後に尚大が送ってきた古い洋書で、英子は返そうとしたが尚大は頑として受け取ろうとしなかったという。10年ほど前にボヤで表紙が焦げた時に装丁し直して、その後は鍵のかかる棚に大事にしまっていた本だったが、英子はその場で吉原にその本を渡したという。
栞子たちは禄郎の家に向かう。その途中、禄郎は、隆司が留学中、演劇サークルの公演で恋人役だった相手に付き合っていたと口にする。隆司は、エリザベス朝時代の舞台をなるべく再現した演劇だったと語る。
英子に会ってみると、よく店に立ち寄る年配の女性だったが、英子は人違いだと強弁して認めない。その本棚には、百科事典や語学の辞書、そしてシェイクスピア関連の蔵書が多くあった。棚には、エリザベス朝時代の『ヴェニスの商人』を再現した演劇のワンシーンの写真があった。それは吉原が持ってきた写真で、そこに写る出演者の中に黒い法服を来た留学中の隆司の姿もあった。英子が吉原に渡した本は、1623年に出版されたシェイクスピアの戯曲を集めた最初の作品集であるファースト・フォリオファクシミリだった。
栞子は、英子と2人きりで話したいと人払いし、大輔には駐車場で待っているよう指示する。大輔が駐車場で待っていると、栞子は一芝居打って隆司を連れ出し、3人でファミレスで話をする。栞子は、シェイクスピアの時代には舞台女優はおらず全て男性が演じていた、英子は、隆司の留学時代のことで脅されて本を渡したのだろうと説明すると、隆司は自分が男性しか好きになれないのだと打ち明ける。
その帰り、滝野ブックスの滝野蓮杖からその本が明日開かれる古書交換会に出品されると電話が入る。

第二話 『わたしはわたしではない』

古書交換会に行った栞子と大輔は、出品されたファースト・フォリオの複製本を見る。蓮杖は、10年くらい前にビブリア古書堂のカウンターで智恵子がこの本を補修しているところを見たことがあって電話したという。その時、智恵子は特別に装丁されたファクシミリで、色違いが赤と青と白の3冊あると言っていたというが、それを聞いた栞子は青ざめる。
入札で吉原は栞子に落とさせまいと小細工するが、ヒトリ書房の井上の協力もあり、本来より高値であるものの、手に入れることに成功する。
入札の後、栞子たちは、吉原に本当の目的を問い質す。栞子は、智恵子に揺さぶりをかけて自分に連絡してくる形にしたいのだと指摘すると、吉原はそれを認め、商談がある、栞子からの連絡で智恵子が連絡をとってきたら、『晩年』の残額の400万円は帳消しにする、残りのすべてをわたしが持っていると伝えてほしいと言い、念書を残して立ち去る。
栞子は、智恵子が先日栞子たちに会ったときに英子を訪れこのファクシミリを開いて念入りに見ていた、どうして家族を捨てたのかと聞くと、今のわたしはわたしではないと気付いたからと言っていたと英子が言っていたと語る。「わたしはわたしではない」とは、シェイクスピアの作品で使われているセリフだった。ファクシミリを念入りに見る栞子は、何か気付いて考え始めたのか、突然言葉が途切れ、瞳はぎらぎら輝き出す。背筋に震えが走った大輔は、正気に戻そうと栞子に声をかける。
帰宅して母親と夕食を食べる大輔は、大輔の入院中に、2人に起きたこと、大輔との関係など、栞子が一から説明してくれたと聞かされる。結婚したら栞子の家に住むと思うと大輔が言うと、大輔が結婚して出て行くなら、この家を処分してもいいと考えていると母親は言う。
翌日、休日に栞子に呼ばれて大輔が篠川家に行くと、久我山鶴代が帰るところだった。栞子がファースト・フォリオのことで話を聞こうとしたら、来てくれたのだという。
栞子は、尚大は英子に市販されたノートンファクシミリから複製したと言っていたそうだが、見比べるとページが異なる部分がある、これは現存が確認されていないファースト・フォリオから作られたもので、尚大はそれを持っていたのだろうと語る。
鶴代によると、父の尚大が亡くなる前の年に、別荘を売って何か高価な古書を買ったという話を耳にしたことがある、別荘が売られた少し後、この黒い本と、それにそっくりな大判の色違いの3冊の本が久我山家に運びこまれたが、尚大が亡くなる直前、海外の業者に赤と白と青の3冊を売って、自分が発送の手続をとった、そして、仲が良かった智恵子にもその3冊が売られたことを話したことがあるという。智恵子に話したのは、智恵子が姿を消すほんの数日前だった。智恵子はそれを追って家を出たのだ。
栞子の妹が文香が帰ってくると、その後ろに吉原の姿があった。

