鷺の停車場

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辻村深月「かがみの孤城」(下)

辻村深月さんの小説「かがみの孤城」の下巻を読みました。

本作は、2017年5月に単行本として刊行され、2018年に本屋大賞を史上最多得票数で受賞した作品。2021年3月に上下巻に分けて文庫本化されています。

上巻では、5月から8月までを描いた「第一部 様子見の一学期」、9月から12月までを描いた「第二部 気づきの二学期」が収載されていました。

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その上巻に続いて、読んでみました。

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。 

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学校での居場所をなくし、家に閉じこもっていた“こころ”は、部屋の鏡をくぐり抜けた先にある城に通うようになる。そこで出会ったのは、境遇の似た仲間たち。7人それぞれの事情が少しずつ明らかになるなか、城の終わりの日が刻々と近づいてくる。鍵は見つかるのか、果たしてこの中の誰の願いが叶うのか―—。
ラストには驚きと大きな感動が待つ。本屋大賞受賞作。

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主な登場人物は、

  • こころ(安西 こころ):主人公の中学1年生。おとなしく内気な性格。

  • アキ(井上 晶子):中学3年生。明るく、快活で、背が高い。

  • 喜多嶋先生(喜多嶋 晶子):こころを見守るフリースクール「心の教室」の先生。

  • スバル(長久 昴):中学3年生。背が高く、色白で、優しい男の子。

  • マサムネ(政宗 青澄):中学2年生。生意気で理屈っぽい性格で口が悪い男の子。
  • フウカ(長谷川 風歌):中学2年生。眼鏡をかけていて、ピアノが上手な女の子。

  • リオン(水守 理音):中学1年生。明るく気さくで、穏やかな性格の男の子。

  • ウレシノ(嬉野 遥):中学1年生。小太りで食べることが好きな男の子。

  • オオカミさま:狼の仮面をつけた少女で、城の案内人。人形が着るようなかわいいドレスを着ているが、口調は上から目線。

  • ミオ(水守 実生):リオンの姉で、リオンが6歳の時に亡くなった。

  • こころの母:初めはこころの本心が分からないが、理解しようと努め、こころを支えるようになっていく。

  • 伊田先生:こころの担任教師。

  • 東条 萌:こころと家が近い中学校での唯一の友達。

  • 真田 美織:こころの同級生で、こころをいじめる。

というあたり。(上巻で紹介したのと同じですが)

 

下巻では、1月から3月までの各月と閉城、エピローグの計5節から成る第三部が収載されています。各節の概要・主なあらすじは次のようなもの。

第三部 おわかれの三学期

一月

1月10日、こころは他の生徒と登校時間が合わないよう遅い時間に自転車に乗って登校すると、昇降口で東条萌にばったり出会うが、こころを無視して去っていくのに動揺する。さらに、靴箱には真田真織からの手紙が入っていた。それを読むうちに悔しさで手は大きく震え、手紙を握りつぶす。何とか保健室にたどり着いたこころだったが、マサムネやウレシノたちは誰も学校にいないことがわかる。そこに喜多嶋先生がやってきて、緊張の糸が切れたこころは気を失う。目覚めたこころは、どういうことかわからなくて混乱する。喜多嶋先生は、真田とこころとのことを教えてくれたのは東条であることを話し、闘わなくてもいいよ、と声を掛ける。
家に帰ったこころが城に行くと、リオンだけがいた。リオンは、ここはフェイクのような気がすること、自分が小学校に入った年に病気で死んだ姉を家に帰してほしいというのが願いであることなどをこころに話す。
翌日、再びこころが城に行くと、マサムネとリオン以外の4人が来ていた。みんな学校に行ったが誰にも会えなかったことを話す。マサムネはその次の日も、ずっと来なかった。

