鷺の停車場

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映画「わたしは光をにぎっている」を観る

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平日の夜、TOHOシネマズ流山おおたかの森へ。

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観たのは、「わたしは光をにぎっている」(11月15日(金)公開)。

昨年見た実写映画の中では個人的に一番印象に残った『四月の永い夢』の中川龍太郎監督の次回作ということで、気になっていました。公開2週目以降、上映館が増えているようですが、公開初日からの上映は全国10館と、かなり小規模な上映。こういう小規模公開の作品を上映してくれるのは、この映画館の嬉しいところ。この映画館でも、公開初週は1日3~4回上映していましたが、2週目はさっそくレイトショー1回のみに減ったので、お客さんの入りがだいぶ良くないのでしょうね。もう1週くらいすると上映が終わってしまいそうです。

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上映は129席のスクリーン1。中に入ってみると、お客さんは8~9人。

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公式サイトに掲載されているストーリーによると、

 

ー宮川澪、20歳。
ふるさとを出て、働きだした。友達ができた。好きな人ができた。

その街も消える、もう間もなくー

亡き両親に代わって育ててくれた祖母・久仁子の入院を機に東京へ出てくることになった澪。都会の空気に馴染めないでいたが「目の前のできることから、ひとつずつ」という久仁子の言葉をきっかけに、居候先の銭湯を手伝うようになる。昔ながらの商店街の人たちとの交流も生まれ、都会の暮らしの中に喜びを見出し始めたある日、その場所が区画整理によりもうすぐなくなることを聞かされる。その事実に戸惑いながらも澪は、「しゃんと終わらせる」決意をするー。

 

というあらすじ。

主人公の宮川澪が松本穂香、東京で居候する銭湯の主人・三沢京介が光石研、友人となる緒方銀次、島村美琴が渡辺大知、徳永えり、祖母の久仁子が樫山文枝、といった俳優陣。

再開発事業で昔ながらの商店街や街並みが消えていく東京・立石が舞台。長野の野尻湖畔で祖母が営む旅館をたたんだのを機に、澪は単身東京に出て、亡き父親の友人で立石で銭湯を営む三沢のところに居候することになる。仕事を見つけたら出て行く予定だったが、見つけたスーパーのバイトも長続きせず、祖母の言葉をきっかけに、三沢の銭湯を手伝うようになるが、再開発で銭湯を閉めることになることを知る。親戚が亡くなって故郷に戻った澪は、最後まできちんとやり切ると決意し、銭湯の最後を迎える。

居候する銭湯も昔ながらの作り。立石のアーケード街や路地裏の飲み屋街など、古くからの街並みを愛おしむような映像が随所に出てきます。故郷の野尻湖の描写も含め、『四月の永い夢』と同様に抒情的な映像は印象的です。松本穂香の雰囲気もとても良かった。こういう空気感の映画はとても好きです。

ただ、澪の内心で転機になった部分が、どうしてそうなるか描写が今一つで、ちょっと説得力に欠ける感じがありました。抒情性に流れすぎてしまったような気もします。映画の空気感がとても良かっただけに、ちょっと残念でした。