鷺の停車場

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辻村深月「朝が来る」

辻村深月さんの小説「朝が来る」を読みました。

本作を実写化した映画「朝が来る」は、一昨年、スクリーンで観ていました。

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その原作ということで、だいぶ間が開きましたが、読んでみることにしました。

本作は、「別冊文藝春秋」2014年1月号から2015年3月号に連載され、2015年6月に単行本として刊行された作品、2018年9月に文庫本化されています。

背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。 

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長く辛い不妊治療の末、特別養子縁組という手段を選んだ栗原清和・佐都子夫婦は民間団体の仲介で男子を授かる。朝斗と名づけた我が子はやがて幼稚園に通うまでに成長し、家族は平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、夫妻のもとに電話が。それは、息子となった朝斗を「返してほしい」というものだった―—。解説・河瀬直美

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主な登場人物は、

  • 栗原佐都子:武蔵小杉のタワーマンションで暮らす主婦。建設会社に勤めていたが、41歳で朝斗を迎えたのを機に、仕事を辞めた。

  • 栗原清和:佐都子の同い年の夫。同じ建設会社に勤めていた佐都子と知り合い、30歳の頃に結婚。

  • 栗原朝斗:佐都子と清和が特別養子縁組で迎えた1人息子。幼稚園の年長組の6歳。
  • 片倉ひかり:。

  • 浅見:特別養子縁組を仲介する「ベビーバトン」の代表。

というあたり。

本編は4章から構成されています。各章の概要・主なあらすじは次のようなもの。

 

第一章 平穏と不穏

(一)

武蔵小杉のタワーマンションの高層階に住む佐都子に、1月ほど前から無言電話が掛かってくるようになっていた。また電話が掛かってくるが、それは6歳の息子・朝斗が通う照葉幼稚園からの電話だった。

(二)

電話は、ジャングルジムから落ちた大空くんが、朝斗に押されて落とされたと言っている、幼稚園に来てほしいという内容だった。幼稚園に行った佐都子は、押していないと話す朝斗を信じるが、大空くんのお母さんとトラブルになってしまう。

(三)

大空くんたちと関係が悪化して、朝斗は自分がやったと言った方がいいのか尋ねるが、佐都子は本当のことだけ言えばいいと話す。2週間ほどして、再び幼稚園に呼び出された佐都子は、大空くんが嘘をついていたと聞かされ、大空くんのお母さんからはお詫びの電話が入る。

(四)

翌週の土曜日、佐都子の家の電話に、片倉ひかりを名乗る女性から、子どもを返してほしい、それが嫌ならお金を用意してください、と電話が掛かってくる。佐都子は会って話しましょうと答える。

(五)

約束の日、休みをとった清和と佐都子は、その女性と会う。清子と佐都子は、養子であることは周囲も知っていて脅迫にならないこと、朝斗が実親を「広島のお母ちゃん」と呼んでいることなどを話す。そこに朝斗が帰ってくる。それから1月ほど経って、警察が佐都子の家にやってくる。警察はその女性の写真を見せ、行方不明になっていると話す。佐都子はその子が誰なのか、聞き返す。

第二章 長いトンネル

佐都子は朝斗がうちにやってくる前のことを振り返る。

(一)

佐都子は29歳の時、同じ建設会社に勤める清和と出会い、交際1年を経て結婚した。いつかは子どもを、と思いながら35歳になった佐都子に、母親から不妊治療を勧める電話が掛かってくる。

(二)

清和とも話し合って、佐都子は病院に行って検査するが、排卵には異常がないことが判明する。

(三)

自然に近いタイミング法を始めた佐都子は、病院で清和も検査することを勧められる。露骨に嫌そうな顔をする清和を説得して検査してもらうと、無精子症であることが判明する。

(四)

清和がどう思っているかわからないまましばらく経ったころ、清和の両親が上京し、義母は佐都子に謝る。無精子症が分かって2か月近く経過して、清和は治療に入ることを決意する。

(五)

