鷺の停車場

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筏田かつら「静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた」を読む

筏田かつらさんの小説「静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた」(上/下)を読みました。

静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた 上 (宝島社文庫)

静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた 上 (宝島社文庫)

  • 作者:筏田 かつら
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 文庫
 
静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた 下 (宝島社文庫)

静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた 下 (宝島社文庫)

  • 作者:筏田 かつら
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 文庫
 

図書館でたまたま手に取ってみた作品。

著者の筏田かつらさんは初めて知りました。ネットで調べてみると、小説投稿サイト「小説家になろう」に2011年から投稿された「静かの海」で第4回ネット小説大賞を受賞してデビューした作家さんだそう。

同作は改稿の上で2016年に「静かの海 あいいろの夏、うそつきの秋」・「静かの海 ゆらめきの冬、さよならの春」の2冊の単行本として書籍化されていますが、本作はそれにさらに加筆修正して改題し2018年に文庫本化したもの。単行本の前者が本作の上巻、後者が下巻に対応しているのだろうと思います。

 

小学6年生になって田舎から転校して周囲に溶け込めないボーイッシュな女の子が、就職浪人中の大学生の男性と偶然に出会い、自分を男の子と信じ込んで親しく接する彼に抱いてしまった切ない恋心の行方を描いた作品。

 

上下巻いずれも、章建てはありませんが、けっこう細かめに見出しが入っています。「小説家になろう」に投稿した小説の書籍化なので、1回の投稿分ごとに見出しが付いているということなのだろうと推測します。

 

多少ネタバレになりますが、あらすじというか、簡単な概略を紹介します。 

(< >内は出版元の宝島社公式サイトに掲載されている各巻の紹介です。)

○静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた 上

<内定を取り消され、将来の不安に苛まれる大学生・行成(ゆきなり)と、引っ越してきたばかりで周りに馴染めずにいる小学生・マサキ。それぞれの悩みを抱えるふたりは、偶然知り合い、近所に住む年の離れた友人として徐々に親交を深めていく。 しかし行成が「可愛らしい男の子」だとばかり思い込んでいたマサキは、実はれっきとした女の子だった。現実にもがくふたりが紡ぐ、成長と小さな恋の物語。>

プロローグ

母親の実家のある街に引っ越すマサキ。

小学生

内定を取り消された大学生の行成、犬を連れて迷子になったマサキと出会い、マサキの家のある街まで道案内する。

藍色

雨の日、傘を持ってこなかったマサキは行成と偶然に再び出会い、行成の部屋にお邪魔することになる。行成はマサキを男の子と勘違いしていたが、変な空気になってしまうことを恐れたマサキはそれを訂正せず聞き流す。

梅雨明けの街

マサキは家で採れたプラムを持って行成の部屋を訪れる。その帰り、夏祭りの屋台で金魚すくいをする2人。マサキは行成がすくった金魚2匹をもらい持ち帰る。

最後の夏休み

夏休みに入るマサキ。金魚がすぐに死んでしまい、行成の部屋を訪れ、行成が作っている透明骨格標本を死んだ金魚で作りたいとお願いする。

途切れた放物線

夏休みの間、透明骨格標本を作るために行成の部屋を毎日のように訪れるマサキ。マサキは行成に恋していることを自覚する。

クラスメイト

夏休みが明け、作った透明骨格標本を自由研究として学校に持って行ったマサキだったが、クラスメイトの天久昴に壊され、激高してケンカになってしまう。その帰り、おもらしをしてしまった1年生の女の子に出会ったマサキはその子を家まで送ってあげると、昴の家だった。標本を壊してしまったことを謝りに行成の部屋に行ったマサキは、野球の試合を見に行こうと誘われる。 

月夜とカクテル光線

叔父の協力もあり、行成とプロ野球のナイターを観にいったマサキ。行成のゼミの友人や昴とばったり出会うが、ひとまず事なきを得る。 

青い恋

マサキは隣のクラスの愛実に突然声を掛けられる。あの一件以来マサキに声をかけるようになっていた昴に、誰か好きな人がいるか聞いてほしいという。マサキがそれを昴に聞くと、昴は激高して去ってしまう。1ヶ月ぶりに行成の部屋に行ったマサキは、大阪の会社に就職が決まったと聞かされ、ショックを受ける。マサキは愛実に昴の答えを伝えるが、愛実の恋の相手は塾の先生に心変わりしていた。再び行成の部屋に行ったマサキは、訪れてきた行成の彼女の梓と顔を合わせてしまい、慌てて帰る。マサキは自分の思いを独身の叔父に相談する。 

転機

それまでクラスのリーダー格だった瑠奈が突然学校に来なくなった。父が警察に捕まったことで、それまでの立場を失ったのだ。梓がマサキが女の子であることに勘づいて仄めかしても、行成は男の子だと信じて疑わず、変な想像を膨らませる。マサキは、家庭科の課題を嫌がらせでダメにされてやり直す瑠奈を手伝い、愛実を含め3人は仲良くなる。そして、マサキは昴が自分のことを真剣に好きであることを思い知らされる。 

