鷺の停車場

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橋本紡「半分の月がのぼる空」(電撃文庫版)②

橋本紡さんの小説「半分の月がのぼる空」、単行本化された「完全版」に対応する第5巻までに続いて、その先も読んでみました。そのあらすじと感想です。

半分の月がのぼる空6 life goes on

半分の月がのぼる空〈6〉 (電撃文庫)

半分の月がのぼる空〈6〉 (電撃文庫)

 
プロローグ 通学

退院して約半年後の9月、1年生として戎崎裕一と同じ高校に編入してきた秋葉里香と裕一たちの登校風景。

第一話 スクールライフ

裕一は、追試の日に高熱を出して留年し、再び2年生となっていた。同級生から里香とつきあっているか尋ねられるが、そこにやってきた悪友の山西保は、つきあってない、結婚していると衝撃的な発言をし、校内に噂が広まる。下校時、2人はかつて里香を挑発して敗れ、周囲から浮くようになってしまった1年生・吉崎多香子を見かける。里香と自分の家に帰った裕一だが、里香と母親が仲良く会話して、2人きりで過ごすことができない。

九月十八日 密かに進行する事態 その一

裕一の家に遊びにきた親友の世古口司と幼なじみの水谷みゆき。裕一がフィルムの現像で外している間に一枚の紙を見つけ、みゆきの発案で、密かに事態が進行する。

第二話 器とかキャパシティとか

里香を家まで送った帰り、裕一は山西から進路について相談される。山西はいとこの失敗を見て東京に出るのが心配になっていた。その頃、みゆきの家では、世古口がやってきてドーナツを作る。たまたま家族が不在で、流れで一緒に夕食を作って食べることになった2人、みゆきの意識はどんどん高まり、ついに唇を合わせる。一方、里香の主治医だった夏目にはアメリカ行きの話がきていた。

九月二十一日 密かに進行する事態 その二

せっかく裕一の部屋に遊びにきたのに、裕一は里香の写真の現像に夢中。一人きりの里香は机の下にあった箱の中に意外なものを見つけ、密かに事態が進行する。

第三話 確執

お宮の年に一度のお祭でお札などを売る巫女のバイトをすることになった里香は、同じく巫女になった多香子と売上げを競うが、多香子のわだかまりは消えていく。里香が心配で世古口とお宮に行った裕一は、世古口にみゆきとの関係を問い詰め、2人がともに東京に行くことを知り、みゆきを頼む、と世古口に伝える。10月末になって、夏目に呼び出された裕一は、自分としては最高の施術だったが里香は5年か10年しかもたないだろう、おまえの人生のために里香がいなくなったときに道を選び直せるよう少しは準備しておけ、と伝えられる。そして、なにがあっても里香を守ってやれ、と。

エピローグ 僕たちの生きる場所

裕一は、机の引き出しから出てきた、以前みゆきたちに渡された婚姻届の用紙に、証人の欄に世古口とみゆきの名前が、右側(妻になる人の欄)に里香の名前などが、いつの間にか書かれていることを知って驚き、自分も左側(夫になる人の欄)に必要事項を書くのだった。その翌日、里香の検査の付き添いで病院にやってきた裕一は、入院中に世話になった看護師・谷崎亜希子に伊勢で里香と生きていく決意を伝える。

(ここまで)

 

著者はあとがきで、最初の構想で考えていたエンディングは第5巻のそれで、実際にそこで物語は完結しているといっていいけれども、たとえ蛇足であろうと、やがて戻っていく日常という名の舞台で2人がどう生きていくかを書いておきたかった、という趣旨のことをお書きになっています。

物語の展開も、裕一と里香の関係そのものは、もはや基本的に進展することはなく、高校生としての日常生活を描きながら、悪友・山西の進路の悩み、幼なじみ・みゆきと親友・世古口との恋愛関係の進展、アメリカ行きを前にした里香の元主治医・夏目の伝言などに接する中で、裕一が里香と生きていく決意をより強くしていくというのが、メインになっています。

その意味では、「life goes on」と副題が付けられているこの第6巻は、第5巻までで描かれた本来の本編の後日談、あるいは第2部ということもできるでしょう。完全版が第5巻までを収載しているのも、こうしたことを考慮してのことだろうと思います。

