鷺の停車場

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七月隆文「君にさよならを言わない」

七月隆文さんの小説「君にさよならを言わない」、「君にさよならを言わない2」を読んでみました。 その紹介と感想です。

以前に、映画でも観た「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」を読んでいましたが、この本を見かけて手に取ってみたもの。

巻末の注書きによると、2003年8月、12月に電撃文庫から刊行された、著者のデビュー作である「Astral」、「Astral Ⅱ」をそれぞれ加筆・改稿して、2015年8月、2016年8月に宝島社文庫から刊行された作品とのこと。

 

事故がきっかけで幽霊が視えるようになった高校生の須玉明が、幽霊と交流し、その魂を救っていく連作短編集。「君にさよならを言わない」は5編、「君にさよならを言わない2」は4編の短編から構成されています。

ネタバレになりますが、各編の簡単なあらすじを紹介します。

君にさよならを言わない

君にさよならを言わない (宝島社文庫)

君にさよならを言わない (宝島社文庫)

  • 作者:七月 隆文
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2015/08/06
  • メディア: 文庫
 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が載っています。

<「明くんと久しぶりに話せた……」事故がきっかけで幽霊が見えるようになったぼくは、六年前に死んだ初恋の幼馴染、桃香と再会する。昔と変わらぬ笑顔をぼくに見せる桃香は、ある未練を残してこの世に留まっていた。それは、果たせなかったあの日の約束……。桃香の魂を救うため、ぼくは六年前に交わした二人の約束を遂げる——。少年と幽霊たちの魂の交流を描く感動の連作短編。切なくて、温かい。>

星の光を

上の紹介文にある、小学4年生のときに亡くなった幼なじみの桃香とのエピソード。桃香はずっと明の近くにいて、彼女の死後に生まれた妹の聡美は、ずっと桃香が見えており、実の姉とは知らず話をしていたが、明は、事故がきっかけで幽霊が見えるようになって初めて、桃香に気づき、仲良く話をするようになる。あることで桃香は自分が死んだときのことを思い出し取り乱すが、それがきっかけで、自分が何をしたかったのかを思い出す。明と花火大会に出掛けた桃香は、生きているときに果たせなかった明への告白をする。明も自分の思いを伝えると、桃香は天に消えていく。

星降る場所

明は学校で、幼なじみの大森厚士との合作の絵が未完成のまま死んでしまった女子高生の妙名と出会う。絵を完成させたい妙名の思いを叶えようと、明は妙名を自分の身体に乗り移らせて、その絵を完成させようと取り組み始める。厚士と長野先輩がやってきて隠れた妙名は、妙名を大切に思っているが好きというのとは違う、自分が好きなのは先輩だ、という厚士の告白を聞いて動揺するが、再び絵に向かう。そこに戻ってきた厚士は妙名の手で絵が描き加えられているのに気づき、真相を知る。そして2人で絵を完成させたとき、妙名は厚志に自分の思いを伝え、消えていく。

前略 私の親友

明は通り魔殺人事件で亡くなった川名水葡に出会う。水葡は親友の寺崎由佳里が通り魔の被害に遭わないよう犯人を捕まえるのに協力してほしいという。明と会った由佳里は、事件の直前に水葡と仲違いして、仲直りできないままになってしまったことを悔やんでいた。水葡の墓参りに行く由佳里を追って霊園に向かった明と瑞穂は、由佳里を襲おうとする犯人を取り押さえる。そして明は手紙を由佳里に渡す。それを読んで水葡の思いを知る由佳里。それを見た水葡は消えていく。

風の階段をのぼって

友人の井倉が出場する陸上競技大会を見に来た明は、女子4×100mリレーのトラックに女子高生の幽霊を見る。大会の終了後にサブトラックに向かった明は、その子、野田実栗と会う。陸上部の部長だった実栗は、リレーにやりがいを見出していたが、急性白血病で急死し、残された部員たちの関係が悪化していることに心を痛めていた。明は、その高校に向かい、リレーのメンバーと会って実栗の思いを伝え、メンバーは仲直りする。陸上大会で、メンバーは実栗をアンカーとして走らせ、走り終えた実栗は消えていく。

明の休日 -sequels-

後日談的なエピローグ。明は、美術部の大森厚士に誘われて、彼の絵が入選した公募展を見に行く。途中で会った桃香の妹の聡美は、もう会えなくなった桃香が、実の姉であることを知っていた。厚士の絵は、妙名を描いたものだった。その帰り、柚とその友人の鈴置杏奈に出会った明は、一緒にお昼を食べる。柚との帰り、明は寺崎由佳里に出会う。恋人かと思ったと言葉をかけられ、2人は微妙な雰囲気になる。その後ろには川名水葡が見守っていた。さらに明は、駅のホームで陸上部のリレーメンバーとも出会うのだった。

君にさよならを言わない2

君にさよならを言わない 2 (宝島社文庫)

君にさよならを言わない 2 (宝島社文庫)

  • 作者:七月 隆文
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2016/08/04
  • メディア: 文庫
 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が載っています。

