鷺の停車場

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瀬尾まいこ「そしてバトンは渡された」

瀬尾まいこの小説「そしてバトンは渡された」を読みました。

背表紙には、次のような紹介文があります。

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幼い頃に母親を亡くし、父とも海外赴任を機に別れ、継母を選んだ優子。その後も大人の都合に振り回され、高校生の今は二十歳しか離れていない〝父〟と暮らす。血の繋がらない親の間をリレーされながらも出逢う家族皆に愛情をいっぱい注がれてきた彼女自身が伴侶を持つとき—―。大絶賛の本屋大賞受賞作。 解説・上白石萌音

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本巻は、2章からなり、紹介文にあるとおり、巻末にイラストを担当している椎名優による巻末おまけの四コマ漫画が収録されています。各編のおおまかな内容を紹介すると、次のようなあらすじです。

第1章

担任の向井先生と進路面談をする優子。家族の形態が17年間で7回も変わった優子だが、それほど不幸に感じてこなかった。家に帰り、継父で父親の風格や威厳を持ち合わせていない森宮さんと他愛のない会話をする。

高校3年生の始業式の朝、優子はちょっと考えがずれている森宮さんの作ったかつ丼を食べて学校に向かう。学校で友人の萌絵と史奈と話をしながら帰る。

優子は3歳になる前に実母を事故で亡くし、おじいちゃんやおばあちゃんにも育てられてきた。優子は小学校に入学したときのこと、そして父親から母親のことを聞かされた時のことを回想する。

夕食を終えた優子は、森宮さんが進級祝いに買ってきたケーキを食べ、進路調査票を出して進路について話をする。

5月最終週のホームルームで、優子は、そこそこ人気があるムードメーカーのクラスメイト・浜坂君に誘われ、一緒にクラスの球技大会実行委員をやることになる。ごく普通の自分がもてるのは、二番目の母親である梨花さんの影響だと思う。

梨花は、課長をしていた当時の父親・水戸秀平の会社に派遣としてやってきた女性で、小学2年生の夏休みに初めて出会い、3年生が始まると同時に、3人での生活が始まった。梨花から、にこにこしていたらラッキーなことがたくさんやってくる、とアドバイスされた優子は、できるだけ笑っていようと心に決めたのだった。

帰宅後、森宮さんに浜坂君とのことを話すと、森宮さんは、梨花の影響というより、水戸さんに似てきれいな顔をしているからだと言う。梨花がいなくなって2年経つし、森宮さんも37歳だし、彼女できないの、との優子の言葉に、父親を全う中で恋などしている場合じゃないと言う森宮さんを、優子は少し気の毒に思う。

球技大会の当日、実行委員として後片付けをする優子は、浜坂君から、森宮に告白するって意気込んでたけどやめにする、と聞かされる。優子は、浜坂君のことを好きにはならなかったけど、また何か委員を一緒にやるのはいいなと思う。

球技大会の一週間後、萌絵に誘われ、史奈と3人で喫茶店に行った優子は、浜坂君と付き合いたい萌絵と浜坂君との仲を取り持ってもらえないかと頼まれる。翌日の放課後、優子は浜坂君と話をするが、好きだと打ち明けた人に他の人と付き合うことを勧めるのは失礼な気がして、言い出せずに終わってしまい、がっかりした萌絵と史奈との関係が悪化してしまう。

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優子は、小学4年生3学期の終業式の日のことを回想する。その日、お父さんが会社の転勤でブラジルに行くことになったことを聞かされ、お父さんとブラジルに行くか、日本に残って梨花さんと一緒に暮らすかを選ぶことを迫られたのだった。毎日考えた結果、友達と離れたくない優子は日本に残ることを選ぶ。

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夏休みの最終日、優子は家に遊びに来た史奈と話をして、仲直りするが、翌日の始業式で萌絵に挨拶するが、ぎくしゃくしたままで、クラスで目立つ女子の矢橋さんと墨田さんから攻撃の標的にされてしまう。

