鷺の停車場

映画、本、グルメ、クラシック音楽、日常のできごとなどを気ままに書いています

鴨志田一「青春ブタ野郎はナイチンゲールの夢を見ない」

電撃文庫から出ているライトノベル青春ブタ野郎」シリーズの第11作の「青春ブタ野郎ナイチンゲールの夢を見ない」を読みました。

2020年12月に刊行された作品。扉の見返しには、次のような紹介文が掲載されています。

『突如咲太の目の前に現れた、霧島透子を名乗るミニスカサンタ。彼女が「思春期症候群をプレゼントした」という学生たちのなかには、咲太の中学時代のクラスメイト・赤城郁実がいて―—。
 書き込んだ夢が正夢になる、と学生たちのSNSで話題の都市伝説『#夢見る。』。郁実がそれを利用し、「正義の味方」として人助けしている姿を目撃した咲太は、彼女の身体がポルターガイストのような現象に襲われていることを知る。しかもその原因は過去の咲太にあるらしく……!?「ねえ、梓川君。ひとつ勝負をしない?」
 鍵をかけていた過去の扉をあける、シリーズ第11弾。』

 

前作の「青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ない」から始まった第3部ともいうべき大学生編の第2巻。

 

主な登場人物は、次のようなもの。

  • 梓川 咲太(あずさがわ さくた):大学1年生の主人公。峰ヶ原高校を卒業し、公立大学の統計科学学部に進学した。実家を出て、藤沢で花楓と2人暮らしをしている。

  • 桜島 麻衣(さくらじま まい):咲太の1学年上の恋人。子役時代から有名で今は国民的女優。峰ヶ原高校在学時に思春期症候群となったことがきっかけで咲太と付き合うようになり、今は同じ大学に通っている。

  • 梓川 花楓(あずさがわ かえで):咲太の2学年下の妹。中学時代にネットのいじめに遭って不登校になり、通信制の高校に進学した。

  • 双葉 理央(ふたば りお):咲太の峰ヶ原高校時代の数少ない友人の1人で、1人で科学部で活動していた。今は理系国立大学に通っており、咲太と同じ塾で講師のバイトしている。

  • 国見 佑真(くにみ ゆうま):咲太の峰ヶ原高校時代からの数少ない友人。高校時代はバスケ部に所属していた。卒業後は消防士として働いている。

  • 豊浜 のどか(とよはま のどか):咲太と同学年の麻衣の母親違いの妹。アイドルグループ「スイートバレット」のメンバーで、咲太と同じ大学に通っている。

  • 古賀 朋絵(こが ともえ):咲太の1学年下の峰ヶ原高校の後輩。思春期症候群を治したことで咲太と仲良くなった。同じファミレスでバイトするバイト仲間でもある。

  • 赤城 郁実(あかぎ いくみ):咲太の中学時代のクラスメイト。今は咲太と同じ大学の医学部看護学科に通っている。

  • 上里 沙希(かみさと さき):咲太の峰ヶ原高校時代のクラスメイトで、佑真の恋人。

  • 霧島 透子(きりしま とうこ):2年近く前から動画サイトでのみ活動している謎のシンガー。ミニスカサンタの姿で咲太の前に現れる。

  • 広川 卯月(ひろかわ うづき):「スイートバレット」のセンター。通信制高校を経て、咲太と同じ学部に進学したが、退学した。

  • 牧之原 翔子(まきのはら しょうこ):咲太の初恋の相手。実は、中学1年生の少女・牧之原翔子の思春期症候群によって姿を現した未来の翔子の姿だった。心臓移植手術を受けた後、沖縄に引っ越し、現在は中学3年生。

  • 友部 美和子(ともべ みわこ):中学校を不登校になった花楓を担当していたスクールカウンセラー

  • 鹿野 琴美(かの ことみ):花楓の親友。咲太と花楓が家族で横浜に住んでいた頃、同じマンションに住んでいた仲良くなった。琴美は今でもそのマンションに住んでいる。