<幽霊が視えるようになったぼくは、地縛霊の館川小梅さんと出会う。娘が今どうしているのか知りたいけどここから動けない……そんな小梅さんに頼まれ、代わりに会いに行く。そしてぼくは知ることになる。娘の鶯さんがずっと母親を憎んでいること。そこには、娘を想う母の愛が隠されていることを。少年が幽霊たちの魂を救う人気シリーズ第2弾。せつなくて、心が温まる。>

花と鳥

上の紹介文にある小梅とのエピソード。かつて母親と住んでいたマンションを訪れた明は20代の女性の幽霊・館川小梅に出会う。地縛霊で20年ここにいるという小梅に頼まれ、4歳で別れた娘・鶯に会った明は、鶯が母親の小梅に邪魔だと言われ絶縁されたことで憎悪していることを知る。それは、ある事情から鶯を思って別れるためについた嘘だった。明は、小梅を自分の身体に乗り移らせて鶯の結婚式の会場を訪れる。式が終わって教会から出てきた鶯に、明が声をかける。前夜に父親から真相を聞いた鶯は、小梅に感謝の気持ちを伝え、小梅は消えていく。

わたしの世界

バーガーショップで義妹の柚の友人の鈴置杏奈と同じシフトでバイト中の明は、来店した若い女性の後ろに少女の霊が憑いているのを見る。彼女は杏奈の兄・雪秀の元彼女の寧子だった。杏奈は2人を元の鞘に納めようとバーガーショップに呼び出して会わせると、その霊は憤怒の形相を浮かべ、寧子の首を絞め、寧子は倒れてしまう。その霊が兄を取られたくない気持ちから出た杏奈の生霊だと知った明は、杏奈にそれを話す。杏奈は優しく諭すように生霊を説得すると、生霊は消えていく。

静かの海

柚に気がある井倉に頼まれ、柚と杏奈を誘って4人で海に行った明は、お盆だから故郷に戻ってきたという幽霊・三森こずえに出会う。杏奈は柚を気遣って明と2人きりにする。波打ち際の岩礁で、柚は明に何かを言いかけるが言うことができない。明は父親を嫌う気持ちから高校卒業後は家を出ると告げ、柚と口論になってしまう。柚を井倉たちに託してひとり歩く明と再び会った三森は、友達ができなかったのは、自分から周りを拒んでいたのかもしれないと語る。そこに、柚と連絡がとれないと井倉から電話が入る。三森と一緒に柚を探す明は、さっき話した岩礁の場所で柚を見つける。溺れた柚を助けたのは、お盆で戻ってきた桃香だった。その夜、明は桃香にこれまで会った人たちのことを話す。桃香は、今度生まれ変わることになったと告げ、自分の思いを明に伝える。明がキスをしてまぶたを開けると、桃香は消えていた。明は、君にさよならを言わないと、心に決める。

明の休日 -sequels2-

これも後日談的なエピローグ。熱を出して寝込んでいる明のもとに、鶯から近況を伝える手紙が届く。杏奈からは、兄と寧子が結婚することになったと電話が入る。看病してくれる柚に明は、一人暮らしするのはもう少し考えてみる、と伝える。

(ここまで)

 

幽霊が見えて、話すことができるという基本設定を除けば、現実離れした要素はほとんどなく、明の手助けで幽霊たちが心残りにしている切ない願いを叶えていく、心にしみる温かい物語でした。

もとはライトノベル電撃文庫で刊行された作品ですが、落ち着いた語り口で、ラノベっぽい雰囲気は感じません。巻末の注書きを見なければ、もとはラノベだったと思うこともなかったでしょう。改稿でどのくらい手が入ったのか分かりませんが、以前に読んだ、同じくラノベを改稿して刊行された「半分の月がのぼる空」(完全版)と比べてもそう思います。

各編は、それぞれの幽霊の願いを叶えていく一話完結の短編ですが、明と義妹の柚たち家族とのエピソードが全体をつないで、物語としての一貫性を与えています。これは、時系列では本作より後の作品ですが、以前に読んだ「ビブリア古書堂の事件手帳」と共通します。

明の家族構成は複雑です。母親は明が小学生のときに不倫相手と駆け落ちして父親のみ、1歳下の妹の柚は他の家から引き取った子で明や父親とは血縁関係はありません。実父は母親の不倫相手だったようにも見受けられます。

兄思いで才色兼備の柚は、明に恋愛感情を抱いているのが見え見えなのですが、明は相当に鈍感で、その想いに気づく様子はありません。明は柚を自慢の妹と思ってはいますが、よもや恋愛対象とは全く思っていないのでしょう。ただ、血縁関係のない義理の兄弟姉妹との結婚は、民法上の近親婚禁止の範囲から外されていますので(民法734条1項)、仮に恋愛関係になったとしても、禁断の恋となるわけではありません。明が恋していた桃香は、「君にさよならを言わない2」の最後で、生まれ変わって再び違う人生を歩むことになり、二度と会えなくなってしまったので、作品ではその先は描かれていませんが、将来的には、2人が結ばれる未来もあるのかもしれません。