鷺の停車場

映画、本、グルメ、クラシック音楽、日常のできごとなどを気ままに書いています

三上延「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ〜扉子と虚ろな夢〜」

三上延さんの小説「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ〜扉子と虚ろな夢〜」を読みました。

本編シリーズの完結後に刊行された、結婚した篠川栞子と大輔の娘・扉子が登場する番外編シリーズの第3作。前作は、栞子や大輔がかつて遭遇した謎解きの足跡を、高校生に成長した扉子が辿る物語でしたが、本作では、本をめぐる謎解きに惹かれ始めた扉子が、不在がちの栞子の謎解きを手伝う物語になっています。

 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

------------

千冊の古書をめぐるただ一つの切実な願い

 春の霧雨が音もなく降り注ぐ北鎌倉。古書に纏わる特別な相談を請け負うビブリアに、新たな依頼人の姿があった。
 ある古書店の跡取り息子の死により遺された約千冊の蔵書。高校生になる少年が相続するはずだった形見の本を、古書店の主でもある彼の祖父は、あろうことか全て売り払おうとしているという。
 なぜ―—不可解さを抱えながら、ビブリアも出店する即売会場で説得を試みる店主たち。そして、偶然依頼を耳にした店主の娘も、静かに謎へと近づいていく――。

------------ 

巻頭で紹介されている登場人物は、次のとおりです。

  • 篠川 栞子(しのかわ しおりこ):ビブリア古書堂店主。古書に関してずば抜けた知識を持つ本の虫。母がロンドンに持つ古書店で働くことが増えている。大輔の妻。

  • 五浦 大輔(ごうら だいすけ):過去の経験から、本が読めなくなった特異体質の持ち主。海外での仕事が増えた妻に代わりビブリア古書堂の経営を担う。栞子の夫。〔「五浦」は仕事で使っている旧姓で、戸籍姓は「篠川」〕

  • 篠川 扉子(しのかわ とびらこ):栞子と大輔の娘。母親譲りの本の虫。大輔の「手帖」を読んで以降、ビブリア古書堂のもう一つの仕事に惹かれ始めている。〔県立稲村高校に通う新2年生〕

  • 篠川 智恵子(しのかわ ちえこ):栞子の母。扉子との邂逅をきっかけに海外での仕事をセーブし、日本滞在中は膨大な蔵書が収められた屋敷で暮らしている。

  • 樋口 佳穂(ひぐち かほ):依頼主。亡くなった元夫の蔵書約千冊が、彼の父の手により処分されようとしており、それを止めようとビブリア古書堂に依頼する。〔12年前に康明と離婚した後、7年前にいとこに当たる樋口芳樹と結婚し、7歳になる娘・晴菜がいる〕

  • 樋口 恭一郎(ひぐち きょういちろう):高校生になる佳穂の息子。これまでほとんど本を読まなかったが、同じ高校に通う予定の先輩・扉子の影響で本に興味を持ち始めている。〔県立稲村高校に入学する新1年生〕

  • 杉尾 康明(すぎお やすあき):佳穂の元夫。虚貝堂の三代目になるはずだったが癌により死去。若い頃に出奔した過去があるが理由や詳細は不明。〔2ヶ月前に47で亡くなった〕

  • 杉尾 正臣(すぎお まさおみ):虚貝堂の二代目店主。病気がちで部下の亀井に半ば店を任せている。古書市で息子の蔵書を売り払おうとしている。

  • 亀井(かめい):虚貝堂の現番頭。杉尾家とは家族同然の付き合いで、康明の亡き今、彼らが仲直りしてくれることを願っている。

  • 神藤 由真(しんどう ゆま):ドドンパ書房店主。悪意のない性格で同業者からは娘や孫のように扱われている。古書組合のマスコット的存在。

  • 滝野 蓮杖(たきの れんじょう):サブカル方面に明るい滝野ブックスの店主。古書組合支部長。

というもの。(なお、〔 〕内の説明は加筆しました。)

以下は、多少ネタバレになりますが、簡単なあらすじ、各話の概略を紹介します。

プロローグ・五日前

定休日のビブリア古書堂。夫の大輔が出張買い取りで不在の中、栞子はやってきた樋口佳穂からある相談を受ける。前の夫・康明が2ヶ月前に亡くなり、15歳の息子・恭一郎に相続権がある1,000冊くらいの蔵書が、康明の父で古書店の虚貝堂の店主・正臣によって、藤沢の古書即売会で売り払われようとしているのを止めたいという相談だった。偶然その話を聞いてしまった扉子は、なぜ蔵書を売ろうとしているのか、考えるのをやめられなくなる。