二月

2月に入ってすぐ、マサムネが城にやってくる。マサムネは、どうして自分たちが会えなかったのかを考えていたことを話し、パラレルワールドの住人同士なんだと思う、と考えた結論を話す。みんなは互いの世界の違いを確かめ合うと、近くのショッピングセンターなどの街の特徴だけでなく曜日や学校のクラス数も違うことが分かる。自分たちが現実世界では助け合えないことにショックを受けるこころたち。
しかし、そこに現れたオオカミさまは、マサムネの推論は全然違うと断言し、外で会えないこともない、私は最初から鍵探しのヒントを出している、と話す。みんなはそれぞれの部屋に「×」の付いた場所があることを話し、それもヒントか尋ねると、オオカミさまは答えをはぐらかし、姿を消す。
3月の終わりには本当に分かれてしまうことが分かり、時間の重みが増したことで、こころは城での残りの日々を大事に過ごそうと思うようになっていた。

三月

3月に入り、伊田先生が家にやってくるが、真田からの手紙に返事を書いてみないか、という伊田の言葉に幻滅するこころ。伊田先生が去った後、ポストに何かが投函される。それは、「ごめんね」と謝る東條萌からの手紙だった。
次の日、城に行くと、マサムネやウレシノは学校を変わることを、アキは留年することになったことを、スバルは定時制の高校に受かったことをそれぞれ打ち明け、フウカの発案で、最後の日にパーティをすることになる。
3月の下旬に入ったころ、お母さんに呼ばれてやってきた喜多嶋先生は、隣の学区の中学校に変わることができること、東条が父親の転勤で名古屋に転校することになったことなどを話した上で、何が何でも学校に戻したいと思っているわけではない、選択肢はたくさんあると説明する。こころは、みんなのことも喜多嶋先生に頼みたい、みんなのところにも信頼できる人がいますように、と願う。隣の学区の中学校の見学もしたこころの心は揺れていた。
お別れパーティの前日、何かお菓子を買おうとショッピングセンターに出かけたこころが家に帰ってくると、家の前の道路の少し離れた場所にいた東条と偶然目が合う。こころが手紙のお礼を言うと、東条はこころを家に招く。
東条の家に入ると、玄関を入ってすぐに、父親の趣味だといういろんな童話の昔の絵本の原画がかかっていた。東条は、3学期の最初に昇降口で会ったとき、真田たちからの無視が始まって微妙な時期で話せなかったと明かし、自分が真田たちをバカにしているように見えるのが気に食わなかったらしいことなどを話す。バカみたいだよね、たかが学校のことなのに、という東条の言葉に、そんな風に思ったことがなかったこころは驚く。
話せてよかったとすっきりした気持ちで家に戻る途中、自分の部屋の窓から大きな光が見え、何かが弾けるような凄まじい音が響く。急いで自分の部屋に上がると、姿見は大きな亀裂が入ってガラスがは粉々に砕けていた。鏡の向こうから、リオンやマサムネたちの顔が見えるが、リオンはアキがルールを破って狼に食べられたこと、自分たちも連帯責任で食べられてしまうことを伝え、こころに願いの鍵を見つけることを頼むと、みんなの顔は消え、狼の遠吠えだけが残る。
動かなければいけないと決意したこころは、アキのルール破りをなかったことにしてください、と願う。大きな音に驚いて門の前にやってきていた東条に、リオンの言葉から視界が開けたこころは、東条の家にあった「七ひきの子やぎ」の原画を借りて、意を決して鏡の中に入っていく。
城に入ったこころは、借りた原画に従って「×」マークがある場所を回り、そのマークに手を触れていく。すると、マサムネ、ウレシノ、スバル、フウカ、リオン、アキの記憶が、順番にこころに流れ込んでくる。そうする中で、こころは、パラレルワールドなんかではなく、みんな年がズレていたのだと気がつく。
そして、大時計の中に鍵と鍵穴を見つけたこころは、「願いの部屋」に入り、アキのルール違反をなかったことにしてください、と願う。扉の向こうに手を伸ばしたこころは、アキの手を握り、取り戻そうと引っ張る。戻ってきたみんなも手伝い、アキを取り戻すことに成功する。そこに、オオカミさまが現れる。

