武田綾乃さんの小説「響け!ユーフォニアム」シリーズの最新刊「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のみんなの話」を読みました。
今年4月から6月まで、NHK Eテレで放送された「響け!ユーフォニアム3」の原作である「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章」(前編・後編)で描かれた、主人公である北宇治高校吹奏楽部でユーフォニアムを吹く黄前久美子の3年生時代を描いたスピンオフ的な短編集で、2024年7月に刊行、実際には、「響け!ユーフォニアム3」の最終回放送の直前の2024年6月末に発売されています。
背表紙には、次のような紹介文があります。
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北宇治高校吹奏楽部の活躍を描く、人気青春エンタメシリーズの最新作。卒業旅行の行き先を相談していた久美子たちのもとに、ひょんなことから沖縄での演奏会の話が舞い込み……!? そのほか、男子部員たちの内緒の恋バナ、大学生になった優子、夏紀、希美、みぞれの様子、次期部長を決める会議など、北宇治吹部の日常とその後を描いた短編集。奏と真由の水面下のバトルも必読!
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本巻は、「開幕」「幕間」「閉幕」と題された4つの掌編の間に、11の短編が描かれる構成になっています。
作中で名前が登場するキャラクターは、次のとおりです。
<3年生>
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加藤 葉月:チューバ。高校から楽器を始めた初心者で、1年生指導係を務めた。
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高坂 麗奈:トランペット。ドラムメジャーを務めた。
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塚本 秀一:トロンボーン。副部長を務めた。
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井上 順菜:パーカッション。パートリーダーを務めた。
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釜屋 つばめ:パーカッション。マリンバが得意。
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瀧川 ちかお:サキソフォーン。塚本の親友。
<2年生>
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久石 奏:ユーフォニアム。小悪魔的な性格。
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鈴木 さつき:チューバ。人懐っこい性格。
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鈴木 美玲:チューバ。1年次からコンクールメンバーに選ばれた実力者。
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月永 求:コントラバス。龍聖学園中等部から北宇治高校に進学した。
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小日向 夢:トランペット。実力はあるが、引っ込み思案な性格。
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剣崎 梨々花:オーボエ。葉月とともに1年生指導係を務めた。
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平沼 詩織:クラリネット。※姓はテレビアニメ版の設定(本書では出てきません)
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加藤 樹:クラリネット。※姓はテレビアニメ版の設定(本書では出てきません)
<1年生>
<卒業生>
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吉川 優子:トランペット。久美子の1学年上で先代の部長。
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中川 夏紀:ユーフォニアム。久美子の1学年上で先代の副部長。大学では優子とともに軽音楽サークルに入り、優子とガールズバンドを結成している。
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鎧塚 みぞれ:オーボエ。久美子の1学年上で、音大に進学した。
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傘木 希美:フルート。優子、夏紀と同じ私立大学に進学し、オケ部に入っている。
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後藤 卓也:チューバ。3年次は低音パートのパートリーダーを務めた。東京の専門学校に進学。
