鷺の停車場

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鴨志田一「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」を読む

電撃文庫から出ているライトノベル青春ブタ野郎」シリーズの第9巻、現時点では最新巻となる「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」を読みました。

前巻の小説「青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない」からの、いわば第2部でいうと2巻目に当たる作品。

今回は、咲太自身の身に生じた思春期症候群の話で、咲太と母親の家族の再生の物語。

花楓がネットでのいじめから解離性障害を発症し、母親も精神的に病んでしまったことにより、咲太は横浜の両親のもとを離れ、以前の記憶を失った「かえで」と藤沢で生活してきた。咲太は、親に頼れない「かえで」との生活に追われる中で、母親の存在を忘れるようになっていた。花楓の記憶が戻り、母親も回復してきたことで、その生活にも変化が訪れるが、母親と向き合うことに不安を覚える咲太に、ある症状が生じてしまう・・・というストーリー。

描写の巧みさは相変わらずで、一気に読ませる展開。最後の家族の和解のシーンでは涙しました。

ただ、回収されない伏線も多いこともあって、完結感はやや薄めです。最後の章が「間奏」と題されて、次の大学生編への導火線のように終わっているので、これは著者の意図的なものなのでしょう。

 

 

 

 

以下は、各章ごとの詳しめのあらすじです。当然ながら思い切りネタバレになりますので、ご自身で小説を読むまでは知りたくないという方は、パスしてください。

 

 

 

第一章 三月のクランクイン

1.麻衣の卒業式の日、七里ヶ浜の海岸で、6~7歳の頃の麻衣そっくりな女の子に出会った咲太。名前を尋ねると、女の子は、私のこと知らないの?と不思議そうな顔をする。
 そこに麻衣がやってきて咲太に声をかける。麻衣に女の子の話をして振り返ると、もうそこに女の子は見当たらない。麻衣も、砂浜に下りてきて声をかけるまでの間、咲太はずっと1人だったという。麻衣の思春期症候群を疑うも、麻衣に心当たりはない。
 麻衣は、会わせたい人がいる、と咲太を連れていき、卒業式に来ていた母親に咲太を紹介する。

2.帰り道で、麻衣は、母親と仲直りはしていないが、母親が経営する芸能事務所に所属する子役が麻衣のファンで、その子を麻衣の楽屋に連れてきた母親に卒業式の日程を聞かれ、教えたら頼んでもないのに来たのだ、母親への嫌悪感は消えていないが、自分の中の大事なものが増えて、気持ちが薄まったように感じられるようになった、それに、この先のことを考えると、少しは関係を改善しておきたい気持ちはある、と語る。
 自宅のマンションに帰って、制服から着替える咲太は、右の脇腹からへそに一本の傷跡が伸びていることに気付く。

3.咲太の家で卒業パーティーをすることになっていた麻衣が、咲太用の参考書と自分のデビュー作であるドラマのDVDを持ってやってくる。それを見た咲太は、海岸で観た女の子とそっくりだが、しゃべり方とかまでそっくり過ぎて違和感がある、自分が会ったのは、テレビの中の昔の麻衣だった気がする、と語る。
 花楓が風呂に入ってふたりきりになったところで、咲太は麻衣に脇腹の傷跡を見せる。その傷跡に触られても何も感じない。そこに麻衣は御守りの代わり、と言って江の島が描かれた藤沢市のご当地版の婚姻届の用紙を咲太に渡す。番組で使ったものを、スタッフが面白半分でくれたのだという。咲太の求めで、麻衣が自分の名前を書くと、咲太は自分の名前を書いて返し、麻衣に持っていてもらうようお願いする。
 そこに父親から電話がかかってくる。母親が自宅療養の許可が出て、花楓に会いたいと言っているという。花楓に聞くと、お母さんに会いに行きたいと即答する。

