鷺の停車場

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桜木紫乃「ホテルローヤル」

桜木紫乃さんの小説「ホテルローヤル」を読みました。

ホテルローヤル (集英社文庫)

ホテルローヤル (集英社文庫)

  • 作者:桜木 紫乃
  • 発売日: 2015/06/25
  • メディア: 文庫
 

本作は、2013年1月に単行本として刊行され、その年の第149回直木賞を受賞した作品。その後、2015年6月に文庫本化されています。昨年、映画を観ていたので、原作も読んでみようと思って、手にしてみました。

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

 

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北国の湿原を背にするラブホテル。生活に諦念や倦怠を感じる男と女は‟非日常”を求めてその扉を開く―—。恋人から投稿ヌード写真の撮影に誘われた女性事務員。貧乏寺の維持のために檀家たちと肌を重ねる住職の妻。アダルト玩具会社の社員とホテル経営者の娘。ささやかな昂揚の後、彼らは安らぎと寂しさを手に、部屋を出て行く。人生の一瞬の煌めきを鮮やかに描く全7編。第149回直木賞受賞作。

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作品は、上の紹介文にあるとおり、7つの短編から構成されています。各編のおおまかなあらすじは次のとおりです。

シャッターチャンス

短大を卒業してから13年、地元のスーパーで正社員として事務を担当している加賀谷美幸。中学の同級生で、怪我でアイスホッケー選手を引退し、今は同じスーパーで配送運転手として働く恋人の木内貴史の求めで、投稿ヌード写真を撮るために廃業したラブホテル「ホテルローヤル」を訪れる。撮影する中で、美雪には様々な思いが去来する。

本日開店

児童養護施設で育ち、30歳の時に設楽寺の住職の息子で20歳年上の七教の妻となった設楽幹子。直後に住職が亡くなり、経済的に苦しくなる中で、檀家の提案で、4人の檀家と定期的にお布施を受ける代わりに性的な関係を持つことになっていた。檀家の1人が亡くなり、その役目が10歳ほどしか年が違わない息子に変わったことで、幹子の心情に変化が生まれる。

えっち屋

高校を卒業してから10年間、今は肺を患い入院している70半ばの父親が30年前に開業した「ホテルローヤル」の管理をしてきた田中雅代。ホテルの部屋で女子高生とその教師が心中した事件をきっかけに、ホテルを閉めることを決めた雅代は、「えっち屋」と呼ばれているアダルト玩具会社の営業担当・宮川に在庫の引き取りに来てもらう。市役所に勤めていたが上司の妻に手を出したことで転職した宮川と話す中で、雅代はある提案をする。

バブルバス

お盆に1年前に亡くなった姑の墓参りに夫・本間真一と来た恵。供養を頼んでいた僧侶がダブルブッキングで来れなくなり、墓地からの帰り、「ホテルローヤル」を通りかかった恵は、僧侶に渡すはずだった5,000円でラブホテルに行こうと夫を誘う。アパートに舅と子ども2人と狭いアパートに同居し、夫婦の営みも途絶えていた2人は、ホテルの一室でつかの間の夫婦水入らずの時間を過ごす。

せんせぇ

高校の数学教師・野島広之は、単身赴任先の木古内から電車に乗る。妻・里沙が、自分に里沙を紹介した当時の勤務校の校長と結婚前から長らく関係が続いていることを知った野島は、関係が続いているのか確かめるため妻に黙って自宅がある札幌に向かう野島だったが、担任をしている2年生・佐倉まりあが隣の席に座ってくる。借金などから母と父がそれぞれ姿を消したと語る佐倉。札幌で里沙と校長が一緒なのを目撃した野島は、佐倉と自分の境遇に共通するものを感じ、翌日、道東に向かう特急に乗る。

星を見ていた

自宅近くの「ホテルローヤル」で掃除婦として働く60歳の山田ミコ。10歳下の夫・正太郎は漁師だったが足を傷めて船を降り、ミコは朝から夜中まで働く。3人の子どもの中で唯一親を気にかけて時折連絡をくれるのは左官をしている次男の次郎だけだったが、ある日、その次郎が殺人容疑で逮捕されたとのニュースが流れる。

ギフト

看板屋を営む42歳の田中大吉。同い年の妻と小学6年生の息子がいるが、自分の半分ほどの歳で団子屋の売り子をしていたるり子と男女の仲になっていた。一念発起して、借金をしてラブホテルを建てる契約を結び、帰宅すると、妻子は出て行った後で、離婚届が残されていた。実家に迎えに行っても、義父に冷たく追い返される大吉は、るり子とラブホテルを始めることを決める。

 

(ここまで)

 

釧路の湿原を望む場所にたたずむラブホテル「ホテルローヤル」を舞台にした作品ですが、それぞれの短編は、密接に関連しているわけではなく、「ホテルローヤル」という要素を共通するだけで、ゆるやかにつながっている感じで、それぞれの登場人物の心象が印象深く描かれています。

各編はおおむね、昔に遡っていく形で連なっています。最初の「シャッターチャンス」ではホテルの廃業後が描かれ、「本日開店」では「シャッターチャンス」との前後関係は明確ではありませんが、ホテルの廃業後に田中大吉が亡くなったことが出てきます。「えっち屋」ではホテルを廃業した時のことが、「せんせぇ」はホテル廃業の一因となった心中に至る教師と女子高生が釧路に向かう場面が描かれ、「星を見ていた」は雅代が高校生だったころ、「ギフト」はホテル開業時の大吉が描かれています。ただ、「バブルバス」は、ホテルが営業中の時期を描いているものの、「せんせぇ」や「星を見ていた」との前後関係は明確ではありません。

昨年観た映画版では、「本日開店」以外の短編の要素がおおよそ盛り込まれ、雅代を主人公にした物語として再構成されていました。個々のエピソードは味があったものの、一本の映画としては今一つの印象でしたが、原作の本作を読んで、その要因がわかった気がしました。