鷺の停車場

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中村航「100回泣くこと」

中村航さんの小説「100回泣くこと」を読みました。

100回泣くこと (小学館文庫)

100回泣くこと (小学館文庫)

  • 作者:中村 航
  • 発売日: 2007/11/06
  • メディア: 文庫
 

これもたまたま手にしてみた本。2005年10月に単行本として刊行された作品に改稿を加えて、2007年11月に文庫本化された作品とのこと。

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

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 実家で飼っていた愛犬・ブックが死にそうだ、という連絡を受けた僕は、彼女から「バイクで帰ってあげなよ」といわれる。ブックは、僕の2ストのバイクが吐き出すエンジン音が何より大好きだった。
 四年近く乗っていなかったバイク。彼女と一緒にキャブレーターを分解し、そこで、僕は彼女に「結婚しよう」と告げる。彼女は、一年間(結婚の)練習をしよう、といってくれた。ブックの回復→バイク修理→プロポーズ。幸せの連続線はどこまでも続くんだ、と思っていた。ずっとずっと続くんだと思っていた—―。(解説・島本理生
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作品は、4章で構成され、さらに数字で35節に区切られています。各章のおおまかなあらすじは次のとおりです。

第一章 犬とバイク

1 就職して4年になる「僕」に、実家の母親から、犬が死にそうだと連絡が入り、4日後の日曜に実家に帰ることにする。

2 その犬は、8年前、浪人生活を始めたばかりの春に図書館の駐車場で見つけた生まれたばかりの捨て犬を「僕」がブックと名付けて飼い始めた犬で、2ストロークのバイクで一緒に出かけたりしたが、大学に入って別れていた。

3 彼女にバイクで帰ってあげなよ、と言われ、2ストのバイクの音を聞くと喜んだブックを思い、「僕」は4年間乗っていなかったバイクをメンテすることにする。

4 「僕」は久しぶりにバイクを駐輪場から出して洗車し、新品のバッテリーやエンジンオイルなどを買って交換し、ガソリンを入れ換えるためにバイクを押してガスステーションに行く。スタッフの協力でタンクをきれいにしてガソリンを入れ換えるがエンジンはかからず、キャブレターが原因だろうと言われる。

5 翌日の6月11日、「僕」はキャブレターをバイクから外し、仕事から帰った後に分解する。そこに彼女もやって来て、一緒に牛丼を食べ、コーヒーを飲む。

6 午後9時、食事を終えた2人は、ベランダに出て分解した部品を有機溶剤を使って洗浄する。作業の途中、「僕」は「結婚しよう」と言うと、彼女も「……うん、結婚しよう」と答える。洗浄を終えた2人はベッドに入り手をつないで眠る。

7 翌朝、ベーコンエッグとトーストの朝食を食べた2人は、洗浄したキャブレターの部品を組み立てながらキスをする。彼女は付き合って3年が過ぎた同い年だった。

8 組み立てたキャブレターを駐輪場のバイクにセットしてエンジンをかけると、初めはうまくいかないが、押しがけでエンジンがかかる。「僕」は慣らしでバイクを走らせ、かつてブックを喜ばせたエンジン音を4年ぶりに感じる。

第二章 スケッチブック

9 「僕」は高速を4時間走って岐阜県の実家に行く。ブックは眠ったままだったが、目覚めて少しするとハッと気づいたように立ち上がって「僕」の手を舐める。母親から話を聞き、夜までずっと一緒にいた「僕」が帰りにバイクのエンジンを吹かすと、ブックは少しずつ嬉しそうな表情になってしっぽを振る。

10 東京に帰った「僕」は彼女に電話で報告する。2人は、彼女の提案で、1年くらい、結婚したつもりになって一緒に暮らしてみる、結婚の練習をすることにしていた。7月7日から一緒に暮らすことにした2人は新生活に向けた相談をする。

11 新生活の準備を進める中、「僕」は古い友人と飲みに行って共通の知り合いの消息を交換し、かつて2人を引き合わせたムースとバッハが別れたことを知る。4人で飲みに行って初めて彼女に会った日、ムースに好きな男性のタイプを聞かれた彼女は「僕」みたいな人と答えて仰天させ、その日から電撃的に付き合いが始まったのだった。

12 7月7日、彼女が引っ越してくる。練習初日、2人はショートケーキに入刀して食べ、彼女はスケッチブックを開いて教会の結婚式での誓いの言葉を書き記す。「僕」はそれを読み上げ、2人は誓い合う。

13 新生活が始まり、2人は様々なアイデアを出し合い、計画を立て、実行していく。

14 ある朝、「僕」は自分がみる夢の人称がWeになっていることに気づく。練習開始から3か月が経ち、2人はレストランで初めての反省会を開く。

15 12月に入った頃、彼女が風邪をひいて熱を出す。彼女の希望で「僕」は解熱の舞を踊るが熱はなかなか下がらない。5日目の夜、柔道をする夢をみた、柔道をやってみたい、藤井君を投げまくってもいい?と話す彼女に、「僕」は、もちろん、いい受け身をとるよ、と返す。翌日になって、彼女はようやく回復する。

16 年が明けて、東京に雪が降った日、夜遅くに帰宅した「僕」は、彼女とモグラの馬力や奇妙な単位の話をして笑う。こんな生活がずっと続くのだと思っていた。

第三章 開かない箱

17 冬が弱まってきた頃、彼女が微熱を出すことが増える。下腹部の痛みも出て、彼女は千葉の実家近くのかかりつけの病院に行くことにする。彼女は、そろそろ本番の準備をしようと言うが、「僕」は、ゆっくり休んできなよ、と声をかける。

