鷺の停車場

映画、本、グルメ、クラシック音楽、日常のできごとなどを気ままに書いています

武田綾乃「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章」を読む

武田綾乃さんの小説「響け!ユーフォニアム」シリーズの最新作「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章」(前編・後編)を読みました。

中低音を担う金管楽器ユーフォニアムを吹く主人公の黄前久美子が北宇治高校吹奏楽部に入ってからの高校生たちの姿を描く本シリーズ、本作では、いよいよ久美子も最終学年の3年生となり、部長として、悩みながら目標の全国大会金賞を目指して進んでいく姿が描かれていきます。

今後、スピンオフ的な短編などが出る可能性はあるのだろうと思いますが、シリーズ本体としては、これで完結のよう。

前編では、久美子が未然に芽を摘んで大きな問題を表面化させることなく部を運営していくのですが、いろいろな伏線(導火線?)が仕込まれて、この後きっと波乱が起きるのだろうとソワソワする展開。

後編では、その予感のとおりに波乱が起きるのですが、それまでの伏線もちゃんと回収して、多くの読者が期待しているであろう大団円に導いていきます。力業という感じもちょっとはありますが、登場人物の気持ちの交錯をうまく描きながら、全体をまとめていく構成力は見事。作者の熟練を感じました。

 

以下は、多少ネタバレになりますが、ごく簡単に、あらすじのアウトラインを紹介します。

まずは前編。

プロローグ

4月を迎え、新入生の勧誘の時期を迎えた北宇治高校吹奏楽部。

一 あの子のユーフォニアム

3年生となり、部長として新入生勧誘の季節を迎えた黄前久美子。低音パートには、南中出身の仲良し初心者3人、ユーフォニアムの針谷佳穂、チューバの上石弥生、釜屋すずめが入部する。そして、福岡の全国大会金賞常連校の清良女子高から転向してきた3年生のユーフォニアムの黒江真由が入部する。久美子は、真由の上手さに焦燥感を抱く。

二 秘密とフェスティバル

ドラムメジャーの高坂麗奈の厳しい指導になかなかついていけない初心者部員の間には不満が広がり、それに責任を感じるクラリネット1年で経験者の義井沙里が練習を休む。久美子は彼女たちの話を聞いたりして、部内の危険な芽を摘み取ろうと努める。迎えたサンライズフェスティバルの日、久美子はコントラバス2年の月永求が、昨年全国大会に出場した龍聖学園の特別顧問の月永源一郎の孫であることを知る。

三 戸惑いオーディション

コンクールに向けたオーディションが近づく。ユーフォのソロもオーディションで決められる。転校生の自分が枠をとってしまうより前からいる人が選ばれた方がいいとオーディション辞退を口にする真由に、上手い人が選ばれるべきだと考える久美子は戸惑う。結果、ユーフォニアムは久美子、真由と2年生の久石奏の3人が選ばれ、ソロは久美子が吹くことになるが、チューバで2年生で経験者の鈴木さつきでなく1年生で初心者のすずめが選ばれたことに、久美子は顧問の滝の判断に疑問を感じ、本人にその理由を尋ねる。迎えた京都府大会、北宇治高校は無事関西大会出場を決める。

エピローグ

塾の帰り、副部長で久美子の幼なじみの塚本秀一は麗奈と出会う。麗奈から、秀一のせいで部長の久美子の負担が重くなっている面もあるから、しっかりしないと、と指摘された秀一は、お前こそ部長に迷惑かけるなよ、と返す。これは後編で起きることの伏線なのでしょう。

 

次いで後編。 

プロローグ

両親や祖父の源一郎と墓参りに来た求。その墓石には、3年前に亡くなった姉の名前が刻まれていた。

一 駆け出すオブリガート

関西大会に向けた練習に励む北宇治高校吹奏楽部。3日間のお盆休み、久美子は1日目はチューバ3年の加藤葉月たちと多くの私立大学がブースを出す高校生向けイベントに、2日目は部員たちとプールに、3日目は前年の部長・副部長の吉川優子・中川夏紀に誘われて彼女たちと同学年で音大に進んだオーボエの鎧塚みぞれが出演する演奏会に出掛ける。