 

以上の第6巻までが本編で、第7巻と第8巻は、スピンオフ的な短編集になっています。

半分の月がのぼる空7 another side of the moon―first quarter

雨(前編) fandango

高校の文化祭を迎えた裕一たち。留年でクラスで浮いている裕一はクラスの喫茶店の店番の当番をサボろうとするが、里香に責められて嫌々店番に行く。店番を終えた裕一が山西に引っ張りこまれた視聴覚教室では「古典ロシア映画上映会」と題して、男子たちが非合法の映像に興奮していたが、取り締まる教員がやってくる。その頃、演劇部では、主役の真美が失恋して本番に出てくれるか危惧される事態に、万が一の場合には美人の里香をピンチヒッターに立てるアイデアが出て、里香はその打診を受ける。

気持ちの置き場所 find my way home

亜希子が愛車で伊勢志摩スカイラインを攻めているときに出会ったノロノロと峠を攻める男性が自爆し、検査入院で亜希子の病院にやってくる。気弱そうな雰囲気の男性と話すうちに、亜希子は彼にひかれていく。自分の過去を回想する亜希子は、良かれと思ってある男子にとった行動で彼を傷つけてしまったことで、そういう男性を意識するようになったことを思う。しかし、法事で病院を休んで帰省した亜希子が戻ってくると、その男性は退院してしまっていた。

君は猫缶を食えるかい? a cat never die

新作ゲームをやり続けて家に食料がなくなった裕一と世古口、山西が、勢いでパスタにキャットフードをソース代わりにして食べることになる。裕一は子どもの頃の父親とのちょっと似たエピソードを思い出す。

金色の思い出 water

裕一が里香のわがままに振り回されている頃、里香は亜希子に、裕一に貸している本「高瀬舟」の話をする。裕一はその本が病室にないことに気づき、苦労して探し出す。本を返す裕一に里香は、それが父の本だったことを話す。自分の父親との思い出を回想した裕一が、お父さんも喜んでいると言うと、里香は珍しく素直に、そうだったらいいなと語るのだった。

おまけショートコミック:多田吉蔵のうれしはずかし病院ライフ

山本ケイジさんによる、裕一の隣の病室に入院していたエロジジイ多田吉蔵を主人公にした見開き2ページのショートコミック3編。

半分の月がのぼる空8 another side of the moon―last quarter

雨(後編) fandango

第7巻の最初に収載された短編の続き。演劇部の公演の主役のピンチヒッターとして出演することになった里香。演劇部OGの看護師に誘われて文化祭に来た亜希子と夏目もその公演を見る。最後の結婚式のシーン、夏目の画策で王子の代役として裕一は舞台に上がるが、最後は喜劇に終わる。

蜻蛉 dragonfly

まだ入院する前、塾の夏期講習に通う裕一。女子大生の塾講師は、裕一に自身の未来を考えさせてやる気を出させようとする。疎ましく思う裕一だが、おぼろげに自分の未来について考える。

市立若葉病院猥画騒動顛末記 the war

多田さんの所有する膨大なエロ本コレクションをめぐって病院で勃発した大騒動の顛末を描いたお話。

君の夏、過ぎ去って as the summer goes by

里香が中学生時代、クラスメイトだった吉野綾子は、学校のプリントを入院する里香に届けるよう頼まれる。自分の気持ちをはっきり言えない綾子は、嫌々それを引き受けるが、里香と接することが、自分を見つめ直すきっかけになる。名前は明示されていませんが、夏目の妻で後に亡くなってしまった小夜子も登場しています。

(ここまで)

 

これらの短編は、総じていえば、本編よりもドタバタ劇っぽい要素が強くなっていますが、その中にも、裕一や亜希子たちの回想が織り込まれることで、物語に奥行きを出しているところはさすがだと思います。その中でも、落ち着いた雰囲気の「気持ちの置き場所」「君の夏、過ぎ去って」は印象に残りました。

 

ところで、本作はアニメ化、ドラマ化、映画化もされています。2006年に放映された全6話のテレビアニメ版をちょっと配信で見てみたのですが、期待したイメージとはかなり違っていて、最後まで見る気持ちになりませんでした。ちょっと残念。