鷺の停車場

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武田綾乃「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話」を読む

ここしばらく、武田綾乃さんの小説「響け!ユーフォニアム」シリーズをまとめて読み進めています。今度は、スピンオフ的な短編集、「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話」を読みました。 

響け!ユーフォニアム」シリーズの主人公の黄前久美子の高校1年生時代を描いた、「北宇治高校吹奏楽部へようこそ」、「北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」、「北宇治高校吹奏楽部 最大の危機」の最初の3作、1年生編のスピンオフ的な短編集で、宝島社特設サイト「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」に掲載されている「北宇治吹部だより」を、書き下ろしを加えて加筆修正したものだそうです。

一 北宇治高校吹奏楽部の日常

北宇治高校吹奏楽部に正式に入部して数日後の低音パートの1年生3人、ユーフォニアム黄前久美子、チューバの加藤葉月コントラバス川島緑輝サファイア)。そこに副部長でユーフォニアムの3年生の田中あすかが現われて指導を行う。

二 科学準備室の京子さん

1年生の低音3人グループは、サックスの先輩から聞いた、夜に科学準備室に京子さんという髪の長い女の子が現われるという噂を確かめようと、科学準備室に行ってみると、サンフェスのマーチングで着る衣装の作成に協力してくれている演劇部の副部長の木山京子だった。

三 あの子には才能がある

受験勉強のためにコンクールの前に吹奏楽部を辞めた元テナーサックスの斎藤葵。葵は高校受験に失敗し、滑り止めの北宇治高校に進んでいた。高校でトップになればそこそこ優秀な大学に行ける、と自分を納得させようとした葵だったが、高校に進学した葵は本物の天才に出会ってしまった。部活に打ち込みながら学校トップの成績を維持する同じクラスのあすかに複雑な思いを抱く葵は、あすかとの会話で、自分から部活を捨てたくせに、自分が捨てられたように感じて、嫌な気分になる。

本編やテレビアニメ版では、退部した後の葵は、確か、帰り道に久美子がたまたま会ったときに会話する数シーンだけで、その心境がはっきり分かるほどの描写はなかったように思いますが、やはり心残りがあったのですね。これが、その後の短編集「北宇治高校吹奏楽部のホントの話」の第4編「そして、そのとき」で描かれた、大学に入学した葵が再び吹奏楽に復帰する話につながっています。

四 少女漫画ごっこ

少女漫画が好きな緑輝は、パート練習の教室で映画に出てくる壁ドンの話を始める。話が盛り上がって、チューバ2年生の後藤卓也と長瀬梨子のカップルが実演することになるが、壁ドンされた梨子の反応は今ひとつ。しかし、そこにやってきたあすかが面白がって壁ドンすると、梨子はうろたえて顔を真っ赤にさせる。それを見たあすかはトランペット3年生の中世古香織を彼女に傾倒するトランペット2年生の吉川優子に壁ドンさせようとパート練習の教室を出ていく。ユーフォニアム2年生の中川夏紀から後藤・梨子カップルの話を聞いて緑輝は目を輝かせる。

五 好きな人の好きな人(前編)

この前後編は、本編シリーズ第1作「北宇治高校吹奏楽部へようこそ」の第3章「おかえりオーディション」、テレビアニメ第1シリーズの第8話「おまつりトライアングル」で描かれた、あがた祭りで秀一に葉月が告白して振られるエピソードを、葉月や緑輝の視点から深掘りした小品。

葉月が、久美子の幼なじみでトロンボーン1年生の塚本秀一にさりげなく楽器運搬を手伝ってもらったのをきっかけに恋をする。葉月が好きな人ができたことに気付いた緑輝は、葉月の様子から、その相手が秀一であることを知る。

六 好きな人の好きな人(後編)

葉月は、緑輝の励ましもあり、祭りに秀一を誘う。祭りの日に葉月は秀一に告白するが、ごめん、と断られる。秀一が祭りに久美子を誘って断られていたことを聞いた葉月は、秀一は久美子が好きなのだと気付くが、当の本人はその自覚がなかった。

七 犬と猿とおかん

犬猿の仲でいつも口論をしている優子と夏紀、そんな関係になったきっかけを梨子がクラスメートの恵美に話す。吹奏楽部に入部した日、梨子に最初に話しかけてきてくれたのは優子だった。そして、同じ低音パートになった夏紀と梨子があすかの命で昼食を買いに行った売店で、優子と鉢合わせ、最初のバトルが勃発したのだった。梨子は、立ち入れない独特な空気を醸し出す2人を少しだけうらやましく思う。