咲太の中学時代のクラスメイトで、偶然咲太と同じ大学に進学した赤城郁実の思春期症候群をめぐる物語。人の力になれる大人になりたいという正義感と責任感を持つ郁実だったが、中学時代の咲太に起きたトラブルに何もできなかった後悔を引きずったまま、そこから立ち直った咲太と再会したことがきっかけで、思春期症候群を発症し、かつて咲太が入れ替わったのと同じように、もうひとつの可能性の世界の自分と入れ替わってしまう、という物語。

咲太によってその謎が解き明かされ、郁実も現実と向き合うことを決意するところで、本巻は幕を閉じますが、終章では、次巻への導入となる伏線も張られているので、大団円という感じはなく、小休止といった感じの終わり方になっています。ミニスカサンタとして咲太の前に姿を現した霧島透子もそうですが、2巻前の「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」で登場していた子役時代の麻衣にそっくりなランドセルを背負った女の子の正体もまだ謎のままなので、次巻以降では、これらを巡る物語も描かれるのだろうと思います。

 

以下は、ネタバレになりますが、各章ごとの少し詳しめのあらすじです。

 

第一章 正義の味方

  1. 10月30日の日曜日の正午前、片瀬江ノ島駅の改札前で、高校時代の友人の国見佑真、双葉理央と待ち合わせて、海の方に歩いて人気の海鮮料理屋に入り、互いの近況について話す。消防士の訓練を終えて帰ってきた佑真は体が一回り大きくなって大人っぽくなっていた。店を出た3人は、片瀬東浜海岸に自然と足が向かう。気が付くと午後2時を回っており、3人は片瀬江ノ島駅に戻って電車に乗り、藤沢駅で降りる。改札を出て佑真と別れた理央と咲太の会話は、咲太が10月24日の月曜日に出会ったミニスカサンタの話になる。

    一限が始まる前の早い時間、大学を辞めた広川卯月を見送った後に大学のキャンパス内の銀杏の並木道で出会ったその女の子は、ミニスカサンタの恰好で、2年近く前から動画サイトでのみ活動しているシンガーである霧島透子を名乗り、せっかく空気を読めるようにしてあげたのに、と卯月の思春期症候群が自分のおかげだと言ったのだった。咲太がプレゼント配るのをやめてもらえないかと言うと、いいよ、プレゼントはもう空っぽだから、と言う。1000万くらいプレゼントをあげた、プレゼントを欲しがったのはみんなの方だからね、と言う彼女の視線の先には、中学時代のクラスメイトの赤城郁実が歩いていたのだった。

    大学の入学式の日に郁実が自分に話しかけてきた理由が思春期症候群にあるのではないかと思う咲太に理央は、自分だったら絶対頼らない、自分が咲太を見捨てておいて今さら助けてほしいなんて言えない、霧島透子も、郁実も関わらない方が咲太のためだと言い、咲太がアドバイスを求めると、理央は今度ミニスカサンタに会ったら連絡先でも聞いておけば、と投げやりに言うのだった。

  2. 翌日の月曜日、大学に行く咲太を、都内のテレビ局に行く彼女の桜島麻衣が車で送ってくれる。車の中で、翌日に麻衣が夕飯を作りに来てくれることになる。前日の双葉との話を報告すると、麻衣は、ちくっと言葉の棘を刺しながら、確かに本人に話を聞くのが一番早そうだと言う。後部座席に同乗していた麻衣の異母妹の豊浜のどかは、咲太の妄想じゃないかと疑うが、まずは郁実に話を聞くしかないという結論に落ち着く。

  3. 大学に着き、二限の後に学食に顔を出した咲太は、後期になってから知り合った国際商学部の同学年の美東美織を見つけ、同じテーブルの正面に座り、弁当箱を広げる。美織は、友達の真奈美が免許を取った記念にドライブに行ったお土産だとジャムを渡す。そこに、咲太を見かけた同じ統計科学学部の福山拓海が声を掛けてやってきて、看護学科の女の子3人との合コンのメンツが足りなくなったから来てほしいと咲太に頼む。看護学科に在籍する郁実について話が聞けないかと興味を抱くものの、麻衣と付き合っている自分は行くべきではないと思う咲太だったが、断り切れず麻衣に電話でお伺いを立てる。麻衣の返事は、予想とだいぶかけ離れたものだった。