閉城

こころたちは、自分たちがそれぞれ西暦何年を生きているのかを確認し合い、スバルが1985年、アキが1992年、こころとリオンが2006年、マサムネが2013年、フウカが2020年、ウレシノが2027年と7年ずつ離れていることが分かる。オオカミさまは、城はこの日で閉まること、城での記憶は消えてしまうことを告げ、戻る前に少しだけ時間を与える。
そして、最後に、みんなは互いに名前を教え合って、それぞれの鏡から帰っていく。こころはアキの手をぎゅっと握り、未来で待ってるから、会いに来てね、と言葉を掛け、戻っていく。
終わった、と静かに息をついたオオカミさまに、途中から引き返してきたリオンが、姉ちゃん、と声をかける。リオンは、城が閉まるはずだった3月30日が姉の命日であること、城が姉が持っていたドールハウスにそっくりであること、7年ずつ離れているのに1999年だけが抜けているのは、雪科第五中に行きたかったけど行けなかった姉の年だからであることなどを指摘し、姉が入院中の病室からここに来ているのだろう?と問い詰めるが、オオカミさまはリオンの方を向かず、返事もしない。リオンは最後に、みんなのことと姉ちゃんのことを覚えていたい、とお願いし、鏡の中に入っていくと、オオカミさまの「善処する」という声が聞こえた。
4月になり、こころの2年生1学期が始まる。東条や喜多嶋先生の言葉で、学校に戻ってみようと思ったこころは、転校せずに雪科第五中学校に行ってみることにしたのだった。登校するこころに、男の子が声を掛ける。「水守」という名札に、こころはその子の名前を知っている気がして、目を見開く。

エピローグ

晶子は、中学時代に学校に行かなかった時期があったが、おばあちゃんの家の近くに住み、学校に行くのが億劫になってしまった子たちのための塾を営んでいた鮫島百合子先生が手を差し伸べ、勉強したいと感じるようになっていった。晶子は、その頃から、誰かに腕を引かれているような、強い痛みの感覚が走るようになっていた。
大学に入った晶子は、鮫島先生の誘いで、鮫島先生が立ち上げたフリースクール「心の教室」の活動を手伝うことになり、大学三年生の時、総合病院のケースワーカーで、後に結婚することになる喜多嶋先生と出会う。
その病院で、晶子は中学一年生の水守実生を教えることになるが、晶子が大学四年生になる年に、実生は亡くなる。その経験から、自分のなりたいものは学校の教員とは少し違うのかもしれないと考えて「心の教室」に携わっていく。晶子には、命がけで手を引っ張って自分をこの世界に戻してくれた子たちがどこかにいる、今度は自分はその子の腕を引く側になりたいという思いが芽生えていた。
そして、安西こころが部屋の中に入ってきたとき、その姿を見て、とうとうその時が来た、と思う晶子は、大丈夫だよ、と胸の中で呼びかけるのだった。

(ここまで)

 

この第三部は、それまで張り巡らされてきた伏線が見事に回収されていく怒涛の展開。先に劇場版アニメを観ていて、大まかな展開は知っていたので、意外な驚きはありませんでしたが、事前の知識なく読んでいたら、予想外の鮮やかな展開にかなり驚いたに違いありません。終盤はアニメ映画と同様に心に響き、涙腺が緩む展開で、最後、不登校になってしまっていたこころが、城でのみんなとの経験を経て、逃げずに学校に行くようになる前向きな姿に、心地よい読後感が残りました。

なお、改めて原作小説を読んでみると、劇場版アニメも、時間の関係でカットされたであろう部分は多くありますが、この原作にかなり忠実に映画化されていることが分かりました。