18 翌日、荷造りをして彼女は出発する。「僕」は駅まで荷物を持って送り、ホームで握手をして別れる。

19 「僕」は、会社にある柔道場に1人で行き、柔道をやってみたいと言った彼女を思い出し、何度も受け身をとり続ける。

20 月曜の夜、彼女から電話があり、検査を受けたが原因が分からず、木曜に再検査を受けることになったと聞かされる。

21 仕事が大詰めの時期になっていた「僕」は、木曜の夕方、職場から電話をかける。来週の月曜と木曜に精密検査を受けることになった、結果は金曜に連絡する、と聞かされる。

22 仕事がヤマを越えた3月最終日、「僕」は家で電話を待つ。ようやくかかってきた電話で、彼女は火曜から入院することになったと告げる。東京の病院で受けたCTとMRIの結果、卵巣に悪性腫瘍がある疑いが強まり、手術することになったという。「僕」は、翌日の午後に彼女のもとに行くことにする。

23 翌日、「僕」は、現状を知ってこれからのことを考えようと、朝一番に図書館に行き、卵巣がんについての資料を探し、関係する場所のコピーをとる。千葉に向かう途中でその資料を読む「僕」は、不安と恐怖の中で自分に病気のことを伝えてくれた彼女のことを思い、涙を流す。

24 最寄りのバス停留所に着くと、彼女の父親が出迎え、ファミリーレストランに連れていく。病気のこと、彼女の様子、入院費や退院後のことなどを話し合った後、2人は彼女の家に向かう。

25 家に着き、「僕」は彼女と両親と4人でお茶を飲みながら話した後、彼女の部屋に行く。初期でなければ子宮は残せないと話す彼女に、退院したら結婚しよう、子宮を取っても何も変わらない、と声をかけ、えらいね、と彼女の頭を撫でながら褒め続ける。

26 入院して1週間後、彼女は手術を受け、進行期Ⅲの悪性腫瘍と診断され、リンパ節への転移も確認される。化学治療を行うことになり、1クール3週間の抗がん剤投与を6クール行うスケジュールが組まれる。

27 抗がん剤投与が2クール目に入った6月、「僕」は11日に何かプレゼントすると言うと、彼女は絶対に開かない箱がほしいと話す。それからしばらく経つと副作用がだんだん強くなり、3クール目に入る頃には髪の毛は抜け落ちてしまう。

28 夏になり、激しくなっていく副作用と戦いながら、彼女は長かった投薬治療を終えるが、完治には至らない。新しい抗がん剤の投与が始まり、副作用に苦しむが、効果は現れない。そんな中、「僕」の会社で初ロットの出荷を控えた新製品の1号機が従業員の単純ミスで壊れる。周りの生産性のない対応ぶりに、対処のため病院に行けなくなってしまう「僕」は沸々と込み上げる怒りを抑えられず、トイレに駆け込んで吠えるように大声を上げ、涙を流す。

29 新しい抗がん剤は効果が出ずに1クールで中止となり、別の抗がん剤も試されるが効果は出ず、治療開始から既に半年以上が経過する。大がかりな検査の結果、転移も見つかり、試すに値する抗がん剤もなく、余命は長くて3ヶ月と宣告されたことを父親から電話で知らされる。

30 それから3ヶ月、「僕」は毎日定時で仕事を打ち切り、病院に通ってベッドの横に座り、もうあまり口を開かなくなった彼女に話しかける静かな日々を送る。2月11日、久しぶりに笑顔を見せ、目にも生気が戻っていた彼女とキスを交わし、これまでを取り戻すようにしゃべる。一度眠った彼女が目を覚ますと、元気になりたい、と小さな声で言って一筋の涙を流す。「僕」は大丈夫、と励ますが、翌日にはもう目を開けなくなって呼吸器が付けられる。その3日後、両親と「僕」が見守る中、彼女は静かに亡くなる。

第四章 箱の中身

31 彼女が死んでちょうど100日後、「僕」は会社の試作室で絶対に開かない箱を作る。彼女の葬儀が終わってから、毎晩酩酊するまで酒を飲み、涙を流す日々を送っていた。

32 6月、家に帰った「僕」は彼女のスケッチブックをめくり、そろそろ泣くこと、酒を飲むことはやめなきゃならないと思う。

33 しかし、次の日も、その次の日も、「僕」は酒を飲んで涙を流す。模糊とする意識の中で、君のいない生活をそろそろちゃんと始めようと思う、いいよね、と彼女に語りかける。翌日、昼過ぎに目覚めた「僕」は、部屋にそのままになっていた彼女の物を段ボールに詰め、押入にしまう。

34 季節が過ぎ、もうすぐ彼女が死んで2年になろうとしていた。「僕」は本気で引っ越しを考え始める。

35 休日の朝、母親からブックが死んだと電話が入る。バイクで実家に向かい、ブックの亡骸と対面した「僕」は、かつて一緒に遊んだ河原にブックの亡骸を埋める。バイクも潮時だと感じ、このまま廃車にして、新幹線で東京に戻ろうと思う「僕」は、河原を眺め、彼女のことに思いを馳せる。

(ここまで)


なお、「僕」も彼女もフルネームは最後まで明かされませんが、11や24、25、27で「僕」が「藤井君」と、24や25で彼女が「佳美」と呼ばれる描写が出てきます。

初めて会った日に電撃的に付き合い始め、結婚の練習、いわば結婚を前提とした共同生活を始めた「僕」と彼女。幸せだった何気ない日常の日々が、彼女にがんが見つかることで暗転し、坂道を転げ落ちるように彼女の死にまで至ってしまいます。この明暗の対照が鮮やかで、心に沁みる物語。10や16などで描かれる、第三者が聞いたら意味不明な、他愛のない2人の会話、28で描かれる「僕」に沸き上がる怒りの場面など、描写の巧みさも感じる作品でした。