○静かの海 その切ない恋心を、月だけが見ていた 下

<自分が女の子だということを言えないまま、近所の大学生・行成(ゆきなり)との友情を育むマサキ。その小さな胸の中で生まれた恋心は、どうしようもないほどに膨らんでいた。そんなマサキに中学受験と、行成との別離の日が近づいてくる。別れの前に、ずっと隠していた秘密と本当の想いを行成に告げようと決めるのだが……。ままならない現実と、抑えきれない想い。淡く儚い、恋のゆくえ。>

冬のおとずれ

クリスマスが近づき、マサキは愛実にイブの日に開くクリスマスパーティーに誘われる。イブの2日前にマサキは行成の部屋を訪ねると、イブの日に梓に作る天ぷらの試作をしていた。マサキが男の子だと信じて疑わず変な追求をする行成に、マサキは腹を立てて部屋を出る。

夢一夜

クリスマスイブの日、マサキはパーティーに行く途中にマンガを返しに行成の部屋に立ち寄ると、高熱を出した行成が倒れ込んでいた。マサキはパーティーをキャンセルし、梓にはフラれたという行成を布団まで運び、薬を買ったりして看病する。

カウントダウン・デイズ

大学で梓と会った行成。行成の心には、イブの日、帰り際のマサキの顔にドキッとしたこと、女の子が部屋にいたような気がすることが波紋のように残っていた。マサキと会った行成は、受験前に渡したいものがあるから部屋に来るよう伝える。

受験前日

受験前日、マサキは愛実から受験が終わったら恋している塾の先生に告白するつもりだと打ち明けられ、複雑な思いを抱く。行成の部屋に行くと、渡す物がまだ手元になく、当日の朝に駅で待ち合わせることになる。

GO!

受験の日の朝、マサキは駅で行成から彼が大学受験の時に使ったシャープペンシルと御守りを渡されるが、人身事故で電車が動かない。自転車で来た行成はマサキを後ろに乗せて会場の中学校まで疾走し、マサキはギリギリで間に合う。

秘密と事実

受験した中学校に合格したマサキは、愛実や昴と接するうち、きちんと伝えなければと行成の部屋に行く。知人に会いに出るという行成と一緒に歩いていくと、その知人とはマサキも教えていた愛実が恋する塾の先生だった。彼にマサキが女の子であることを知らされた行成は動揺し、もう俺に関わるな!と厳しい言葉を投げる。

決壊

行成に厳しい言葉を投げられてから、すっかり落ち込んでしまったマサキは、母親と口論になり、辛辣な言葉を投げてしまう。昴に言われて洗濯した卒業制作で汚れたタオルなどを干しに屋上に上がったマサキは、風にあおられたタオルに手を伸ばした際に手すりが壊れ、転落してしまう。 

Waiting for you

しばらく意識を失っていたマサキは、病室で意識を取り戻す。母親に今日が何日か尋ねると、行成の引越しの日だった。衝動的にベッドから抜け出して行成のもとに向かおうとするマサキだったが、取り押さえられてしまう。 

サヨナラ

リハビリを経て再び登校できるようになったマサキは、瑠奈から親が離婚することになって母親の実家の四国に引っ越すことになったと聞かされ、愛実と一緒の帰り道、愛実から塾の先生に告白してフラれたと明かされる。痛々しいその姿に、マサキは自分と行成とのことを遠回しに打ち明け、2人は抱き合って涙する。 

真に咲く花

卒業式を間近に控え、マサキは叔父から、本当は自分の母の弟ではないこと、叔父が母を好きなことを遠回しに聞かされ、そして励まされる。 

誓い・約束

卒業式の日、あの金魚を埋めた校庭の木の根元に向かうと、行成から声を掛けられ、あの日厳しい言葉を投げたことを謝罪される。マサキは自分の思いをきちんと伝えようとするが、行成はそれを遮り、これからいい出会いもいっぱいあるだろう、自分もそういう相手としては見られない、大人になっても同じ気持ちだったら聞いてやると伝える。マサキは、行かないで、と泣いてすがるが、行成に慰めされ、2人は別れる。 

 

文章が比較的読みやすく、スッと入ってくる感じで、マサキの切ない思いが響きました。ネット小説大賞を受賞しただけのことはあります。こういう切ない雰囲気の作品は、私好みなのかもしれません。

ただ、マサキの心情は、かなり内省的で大人びていて、だからこそ大人の自分が読んでも共感できる部分があるのですが、小学生のそれとはとても思えません。思春期まっただ中の女の子の恋愛感情を描いているような感じです。

なので、せめて中学生の設定だったら違和感なく読めたのだろうと思いますが、そうすると行成がマサキを男の子だと信じ込むという基本設定が成り立たなくなってしまいます。あるいは、もう少し小学生っぽさを残した心情描写であれば不自然さはなくなったと思いますが、それで本作のような心に響く作品になったかは分かりません。このあたりの設定の不自然さにどこまで引っ掛かるかで、本作の評価は違ってくるのだろうと思います。