米澤穂信さんの小説「ふたりの距離の概算」を読みました。その紹介と感想です。
テレビアニメ「氷菓」の原作となる〈古典部〉シリーズの第5作、第4作の「遠回りする雛」に続いて、読んでみました。
表紙には「It walks by past」いう副題?が付いており、背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。
【春を迎え高校2年生となった奉太郎たちの〈古典部〉に新入生・大日向友子が仮入部する。千反田えるたちともすぐに馴染んだ大日向だが、ある日、謎の言葉を残し、入部はしないと告げる。部室での千反田との会話が原因のようだが、奉太郎は納得できない。あいつは他人を傷つけるような性格ではない―—。奉太郎は、入部締め切り日に開催されたマラソン大会を走りながら、心変わりの真相を推理する!〈古典部〉シリーズ第5弾!】
前作は、入学してからの一年間の折々を描いた短編集でしたが、本作は、第3作までと同様に、全体で一つの謎を解く長編になっており、次の7章で構成されています。簡単におおまかなあらすじを紹介します。
序章 ただ走るには長すぎる
1.現在:0km地点
5月末、20kmを走るマラソン大会の神山高校星ヶ谷杯がスタートする。
2.過去:一日前
古典部に仮入部していた1人だけの1年生・大日向友子が、突然、本入部しないと言ってきた。
3.現在:1.2km地点
この日は本入部手続の締切の日、奉太郎はマラソンの途中で古典部員の伊原や千反田から話を聞いて大日向が入部しない理由を解き明かそうとする。
一章 入部受付はこちら
1.現在:1.4km地点:残り18.6km
奉太郎は、大日向が仮入部した日からのことを思い出そうと努める。
2.過去:四十二日前
新歓祭の日、古典部の向かい製菓研のテーブルに気になることを見つけた千反田と奉太郎がその謎を推理していると、大日向がいつの間にかその会話を聞いていた。その謎はお料理研のトラブルが原因だった。
3.現在:4.1km地点:残り15.9km
奉太郎は、後ろから追いついてきた伊原に、前日に大日向が何と言ったのか確認すると、伊原は大日向が「千反田先輩は菩薩みたいに見える」と言っていたという。
二章 友達は祝われなきゃいけない
1.現在:5.2km地点:残り14.8km
伊原から聞いた大日向の言葉に、奉太郎は千反田と大日向の関係に問題があると考え始める。
2.過去:二十七日前
奉太郎の誕生日、古典部メンバーがサプライズでお祝いに訪れる。どうして迷わず奉太郎の家に来れたのかが話題となり、千反田は奉太郎の同級生の名前を出してごまかしていた。
3.現在:6.9km地点:残り13.1km
大会を取りしきる総務委員の里志に出会った奉太郎が、外見が菩薩なら内面はなんだ、と尋ねると、里志から返ってきた答は夜叉だった。
三章 とても素敵なお店
1.現在:8.0km地点:残り12.0km
奉太郎は、ある日の、いま大事なのは友達、という大日向の言葉と、昨日伊原に語った言葉の意味を考える。
2.過去:十三日前
奉太郎たちは、大日向に頼まれ、オープン前のモニター客として、大日向の従兄が開く喫茶店を訪れる。そこで、千反田先輩は顔が広い、と言って大日向が1年生のある女の子の名前を出すと、千反田はその子の名前を知っていた。
3.現在:11.5km地点:残り8.5km
少なくとも1つおかしなことがあると喫茶店での記憶を遡る奉太郎には、もしかしたらという思いが固まりつつあった。
四章 離した方が楽
1.現在:14.3km地点:残り5.7km
奉太郎は、千反田から話を聞くために、千反田自身はなぜ大日向が退部したと思っているのかを推理しようとする。
2.過去:約十九時間三十分前
昨日の放課後、廊下で会った大日向と部室に行くと、千反田がいた。千反田と大日向が話している脇で文庫を読んでいた奉太郎が、突然「はい」という声を聞いて千反田に声をかけると、怯えたような表情をしていた。
3.現在:14.5km地点:残り5.5km
後ろから走ってきた千反田に会った奉太郎は、千反田の思いが誤解だと伝え、昨日あったことを聞き出す。奉太郎は、大日向は何十日も千反田から圧力を感じていたが、千反田にはそのつもりはなく、前日の数十分のやりとりで怒らせたとしか思っていない、という自分の推理に確信を深める。
4.現在:14.6km地点:残り5.4km
さらに、奉太郎は、前日の千反田と大日向との会話の内容を聞き取る。その内容自体は、大日向とは何の関係もないものだった。
5.現在:14.6km地点:残り5.4km
これまで聞いた話から、奉太郎は千反田にもう1つ、喫茶店で大日向が名前を挙げた1年生は誰か質問するが、千反田は、入学式で生徒代表として入学宣誓を務めたことを知っていただけだった。
五章 ふたりの距離の概算
1.現在:17.0km地点:残り3.0km
大日向と話すのみとなった奉太郎は、しばらく走った後、足を止めて大日向がやってくるのを待つ。大日向と会った奉太郎は、千反田はお前の友達のことは何も知らない、と言葉をかけると、大日向の顔から表情が消え失せる。奉太郎はコースを外れて近道となる路地に滑り込む。
2.現在:18.6km地点:残り1.4km
奉太郎は、大日向に自分の推理を話し出す。仮入部してからの大日向の言動から、大日向には実際に友達がいるが、その存在を知られたくないと思っていること、その友達は中学時代の友達で、神山高校には入らなかったこと、顔が広い千反田がその友達を知っているのではないかと怖がっていたこと。そして、千反田は前日に大日向の携帯を勝手に触ったから怒って退部したと思っていることを話す。
3.現在:18.9km地点:残り1.1km
大日向は、奉太郎にその友達のことを話し出す。3年生になってから転校してきた子で、ずっと離れないと約束したが、その子は、大日向と遊ぶのに、祖父をだましてお金を手に入れていた。大日向は、その子の罪がばれるのも、その子と自分が友達だとばれることが怖かったのだ。
終章 手はどこまでも伸びるはず
1.現在:19.1km地点:残り0.9km
星ヶ谷杯の間にやるべきことを終えた奉太郎は、ゴールに向かって歩いていく。そこに総務委員の里志が待っていた。里志は大日向が入部しない理由を尋ねるが、奉太郎は学外の問題だったとだけ語る。奉太郎は、古典部メンバーが家に来たときに千反田が奉太郎の同級生の名前を出したことが、大日向が千反田を疑い始めたきっかけだったのではないかと思うのだった。
(ここまで)
これまでの長編3作は、時期や内容は違えどいずれも神山高校の文化祭に関連するテーマでしたが、本作は、春に行われる20kmを走るマラソン大会をテーマにしています。
2年生になった奉太郎たち古典部に仮入部して楽しそうにしていたはずの大日向友子が、本入部手続を行わず退部していった謎を、奉太郎がマラソン大会を緩く走りながら考えをめぐらせて解き明かし、大日向の中で膨らんでいた千反田への誤解を解いたところで幕を閉じます。これだけ書くとよく分からない舞台設定に思えるかもしれませんが、実際に読んでみると、なぜマラソン大会の最中に謎解きをする必要があるのか、違和感なく描かれています。
大日向は、自分が抱いていた警戒心が誤解と分かっても、本入部せずに去っていくことになりますが、しばらく時間を置いて心のわだかまりが薄まったときには、再び入部することもあるのかなあと思ったりもしました。