鷺の停車場

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島本理生「よだかの片想い」

島本理生さんの小説「よだかの片想い」を読みました。

本作を原作にした映画をこの間観に行って、原作も読んでみることにしました。

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本作は、「小説すばる」2012年9月号から11月号にかけて連載され、加筆・修正を加えて2013年4月に単行本として刊行された作品。2015年9月に文庫本化されています。

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。 

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顔に目立つ大きなアザがある大学院生のアイコ、二十四歳。恋や遊びからは距離を置いて生きてきたが、「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにした本の取材を受け、表紙になってから、状況は一変。本が映画化されることになり、監督の飛坂逢太と出会ったアイコは彼に恋をする。だが女性に不自由しないタイプの飛坂の気持ちがわからず、暴走したり、妄想したり……。一途な彼女の初恋の行方は!?
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主な登場人物は、

  • 前田 アイコ:国立大学の理学部物理学科の修士課程で研究に取り組む女性。顔の左側にアザを持っている。

  • 飛坂 逢太:映画監督。アイコが表紙となったルポルタージュ本の映画化に取り組む。

  • まりえ:中学校時代からのアイコの友人。小さな出版社に勤めている。顔にアザや怪我がある人をテーマにしたルポルタージュ本「顔がわたしに教えてくれたこと」を企画し、アイコにインタビューを依頼する。

  • 奈緒美:同じ研究室の先輩。みんなからミュウ先輩と呼ばれている。

  • 原田君:同じ研究室の後輩。ETというあだ名で呼ばれている。密かにアイコに好意を抱いている。

  • 城崎 美和:女優。飛坂が撮る映画で主役を演じ、飛坂との関係が雑誌に報じられる。

  • 教授:アイコの研究室の教授。アイコが大好きな男性の一人。

というあたり。

本編は、章や見出しはなく、1行の間隔を開けて区切られた部分が積み重ねられる形で構成されています。おおまかなあらすじを記すと、次のような感じです。

 

左目の下から頬にかけて生まれつきのアザがある前田アイコ。小学三年生の授業中に男子たちにアザが琵琶湖そっくりだと言われ、それを先生が叱って以来、アザがコンプレックスとなっていた。
国立大学の理学部物理学科、さらに大学院に進んだ一年目の夏、小さな出版社で働くアイコから、顔にアザや怪我のある人たちのルポルタージュを作ることになったとインタビューの依頼が入る。インタビューを受け、お願いされて表紙の写真を飾ったことをきっかけに、アイコの人生が大きく変わることになる。
その本が映画となることが決まり、映画化にあたって監督の飛坂逢太との対談がセットされる。かかわるのはこれで最後にしようと思って対談に臨むアイコだったが、自分の昔話で場を和ませる飛坂に、打ち解けて話すアイコは奇跡のような時間を過ごす。
重ねて飛坂と会い、また飛坂が撮った映画を観て、アイコは飛坂に恋してしまったことに気づく。その後もたびたび飛坂と会うアイコは、ついに飛坂に、好きです、と告白する。付き合うと大変だし、苦労する、幸せにしてあげることはできないと思う、と告げる飛坂にアイコは、なにもいりません、と宣言し、交際が始まる。
24歳の誕生日の翌日、アイコは飛坂と特急電車に乗って牧場に行き、帰りに自宅まで送ってもらうと、母親が出てきて3人で一緒に夕食を食べる。
そうした中、週刊誌で飛坂と城崎美和が映画撮影の間に意気投合し、路上で抱き合ってキスしていたとスクープされる。そこに飛坂から電話が掛かってくる。きちんと説明させてください、と話す飛坂に、アイコは会う約束をするが、事情を話す飛坂に、アイコは許せない気持ちになり、ふたりの会話はすれ違う。
後になって、そんな自分を許せなくなったアイコは、こんな自分はもう捨てたいと思い、病院に行く。レーザー治療で早ければ二年でアザが治せると知り、自分がやる気になればこんなに身近に感じられるものだったんだと内心高揚するアイコだったが、治療を受けるかどうかで悩む。
そんな中、修士論文のために研究室にこもるアイコは、原田君から、アイコ先輩が気になっている、と思いを打ち明けられる。そこに、教授がやってきて、化粧品会社に就職したミュウ先輩が会社のバーベキューでかなりのやけどを負ったと知らせる。
翌日の午後、病院に見舞いに行くと、ドア越しに、ミュウ先輩の押し殺したような鳴き声が聞こえる。動悸がおさまらず、どうしていいか分からなくなったアイコは、思わず飛坂に電話をかける。飛坂の言葉を聞いて気持ちが落ち着いたアイコは、意を決してミュウ先輩の病室に入る。アイコは、不安な気持ちを吐露するミュウ先輩を勇気づけ、アザを取るのはやめた、アザを通して他人を見ていたからこそ、信頼できる人とだけ付き合ってこられたと話す。
お礼のメールを飛坂に送ったアイコに、飛坂からこのままでは嫌なのでもう一度会ってほしいと電話が掛かってくる。約束の日、実験をしたアイコはシャワーを浴びてから向かおうと大学のシャワー室に入ると、ドアノブの鍵が壊れて出られなくなる。室内にあったデッキブラシでガラス窓を割り、その音で原田君と准教授が駆け付け、難を逃れる。時間に間に合わないため、飛坂に電話するが、急な打ち合わせが入ったから別な日に、との飛坂の言葉を聞いた瞬間、アイコは全身の力が抜け、あなたと付き合えて夢みたいでした、と別れを告げる。
日曜日、アイコは原田君と大学の沿線に出来たばかりのショッピングモールに出かける。ベンチでアイスを食べるアイコは、女の人がアイス食べてる姿って可愛いですねと言う原田君に、嬉しさと泣きたい気持ちで表情がくしゃくしゃになるのを感じる。
クリスマスイブの夜、アイコは飛坂が撮った映画の試写会に行く。久しぶりに飛坂の姿を見て、その映画を観たアイコは、あなたを好きになって本当に良かったと思うのだった。

(ここまで)

 

不器用だけど真っすぐな主人公の描写が鮮やかな作品でした。アザのコンプレックスのために、密かな期待を抱きながらも、自分の殻にこもっていたアイコが、その真っすぐさに惹かれる飛坂との交際を通じて、コンプレックスを受け入れて、前向きに進もうとする姿は、心に響きました。

先に観た映画では、アイコの通う学部が工学部、ミュウ先輩は在学中でラテンダンスをしている、飛坂との最初の出会いはプロデューサーたちを交えた会食、といったように、細部には様々なアレンジが加えられていましたが、物語の骨格はそのまま踏襲されていたので、本作もほとんど違和感を感じることなく読むことができました。