  4. 麻衣は、看護学科と聞いた時点で、咲太の意図に気づき、特別に許してあげる、赤城について何かわかるといいわね、と驚くほどあっさりとお許しが出る。

    四限が終わり、拓海と校舎をあとにした咲太は、最寄りの金沢八景駅から電車に乗り、桜木町駅で降りる。ハロウィンに仮装した人たちでにぎわう駅前広場を抜けようとしたところで、ナースのコスプレ女子とぶつかりそうになる。目が合うと、彼女は郁実だった。郁実は戸惑った視線を揺らせ、ごめん、行くからと呟いて離れていく。目的を持って進んでいるように見える郁実の様子を咲太が見ていると、小さい女の子がハロウィンに合わせて街灯に追加されたガラス製のかぼちゃのランタンの下に近づこうとした瞬間、郁実がその女の子の方を掴んでそれを止め、その直後、かぼちゃのランタンが街灯から落下する。それを見た咲太は、落ちるのがわかっているようなタイミングで郁実が女の子を止めたことに強烈な違和感を覚える。

  5. 広場の喧騒を抜けて5分ほどの会場に着いた2人は、先に付いていた合コンをセッティングした1年上の国際商学部の小谷良平と挨拶する。少し遅れて小春と明日香の女子2人がやってきて、合コンが始まる。咲太はその場の話に適当に合わせるが、さっき見た出来事が引っかかっていた。

    合コンの最中、小春が『#夢見る』のツイートが当たっちゃった、と言うのを聞き、意味が分からない咲太が尋ねると、元々はその日に見た夢の話をするためのタグだったみたいだが、最近、書いたことが正夢になるという噂が広がっていると聞かされる。先の出来事も関係あるのではと思った咲太は、今日、桜木町の駅前広場でなんかあるという書き込みがないか尋ねると、咲太以外の4人はスマホで検索し、かぼちゃのランタンが落ちて女の子がケガする夢を見たという1ヶ月前の書き込みを見つける。ひとまず種明かしはできたが、どうして郁実がそんなことをしたのか、咲太の中で疑問は大きくなる。

    合コンの話題は、咲太が麻衣が付き合っているのかに移り、咲太は余計なことを話して麻衣に迷惑がかからないよう注意しながら、高校のグラウンドで大好きだ!と告白した、と付き合う切っ掛けを話すと、女の子は信じられないという顔をするが、そこに、全部本当、私全部見てたし、と聞き覚えのある女性の声がする。それは高校時代のクラスメイトで佑真の恋人の上里沙希だった。沙希は看護学科の1年生だったのだ。

第二章 不協和音

  1. 合コンの翌日、三限のコンピューター実習の授業の後、情報教育実習室に残り、パソコンで課題に向かう咲太に、拓海が話しかけてくる。課題を終えた後、咲太はパソコンで『#夢見る』を検索すると、今日の日付のものだけで300件ほどのつぶやきが並んでいた。そこに、拓海からスマホで連絡を受けた沙希が入ってくる。沙希は、佑真に余計なこと言わないでよ、と言うが、話はそれだけで、その沙希と入れ替わるように郁実が入ってくる。

    郁実は、大学に入って最初に話したのが沙希で、自分が立ちあげたボランティア団体も時々手伝ってくれていると話し、自分が看護学科に進学したのは、看護婦になれば助けを必要としている人の力になれるからと語る。咲太が前日の人助けもそんな理由なのかと本題に切り込むが、郁実の言動に動揺は見られない。そして郁実は、絶対に来ないと思うけど、中学の同窓会があると言い、11月27日の日曜日の午後4時から山下公園近くの店で開催することが書かれた案内状を渡す。立ち去ろうとした郁実に咲太は、人助けもほとほどにな、未来を変えようとした結果もっと悪いことが起こる可能性もある、と声を掛けると、郁実は、わかった、気を付けると顔だけで微笑んで教室を出て行く。

  2. 大学の後、咲太がバイト先の塾に行くと、理央が職員室前のフリースペースで、佑真の2つ下の峰ヶ原高校のバスケ部の後輩・加西虎之介の質問に答えて問題の解き方を教えていた。その態度に理央への好意を感じ取る咲太だったが、理央は気づいていない様子だった。話が終わった後、咲太は郁実が『#夢見る』を使って人助けみたいなことをしていたと理央に話すが、理央はそれ自体が彼女の思春期症候群というわけじゃない、彼女が困ってないなら放っておけばいいと言う。

