鷺の停車場

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三上延「ビブリア古書堂の事件手帖〜扉子と不思議な客人たち〜」を読む

三上延さんの小説「ビブリア古書堂の事件手帖〜扉子と不思議な客人たち〜」を読みました

計7巻からなる「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ本編の番外編となる作品。シリーズ本編は、ビブリア古書堂に勤める五浦大輔が、2歳年上の若い店主・篠川栞子にプロポーズし、結婚が決まったところで終わっていましたが、本作は、大輔と結婚して7年後の栞子が、愛娘で自分と同じく本好きに育っている扉子に、本をめぐる客人たちのエピソードを話し聞かせる、という構成になっています。

本編シリーズは古書にかかわる謎を栞子たちが解き明かしていく、というものでしたが、本作では、謎解きは必ずしもメインではなく、古書をめぐる栞子たちの周囲の人物の人間模様がより前面に出てきている感じです。

 

 

 

以下は、多少ネタバレになりますが、簡単なあらすじ、各話の概略を紹介します。

プロローグ

五浦大輔と結婚して7年が経った2018年の秋、ビブリア古書堂の店主の篠川栞子に、栞子の母で洋古書の売買を行っている智恵子を手伝うため空港に向かった大輔から電話がかかってくる。自分の本をどこかに置きっぱなしにしてしまったから捜してほしいという。そこに、6歳で本好きの2人の娘・扉子がやってくる。栞子は大輔の本を扉子に見つけられないように、扉子がたまたま手にした北原白秋『からたちの花』にまつわるエピソードを話し始める。

第一話 北原白秋 与田準一編『からたちの花 北原白秋童話集』(新潮文庫

栞子たちが結婚してすぐのころ、家族ぐるみの付き合いのある坂口昌司をめぐるエピソード。昌司は、かつて銀行強盗を犯し実家とは絶縁状態になっていたが、入院中の昌司の異母兄が、子どもが生まれた昌司に出産祝いと北原白秋『からたちの花』を送るよう娘の由紀子に依頼する。由紀子はビブリア古書堂でその本を購入し、昌司の家を訪問する。過去の出来事から昌司を嫌っていた由紀子だったが、「からたちの花」の歌をめぐるエピソードから昌司を誤解してきたことを知り、昌司の家族と交流することから始めようと思うのだった。

扉子に話し終えた栞子は、次に仕事で使うライトバンの中を探す。扉子がゲーム関係の本を見つけたことをきっかけに、今度はゲームの本をめぐるエピソードを話し始める。

第二話 『俺と母さんの思い出の本』

栞子と大輔が結婚して最初のクリスマス、智恵子の紹介で依頼が入る。依頼人の未喜は、数ヶ月前に病気で亡くなった息子の秀実がその直前に電話で言っていた『俺と母さんの思い出の本』を探してほしいという。未喜は、秀実の将来を思ってピアノなどいろいろ習い事をさせたのに、イラストレーターになり、イベントで知り合ったオタクの女性と結婚したことに不満を抱いていた。栞子たちは、秀実の妻きららの家を訪れ、きららの話や秀実の部屋の様子から、秀実の友人が本を持っていったと推理し、他の古書店に売られた秀実の本を回収することに成功する。その中に、依頼の本と思われる本があった。後日、栞子たちはきららを連れてその本を届けに未喜を訪れ、きららは生前の秀実が抱いていた母への思いを未喜に伝える。

話し終えた栞子は、店の倉庫として使っている大船の大輔の実家に向かっていた。栞子たちは実家の前で栞子の妹・文香の友人で本好きな小菅奈緒と出会う。奈緒と別れた後、扉子が以前奈緒が話していたと『雪の断章』の書名を口にしたことをきっかけに、栞子はその本をめぐるエピソードを話し始める。

第三話 佐々木丸美『雪の断章』(講談社

2011年8月、奈緒はある出来事をきっかけに仲良くなった同じく本好きの志田と会うことになっていた。志田はかつてある事情から橋の下で暮らし、ビブリア古書堂に出入りする常連だったが、今は妻とよりを戻して姿を消していた。奈緒は志田に自分のように本の話をしていたというらしい男子高生・紺野祐汰のことを志田に確かめようとしていた。祐汰は、奈緒が姿を消した志田を探すのを手伝っていたが、そのうち祐汰が嘘をついていることに気付いた奈緒は、会うのをやめていた。志田と会って祐汰との関係を確認した奈緒は、祐汰を呼び出し、自分の推理を突きつけると、祐汰は真相を打ち明ける。そこには祐汰の奈緒への思いがあった。

栞子は大輔の本を見つけるが、扉子に見つからないようブックカバーを外して書棚に差す。扉子はその書棚から『王様の背中』を手にする。『王様の背中』をめぐっては、以前店で扉子とある男性のエピソードがあった。また来ないかなと言う扉子に、栞子はもう来ない理由を話し始める。

第四話 内田百聞『王様の背中』(樂浪書院)

舞砂道具店の吉原孝二は、先代の父・喜市が付き合いのあったコレクターの山田が亡くなったことを知りコレクションを買い取ろうとその家を訪ねる。未亡人と話すが、既にコレクションは買い取られた後で、最後に見つかった古書も息子がビブリア古書堂に持っていったと未亡人から聞かされる。喜市がかつてシェイクスピアの古書をめぐる取引で痛い目にあったいわば因縁の相手、孝二はビブリア古書堂を訪れ、息子のふりをして売却を撤回し自分のものにしようとする。栞子たちは外出中で文香が店番する中、扉子が店に持ち込まれた本の中から読んでいたのは『王様の背中』の貴重本だった。孝二は話の続きを知りたがる扉子の質問攻めに苦慮するが、何とか栞子たちが帰ってくる前に持ち込まれた本を持ち出すことに成功する。しかし、あることがきっかけで、帰ってきた大輔に見破られた孝二は、警察に出頭し、店を畳むことを決意するのだった。

エピローグ

栞子が扉子に気付かれないように回収した大輔の本は、新潮文庫から出ている日記のように自分で書き込む無地の文庫だった。その本には、大輔の字で、栞子との関係も含め、ビブリア古書堂で働き始めてからの出来事が記されていた。多くの人の秘密が書かれているこの本を、決して失くしてはならないと栞子は思うのだった。

 


妹の文香のように快活だが、人との交わりには興味を持たず本に夢中な扉子を心配する栞子は、人への興味を持ってほしいと思って、本をめぐる様々な人のエピソードを話すものの、扉子は、そうしたエピソードを生み出す本の力に心ひかれるばかりで、人への興味は持ってくれません。本が好きな人は善人だと信じている扉子は危険だと心配して、栞子は第4話のエピソードを話すわけですが、どこまで効果があったのかは分かりません。このまますくすく育ってほしいと思う一方で、確かにこのままではいつか痛い目に遭ってしまうのではないかと心配になります。

今のところ、本作が番外編も含めてシリーズの最新作になりますが、いずれ新たなエピソードが発刊されることを期待したいと思います。