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長瀬 梨子:チューバ。京都の大学に進学し、彼氏の後藤卓也とは遠距離恋愛。
<先生・講師>
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滝 昇:北宇治高校吹奏楽部の顧問。
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松本 美知恵:北宇治高校吹奏楽部の副顧問。
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橋本 真博:パーカッションを指導する外部の指導者。滝とは音大時代からの友人。
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新山 聡美:木管を指導する外部の指導者。音大での滝の後輩で、専門はフルート。
<その他>
それぞれの大まかな概要・あらすじは、次のような感じです。
~開幕・スケルツァンド~
久石奏の視点から、春、強豪校から転入してきた黒江真由が自分より格上の奏者であることに、久美子と比べたら?と思うと、拒否感を抱き当惑してしまう心情を描いた掌編。
一 ○の中身はなんだろな
鈴木美玲の視点から、釜屋すずめ、上石弥生、針谷佳穂を新1年生として迎えた低音パートの親睦会として、美玲の家で行うことになったこ焼きパーティーで、去年の自分からの心情の変化を感じるエピソード。
二 気がある気がする
塚本秀一の視点から、瀧川ちかおが、他の複数の男子部員と同じく、真由が自分のことを好きなのではないか、と勘違いした恋バナを聞かされ、後からやってきた月永求の川島緑輝への思いを聞いて、黄前久美子との関係に思いを馳せるエピソード。
三 ランチタイムにて
高坂麗奈の視点から、ある日、たまたま、川島緑輝、黒江真由と一緒にお昼を食べることになり、音楽は好きだけど趣味、と話す2人の会話を聞いて、音楽でつながった相手(久美子)が音楽をやめるとしたら、関係はどうなってしまうのだろう、と思うエピソード。
四 四人は幼馴染み
義井沙里の視点から、保育園からの幼なじみである、釜屋すずめ、上石弥生、針谷佳穂と一緒に実家のお寺のお祭りの手伝いをしながら、4人のこれまでの関係と、これからについて思いをはせるエピソード。
~幕間・アジタート~
久石奏の視点から、京都府大会を突破した後、関西大会に向けた合宿の夜に行われた花火での様子を描いたエピソード。その日発表されたオーディションの結果、関西大会のメンバーに選ばれなかった奏は、黒江真由に話しかけられる。みんなと仲良くしたい、いまの毎日をいい思い出にするために部活を頑張っている、との真由の言葉で、奏の中でそれまで不明瞭だった真由の輪郭が明確になり、自分や久美子との認識のズレを感じる。
五 ドライブ
中川夏紀の視点から、夏休み、ともに大学生になった吉川優子、傘木希美、鎧塚みぞれと4人でレンタカーで和歌山に旅行に出かけ、優子の変わらない面倒見の良さ、世間から隔絶してそうなみぞれが既に車の免許を取っていることに驚く3人など、変わらない関係が描かれたエピソード。
六 彼岸花の亡霊
月永求の視点から、9月の文化祭にやってきた樋口から、龍聖に戻ってこい、と誘われるが、自分の気持ちを明かしそれを断るエピソード。祖父とのわだかまりから、龍聖にいると自分が好きになれないと思う求に、亡き姉の言葉が心に浮かぶ。樋口から見た黄前久美子部長評も興味深いです。
七 賞味期限が切れている
黒江真由の視点から、北宇治高校にやってくるまでの来歴を描いたエピソード。幼い頃から父親の転勤で転校が多かった真由は、小学6年生の時の友人とは、違う中学校に進学することになって、いつまでも友達でいようね、と涙ながらに分かれたが、数年が過ぎると自然と連絡が途絶えてしまった。そうした経験から、友情は薄れていくものだというシビアな現実を知っている真由は、いつまでもつながっている絆、一生ものの友達がほしいと思うのだった。
~幕間・グラーヴェ~
久石奏の視点から、全国大会を終え、真由への心情の変化を描いたエピソード。全国大会のメンバーを決めるオーディションの後、奏は真由に、オーディションはどの程度本気だったのか問うと、真由は、久美子ちゃんを応援したいっていう私の本音は無視されちゃうの?という言葉を改めて口にし、ちゃんと本気でやったが、そうした熱量の差が結果に出たのだろうと語る。そして、金賞を獲得した全国大会の後、奏は真由に、先輩は誰よりも強欲、ただ、その欲望の内容が『みんなの幸せを望んでいる』というだけ、と言って自分の完敗を認め、頑なに「黒江先輩」と呼んでいた呼び方を「真由先輩」に変える。
八 大人の肴
新山聡美の視点から、全国大会の後、滝昇、橋本真博、松本美智恵と行った全国大会の打ち上げ飲み会での様子を描いたエピソード。千尋クンも喜んでいる、と滝の音大時代の同級生で亡き妻の千尋の名前を橋本が出すと、滝の両目に涙が浮かび、いつもは1杯しか飲まないお酒を注文する。
九 新・幹部役職会議
剣崎梨々花の視点から、前幹部の黄前久美子、塚本秀一、高坂麗奈にファミレスに呼び出され、新幹部として指名される梨々花、久石奏、鈴木美玲を描いたエピソード。自分が部長と告げられて、予想外の展開に慌てふためく梨々花だったが、奏が副部長、美玲がドラムメジャーと、その理由も含めて説明を受け、覚悟を決める。
十 旧・幹部役職会議