初日・映画パンフレット『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』

4月1日、高校生になる恭一郎は、正臣から誘われて藤沢の古書即売会でバイトをすることになる。
会場で恭一郎は、レジを手伝っていた栞子と話をするうちに興味を惹かれる。レジの打ち方を扉子に教わった恭一郎は、山田風太郎の『人間臨終図鑑』に惹かれてⅠ~Ⅲ巻セットを購入する。やってきた亀井は、正臣が春の催事が最後の仕事かもと話していたことを恭一郎に話す。
そこに、少し前に『角川類語新辞典』を買った中年女性が、見返しに蔵書票が貼ってあるとクレームをつけて返品にやってくる。その直後、別の男性が「ゴジラビオランテ」のパンフレットに文字が書いてあるので、包装のビニールの上に書かれているのか確認したいと、恭一郎にビニール袋を開けさせ、文字がビニールの上に書かれていることを確認して買っていく。その後、『角川類語新辞典』の蔵書票を確認すると、それが父・康明の蔵書であったことがわかる。しばらくして、さっきの男性が再びやってきて『INTERSTELLAR』と『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』という2つの映画パンフレットを、同様にビニール袋を開けさせて中身を確認してから買っていく。
そこに、黒いコートとサングラスの老女がやってきて、扉子が戻ってきたら、すぐにその袋を見せて事情を話しなさい、と確信に満ちた声で恭一郎に話す。老女が消えた後、恭一郎は戻ってきた扉子たちに経緯を説明すると、正臣は映画パンフの値段が安すぎることを指摘し、扉子はその値札がすり替えられた偽物だと見抜く。
扉子は大輔に連絡し、近くのコンビニで荷物を発送しようとしている犯人を確保することに成功する。パンフレットを取り戻した扉子は、恭一郎たちにその真相を説明する。『ゴジラの息子』のパンフレットを開いた正臣は、それが康明が子供時代にぬりえをしたパンフレットだったことに気づき、そのパンフレットを自分で買う。

間章一・五日前

依頼人の樋口佳穂を見送った後、栞子は頭の中で依頼内容を整理する。母の智恵子がイギリスで行っている古書の取り引きを手伝うことが増えていた栞子は、2日後にイギリスに飛ぶことになっていた。一方の智恵子は、片瀬山に書庫付きの邸宅を構え、日本で過ごすことが増えていたが、栞子はその意図を付き止めることができないでいた。栞子は、自分が不在の間の対応は、大輔だけでは足りないと考えた栞子は扉子に、この件に関わっている人たちの話をじっくり聞いてきてほしい、と手伝いを頼み、扉子はうなずく。