    着替えた後、咲太は峰ヶ原高校の1年生の山田健人と吉和樹里に数学を教える。授業の合間に取った休憩で、2人に『#夢見る』について聞くと、樹里は1ヶ月くらい前に正夢になったと話す。そこに、同じく峰ヶ原高校の生徒の姫路紗良が授業を見学にやってくる。

  3. 塾の授業を時間どおりに終わらせた咲太が自宅のマンションに帰ると、麻衣、のどかのほかに、卯月もやってきていた。麻衣の作ったスープカレーを堪能する咲太に、卯月が今度の日曜に学祭でライブすることになったと2枚のチケットを渡す。花楓はすでに2枚のチケットをもらって鹿野琴美と行くことになっており、ファミレスのバイトが入っていた咲太は、古賀朋絵にシフトを代わってもらって、予定を空けてくれていた麻衣と一緒に行くことになる。

    のどかと卯月が一足先に帰った後、麻衣が、今日届いていたと、沖縄に引っ越した中学3年生になった牧之原翔子からの手紙を渡す。同封されていた写真を見て、背も伸び、顔立ちも「牧之原さん」から「翔子さん」にどんどん近づいてきていると感じる。

    便箋と写真を封筒を戻した後、咲太は花楓のノートパソコンを借りて『#夢見る』で検索してみると、ぼんやりした夢の話をしているのがほとんどだが、日付や時間、内容が妙にはっきりした書き込みも見つかる。麻衣に郁実って子を許しているの?と聞かれた咲太は、自分の中にしこりのようなものがあることに気づく。郁実のことばかり考えているくせに、と言われた咲太は、なんか気になる、霧島透子から思春期症候群にかかっていると言われたし、もうひとつの可能性の世界で会っている、あとは、やっぱり中学が同じだったから、と話す。彼女は咲太と同じように感じているのかしら、と指摘された咲太は、中学時代、花楓がいじめに遭い、咲太が思春期症候群の存在を訴え叫んでいたとき、クラスメイトたちは何を思い、考えていたのかと初めて考え、郁実に対して潜在的な親近感、あるいは親近感に似た顔をした嫌悪感のようなものを抱いていることに気づき、郁実を意識している理由が少しわかったような気がする。

    誰かの幸せは、誰かの不幸かもしれない、それを知っている咲太は、パソコンでつぶやき系SNSサイトに自分のアカウントを作る。

  4. 大学の学祭に行く約束をした11月6日、数日ぶりに大学を訪れた咲太は、メイン会場の野外ステージで行われるスイートバレットのゲストライブを聴く。

    ライブの後、講堂で行われるミスター・ミスコンテストのプレゼンターを務める卯月たちに買い出しを頼まれ、咲太は麻衣、花楓、琴美にも手伝ってもらい、屋台を回る。タコスの屋台に行くと、ナースのコスプレをした沙希、千春、明日香のほか、拓海と小谷も店の奥でタコスを仕込んでいた。郁実もナース姿で現れるが、その右腕は首から三角巾で吊るされていた。咲太がどうしたのか沙希に尋ねると、火曜日に駅の階段でふらついた人を支えようとしたのだという。

    麻衣に行っていいと言われ、郁実を追いかけた咲太は、木陰のベンチでひとりで座っていた郁実の隣に座って、腕のことを尋ねる。郁実はそれには答えず、中学の卒業文集に何を書いたか覚えているか尋ね、私は自分が書いたことも咲太か書いたことも覚えていると話す。2人の会話は嚙み合わない。郁実は行くところがあると歩いていくが、その行き先がわかっていた咲太は、何も起きないから行っても無駄だ、それは僕が書いたデタラメなんだと話す。しかし、郁実は怒ることなく、咲太の方に振り向いて、よかったと言って微笑む。咲太は、正義の味方として完璧すぎる反応に、逆に違和感を覚える。

    そんなとき、郁実の体が突然びくっと反応し、郁実はその場にしゃがみこんでしまう。体の震えを抑えるような郁実の反応に、何かの発作を疑った咲太だが、郁実が強がって微笑んだ瞬間、郁実が被っていたナースキャップが弾かれたように宙を舞い、何らかの見えない力が襟の隙間から入りこんでナース服に皺を作り、ストッキングをびりっと破いて穴を開ける。言葉が出ない咲太に郁実は、ほんと平気だから、と声を絞り出すのだった。