4.翌日の3月2日、学校の物理実験室に行った咲太は、夢で見た小さな麻衣に遭遇したことを理央に話す。理央は咲太の方に問題があるのではないかと言う。

5.藤沢駅まで戻った咲太は、駅前の広場で、霧島透子をカバーする弾き語りの男性を見かける。その足でバイト先のファミレスに行き、待ち合わせをしていた美和子先生に、花楓が母親に会いに行っても大丈夫か相談する。美和子は、咲太君はすごいお兄ちゃんしてる、そんな咲太君がいるから、花楓ちゃんはもう大丈夫だと思う、お母様の方が問題なければ会いに行くべきだと思う、と答える。そして、咲太が大丈夫かをむしろ心配する美和子に、お母さんに会いたい?と聞かれた咲太は、妙な後ろめたさを感じる。母親と交わした会話を思い出そうとしても何も思い出せず、会って何を話したらいいのかわからないのだ。でも、それがわかっただけでも、少し気持ちが軽くなった咲太は、美和子にお礼を言って別れる。

6.その日の夜、父親からの電話で、担当医を相談した結果として、面会は、翌週の月曜日、3月9日の花楓の中学校卒業を待ってからにしてはどうか、と提案され、咲太は素直にそれを受け入れる。
 土曜日の夜、ドラマの撮影で山梨県に行っている麻衣から電話があり、大学に合格したことを知らされる。
 3月8日の日曜日、咲太は花楓を連れて通信制高校の学校説明会を聞きに新宿に向かう。全体の説明会の後、遅れて合流した父親と一緒に個別の説明会に参加した花楓は、ここに通いたい、と決断し、その場で出願手続きを済ませる。
 翌日の卒業式、気持ちがすっきりしたのか、花楓は張り切って出かけて行った。父親が出席し、麻衣もこっそり出席していたのだという。その夜、咲太の家でのどかも交えて卒業パーティーを開く。
 一週間が過ぎ、期末試験を終えた咲太のもとには、沖縄に引っ越した翔子からの手紙が届く。その手紙を読んで、翔子は咲太の新しい傷跡や、麻衣によく似た女の子のことは知らないのだろうと咲太は思う。
 3月14日の土曜日、麻衣は撮影で再び山梨県に行っていて不在だったが、咲太はのどかに誘われ、花楓を連れてのどかが所属するアイドルグループのスイートバレットのライブに行き、通信制高校のことでお世話になったメンバーの卯月にお礼を言う。ライブから帰宅すると、父親から、体調がいいので、明日の午後に会えないか、と留守電のメッセージが入っていた。

第二章 キズナのカタチ

1.3月15日の日曜日、咲太と花楓は、母親に会いに家を出る。母親によく思われてなかったら、と不安な花楓の気持ちを和らげる言葉をかける咲太。
 横浜にある父親の住む社宅である3階建てのマンションに着き、父親の出迎えで部屋に入る2人。花楓は母親に歩み寄り、両手を握って涙する。堰を切ったように、母親と話し続ける花楓。4人で食卓を囲んで夕食を食べる光景に、止まっていた花楓と母親の時間が流れ出したのを実感する咲太。
 夜9時近くになって、帰りが遅くなるから、そろそろ…と帰りを促す父親の言葉に、泊まっていくよう促す母親。泊まることになった花楓を残し、咲太はひとりで帰ることになるが、父親は家の合鍵を咲太に渡す。
 帰り道で、喜びで気持ちが高揚して落ち着かない咲太。家に帰って麻衣からかかってきた電話にも、30分を超える長電話で、花楓のことを報告するのだった。

2.翌日、学校に行った咲太は、いつもなら呼ばれる自分の名前が呼ばれないことに、誰からも存在が認識されない状態になっていることを知る。麻衣たちに電話をかけようとしても発信音すら鳴らない。
 こうなった理由を探すと、母親に再会したことしか思い当たる節がない咲太は、再び母親に会いに、父親の社宅のマンションに向かう。母親に会うことに緊張を覚える咲太。