第三話 『覚悟がすべて』

吉原は、智恵子から商談に応じると電話があった、残額の支払いは結構ですと言い、赤と青と白の革表紙のファースト・フォリオを栞子たちに見せる。
吉原によると、ファースト・フォリオは舞砂道具店を経営していた自分の父が海外で中身ごと買い取った古いキャビネットに入っていたもので、尚大は狂喜し、口止めも兼ねて相当な大金を払った、それを尚大は一から自分好みに装丁し直し、色違いのファクシミリを3冊作ったのだという。作った理由の1つは、智恵子を後継者にするつもりだった尚大が試験に使うためだったが、智恵子にその試験を拒まれ、激怒した尚大は、吉原の父のつてを通じて、赤と青と白の3冊をばらばらに海外の道具屋に売り、黒の1冊は英子に無理やり押し付けたと吉原は語る。
智恵子に売るよりオークションにかけた方が利益になるはずと疑問に思う栞子たちに、吉原はその3冊を見せる。どの本も、強力な接着剤で貼り合わされていただけでなく、黒い本も含め、すべて同じ重さ・大きさに揃えてあり、X線を通さない素材を仕込んで科学的な分析もできないようになっていた。
吉原は、戸塚の古書会館で行われるオークション方式の古書交換会である振り市にこの3冊を出品する、智恵子には連絡したが、栞子にも買い手として参加してほしいと話す。
吉原が帰った後、栞子、大輔と文香の3人でその提案を話し合うと、慎重な大輔に対し、文香はもし買えればすごい儲かる、店だって景気がいいわけじゃないから、お金はあった方がいい、と賛成する。
大輔が自宅に帰ると、智恵子がやってくる。智恵子は、栞子にも振り市に参加してほしい、栞子には本に残った手がかりから人間の内面を読み取る才能があるが、あの店を漫然と経営しているだけでは才能の開花が遅れてしまう、それは不幸だと語る。正直、栞子の欲求の枷になっている大輔はいなくなってほしかったが、栞子の感情は簡単には変わらない、今のままでは本人が苦しむ日が来ると言う智恵子。そして、吉原をただの詐欺師と見ると彼の本質を見誤る、吉原は最後まで忠実な父の部下だった、試験を再現しようとしているのも尚大の晩年に寄り添った自負もあるからだろう、吉原の能力は高い、道化役にはそれなりの知恵が要るから注意しないと危険だと忠告し、最後に、大輔は、多少は勘が鋭いかもしれないがしょせんはただの凡人、栞子ほどの才能があればもっと能力が高いパートナーを簡単に見つけられるはず、しょせん恋は狂気、狂気が消えた時、大輔の存在価値はなにも残らない、と言い捨てて去っていく。
翌日、大輔が店番をしていると、かつて常連だった志田がやってくる。この店の事情にも通じており、栞子たちを心配する志田に、大輔は吉原との間に起こった出来事、前日の智恵子の訪問などをかいつまんで説明する。3年前に台湾で智恵子に会ったのはファースト・フォリオを探していたからだろうと語る志田は、智恵子に言われたことは気にするな、もっと自信を持て、お前自身の覚悟がすべてなんだ、と励ます。
智恵子に会いに外出していた栞子が帰ってくると、大輔に抱きつき、昨日母に言われたことは忘れてください、他のどんな男の人もわたしにはなんの価値もない、と声を震わせる。智恵子に前日のことを聞いたのだ。大輔の頭は霧が晴れたようにすっきりする。栞子は、この取引を成功させて、大学に進む文香の学費がほしい、それと同じくらい、本物のファースト・フォリオをこの目で見て、開いてみたい、書かれていることを大輔に話したい、と語る。
金曜日、栞子と大輔は、戸塚で開かれる振り市の会場にやってくる。出品された3冊を念入りにチェックする栞子たち。青い本が本物の可能性は低い。白い本を持った感触の方がいいような気がする、との大輔の言葉に何かに気付いた栞子は、白い本と赤い本を丹念にチェックし、赤い本が本物だと結論付ける。
振り市が始まる。青い本は大した値がつかず吉原の元に戻る。白い本には智恵子が声を出し、栞子も智恵子の資金を少しでも削ごうと声を上げるが、智恵子にうまく下りられ、栞子は自宅などを担保に工面した手持ちの資金を500万円減らしてしまう。うなだれる栞子に、大輔は、覚悟がすべてです、と志田にかけられた言葉で励ます。その言葉は『ハムレット』からの引用だった。元気を取り戻す栞子。
そして赤い本、残りの手持ちは4,000万円。智恵子と栞子の声でどんどん値段が上がり、智恵子が4,000万の声を出す。力が抜けてしまう栞子だったが、栞子に秘密で自宅を抵当に資金を準備していた大輔がさらに声を出し、5,050万円で栞子たちが落札する。
終了後、使われていた紙の一部を専門家に分析してもらった結果、3冊とも20世紀の紙で、ただの複製本だ、と声を張り上げて高笑いする吉原だったが、栞子は、大輔や智恵子とともに吉原を連れて別の会議室に移り、赤い本が本物のファースト・フォリオであることを示す。そして、赤い本が本物であることを知らない吉原にそれを売らせるのが智恵子の目論見で、そのために3冊すべてが吉原の手に渡るように仕向けたのだと言うと、吉原の顔から血の気が失せていく。智恵子は、ファースト・フォリオを1億5,000万円で売らないか、終了後に部下から連絡があって資金が出せることになったと言い、さらに栞子の耳元で何かささやく。栞子は、この場では返事できないと答える。

エピローグ 

振り市から数日後、大輔は栞子を自分の家に連れていき母親と食事をすることになっていた。
栞子は、あのとき智恵子がささやいたのは、何年か自分の仕事を手伝ってみないか、自分の知識や経験を惜しまずに伝えるつもりだ、文香が大学に入って落ち着いてからで構わないからという誘いと、そして、籍を入れるつもりなら反対しない、ということだったと言う。結婚のことまで智恵子に先回りされると思っていなかった大輔だが、栞子に、結婚してください、と伝える。栞子は、一瞬のためらいもなくそれを受け入れる。
そして栞子は、智恵子にファースト・フォリオを売ることにしたことを伝える。その前に、中に書かれていることを大輔に話したいと、栞子は大輔にファースト・フォリオの内容を語り出す。

 

 

最初に図書館で第1巻の「栞子さんと奇妙な客人たち」を手にとったときは、ここまでおもしろいシリーズだと思っていなかったのですが、すっかりはまっていまい、最後まで短期間で読み切ってしまいました。日頃は何かと好みが合わないことが多い連れも、すっかりはまってしまったようでした。

既に番外編の文庫本も出ているようなので、それも読んでみたいと思います。