二日目・樋口一葉『通俗書簡文

藤沢古本市の2日目。朝から大盛況だったが、午後になって横なぐりの強い雨が降り始め、客足は遠のいてしまう。恭一郎は神藤や滝野と話をしているうちに、康明が恭一郎が生まれる前後にいなくなり、離婚した後でひょっこり戻ってきたが、人と話さなくなっていたことを知る。扉子に、家族を置いて何年も失踪した人って何を考えているのか、と話をすると、扉子は祖母の智恵子のことだと勘違いして話し出す。前日の老女が智恵子ではないかと恭一郎が考えていると、そこに母・佳穂がやってくる。
恭一郎をデパートに連れ出した佳穂は、康明は読書旅行に出かけただけだったが、連絡が取れなくなってしまい、心身ともにボロボロになった自分は杉尾家を離れて実家に帰ったこと、戻ってきた康明は事故に遭って記憶を失っていたこと、自分も本が大好きだったが、一番辛い時期を思い出してしまうため本を読む気にならないことなどを話す。
5時を過ぎて会場に戻った恭一郎は正臣から、佳穂が大学で樋口一葉の研究をしていたこと、康明の蔵書の樋口一葉の本は佳穂からもらったか薦められるかしたのだろうと聞かされる。その全集の第二巻に、紙幣コレクターなら垂涎ものの珍しい記番号の樋口一葉の肖像が描かれている五千円札が挟まれていることが判明する。さらに、『樋口一葉研究』、『樋口一葉日記』など樋口一葉関係の古書からも五千円札が見つかる。そして、もう1冊五千円札が挟んだ本があるはずだったが、樋口一葉『通俗書簡文』が亀井の値付けミスで相場より安い値段で既に売れていたことが判明する。その場にいる一同は誰が買ったのか考え始めるが、扉子は突然何かに気づいて叫び声を上げる。そして、扉子は、犯人捜しはしない方がいいが、五千円札の方はたぶんこの会場に戻ってくると話し、古書店主たちは呆気に取られる。
閉店後、大輔や滝野、神藤は飲みに行くが、恭一郎には扉子から1時間後に通用口まで戻ってくるようショートメッセージが入る。戻った恭一郎を扉子は、閉店後の会場の中に連れていく。そこには亀井がいた。亀井は、五千円札を出し、今取りに行ってきたと話し、『通俗書簡文』は、佳穂から頼まれて亀井が買ったもので、もともと佳穂が康明にあげたものだと真相を説明する。そこまでは扉子の憶測どおりだったが、どうして一葉の本に五千円札を挟んでいた理由は分からない。最後まで記憶が戻らなかったのか疑う恭一郎に、亀井は、康明の記憶は戻らなかったが、帰ってきてからずっと必死に自分を取り戻そうとして、自分が持っていた蔵書を片っ端から読んで、過去の自分が何を好んでいたのか、何を考えていたのかを学んでいったと話す。

間章二・半年前

片瀬山にある智恵子の邸宅に、智恵子に呼びつけられた康明が訪問してくる。康明は、智恵子に弱味を握られ利用されたことを恨む人間が多いことも知っていたが、智恵子の協力もあって自分が発見されたこと、智恵子のアドバイスで自分の蔵書を読んできたことが大きな力になったことに感謝していた。翌週から入院することになっていた康明は、自分が死んだら蔵書から好きな本をどれでも持っていって下さいと話す康明に、智恵子は、あなたに売りたいものがある、と夢野久作ドグラ・マグラ』の初版本を差し出し、入院する時にこの本も持っていってほしい、その条件を呑んでくれれば言い値で構わないと話す。康明は、智恵子に言いたくない意図があることは分かったが、それを見抜くことはできない。