3.緊張しながら咲太がマンションに近付くと、マンションから出てきた母親と花楓に出会うが、2人は楽しそうに話しながら、咲太に気付くことなくすれ違っていく。
 恐怖がこみ上げ、マンションの階段を駆け上がって合鍵で父親の部屋に入った咲太は、鏡台に置いてあったノートを見つける。そこには、花楓の力になれなかった自分を攻める母親の言葉が並んでいた。そして、そこに咲太の名前は一度も出ていなかった。咲太は、前日に母親と一度も目が合わず、名前も呼んでもらえなかったことに気付き、それに気付かなかず半日を過ごしていたことに、心が凍えてがたがたと震える。
 こうなった原因を考える咲太。かえでと引っ越してふたりで生活するのに一生懸命で、母親のことを無意識に心から切り離し、無自覚に切り捨てていた。そうして過ごすうちに、母親の不在は咲太にとっての日常になり、居心地のいいものになってしまっていた。だから、今さらどんな顔で、どんな話をしたらいいのかわからない。だから、母親からも見えなくなり、世界もそれに合わせて咲太の存在を消したのだ。
 今までの自分に後悔はないが、今の自分を肯定することは、母親を切り離していた自分を認めることになる気がして、気持ち悪さを感じる咲太は、父親の社宅を出る。

4.社宅を出た咲太の足は七里ヶ浜の海岸に向かっていた。夜の海を眺める咲太が、麻衣さんに会いたい、と口に出すと、突然、あのランドセルを背負った女の子に声をかけられる。迷子なの?と問われ、人生の迷子かもな、と答えると、女の子は、じゃあ、私が一緒に帰ってあげるね、と手を繋ぐ。女の子に手を引かれるままに電車に乗り、眠りに落ちた咲太が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。

第三章 シアワセの夢を見る

1.咲太が目を覚ますと、中学校卒業まで家族で住んでいた横浜のマンションの自分の部屋だった。元気な母親や花楓も一緒に4人で食卓を囲む朝食。咲太は遠距離通学で峰ヶ原高校に通い、花楓もこの春から同じ高校に進学することになっている。お弁当を持たせてくれる母親にお礼を言うと、お礼なんて珍しいと言って喜ぶ母親。
 峰ヶ原高校に登校する咲太は、のどかや朋絵、佑真に会い、彼らや麻衣とはもとの世界と変わらない関係だと分かるが、学校でもとの世界にはいなかった女の子から声をかけられる。佑真に聞くと、咲太の中学校の同級生の赤城郁実だという。確かに郁実が中学校にいたことは思い出すが、なぜ遠くのこの高校にいるのか謎に思う。

2.学校で過ごすうちに次第に状況が分かってくる。咲太が学校で浮いている原因の「病院送り事件」は、花楓をいじめから救ったときに学校の放送室を占拠した「放送室占拠事件」に尾ひれがついて先生を病院送りにした噂になっていた。
 4時間目の後、咲太は物理実験室に理央を訪ね、自分が置かれた状況を包み隠さず話して相談すると、理央は、咲太は別の可能性の世界からこの居心地のいい可能性の世界に逃げ出して来たのだろう、もとの世界に戻って頑張るか、負け犬としてこの世界にいるか、と言う。そこに麻衣から咲太のスマホに電話がかかってくる。この世界では咲太はスマホを捨ててなかったのだ。バイトまでの間家に来ないかと誘われるが、会うとこの世界から抜け出せなくなると思った咲太は口実をつけて断る。
 理央は、可能性の世界を渡る咲太の思春期症候群の理屈は納得できなくもないが、小さな女の子は理屈に結び付かないと語る。咲太はもとの世界に戻ろうと理央と別れる。

3.咲太は下駄箱で靴を履いているところで、赤城郁実に日誌のことで話しかけられる。駅まで歩く間、他のクラスメイトと違って、僕に話しかけるのが平気なんだなと言うと、私はあの噂がでたらめだって知ってる、と答える郁実。なぜ峰ヶ原高校にしたのか聞くと、郁実はそれには答えず、駅に向かって走り去ってしまう。しかし、その目は、明確な感情を強烈に訴えていた。
 自宅に電話をかけ、母親にお弁当の感想などいつでもできる話、でもいつもはしなかった話をする咲太。困惑して照れたように母親はありがとうと言う。しかし、咲太は、もとの世界の母親に伝えなければと電話を切る。
 七里ヶ浜の海岸にやってきた咲太は、再び小さな女の子に出会う。ずっとここにいればいいのに、と言う女の子に、ここは居心地がよすぎる、自分のことは自分で何とかする、だから、頼むよ、と手を出す咲太。女の子は、みんな忘れているよ、と言うが、咲太の覚悟に、その手を握ると、咲太の意識は遠のく。

