鷺の停車場

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鴨志田一「青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ない」

電撃文庫から出ているライトノベル青春ブタ野郎」シリーズの最新巻、第10作の「青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ない」を読みました。

扉の見返しには、次のような紹介文が掲載されています。

『忘れられない高校生活も終わり、咲太たちは大学生に。新しくも穏やかな日々を過ごしていた、そんな秋口のある日——。「さっきの本当に卯月だった?」
 アイドルグループ『スイートバレット』のリーダー・卯月の様子がなんだかおかしい。いつも天然なあの卯月が、周りの空気を読んでいる……? 違和感を覚える咲太をよそに、他の学生たちは誰も彼女の変化に気づかない。これは未知なる思春期症候群との遭遇か、それとも―—?
 新しい場所、新しい人との出会いの中で、咲太たちの思春期はまだ終わらない。新たな物語の始まりを告げる、待望のシリーズ第10弾。』

 

第8巻の「青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない」からの、いわば第2部でいうと3巻目に当たる作品。ただ、第9巻の「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」で咲太は高校を卒業して大学に進学することで一区切りついた部分もあるので、第3部となる大学生編の第1巻というべきかもしれません。

今回は、咲太の恋人・桜島麻衣の母違いの妹・豊浜のどかが所属するアイドルグループ「スイートバレット」のセンター・広川卯月が主役。空気が読めない天然キャラだった卯月が、突然周囲の空気が読めるようになり、それまで見えなかったものが見えてきて思い悩むが、それを乗り越えて再び前向きに歩き出す・・・という物語。

 

 

以下は、各章ごとの少し詳しめのあらすじです。

 

第一章 思春期は終わらない

  1. 9月末、市立大学の統計科学学部の1年生になっていた梓川咲太は、友人の福山拓海の誘いで同じ講義を取った学生たちの懇親会に参加し、国際商学部の美東美織と知り合う。美織は美人だがスマホを持たない珍しい子だった。2次会に参加しない咲太と美織は一緒に帰るが、駅で別れる。
  2. 横浜駅から電車に乗った咲太は、藤沢駅で降り、塾講師のバイトに向かう。2人の生徒を相手に授業を行う咲太だったが、男子生徒の無駄話で、同じく塾講師をしている双葉理央に咎められる。
  3. バイトを終えた咲太は、双葉を待って塾を出る。消防士となった親友の国見からは、消防署への配属が決まったと連絡が入っていた。自宅に着くと、一緒に住んでいる妹の花楓のほかに、ロケから帰ってきた恋人の桜島麻衣も来ていた。咲太は麻衣との何気ないやり取りに幸せを感じる。
  4. 週が明けて月曜日、横浜駅京急線に乗り換えて大学に向かう咲太は、電車の中で、入学して3年ぶりに再会した赤城郁実を見かける。金沢八景駅で降りて大学に向かう途中で会った拓海からは、謎の人気歌手・霧島透子の歌をカバーした謎のCM美女が話題になっていること、霧島透子の正体は麻衣だとの噂もあることを聞かされる。第二外国語スペイン語の授業に向かった咲太は、教室で美織、そして同じ学部に入学していた「スイートバレット」のリーダー・広川卯月と一緒になる。
  5. 授業の後、拓海と学食で昼を食べていると、同じ大学に入った豊浜のどかが咲太を探してやってくる。のどかは、卯月の仕事が増えて他のメンバーとスケジュールが合わなくなってきたことで、前日に卯月と他のメンバーが喧嘩のようになってしまい、卯月の様子を気にしていた。メンバーの強い信頼関係を知っている咲太は深く心配していなかったが、変化は突然現れる。

第二章 空気の味は何の味?

  1. 翌日、大学に行った咲太は、いつもは天然キャラで周囲とテンションが違う卯月が、愛想笑いを浮かべ、周囲に溶け込んでいることに気づき、違和感を感じる。
  2. 授業の後、のどかが卯月に会いにやってくる。2人は仲直りするが、空気を読むようになった卯月に、のどかも違和感を感じていた。
  3. 卯月はその翌日も、周囲の空気を正しく読んで、女性グループに違和感なくなじんでいた。学食で昼を食べていた麻衣と美織の2人と一緒になった咲太は、麻衣から卯月のことを双葉に相談することを勧められる。
  4. 高校時代からのバイト先のファミレスで咲太が双葉に相談すると、原因は卯月ではなく、普通とかみんなといった平均的な価値観を無意識に求める周囲の学生が起こした思春期症候群ではないかと話す双葉。空気が読めるようになることで、卯月が変わってしまうことを心配する咲太。そこに、花楓から、謎のCM美女の正体は卯月で、公開された新バージョンの動画が大人気になっていると聞かされる。
  5. 一夜明けて、大学に向かう電車で、咲太は卯月に話しかけられる。金沢八景駅で降りて大学に向かう途中、メンバーと一緒に武道館のステージに立ちたいと語る卯月。2人は、道端で1人で学年ボランティアの募集に声をかける赤城郁実を見かけるが、学生たちは相手にせず小さな笑いを浮かべて素通りする。それを見て卯月は、私もみんなに笑われてたんだ、と呟く。