最終日・夢野久作ドグラ・マグラ

古書市の最終日、休憩時間に行った会場のデパートにあるカフェで、扉子は恭一郎に夢野久作ドグラ・マグラ』について興奮して語るが、イギリスから帰ってきた栞子はその間違いを指摘する。会計を終え、買った飲み物などを持って会場に戻る途中、大輔がなぜその話題になったのか尋ねると、扉子が、古書の値付けをしていた正臣が『ドグラ・マグラ』の初版の復刻版を取って函をじっと見始めたのが気になったと話し、栞子はたぶんそれは康明の蔵書だ、康明が高校生の頃にビブリア古書堂で買っていった、康明は智恵子と仲がよく、智恵子が色々な小説を康明に薦めていたと話す。
その日の朝、大輔には、今日会いにいくつもり、との智恵子からのメールが入っていた。大輔はこれから一波乱起こると確信に近い思いを抱く。
休憩室で、前日の夜に、古書店主たちや家族から情報を得ていた栞子は、正臣に口に出せない事情があるのだろうが、それを突き止めようがないと話す。大輔は栞子に『ドグラ・マグラ』について説明をお願いし、栞子は喜びに溢れて話し始める。作品について解説した栞子は恭一郎に、康明も『ドグラ・マグラ』に惹きつけられていたことを話し、恭一郎が買った『人間臨終図鑑』に貼られている康明の蔵書票を見て、そのイラストが夢野久作直筆のものだと話す。
そこに、正臣が『ドグラ・マグラ』の復刻版を持ってやってくる。その函の中に入っていたのは、復刻版ではなく、本物の初版本、しかも夢野久作の署名本だった。正臣は、ビブリア古書堂から買った復刻版を康明は一番大切にしていた、捜し出すのに協力してほしいと話す。そこにやってきた亀井は、病室で康明がその初版本を開いており、知り合いの人から売ってもらったと話していたことを明かす。さらに栞子の話から、ファンの遺族から買い取った智恵子が康明に売ったものであることがわかる。正臣は、年月の空白をどうやって埋めたらいいか智恵子に相談していたようだと語る。栞子は、康明が持っていた復刻版を探すところから始めるべきと話し、催事が終わった後に虚貝堂の倉庫を見せてほしいとお願いする。
古書市が終わり、虚貝堂の倉庫に行った栞子たちは、そこにいた智恵子に遭遇する。智恵子は復刻版の行方について何か知っているようだが、何も語らず、どうして康明の居場所が分かったのか問う恭一郎に、旅に出る康明が『ドグラ・マグラ』を持って行ったことから推測したことを話す。本当のことを話してくれないかと話す正臣に智恵子は、正臣こそ本当のことを言ったらと切り返し、正臣は康明の蔵書を売るつもりがない、大部分は隠しておくつもりだった、と正臣を追い詰めていき、ついに正臣は心臓発作を起こしてしまう。
大輔は智恵子や栞子を残して、扉子とともに恭一郎を車で送り、出迎えた依頼人の佳穂に、恭一郎の部屋を見せてほしいとお願いする。恭一郎の部屋に行った大輔は、恭一郎が復刻版か本物の初版本を見たことがあるのではないかと話し、それが入っているであろう本棚の『角川類語新辞典』の函から中身を取り出す。恭一郎は、『ドグラ・マグラ』について話した入院中の康明の言葉が頭から離れず、倉庫に復刻版があったのを見つけて持ちだしたことを白状する。大輔は、恭一郎の話から、佳穂が恭一郎が前の夫に似ないように、本から遠ざけてきたのではないかと考える。すると、恭一郎が『ドグラ・マグラ』の復刻版の全ページが黒いマーカーで塗りつぶされていることに気づき、叫び声を上げる。そこに入ってきた妹・晴菜は、佳穂が本を取りに行くと出かけたこと、ちえこと呼ぶ人と電話していたことを話す。そこに、栞子から、佳穂に康明の蔵書を奪われた、と電話が入る。
佳穂が康明の蔵書を燃やそうとしていると考えた大輔は、恭一郎を乗せて車で海沿いの国道を走る。その車内で、大輔は、佳穂は恭一郎が康明のようになるのを極端に恐れて、康明の本を読ませないために蔵書を処分しようとしていると話す。
大輔は、七里ヶ浜の海岸の駐車場に、蔵書を奪って運んだ虚貝堂の車を発見するが、佳穂は、恭一郎が康明と同じことになったら耐えられない、わたしの心はきっと壊れる、と震える声で言い、ライターで蔵書に火を着ける。恭一郎の頬には涙が流れる。

エピローグ・一ヶ月後

大輔と栞子は、事件の翌日にロンドンに発ち、一ヶ月ぶりに片瀬山の屋敷に帰ってきた智恵子を訪ねる。栞子は智恵子に、扉子や恭一郎に接触するのは、自分の目的のために遠回しに計画を進めているのではと指摘するが、計画の内容までは分からない。しかし、栞子は、それは大した問題じゃない、あなたの目的が誰かを傷つけるものだとしても、私は周りのみんなを守る、あなたも含めて、と自分の決心を智恵子に告げ、屋敷を出て行く。帰り道、大輔は智恵子の屋敷に向かう恭一郎らしい少年を目にする。
智恵子は、あなたにプレゼントがある、と恭一郎を呼び出していた。智恵子は、訪ねてきた恭一郎を、手持ちの蔵書で康明の蔵書を再現した書斎に案内し、ここの本を好きに借りて読んで構わないと話す。書斎で読書を始める恭一郎に、智恵子はこれで自分の後継者を育てる計画は一つ前に進んだと思う。次に必要なのは扉子だと考える智恵子は、その餌として用意した、自分が考える完全なビブリア古書堂の事件手帖を確認のためもう一度読み始めた。

 

(ここまで)

 

前巻と同様、一般の人にはほとんど知られていないような古書などをテーマに謎解きが描かれる展開は魅力的で、一気に読んでしまいました。

だんだんと娘の扉子が謎解きに加わってきましたが、自分の後継者にと目論む智恵子が今後どのように扉子を誘い込もうとしていくのか、気になるところです。次巻がいつ刊行されるかわかりませんが、引き続き読んでみたいと思います。