陰嚢にメスを入れて精巣から精子を吸引するMESAという治療を受けるため、実績のある岡山の病院に通うことにした佐都子と清和。2度顕微授精を試みるがうまくいかず、3度目の顕微授精を行うため、飛行機で岡山に向かおうとした日、大雪で飛行機も新幹線も止まる。清和は、もうやめよう、と話し、2人は涙を流す。

(六)

2人だけで生きるという決意を持って生活を始めた2人だったが、たまたま見たテレビで「ベビーバトン」という特別養子縁組を仲介する団体の活動が流れ、佐都子は衝撃を受ける。同じように清和もベビーバトンに興味を持っていることがわかり、2人は特別養子縁組を考え出す。

(七)

佐都子と清和は、定期的に開かれている「ベビーバトン」の説明会に予約を取って出かける。代表の浅見の話を聞くうちに、問題が自分たちの思っている以上に複雑で、いいことばかりではないことがわかり、期待が微かに萎む。

(八)

10分の休憩を挟んだ説明会の後半、特別養子縁組で子どもを迎えた家族たちの体験談を聞く。子どもに出会えてよかったと口々に語る養親たちの話を聞くうちに、会場の雰囲気が変わっていく。

(九)

説明会の後、浅見との面談を重ね、佐都子たちはベビーバトンに登録する。2人の両親はともに反対するが、1年が経たない頃、広島県の病院で生まれた子どもを迎えることになる。その病院に迎えに行き、赤ん坊と対面した佐都子は、朝が来た、と思う。

(十)

浅見から、この子のお母さんに会いますか、と聞かれた佐都子と清和は、会うことを希望し、向かったシティホテルのラウンジで、自分たちとさほど年が変わらない夫婦と、10代の姉妹の4人家族と会う。少女は、大粒の涙を流し、この子をよろしくお願いします、と頭を下げる。彼女から朝斗への手紙には、片倉ひかりと名が記され、中学生であることを浅見から知らされる。

(十一)

家を訪ねてきた警察に、自分と清和が会った女性が片倉ひかりだと知らされた佐都子は、なんてことをしてしまったのか、という感情が胸を貫く。彼女は、窃盗と横領の容疑がかけられていた。その話声が気になって聞き耳を立てる朝斗は、誰かお客さんがやってきていた日のことを思い出す。

第三章 発表会の帰り道

家族と聞いて、ひかりが思い浮かべるのは、ピアノの発表会の帰り道でのレストランでの光景だった。

(一)

ひかりは、中学1年生、13歳の秋に、バスケ部の中でも人気のあった麻生巧から告白され、付き合い始める。ひかりは、3歳上の姉が進んだ私立中学を受験したものの落ちてしまい、公立の中学に通っていた。

(二)

付き合い始めて半年ほど経った頃、ひかりは初めて巧の家に行き、キスをする。さらに1か月ほどが過ぎて、ひかりは巧とセックスをするようになる。初潮がまだだと知ったためか、巧はコンドームを付けないままだった。

(三)

巧と県庁所在地に出かけて入ったレストランで、ひかりは胸のムカつきや目眩、吐き気を感じる。冬休みが終わったばかりのころ、貧血で近所の内科に行ったことがきっかけで、ひかりの妊娠が発覚する。詰問する母親に、ひかりは突き放されたと感じる。内診の結果、妊娠23週に入っており、中絶が可能な時期を過ぎていることが判明する。

(四)

妊娠8か月目を過ぎたころ、ひかりは両親から、明日から子どもを産むまで学校を休むこと、産まれた子どもを特別養子縁組に出すことを告げられる。

(五)

1人で着いた広島駅で、ひかりは待ち合わせていたベビーバトン代表の浅見に連れられてベビーバトンの寮に入り、東京の風俗店で働いていた23歳のコノミと同室になる。

(六)

コノミは、ひかりが来て1か月が経たないうちに、出産し、寮を出て行く。ひかりはお腹の中の子どもに話しかけながら日を過ごし、両親と姉も駆け付け、予定日の5月10日に出産する。ひかりは浅見に子どもを引き取る夫婦と会いたいと希望を伝え、佐都子と清和に、赤ちゃんをよろしくお願いします、と頭を下げる。

(七)