第四章 ホーム

1.目が覚めると、藤沢の自宅の部屋だった。机の上のノートには、「しっかりしてくれよ、もうひとりの僕」と自分の字で書いてある。咲太が向こうの世界に行っている間、向こうの咲太が来ていたのだろう。
 電話をかけることもできず、外に出ても誰も気付かない状況は変わっていない。咲太は、もう一人の自分からのメッセージに従い、「麻衣さんの幸せは僕が保証します」と書いた手紙を、麻衣の部屋のポストに投函する。
 麻衣がロケ地の山梨から戻ってくるのは翌日の3月19日、咲太は、普段通り学校に行き、誰にも気付かれないまま、授業を全て受け、放課後は図書室で勉強する。
 そして、いつもなら追い出されて見られそうにない学校の戸締まりまで見届けて、下校しようと外に出た咲太は、グラウンドの隅に1人の人影を見つける。近付いてくるその人影は麻衣だった。咲太に抱き着き、耳もとで、いつか、ふたりで家族になろう、と囁く麻衣に、暖かい感情になった咲太は麻衣を強く抱きしめるのだった。

2.麻衣が1日早く帰ってきたのは、麻衣と咲太の名前を書いたご当地の婚姻届を「御守り」として麻衣に持っていてもらったから。麻衣はそれで、咲太を思い出して帰ってきてくれて、ポストに投函した手紙を見て、学校に来てくれたのだ。
 手をつないで電車に乗って家に向かう2人だが、咲太を認識できる人は他には見当たらない。咲太の家に来た麻衣に、咲太は、母親に頼れない生活の中で、母親の存在を忘れて生きるようになったいたことを話す。咲太はそれでいいのよ、そういうのを大人になったって言うのよ、とやさしく微笑む麻衣に、咲太は涙が止まらず、子供のように泣き続けるのだった。

3.疲れて眠ってしまった咲太がベッドで目を覚ますと、横で麻衣が見つめていた。おそらく一睡もせずに見守ってくれたのだ。家族に対する自信のなさに寄り添ってくれた前夜の麻衣の言葉に救われた咲太は、母親に会いに行くと決めていた。

4.ロケ地の山梨に帰る麻衣を見送ってから、咲太は家を出る。母親がいる父親の社宅に行くと、みんな不在だった。冷蔵庫に貼られた予定表から、母親の通院の日だと知った咲太は、新横浜にある病院に行くため、社宅を出る。
 病院に着き、精神科の病棟に行くと、花楓が父親に連絡するために病室を出てきたところだった。咲太は緊張しながら、そっと母親の病室に入る。母親を前にすると、来るまでに考えてきた言葉はひとつも出てくることなく、母さん、がんばったんだ、と自然にこぼれる想いが口から出る。涙がこぼれ、母さん、ありがとう、と溢れる想いを口にして、また来るよ、と帰ろうとすると、咲太、と呼ばれたような気がした。振り返ると、母親が咲太をまっすぐに見ていた。ベッドまで行くと、母親は咲太の手を握る。花楓のこと、ありがとう、咲太がお兄ちゃんでよかった、咲太のこと、大好きだから。その母親の言葉に、涙が止まらくなる咲太。母親や、戻ってきた花楓も一緒に泣いて、咲太たちは家族になったのだ。
 それ以来、思春期症候群になることも、巻き込まれることもなく、季節はめぐって、新しい春がやってくる。

間奏 新しい季節に

 翌年の春、咲太は横浜の市立大学に入学する。のどかも同じ大学の違う学部に入学していた。入学式を終え、のどかを待とうと正門に近付いた咲太は、ランドセルを背負った小さい人影を見かける。咲太はあの麻衣によく似た女の子だと直感するが、すぐに見失ってしまう。そこに、梓川君、だよね?、と声をかけられる。それは、中学校時代の同級生、赤城郁実だった。

(ここまで) 

 

互いの名前を書いたご当地婚姻届、高校生の恋愛で結婚を現実的な話として考えるなんて普通ないだろうなあなどと思ってしまいますが、ただのエピソードではなく御守りとして役割を果たさせるあたりは、うまい展開。

小さな麻衣に似た女の子や、霧島透子や、赤城郁実など、明かされず謎のまま残されています。このあたりは次の物語で大きな役割を担うことになるのでしょう。