鷺の停車場

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村山由佳「星々の舟」

村山由佳さんの小説「星々の舟」を読みました。

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

  • 作者:村山 由佳
  • 発売日: 2006/01/10
  • メディア: 文庫
 

図書館でたまたま手に取ってみた作品。著者の村山由佳は1964年生まれ、本作は2003年に直木賞を受賞した作品だそうで、2006年に文庫本化されています。

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

 

【禁断の恋に悩む兄妹、他人の恋人ばかりを好きになってしまう末妹、居場所を探す団塊世代の長兄、そして父は戦争の傷痕を抱えて──。愛とは、家族とは何か。別々に瞬きながらも見えない線で繋がる星座のように、家族は、「家」という舟に乗って無限の海を渡っていく。心震える感動の短篇連作小説集、第129回直木賞受賞作。】

 

作品は、ある家族のそれぞれの人物の視点で描かれた6編から成っています。

主要な登場人物は水島家の家族で、各編に断片的に出てくる情報を総合すると、次のような感じです。

  • 重之:父。おそらく79歳。戦争では中国に出征。先代と同じく大工で、復員後に東京の西のはずれで工務店を開業。出征前に見合い結婚した2歳下の晴代をおそらく33年ほど前に亡くし、再婚している。
  • 志津子:重之の妻。おそらく68歳前後。一時通いの家政婦として水島家で働いた後、晴代の没後、住み込みの家政婦として再び水島家に入り、その後結婚。
  • 貢:兄。重之と先妻・晴代の子。53歳。市役所の広報課の課長補佐。
  • 頼子:貢の妻。中学校の国語教師を30年務め、今は私立女子中学校の教頭。
  • 政和:貢と頼子の息子で、重之の初孫。おそらく25歳前後で、既に勤めている。
  • 聡美:貢と頼子の娘。18歳になる高校3年生。
  • 暁:弟。重之と先妻・晴代の子。おそらく35歳。大学2年の時に家を飛び出し、札幌へ。小樽の西洋骨董の店の経営を任されており、オーナー・堂本の娘・奈緒子と10年ほど前に結婚し、2人の子どもがいる。
  • 沙恵:姉。34歳。志津子の連れ子として幼い時に重之の家にやって来たが、実の父は重之。重之の工務店の事務を担っている。幼なじみで大手建設会社に勤める35歳の清太郎との結婚が決まっている。
  • 美希:妹。おそらく30歳。重之と志津子の子。住宅公園内のモデルハウスに勤めている。25歳の時に家を出て独り暮らししている。

各編のあらすじを簡単に紹介すると、

雪虫

美希から志津子が危篤との報せを受けた暁。家に帰るのは、恋愛関係になっていた沙恵が、実は血がつながっていたと聞かされ、激昂して重之と志津子に暴力をふるって家を飛び出して以来、15年ぶりだった。沙恵との関係や志津子のことを回想する暁。志津子の出棺の時、貢から自分の暴力のせいで志津子が足を悪くしていたことを知らされる。納骨の後、暁は妻の奈緒子から郵送された離婚届を開き、思いを巡らせる。

子どもの神様

勤め先のモデルハウスに出入りする設計士で妻子がいる相原と付き合っている美希。これまで付き合ってきたのが友だちの恋人、妻がいる先輩など、既に誰かのものになっていた男性なのは、暁や沙恵の轍を踏みたくない思いがあった。ある日相原にオペラに誘われた美希だったが、約束の時間になっても相原はやってこない。それは家族に起きたトラブルのせいだった。

ひとりしずか

暁の夢を見て夜に目覚める沙恵は、暁と体を交えるまでのことを回想する。15年ぶりに暁に会って話をした沙恵は、結婚の申し込みを受け入れた清太郎に後ろめたい気持ちを感じるようになっていた。相原と別れてよく家に遊びにくるようになった美希から、自分と暁との関係を知った清太郎から相談されたと聞かされた沙恵は、転勤先の神戸に一緒に来てほしいとの誘いを断る。

青葉闇

貢は同じ課に配属された真奈美とあるきっかけで不倫関係になっていた。貢は、学生運動でケガして入院した時に見舞いに来てくれた志津子のこと、重之が志津子と不倫していることを出入りしていた業者から聞かされており、暁と沙恵の関係に勘づいて重之と志津子に話して別れさせたことを回想する。そこに、真奈美が万引きで捕まったと連絡が入る。

雲の澪

高校3年生の夏休み、聡美は厳しい頼子から逃げるように重之の家に泊まりにきていた。仲のいい楡崎可奈子と幼なじみの深津健介と出かけた際、かつて陰湿ないじめを受けていた横田珠代と出会ってしまった聡美は、結果的に可奈子をひどい目に遭わせてしまう。

名の木散る

聡美の通う高校から、生徒たちに戦争体験を話してほしいと頼まれた重之。出征中のこと、情を通わせた慰安婦のヤエ子こと姜美珠とのことを回想する。晴代と志津子が眠る墓地に沙恵と墓参りに来た重之は、志津子のことを思い出す。そこに、これから買い付けの仕事でインドに出発するという暁がやってくる。

 

といった内容。

ただ、物語の中核は、上で紹介した表面上に起きる出来事ではなく、そこで呼び起こされる主に家族をめぐる回想とそれぞれの心情の揺れ動きです。

そこに強く影を落としているのは、高校生の時に、血のつながった兄妹とは知らず男女の関係になってしまった暁と沙恵のこと。

事実を知った暁は、衝動的に両親に暴力をふるって家を飛び出し、正気を保つために水島家から距離を置き、結婚して子どもも生まれますが、沙恵のことを諦めることはできず、妻の後ろに沙恵を見る暁に耐えられない妻・奈緒子から別れを告げられます。暁を忘れることができず、今でも暁に抱かれた時の快感を夢に見る沙恵は、暁への恋は終わらないと悟り、一度は受け入れた清太郎との結婚を断ることになります。2人の姿を見てきた美希は、1人の男性と正面から向き合うことを自ずと避け、既に相手のいる男性ばかりと付き合うようになっています。

少し話が逸れますが、民法の規定上は、重之の認知(第779条)により沙恵の法律(戸籍)上の実父になってなければ、沙恵が重之の養子になっていたとしても、暁との結婚は可能です(第734条第1項)。暁が大学2年生で家を飛び出す時点まで、沙恵の実父が重之であることが暁たちには秘密にされていたことからすれば、戸籍上の実父にはなっていないことも大いにあり得ます。その場合、子の成人後は子の承諾(第782条)がなければ認知できず、そのほかに父の側から強制的に認知を求める法的手段はないので(子の側からは認知の訴え(第787条)ができます)、2人が覚悟を決めれば、結婚を止めることはできません。

ただ、仮に法律上はそうであるとしても、本来は恋愛や結婚が許されない関係であることは2人とも分かっています。沙恵は、それでも暁への恋を選ぶ心情に傾きますが、暁はその気持ちを埋めるように水島家から距離を置き続けます。

どこか閉塞感の漂う舞台設定での心情の揺れ動きがとても印象的な作品でした。