夏川草介さんの小説「神様のカルテ」を読みました。
もとは2009年9月に単行本として刊行された作品、2011年6月に加筆修正を加えて文庫本化されています。
主人公である病院勤めの内科医が、物語。
背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。
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栗坂一止は信州にある「二四時間、三六五日対応」の病院で働く、悲しむことが苦手な二十九歳の内科医である。職場は常に医師不足、四十時間連続勤務だって珍しくない。
ぐるぐるぐるぐる回る毎日に、母校の信濃大学医局から誘いの声がかかる。大学に戻れば最先端の医療を学ぶことができる。だが大学病院では診てもらえない、死を前にした患者のために働く医者でありたい……。悩む一止の背中を押してくれたのは、高齢の癌患者・安曇さんからの思いがけない贈り物だった。二〇一〇年本屋大賞第二位、日本中を温かい涙に包み込んだベストセラー、待望の文庫化!
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主な登場人物は、
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栗原一止:信濃大学医学部を卒業し、松本にある本庄病院の消化器内科に勤務する5年目の内科医。夏目漱石を敬愛し、その影響から古風な話し方をする少し変わった人間。
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榛名:一止の妻。世界を飛び回る山岳写真家。一止とは3年前に知り合い、1年前に結婚。「ハル」、「イチさん」と呼び合う。
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砂山次郎:大学病院の医局から本庄病院に派遣されている巨漢の外科医。一止とは医学部時代からの知り合い。
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大狸先生:本庄病院の消化器内科の部長。驚くべき内視鏡のテクニックの持ち主。
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古狐先生:本庄病院の消化器内科の副部長。痩せすぎで顔色が悪い。
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東西直美:28歳で病棟の主任看護師になった優秀な看護師。
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水瀬陽子:病棟で働く1年目の新人看護師。
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外村さん:救急部の看護師長。30代で独身、有能で美人の看護婦。
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田川さん:62歳の膵臓癌の男性患者。癌が全身に転移し、打つ手がなくなっている。
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安曇さん:胆のう癌で入院している72歳のおばあさん。早くに夫を亡くし、子どもも親戚もいないひとり暮らし。優しげな笑顔から、若い看護師たちは「癒しの安曇さん」と呼んでいる。名は清子。
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老紳士:若い頃に安曇さんの夫に助けられた恩から、毎週金曜日に安曇さんの見舞いにやってくる丁寧な物腰の老紳士。
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男爵:下宿「御嶽荘」で一止たちが住む「桜の間」の真下の「桔梗の間」の住人。絵描き。
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学士殿:「桔梗の間」の向かい側の「野菊の間」の住人。信濃大学文学部の博士課程に身を置いていると自称する博識。本名は橘仙介。
というあたり。
本編は3章から構成されています。各章の概要・主なあらすじは次のようなもの。
第一話 満天の星
3日前から本庄病院に泊まり込みの栗原一止、初めての結婚記念日も、救急外来の当直で妻にメールを送ることもできないまま終わってしまう。翌日、病棟の回診を終え深夜1時に病院を出て一止が「御嶽荘」に帰宅すると、妻は結婚記念日のメッセージを残してモンブランに撮影に出かけていた。その夜、男爵、学士殿と深酒をした一止は、翌朝、砂山からの電話で呼び出され、再び病院に向かい、胆のう炎患者の緊急内視鏡手術を行うことになる。一止は東西に病棟看護婦1人の派遣を依頼し、やってきた水瀬に、彼女に恋する砂山はそわそわする。その1週間後、膵臓癌患者の田川が亡くなる。自己嫌悪気味で帰宅した一止を出迎えた妻の榛名は、異変を察して一止を励ます。
第二話 門出の桜
胆のう癌患者の安曇さんの症状が悪化する。毎週金曜日に安曇さんを見舞いにやってくる老紳士が、病状を聞きたいと、木曜日に一止を訪れてやってくる。一止が率直の容態を伝えると、老紳士は、安曇さんの旦那様に50年前に救われ、亡くなる時に清子を頼むと託されたことを話す。帰宅すると、男爵が学士殿の部屋に魅惑的な女性が訪ねてきていたと興奮気味に語る。しかしその夜、学士殿は大量の薬剤を飲んで意識を失う。それを発見した一止は救急車で本庄病院に運ぶ。学士殿を訪ねた女性は姉で、学士殿を出雲に連れて帰ると語る。意識を回復した学士殿は、自分が大学にも行っていなかったことを告白する。出発の日、満開の桜の中で、一止、榛名と男爵殿は「バンザイ」で学士殿を送り出す。
第三話 月下の雪
古狐先生の手配で、一止に信濃大学医学部消化器内科の医局から大学病院の見学案内が届く。一度見て決めればいいと古狐先生に勧められ、2日休みを取って大学病院を見に行く。案内した医局長は、数年働くと一段とスキルアップする、と医局に来ることを勧めるが、一止は大学病院の威容にめまいを覚える。安曇さんの病状はさらに悪化するが、73歳の誕生日を迎え、もう一度山を見たいという安曇さんを屋上に連れていき、かつて夫と食べたことが忘れられないと語っていた文明堂のカステラを贈る。その2日後、安曇さんは亡くなるが、安曇さんが残した自分あての手紙を読んだ一止は、医局には行かず、引き続き病院で働くことを決める。
(ここまで)
高度な医療を学べる大学病院への誘いに、いずれを選択するか悩む一止でしたが、亡くなった安曇さんが残した手紙に後押しされて、引き続き本庄病院で患者と向き合うことを選んでいく、心地よい読後感が残る心温まる物語でした。
ところで、砂山次郎が一止と行きつけの居酒屋「九兵衛」に行く場面では、砂山のお気に入りの日本酒として、「呉春」が出てきます。「池田の名酒」との紹介ですが、池田とは、大阪府の北部、大阪国際空港(伊丹空港)のすぐ北にある池田市のこと。私は縁あって昔飲んだことがありますが、大阪の地酒でも、それほどには広く出回っていない酒蔵のお酒だろうと思います。そんな本作の舞台の長野県松本市で常備している居酒屋があるというのは、思い切った設定です。著者の夏川草介さんは、信州大学医学部を出ていますが、もとは大阪府出身だそうなので、おそらく御自身のお気に入りのお酒なのだろうと思います。