二 悩めるオスティナート

3日間の合宿に入る部員たち。前年までと異なり、大会ごとにオーディションを行う形に変更され、合宿中にオーディションが行われる。再び辞退を口にする真由に全力を出すよう説得する久美子。オーディションの結果、チューバのさつきがメンバーに加わった代わりにユーフォの奏が外れ、ユーフォのソロは真由に代わる。その結果に、顧問の滝の判断を疑う空気が漂い始める。自分がその種になりかけていることに悩む久美子。苛立つ麗奈は、滝先生の判断を全面的に信じることはできないと言う久美子に、だったら部長失格や、と厳しい言葉を投げる。全国大会に進んで久美子にソロを吹いてほしいという部員たちの思いに不安になる久美子だったが、迎えた関西大会での演奏、久美子は完璧だ、と感じる。そして、北宇治高校は全国大会出場を決める。

三 つながるメロディー

コントラバス3年の川島緑輝の志望校合格の知らせを聞いて、求は別れの日を想像して嗚咽を漏らす。求と話す久美子は、求が祖父の影響から逃げるために龍聖から北宇治高校に入ったこと、求が緑輝に傾倒するのは同じくコントラバス弾きだった亡くなった姉に似ているからだと知る。全国大会に向けたオーディションを控え、部内には殺伐とした空気が漂う中、真由は久美子にソロを辞退したいと相談する。真由にとってはみんなと一緒に吹く時間が大切で、コンクールの結果は重要ではないのだ。久美子はそれでも全力で挑んでほしいと訴えるが、真由には響かない。それを見ていた奏は久美子に苛立ちをぶつける。幹部会議では、滝への不満を漏らす部員を許さない麗奈と、それを諌める秀一で口論となる。どうしていいかわからなくなった久美子は、2代前の副部長でユーフォの先輩だった田中あすかと同学年のトランペットの中世古香織が暮らす学生用マンションを訪ね、2人からアドバイスを受ける。久美子は翌日、全部員を前に、全力で挑んでほしい自分の気持ちを初めてはっきりと伝え、部内の雰囲気は好転する。迎えたオーディションで、久美子は再びソロに選ばれる。そして全国大会、北宇治高校は見事に金賞を獲得する。

エピローグ

北宇治高校に赴任して3年が経ち、吹奏楽部の副顧問として新入部員を歓迎する久美子。

前編のプロローグは、最初は滝先生の視点からの描写なのかなあとぼんやり読みましたが、このエピローグを読んで、あれも副顧問となった久美子の視点だったのだと分かりました。改めて読み返すと、ちゃんと伏線もあります。うまい描写です。

 

最初にも書きましたが、不穏な空気がどんどん高まっていく締めつけられるような展開だったのが、最後の章の「つながるメロディ」で大きく転回して、見事な着地をみせます。終盤、全部員を前に自分の気持ちを伝える場面はこの作品の一番の山場で、迫る感じがありました。「響け!ユーフォニアム」シリーズの最後を飾るにふさわしい作品だと思います。

京都アニメーションが制作しているアニメ版でも、3年生編の制作決定が発表されていました。劇場版なのかテレビアニメ版なのかは明らかにされていなかったと思いますが、これだけの濃い中身だと、映画1本ではあまりにも時間が足りない気がします。できれば、テレビアニメ1クールくらいの時間をかけて描いてほしいなと思います。

とはいえ、その発表後にあの放火事件が起こり、キャラクターデザインや作画監督をはじめ、作画で重要な役割を担ってきた方も多く犠牲となってしまいました。その影響は小さくないはずですが、期待して待ちたいと思います。