第三章 記憶領域の君と僕

  1. 不思議な現象が収まった後、咲太は郁実を保健室に連れて行く。郁実に頼まれて荷物と着替えを持ってきた沙希に、郁実をどう思うか尋ねると、沙希は、ファッションじゃなく本当に誰かの助けになろうとしていて、時々気持ち悪い、と話す。

    沙希が戻っていき、学校医が郁実の診察を終えて出て行った後、咲太は保健室の中に入り、さっきのは何なのか尋ねると、郁実は「思春期症候群」とは言わず、時々起きる、誰かに触られているような感覚がするが、苦しいとか痛いわけではない、どうすれば治るかはわかっていると話す。解決策がわかっているのに解決していないのは、その方法が簡単じゃないってことだろう?と問うと、郁実は、そうだねと肯定し、咲太を忘れるのは簡単じゃないと話す。突然の予想外の言葉に、どうして自分が原因になるのかわからない咲太。郁実は、やっぱりあの日のことを覚えていないんだ、と言い、自分が咲太のことを忘れるのが先か、咲太があの日のことを思い出すのが先か、勝負しようと言い出す。そして、『#夢見る』を見て人助けをするのは咲太を忘れて思春期症候群を治すためなのか、という咲太の問いに頷き、だから咲太に何を言われても自分は人助けをやめられないと話す。

  2. その話の後、保健室を出て、フリーマーケットに戻る郁実と別れた咲太は、咲太を探していた琴美と出会う。郁実と高校が一緒だったと言う琴美に高校時代の郁実について聞くと、自分が入学した春までは生徒会長をしており、地域のボランティア活動にも積極的だったが、昨年の今ごろから何度も生徒指導の先生に呼び出されていた、噂話だが、家には全然帰らずに年上の恋人の部屋から学校に通っていたらしいと話す。

    琴美の連絡で麻衣と花楓もやってきて、花楓と琴美が学祭を見て回るために去った後、咲太は麻衣に、郁実には会えたが、ますます郁実のことが分からなくなったと話すのだった。

  3. 翌日、お昼前に目を覚ました咲太は、食事をとった後、掃除や洗濯をして、夕方、理央に電話を掛けて書店で会い、前日に郁実の身に起きた現象について話す。理央は、曖昧なことが多すぎて何も言えないが、咲太のことが忘れたいくらいに好きだったんだろう、早く思い出してあげなよと話す。

    理央と別れた後、ファミレスのバイトに向かった咲太は、ファミレスの前で、お店を出てきた友部美和子と出会う。バイトしている花楓の様子を見に来てくれたのだ。その美和子は、大学で郁実に会わなかった?と深刻なトーンで尋ねる。予想外の質問に驚く咲太に、美和子は郁実が立ち上げたボランティア団体を手伝うことになったと言う。郁実について、周囲のイメージに応えられているし、そういう自分にやりがいを感じているように見えると話す美和子は、咲太に会いたくなかったんじゃないか、咲太を救えなかったことが郁実にとって一番の挫折だったと思うと語る。それを聞いて、郁実の正義感なら責任を感じるのかもしれないと思う咲太は、次にボランティアにいくとき自分を連れていってほしいとお願いする。

  4. 美和子と会った週の土曜日の11月12日、咲太は美和子に自分たちが通う金沢八景にある大学のキャンパスに連れてきてもらう。ボランティア活動が終わって中学生たちが帰った後、教室に残ったのは咲太と郁実だけになる。つぶやき系SNSサイトに書き込みを見て人助けに行こうとする郁実に、あと何人助けたら後悔が消えるのか、中学で自分を助けられなかったことを今も引きずっているのではないかと咲太が言うと、郁実の瞳は感情的になり、そして、びくっと背筋を震わせ、両手で口元を覆ってしゃがみこんでしまう。

