綿谷りささんの小説「インストール」を読みました。その紹介と感想です。
2001年に当時17歳で文学賞を受賞して話題となった作品。綿谷りささんが若くして文学賞を受賞したニュースは私も聞いた気がしますが、この作品のことだったか、2004年に「蹴りたい背中」で最年少での芥川賞を受賞したニュースだったか、記憶はあいまいです。いずれにしても、作品自体は読んだことがありませんでした。
背表紙には次のような紹介文が記されています。
<学校生活&受験勉強からドロップアウトすることを決めた高校生、朝子。ゴミ捨て場で出会った小学生、かずよしに誘われておんぼろコンピューターでボロもうけを企てるが!?押入れの秘密のコンピューター部屋から覗いた大人の世界を通して、二人の成長を描く第三八回文藝賞受賞作。書き下ろし短編を併録。>
主な登場人物は、
- 野田朝子:母親と2人暮らしの女子高生。無遅刻無欠席で受験勉強に励んでいたが、光一の勧めをきっかけに母親に隠れて学校を休むようになる。
- 青木かずよし:朝子と同じマンションに両親と住んでいるませた小学生。
- 光一:朝子のクラスメート。英文系の朝子のクラスで唯一の男子。
- 雅:風俗店で働く子持ちの既婚ヤンママ。働いている風俗店で求められているエロチャットの対応をかずよしに依頼する。
小説に章立てはなく、1行開けで少しずつ区切られています。
ごく簡単にあらすじを紹介すると、
無遅刻無欠席で受験勉強に取り組み疲れていた高校3年生の朝子は、休むことを勧める光一の言葉をきっかけに、受験勉強から脱落し、母親に黙って登校拒否するようになる。部屋の大掃除をして、すべての家具や小物をマンションのゴミ捨て場に運んだ朝子は、そこで声をかけられた小学生の男の子に運んできた古い壊れたコンピューターをあげる。
数日後、母親に頼まれ頂き物のお礼に図書券を届けようと朝子が同じマンションの青木さんの部屋を訪ねると、そこはコンピューターをあげた男の子の家だった。男の子は、コンピューターをインストールしなおしたら使えるようになったと言い、コンピューターを使って、専業主婦の「かなこ」として携帯メールをやり取りしていた風俗店で働く子持ちヤンママの雅に頼まれた時給1,500円のエロチャットのバイトを一緒にしようと朝子を誘う。
翌日から朝子は、その男の子・かずよしの部屋の押入れで、かずよしが学校から帰ってくるまでの間、コンピューターで雅の名前で風俗店のHPにログインし、エロチャットの客と会話するようになる。最初は客を怒らせることもあったが、次第に相手を悦ばせるコツをつかんでいく朝子。学校から帰ってきたかずよしとの何気ない会話をきっかけに、朝子はかずよしの実母は幼い頃に亡くなっていて、今の母親は去年父親が再婚した継母であること、かずよしが母親との関係にまだ慣れないと聞かされる。そんなある日、以前にかずよしとチャットを交わした客が入室してきて、その内容を知らない朝子は対応に四苦八苦するが、学校から帰ってきたかずよしの助けで何とか乗り切る。
登校拒否が4週間になって、朝子は、母親が担任教師からの連絡で登校拒否を知ったこと、かずよしの母親が自分が昼間かずよしの部屋に来ていることを勘づいていたことを知って混乱し、自らを見つめ直す。学校から帰ってきたかずよしは、雅から受け取ったそれまでのバイト代30万円を朝子に渡す。雅が子育てに専念するため風俗店を辞めることになりバイトは終了することを知った朝子は、自分も学校に行くから(母親との関係改善に)努力しなさいよ、とかずよしに言うのだった・・・というもの。
朝子と光一の会話から始まる冒頭は、独特の文体もあって、けっこう面食らいました。荒削りな印象の一方、同年代だから書ける文章のようにも思えて瑞々しさを感じます。
その後は、1人で家具をゴミ捨て場に運ぶとか、冷静に考えれば実際にはあり得ないだろうと思える記述もありますが、ドロップアウトした高校生の、虚無的だけど何かを探している心境の揺れ動きが、生々しく描かれている印象で、もっと若い時に読んでいれば、より鮮やかに迫ってきたのだろうという気がしました。
それにしても、半ば勘づかれていたとはいえ、専業主婦と偽って風俗嬢とメールを交わし、怪しまれずに客とエロチャットを交わすかずよしは凄い小学生です。朝子以上にエロの世界を知っていて、醒めた目で眺めている小学生、成長してどうなるのだろうと心配になりました。
文庫本には、短編「You can keep it.」が併録されています。周囲に進んで物をあげることで学校で自らの身を守ってきた大学生の城島が、授業で一緒になり気になった女の子・綾香と親しくなろうとあげる物に悩んだ挙げ句、旅行のお土産と嘘をついてポストカードをあげるが、その嘘がバレてしまい気まずくなる・・・という物語。これも、性格的に不器用な主人公がある種の失敗を通じて、自分を変えるきっかけに出会う、という意味では、「インストール」と共通しているように思いました。