黄前久美子の視点から、前編に先立ち、公園で新幹部をどうするかを塚本秀一、高坂麗奈と話し合う様子を描いたエピソード。麗奈や秀一が名前を挙げる候補に、的確に評価を話す久美子の観察眼の鋭さに、2人は感心する。
十一 未来への約束
本巻のメイン・エピソードで、約100ページ、分量的に本巻全体の3分の1以上を占める中編。
教員を目指して、第一志望の私立大学の合格を決めた黄前久美子の視点から、卒業旅行を兼ねて行くことになった沖縄への演奏旅行を描いたエピソード。
卒業する部員たちの卒業旅行の行き先を考える久美子たちに、新部長の剣崎梨々花から、橋本真博を経由して3月に沖縄に開園するテーマパークのオープニングイベントでの出演依頼が入って、パレードをする1・2年生と別に、敷地内でミニショーをしてほしいとの話が持ち込まれる。参加者の宿泊費は特別価格で、3年生は旅行も兼ねてホテルに泊まれると聞いて、久美子たち3年生計29人は、3泊4日の日程で沖縄に行くことになる。
まだ国公立大学受験組の入試も残っている中で、久美子たちは、久しぶりの楽器演奏に感覚を取り戻すのに苦労しながら、準備を進める。1・2年生たちの様子を見て、部長としての経験から引っ掛かりを覚える久美子は、部員たちのトラブルにフォローを入れた方がいいだろうと考えるが、自分たちの今後を考える奏はその介入を断る。
最後まで入試が残っていた国立後期試験組も沖縄入りの前日に合流し、部員たちのトラブルも最後は部長の梨々花がブチ切れて解決し、久美子たちは沖縄入りする。本番で3年生たちを指揮する橋本の指導を受けながら、自分が教師になったら滝のようになれるのだろうかと思う久美子。当初はしっくりこなかった真由とのユニゾンも、楽しんで吹いてほしいと語る橋本の指導で、ピタリと重なるようになる。
そして翌日の本番、北宇治高校吹奏楽部として最後の演奏を迎える3年生たちを前に、久美子は部長として最後の挨拶を口にし、「北宇治ファイトー オー!」と鼓舞するのだった。
~閉幕・パストラーレ~
久石奏の視点から、沖縄のテーマパークのオープニングセレモニーでの演奏を終え、卒業旅行を兼ねる3年生よりも一足先に帰ることになる奏たちが久美子たちから今後を託されるエピソード。演奏を終え、梨々花と打ち上がる花火を眺める奏は、今年の北宇治はどんなふうになるだろうと思いをめぐらす。そこにやってきた久美子と真由は2人にプレゼントを渡す。そして、奏の肩を軽く手で叩き、北宇治を頼んだよ、と言う久美子。その手にずっしりとした重さを感じた奏は、もちろんです、と答え、今度は自分たちが部員を引っ張っていく番だと思うのだった。
(ここまで)
「響け!ユーフォニアム」の本体シリーズの各巻の本編は、冒頭の「プロローグ」と末尾の「エピローグ」を除けば、いずれも主人公である黄前久美子の視点から描かれているので、このように、スピンオフの短編集として、他の登場人物の視点から見たエピソードが描かれることで、本編の物語もより奥行きが感じられるようになるのではないかと思います。
「開幕~スケルツァンド~」「幕間~アジタート~」「幕間~グラーヴェ~」「閉幕~パストラーレ~」の4編では、春の出会いから真由の卒業まで、奏の視点から見た真由との関係性の変化が描かれています。この4編は、例えるなら、音楽でいえば通奏低音、絵画であれば額縁といった存在で、その間に、他の11編が描かれる構成になっています。
「スケルツァンド」は、諧謔的に/おどけて滑稽に、「アジタート」は、興奮して/激しくいら立って、「グラーヴェ」は、重々しく/荘重に、「パストラーレ」は、牧歌的に/田園風に、といった意味の音楽記号です。個人的には、「開幕~スケルツァンド~」は、これから起こることへの不安、ソワソワ感といった印象で、滑稽な感じは受けませんでしたが、おそらく、それぞれの短編で描かれた奏の心情を象徴的に表現したものと解釈するのが妥当なのだろうと思います。
なお、「幕間~グラーヴェ~」で描かれた、全国大会のメンバーを決めるオーディションの結果についての奏と真由の会話は、原作小説の「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章」(とくに後編)を読んでいないと理解が難しいだろうと思います。同書を原作とするテレビアニメ版「響け!ユーフォニアム3」では、このあたりの部分は、原作を改変して描かれていたので(ネットではそれも話題になっていました)、テレビアニメ版しか見ていない人には、チンプンカンプンに映るかもしれません。
ところで、「九 新・幹部役職会議」では、(個人的には予想通りに)オーボエの剣崎梨々花が次期部長に指名されました。梨々花は、先代部長の久美子と同じく、2年時に1年生指導係を務めていましたが、「十 旧・幹部役職会議」での会話を読む限り、久美子を指名した吉川優子・中川夏紀の先代幹部の時とは異なり、次期部長候補と見て1年生指導係を任せたわけではないようです。ただ、1年生指導係は、いずれも、高校で楽器を始めた初心者の3年生と、経験者の2年生のペアになっており(この年は3年生チューバの加藤葉月と2年生オーボエの剣崎梨々花、前年は3年生トランペットの加部友恵と2年生ユーフォニアムの黄前久美子。その前の年は不明ですが、全く話に出ないので、滝先生が顧問となって1年生が増え新設された係とも思われます)、その2年生が連続して部長になっているので、今後、1年生指導係は次期部長の有力候補が任されるポストと目されるようになるのかもしれません。