    学祭のときに見たのと同じ不可思議な現象を不気味に感じる咲太だったが、見えない力を捕まえようと、蠢いていた郁実の手首を掴み、ブラウスの袖をまくると、その腕にはマジックペンでスマホで誰かとやりとりをしているかのようなメッセージが書かれていた。正体が何かわかっているのかとの咲太の問に、郁実は何も答えない。咲太は、郁実が平然としていられるのは、正体がわかっていて、自分に害をなす存在ではないからだろうと考えるが、郁実の本質をいまだに見抜けないでいた。

    そこに、廊下から20代前半のスーツ姿の男性が、どうしても話を聞いてほしいと郁実に声をかける。郁実は用事があると言って足早に歩き去っていく。残った咲太に、その男性は、高坂誠一と名乗り、郁実が高校1年生のときにボランティア活動で知り合い、2年生の夏から付き合っていたが、高校卒業の時に別れを告げられたこと、中学の卒業アルバムを見せてもらって咲太の写真を指差した時に楽しそうにしていた郁実の顔色が変わったことがあったこと、郁実のSNSを見たら、11月27日に傷害事件を起こして捕まる夢を見たとの書き込みがあって、ひとりにしてはいけなかったのかもしれないと不安になって会いに来たことなどを話す。

    誠一と別れると、誠一が座っていた場所にミニスカサンタがいた。咲太が郁実に何をしたのか尋ねると、私はみんなが欲しがったプレゼントを配っただけだと置答える。話は前に進まないが、咲太は電話番号を教えてもらうことに成功する。

    そこに振替授業のため大学に来ていた麻衣がやってくる。両親が何か知っているかもしれないと思った咲太が実家に寄ることを話すと、麻衣も一緒に来ることになる。

  5. 実家に帰った咲太が両親に郁実のことを覚えているか尋ねると、郁実の母親は弁護士で保護者会の役員もしていたと話す。そして父親は、咲太が新品のままゴミに出したが、捨てずに取っておいた中学の卒業アルバムを出してくる。初めてページをめくって文集のページを見る咲太は、3年次の自分は何もできなかった、高校では人の力になれる大人になりたい、と郁実が綴った文章に、彼女の強烈な後悔を感じる。そして、自分の文章は、嫌々書いたのがばればれの文章で、前に郁実が覚えていると言った内容はどこにも書かれていなかった。違和感を覚えた咲太の思考は、ある答えに収束し、それが真実に違いないと確信するが、郁実が何をしたいのかは、わからないままだった。

第四章 ヒルベルト空間の彼方から

  1. ファミレスのランチタイムが過ぎバイトを終えた咲太は、休憩室で朋絵から、自分の学校についての気になる書き込みがあったと聞かされるが、それは咲太がわざわざ新しいアカウントを作って書き込んだ偽情報だった。

    外に出ると、理央が待っていた。理央は、咲太が卒業アルバムを見た後に電話で話した内容で間違いない気がすると話し、ちょっと信じがたい内容で、自分が同じ立場だったら同じようにはできないと感想を漏らす。咲太の想像どおりであれば、郁実は大学の入学式のときから既に思春期症候群を発症しており、自分の意思でそのままにしているのだった。

    そして理央は、『#夢見る』とハッシュタグが付けられた11月27日に開かれる中学の同窓会についての書き込みが10件以上あったとスマホの検索結果を見せ、咲太はもう手を打っているみたいだけど、一応気をつけなよ、刺されるのは咲太かもしれないと忠告する。

  2. 11月27日、咲太は高校時代は毎日通学に使っていた江ノ電に乗って、峰ヶ原高校に行く、事務室で出された受付ノートには、郁実の名前もあった。2年生の時の教室に行くと、窓際に郁実が立っていた。咲太が、自分を助けられなかったことを後悔していたんだな、と聞くと、郁実は、少し違う、後悔していたのは、友達からこの空気何とかしてよと言われたのに何もできなかったこと、と答える。

    郁実は咲太が嘘の書き込みで誘い出したことに気づいていたが、咲太が、もうひとつの可能性の世界では郁実もこの教室に通っていた、と言うと、郁実は、自分がもうひとつの可能性の世界から来たことを認め、私にとってはこっちの世界の方が居心地がいい、人の力になれる大人になりたいという夢は向こうの世界では叶わなかった、中学のとき花楓がいじめに遭っても咲太は自分で解決し、高校に入ってからも自分が力になりたかった問題は咲太が全部ひとりで解決していった、自分は咲太を羨んでいただけ、大学受験にも失敗してどこかに逃げたいと思っていたらこちらの世界に来た、この世界でなりたかった自分になれた、帰りたいとは思わないと語る。しかし、咲太が、本当は誰かに気づいてほしかったんだろう?と問いかけると、誰も気づいてくれなくて自分の存在がよくわからなくなっていた、と涙する。