八 背伸び

走り込みの後の着替えのために音楽室から追い出された吹奏楽部の男子部員たち、トランペット2年生の滝野、サックス1年生の瀧川と後藤卓也、秀一が、彼女できない話に花を咲かせる。秀一がみんなの分の飲み物を自販機に買いに行くと、顧問の滝と鉢合わせし、思わず背伸びして缶コーヒーを買ってしまう。

九 コンプレックス

緑輝は、休日に葉月と出掛け、パンケーキ屋で自分が嫌いなサファイアという名前の話になり、葉月に自分のなかで嫌だと思うところがあるかを聞くと、声が大きいところ、肌が黒いところ、と答える葉月。自分の顔があまり好きでないと言う葉月に、葉月のこと可愛いと思う緑輝の言葉は聞き流されてしまう。

十 きみのいなくなった日

オーボエ2年の鎧塚みぞれが1年生の時、幼なじみだった傘木希美が自分に黙って他の1年生たちとともに吹奏楽部を辞めていった。それにショックを受けるみぞれに声を掛けたのは、同じ中学校出身の優子だった。優子は、ここで辞めても何にもならないし、香織が続けてほしいと言ってくれたから、辞めるつもりはないと話す。そして、みぞれは音大とか行っちゃいそうな感じがする、ずっとオーボエ続けて、海外の楽団とか入ってそう、と話しかける。幼なじみに見捨てられたのがかわいそうだから優しくしてくれているんだと思うみぞれは、ありがとう、とぼそりとつぶやく。これは第2巻「北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」で描かれたみぞれのトラウマのきっかけ、希美の復帰騒動のトラブルの原因となっていきます。

十一 北宇治高校文化祭

関西大会の後に行われた学校の文化祭、それぞれのクラスの出し物に励む吹奏楽部員たち。麗奈と久美子は先輩のクラスなどを回った後、秀一のクラスの喫茶に行ってみる。麗奈は自分のクラスのお化け屋敷のチケット2枚を秀一に渡し、久美子と一緒に来るよう仕向ける。本作は、テレビアニメ第2シリーズの第6話「あめふりコンダクター」の前半の文化祭のシーンで、部分的に使われています。

十二 新三年生会議

3年生が引退し、2年生が新体制の役員を決める新三年生会議に臨む。部長に指名された優子は副部長に夏紀が指名されていたことに困惑する。そして、優子の進行でその他の役職も決めていく。低音パートリーダーとなった卓也は副パートリーダーとなった恋人の梨子との帰り道、何であすかたちが夏紀を副部長に指名したのか訝しがると、梨子は、暴走することも多い優子を止められるのはこの部では夏紀だけ、うまく部活を回していけると思う、と話す。卓也は、3年生という言葉にどこか寂しさを感じるのは、別れを予感させるからだろうか、と思いをめぐらす。前半の優子と夏紀のやりとりは、テレビアニメ第2シリーズの最終話「はるさきエピローグ」の最初の方に使われています。

十三 お兄さんとお父さん

小学3年生くらいだった頃の麗奈。クラスで合唱するピアノ伴奏に選ばれた麗奈は、自分が伴奏に選ばれなかったことに落ち込む友人から、家にピアノがあるなど恵まれた環境を持っているのに、全部自分の努力のおかげだと思っている麗奈はずるいと言われ、憂鬱な気分になる。家に帰ると、トランペット奏者の父がトロンボーンを持った滝昇という青年がいた。その青年はよく家に来て父と酒を飲んでいる滝というおじさんの息子で、学校で吹奏楽の指導を始めたという。本気で吹奏楽をやりたければ昇くんみたいな指導者がいる学校に入るべきだ、という父親の言葉に、麗奈はその名を脳裏に焼き付けるのだった。友人とのエピソードは、テレビアニメ第2シリーズの第11話「はつこいトランペット」でも部分的に使われています。

十四 とある冬の日

とある冬の日、渡したい物があると久美子に呼び出された秀一。久美子は前にもらったヘアピンのお返し、とトロンボーンの携帯ストラップを渡す。渡してすぐに帰ろうとする久美子の手を掴んで呼び止めた秀一は、久美子に好きだと告白する。久美子は当惑するが、私も秀一のことが好き、と伝える。これは、今年4月に公開された劇場版「誓いのフィナーレ」の冒頭のシーンで描かれた部分ですね。

 

以前読んだ「北宇治高校吹奏楽部のホントの話」でも感じましたが、本編は主人公の久美子の視点で物語が紡がれていて、久美子がいないところで起こっていることは出てこないので、違った視点から描かれることで、本編も奥行きが増して見えてくるように思います。