鷺の停車場

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武田綾乃「飛び立つ君の背を見上げる」

武田綾乃さんの小説「響け!ユーフォニアム」シリーズの最新刊「飛び立つ君の背を見上げる」を読みました。

響け!ユーフォニアム」の本編は、北宇治高校吹奏楽部でユーフォニアムを吹く黄前久美子が主人公ですが、同じパートの1学年上の先輩で、3年次には副部長を務めた中川夏紀の視点から描かれたスピンオフ的な短編集。

著者の武田綾乃さんは、いつか中川夏紀のスピンオフを書きたいと思っていたそうで、主人公の久美子が2年生に上がった年の吹奏楽部を描いた「響け!ユーフォニアム 波乱の第二楽章」を原作に、夏紀と同学年のオーボエ・鎧塚みぞれとフルート・傘木希美の関係に焦点を絞って、「聲の形」などの山田尚子の監督でアニメ映画化され、夏紀も主要人物として登場する劇場版アニメ「リズと青い鳥」にがっつりと影響を受けて書かれた作品だと対談で語っています。

t.co

本の帯には、次のような紹介文があります。

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傘木希美、鎧塚みぞれ、そして吉川優子。四人で過ごした、最高にいとおしくて、最高に誇らしかったあの日々――。北宇治高校三年、中川夏紀。私は今日、吹奏楽部を引退した—―。
響け!ユーフォニアム」シリーズ最新作
初回限定!特別短編の冊子付き

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「飛び立つ君の背を見上げる」というタイトルは、先に触れた「波乱の第二楽章」のスピンオフ的な短編集「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」の最初と最後に収載されている、傘木希美、鎧塚みぞれ、吉川優子、中川夏紀の卒業式の朝を描いた短編「飛び立つ君の背を見上げる(Fine/D.C.)」を基にしたものでしょう。

プロローグ

北宇治高校吹奏楽部の引退式。ユーフォニアム担当の3年生で副部長だった中川夏紀は、涙ぐむ2年生の黄前久美子から花束を贈られ、この日で、部活を引退する。

傘木希美はツキがない。

3年の3学期。卒業アルバム制作のために配られたプリントには、15個の質問があった。その1つに「あなたが友達に抱いている印象は?」との質問があった。それに思いつくままに「傘木希美はツキがない」と書く夏紀。南中出身の吉川優子、傘木希美、鎧塚みぞれと夏紀の4人のうち、みぞれ以外の3人は同じ大学に合格を決め、みぞれは音大の受験を控えていた。優子とカラオケに行った夏紀は、希美との出会いからの関係を回想する。希美の誘いで吹奏楽部に入った夏紀は、1年生当時、当時の3年生と対立して南中出身者の多くが退部したときに、希美の背中を押してしまったことに罪悪感を抱いていた。そのころ、夏紀は優子の頼みでギターを教える関係になっていた。2人は、吹奏楽部を退部した南中出身者が組んだインストバンドの卒業記念イベントに出演することになる。

鎧塚みぞれは視野が狭い。

音大の推薦入試で合格したみぞれのお祝いで喫茶店に集まった4人。みぞれの希望で地元の遊園地に一緒に行く約束をする。その後、夏紀と優子は2人で喫茶店に残り、バンドイベントに向けて打ち合わせをする。夏紀は先代の副部長だった田中あすかから副部長に指名されたときのこと、そしてみぞれと希美の関係について回想する。のぞみの思いに気づいていないフリをする希美に付き合おうと思う夏紀。2日後、遊園地に来た4人。何回もアトラクションに乗って気分が悪くなった優子と希美を休ませ、夏紀はのぞみと2人で観覧車に乗る。希美が退部した直後ののぞみの暴力的なまでの自己肯定感のなさを思い出す夏紀。夏紀がみぞれに抱く苦手意識はそこから始まっていた。遊園地を出る4人は、希美の提案でバンドイベントで応援幕を作ることにする。

吉川優子は天邪鬼。

2月も半ばを過ぎた頃、夏紀と優子はバンドイベントに向けてバンド名や衣装について相談する。バンド幕を作るために集まった4人は、人けのない川岸の堤防で大きな布にペンキで色を塗る。会話している中で、希美は夏紀に、部活に復帰するときいろいろ助けてくれた、感謝してる、と話す。希美、みぞれと別れ、優子との帰り道、夏紀は、かつては周囲を引っかき回し、部長になってからはその手腕で大きな衝突を回避してきたが、天邪気で優しくしても素直になれない優子のことを回想する。そして卒業式、式を終えた夏紀は、卒業を惜しむ久美子たち後輩から色紙や手紙などを贈られる。帰宅した夏紀は朝に優子からもらった手紙を開く。イベント本番が近づき、夏紀の家に泊まりに来た優子に、夏紀は自分の本心を吐露する。そして迎えた本番の日、舞台に上がった2人は演奏を始める。

エピローグ

イベントの打ち上げで、卒業アルバムのアンケート集計が話題になる。夏紀の目に「あなたの自分自身への印象は?」とのアンケートの設問が目に入る。その問に対する答えを探し続けてきたような気がした夏紀は、手元に回答用紙があったら「中川夏紀は、身勝手だ」と迷わず書いただろうと思う。

(ここまで)

 

初版には、次の特別短編冊子が付いています。

記憶のイルミネーション

こちらは、夏紀と同学年のフルート・傘木希美の視点で描かれた掌編。4人で来た遊園地で、日が暮れた後に乗ったメリーゴーランドで希美に去来する思いを描いたエピソード。
 

小説「響け!ユーフォニアム」シリーズは、中川夏紀の1年下の後輩である黄前久美子の視点から描かれており、それぞれの人物の心情の描写もありますが、部全体が成長していく物語がメインにありました。番外編の短編集では、それ以外の登場人物の視点から描かれた短編はありますが、いずれも、ここまで心情を深く掘り下げて描かれてはなかったように思います。

本作では、部活を引退し、大学進学を決めた夏紀が、優子とともにバンドイベントに向けて取り組んでいく、というのが表向きのメインストーリーになっていますが、それは夏紀に様々な思いを語らせる舞台設定に過ぎない印象です。夏紀の視点からですが、希美、みぞれ、優子の思いも描かれているのは、繊細な感情の揺れ動きを描いた「リズと青い鳥」に触発されたということなのでしょう。これまでの作品とはちょっと違った印象でした。

1年生のときに一度吹奏楽部を辞めた希美が復帰したことが本作の大きな前提になっていますし、「真昼のイルミネーション」での、クリスマスイブに希美と夏紀が偶然会って談笑するエピソードや、「飛び立つ君の背を見上げる(D.C.)」での、卒業式の日の朝、優子が夏紀に渡した手紙など、「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話」で描かれたエピソードも出てきます。
その意味では、「ホントの話」のほか、本編でいうと希美の復帰の前後を描いた「響け!ユーフォニアム2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」や、夏紀の副部長時代を描いた「響け!ユーフォニアム 波乱の第二楽章」(特に下巻)を読んでいないと、本作の下敷きとなっている諸々の出来事が分からないように思います。