栃木に戻ると、ひかりには日常が戻ってきたようだった。将来自分は巧と結婚するのだろうと信じて疑っていなかったが、学校にもどって1か月ほどした頃、その想像は打ち砕かれ、巧と別れる。

(八)

ひかりは両親、特に母とは、たびたび衝突する。中学3年生の9月、京都と奈良に修学旅行に行ったひかりは、班ごとに、同じ年の女子や男子と行動する中で、自分が彼女たちと同じ場所にいることに、抑えようのない違和感を感じる。

(九)

家の近所にある公立高校に進んだひかりは、17歳の時、家出をして再び広島を訪れる。ベビーバトンを訪ねたひかりは、浅見にここで働かせてほしいと懇願し、しばらく置いてもらうかわりに寮の仕事を手伝うようになる。浅見は、アパートの老朽化などで、ベビーバトンは来年で終わりになる、今後のことをちゃんと考えないと、とひかりに話す。浅見の部屋で自分に関する書類を見つけたひかりは、朝斗の家の住所や電話番号をメモする。

(十)

ベビーバトンを出たひかりは、広島で新聞配達の仕事を始める。奨学生の後に入ってきたトモカと仲良くなるが、トモカは勝手にひかりを借金の保証人にして出ていき、ひかりは50万円の取り立てに遭う。

(十一)

広島を逃げ出して電車に乗ったひかりは、横浜駅近くの駅で降り、住み込みのビジネスホテルの清掃の仕事を見つけ、働き始める。しかし、そこにもひかりの所在を割り出した借金の取り立てがやってくる。ひかりはビジネスホテルの金庫から30万を盗んで借金を返すが、それをひかりを孫のように扱うフロントの浜野に気づかれてしまう。ひかりをかばいつつも、早く戻さないと警察に行くことになってしまうと言う浜野に、ひかりは近くの親戚から借りてくると話す。そして、ひかりは佐都子の家に電話をかけた。

第四章 朝が来る

(一)

栗原家を訪ねた当日、ひかりは手土産を買うのを止め、帽子と靴を買って1時間以上遅刻してマンションを訪れる。

(二)

そして、ひかりは、目の前に座った栗原夫婦の疑いのなさ、躊躇いのなさに、打ちひしがれる。佐都子から、かつて自分があかちゃんに向けて書いた手紙を見せられ、朝斗が実の母親を「広島のお母ちゃん」と呼んでいることなどを聞かされ、ひかりは、彼らが話しているのはひかりの方が、まぎれもなくひかりだ、と思いがけない感情に包まれる。朝斗が帰ってきて、ひかりは意を決して、申し訳ありません、言われた通り、私はあの子の母親ではありません、と謝る。

(三)

脅迫に失敗したひかりは、ホテルには戻らず、それから1か月ほど、安いビジネスホテルやネットカフェなどを転々としながら、何をしていても現実感が感じられない日々を送っていた。生きていても仕方がないと思うようになったひかりは、その日、武蔵小杉駅の佐都子たちのマンションの反対側にやってきて、ここでおしまいにしてもいいんじゃないかと、ぼんやり歩道橋から車を眺めていた。そこに、朝斗を連れた佐都子が駆け付け、わかってあげられなくてごめんなさい、と謝り、この人だあれ、と尋ねる朝斗に、広島のお母ちゃんだよ、と答える。ごめんなさい、ありがとうございます、と泣き崩れるひかりに、佐都子は、一緒に行こう、と声を掛ける。

(ここまで)

 

本編の後には、本作を映画化した映画監督・河瀬直美さんによる解説が収録されています。刊行時期からすると、既に映画化が決定した後に書かれたものなのだろうと思います。


子を望むが、不妊治療を受けても成功せず、その苦しみから不妊治療を諦め、偶然に知った特別養子縁組を選ぶに至った栗原夫婦の思い。十分な知識がないまま彼氏と無警戒にセックスをして望まぬ妊娠をしたために、産むしかなくなり、親との不和も重なって人生が転落していくひかりの苦しみ。2つの物語はそれぞれ重いテーマを扱っていますが、両者がバランスよく描かれ、交錯していく展開は巧みだと思いました。映画版を観たときの鮮やかな印象を思い出しました。