第三章 Social World

  1. それから10日ほど、卯月も周囲も平穏な日々が続いていたが、咲太は、それは卯月の無理で成立している、爆発する前に手を打たなければと考えていた。塾のバイトの帰り、後輩でファミレスのバイト仲間の古賀朋絵と会った咲太は、朋絵と話しながら何かヒントを得ようとする。
  2. 翌日、大学に行こうと咲太が家を出ると、のどかが待っていた。前日のダンスのリハーサルでの卯月の様子がおかしいことが気になるのどかは、卯月の力になってほしいと咲太に頼む。のどかと大学に向かい金沢八景駅で電車を降りた咲太だったが、その電車に卯月が虚ろな横顔で乗ったままでいるのを見つけ、慌ててその電車に飛び乗る。卯月はそのまま終点の三崎口まで降りなかった。咲太が声をかけると、卯月は自分探しに来たと答える。
  3. 駅を出てお昼に名物のまぐろ丼を食べた2人は、卯月の発案でレンタサイクルに乗って海に向かう。そこで咲太と話す卯月は、武道館は遠い、と本音を漏らす。卯月は、その場所にたどり着くことが不可能だと気づいてしまったから、何かを探しに来たのだ。
  4. 咲太は卯月を連れて日本武道館に行く。卯月はそこで、自分たちのアイドルとしての立ち位置に気づいたことで、どうしていいかわからなくなってしまっていた。そこにのどかから電話がかかってくる。咲太はスイートバレットのライブに行こうと、のどかにチケットの手配を頼む。

第四章 アイドルソング

  1. 咲太が麻衣とのデートの待ち合わせでバイト先のファミレスの外で待っていると、麻衣が車で迎えにやってくる。免許を取っていたとは知らず驚いた咲太だが、助手席に乗ってお台場のライブ会場に向かう。
  2. お台場に着いた2人はライブ会場に入る。4組のアイドルグループが出演するライブ、2番目にスイートバレットが登場する。最初は順調だったが、途中から卯月のダンスが遅れはじめ、ついには卯月の声が出なくなってしまうが、他のメンバーのカバーで、無事にライブをやり遂げる。
  3. ライブの後、のどかたちは卯月を病院に連れていく。咲太と麻衣がのどかを迎えにその病院に行くと、卯月は母親に連れられて帰っていく。残った他のメンバーとマネージャーが話す中で、卯月がソロデビューの話を断っていたことがわかる。そして、メンバーたちはあることに思い当たる。
  4. のどかは咲太と一緒に麻衣の車で帰る。その車内で、のどかはライブ前の卯月とのやり取りを明かし、卯月が不安になっているのに何もしてあげられなかったと悔やむ。しかし、翌日のライブは残りの4人で出る、今度は私たちが引っ張っていくと語る。
  5. 翌日、咲太は八景島で行われるライブに向かう。出番がやってきたスイートバレットは4人で登場し、初めは好調だったが、停電で中断してしまう。雨も降り、観客は少しずついなくなってしまう中、4人はアカペラで歌い始める。咲太は会場に来ていた卯月を見つけ、その励ましもあって、卯月は再びステージに上がる。

終章 Congratulations

ライブは大成功に終わり、ネットで大きな話題となっていた。卯月はスイートバレットを卒業せずにソロデビューの話を受けることを決め、大学を辞める。退学届を出しにやってきた卯月と会った咲太は、卯月の新たな門出に、おめでとうと声をかける。卯月を見送った咲太は、そばにサンタ姿の女性がいることに気づく。周囲の人間には見えていないその女性は、咲太に霧島透子だと名乗る。

(ここまで) 

 

前作のように、もうひとつの世界に行くといった仕掛けはなく、なぜか突然空気が読めるようになるという一点を除いては、卯月の成長をシンプルに描いた物語になっています。大学生になって一段と大人になったということもあるのかもしれませんが、これまでのヒロインと比べ関係が薄い卯月がメインということで、咲太自身の葛藤は少ないのも、そうした印象を強めています。うまく描いていると思いますが、感銘度という点では、これまでの作品ほどではないのが率直な感想。

最後に唐突に登場する霧島透子は、次巻への布石なのだろうと思います。あとがきには、次回のヒロインのことも書かれていますが、それが誰かは明かされていません。登場する主だった女の子のうち、これまでヒロインになっていないのは、赤城郁実と霧島透子くらいなので、どちらかがメインになるのか、あるいは既にヒロインとして登場した誰かが再びトラブルになるのか、というところでしょう。

野次馬的な見方をすれば、咲太の身近な人達はみんな、思春期症候群などのトラブルを一度は乗り越えて成長してしまっているので、この先のストーリーを構築して、完結まで導いていくのは、なかなか大変なのだろうなと思います。そうした予想をいい意味で裏切る展開を期待したいところです。