鷺の停車場

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橋本紡「月光スイッチ」を読む

橋本紡さんの小説「月光スイッチ」を読みました。そのおおまかなあらすじと感想です。

月光スイッチ (角川文庫)

月光スイッチ (角川文庫)

 

代表作の「半分の月がのぼる空」など、映像化されている作品もある作家さんだそうですが、私は初めて。

本作は、既婚の男性と付き合っている女性が、妊娠した恋人の妻が出産を控えて実家に帰って留守の間、恋人と同じ部屋で暮らす「新婚生活(仮)」の日々の心の揺れ動きを描いた作品。

自分を都合よく扱う男性を愛する女性、という構図は、以前観た映画「愛がなんだ」と似たものを感じます。「愛がなんだ」ではともに独身でしたが、本作の男性は既婚で、奥さんとの関係も悪くない。主人公は、冷静に自らの状況を俯瞰する一面を持ちながら、冷静に考えることを放棄して流されるままに関係を続けていきます。冷ややかに見れば、愚かな人たちだなぁと思う話なのですが、主人公の細やかな心の揺れ動きの描写が見事で、共感してしまう部分もありました。

小説は、次の10章で構成されています。

  • 1 わたしの押入れ
  • 2 新婚生活(仮)
  • 3 山崎第七ビルの人々
  • 4 夜を歩く
  • 5 ハナちゃんとビスケット
  • 6 河原で歌う
  • 7 姉弟競演
  • 8 お父さんと会う
  • 9 水鉄砲
  • 10 真夜中、コンビニに行くように

実家が所有する不動産を管理する仕事をしてお金持ちな既婚のセイちゃんを愛する20代後半の香織は、彼の奥さんが出産のため里帰りしている間、彼に誘われて、管理するアパートの一室で一緒に暮らすことになります。3章の表題にある「山崎第七ビル」がそれです。一緒に暮らすことは嬉しく思うが、なぜか押し入れの中が落ち着く香織。それぞれ個性あるアパートの住人たちと接するうちに、その1人であるシングルマザーの吉田さんの娘ハナちゃんが実の父親に会いに行くのに付き添ったり、夜のコンビニで知り合った弥生と睦月の姉弟と仲良くなったりします。しかし、あるきっかけで奥さんに浮気がバレて、香織はセイちゃんと別れることになります。客観的にはけっこうな修羅場ですが、香織の目を通して描かれるそれは、どこかフワフワしていて、差し迫った緊迫感といったものはありません。どこか醒めた目で自らを見ていながら、現実に棹差さず流されていく香織の描写、空気感は良かったと思います。

 

文庫本の末尾には西加奈子さんの解説が収載されています。女性の作家さんの目から見ても、この作品の女性の心情描写には感心するところがあるようです。男性の私には、本作での香織の心情描写にどのくらいリアリティがあるのか判断つかないところがありますが、男の目でみる限りでは、こういう女性もいるのだろうなあと、違和感なく入っていける作品であることは確か。これには、男性からみて期待/想像する女性像が投影されていることは間違いないだろうとは思いますが・・・