  3. 校門を出て2人で歩く咲太と郁実は、咲太がもうひとつの可能性の世界に行って郁実と会ったときの思い出話をする。しかし、踏切に差しかかり、警告音が鳴り、咲太が早足で踏切に渡ると、郁実は反対側にとどまり、準備できたみたいだから、と晴れやかな顔で言い、スカートをまくり上げて黒いペンで太ももに「同窓会で待ってる」と書かれているのを見せる。踏切を電車が通過して視界が開けると、郁実の姿は消えており、その場所に、以前にも出会った、ランドセルを背負った麻衣によく似た女の子がいたが、前に会ったときよりも成長していた。咲太の脇を小走りで通り過ぎる女の子を呼び止めようとするが、振り返ると女の子の姿はどこにもなかった。

  4. 郁実を峰ヶ原高校に呼び出した時点で役目を終えたつもりになっていた咲太だったが、郁実からメッセージを見られて、同窓会に向かう。

    同窓会の終了5分前にお店に着いた咲太が会場の屋上テラスに入ると、ざわめきが起き、全員の視線が咲太に突き刺さる。咲太はそれには気を留めずに足を進め、会場の中央にいるのに、誰もその存在を気にしていないひとりの女子に、赤城、と声をかける。次の瞬間、郁実の存在に気づいた元クラスメイトたちの動揺が走る。1時間くらい前からずっとここにいる、と言う郁実の手にはナイフとフォークがあった。そして、私のこと覚えてた?と郁実に話かけられた咲太は、その雰囲気の違いから、自分が覚えていたのはもうひとつの可能性の世界で会った郁実で、中学時代の郁実のことはやはりすっかり忘れていたのだと確信する。

    そして郁実は、私も思春期症候群にかかっていた、間違っていたのは咲太ではなく自分たちの方だった、と主張する。元クラスメイトたちは、もううんざり、台無しにしないでよ、と批判的な反応を示すが、間違いだと気づいても笑っていられる自分たちの方がよっぽどやばいと反論する。咲太は、赤城に協力してもらった、中学の頃の話なんて今さら、気にしなくていい、と言い、同窓会の会場を後にする。

  5. 中学時代のクラスメイトとの再会に、気持ちをざわつかせていた咲太は、最寄の駅には向かわず、海沿いの道を歩き出すが、赤レンガ倉庫が見えた頃、自分についてくる足音に気が付き、足を止めて、あれで満足したか?と振り返って声を掛ける。あまりすっきりしてないが、思春期症候群にかかったときからこうするのが正しいと思っていた、大学の入学式で会ったとき、咲太は立ち直っているのに、自分はあの頃を引きずって何にもなれていない自分が恥ずかしく、どこかに逃げたいと心から思った、と本心を明かす。どうすれば何もできなかった嫌いな自分を忘れられるのかと問う郁実に、咲太は、時間をかけて乗り越えるしかないことを話す。郁実は、ほんと惨めでかっこ悪い、今日それがわかってよかった、と照れくさそうに微笑むのだった。

終章 Message

翌日、いつも通りに大学に行った咲太は、昼休み、麻衣と学食で待ち合わせをして一緒に昼食を取っていると、郁実がやってくる。咲太は、こっちに帰ってきてよかったのか、向こうに彼氏がいたんじゃないか?と問うと、別れてきたと話す。そして、2人に両手の手のひらを見せる。左の手のひらには郁実の字で、こっちの梓川君から、そっちの梓川君に伝言、と、右の手のひらには咲太の字で、霧島透子を探せ、麻衣さんが危ない、と書かれていた。

(ここまで) 

 

本巻の後、「青春ブタ野郎はマイスチューデントの夢を見ない」、「青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない」と、現在までに2巻が続巻として刊行されています。そちらもまた読んでみたいと思います。