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小学5年生の頃、梨花さんと2人が始まるが、小さなアパートに引っ越したが、貯金はなくなり、生活は苦しくなっていった。

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その頃、優子は旦那に先立たれて何年も一人暮らしをしているアパートの大家さんの家に遊びに行くようになっていた。大家さんの飼い犬を散歩に連れていく優子は、お父さんのことを思い、涙を流す。

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2学期の終業式の日、優子が大家さんに通知表を見せに行くと、大家さんは来年から老人ホームに入ることになったと話し、優子に困ったときに使えばいいと20万円が入った封筒を渡す。年が明けてすぐ、大家さんは老人ホームに入っていった。優子は、返事が来ない父親にいつまでも手紙を書いているわけにはいかない、今一緒にそばにいてくれる人を大事にしようと心に決める。

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翌日、学校に行くと、優子は史奈から森宮さんの話を聞いた林さん、水野さんたちクラスメートから話しかけられ、自分の生い立ちはたまにいい効果をもたらしてくれることもあるみたいだと思う。

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しばらく日が経って、9月も終わろうとするころ、萌絵と史奈が一緒に帰ろうと声をかけてきて、ぎくしゃくしながらも仲直りする。その翌日、浜坂君がマンションの前で待っていた。浜坂君は優子がごたごたしたのは自分が原因だと詫びる。

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二学期の最後に行われる合唱祭で、優子は例年通りクラスの伴奏者に選ばれる。3年生の各クラスの伴奏者が集められた場で、優子は初めて早瀬君と出会い、そのピアノの演奏に引き込まれる。

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小学6年生のとき、ピアノを習う友達が増えてきた優子は、ピアノを習いたいと思う。それを知った梨花は、なんとかするね、と言い出し、半年ほど経った小学校の卒業式の日、ピアノと大きい家をプレゼントする、と言う。翌日、優子たちは梨花が結婚した49歳の泉ヶ原茂雄の家に引っ越し、ピアノを習うようになる。しかし、一変した生活に息苦しさを感じるようになった梨花は、9月に家を出て行ってしまう。

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2人ずつ組んで先生の指導を受ける合唱祭の伴奏練習で、早瀬君のピアノをもう一度聞きたい優子は、練習日を早瀬君と同じ日に変えてもらう。練習後、早瀬君に、森宮さんが弾くピアノ、俺は好きだ、と言われた優子は、心臓が高鳴る。家に帰って、ピアノが欲しいとふとつぶやいた優子は、慌ててそれを打ち消して、森宮さんとぎくしゃくしてしまう。ぎくしゃくした日はしばらく続くが、合唱祭の4日前、突然ピアノを買ってマンションに引っ越すと提案した森宮さんと話し合い、関係が修復する。

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合唱祭の後、他のクラスの伴奏者の女の子と打ち上げと称してケーキを食べに行った優子は、早瀬君は音大志望で、音大2年生の彼女がいると聞かされ、もう少し近づけたらと思っていた優子は失恋したかのようなやるせなさを感じる。その2日後、脇田君から告白された優子は、寂しさが薄れるかもしれないと付き合い出す。

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梨花は、泉ヶ原さんの家を出て行った後も、たびたび優子のもとを訪れ、一緒に行かないと誘うが、優子は、自分まで去るのは泉ヶ原さんに対してひどい気がして、首を横に振っていた。中学3年生の三学期になって、梨花は優子に森宮さんの写真を見せ、東大卒で一流企業で働いている中学校の同級生で付き合っていると話す。そして、中学を卒業した春休みに再びやってきた梨花は、優子と泉ヶ原さんに、森宮さんと籍を入れたこと、優子を引き取りたいことを話し、泉ヶ原さんはそれを受け入れる。

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年が明け、三学期が始まる。受験が近づく優子に、森宮さんは夜食を作ってくれる。お腹は空いていないが、作ってくれたものは食べないと悪いと箸を手に取る優子は、ごはんを作ってくれる人がいつのはとてもありがたいことだと思う。

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入試直前の日曜日、優子は脇田君とショッピングモールに行って映画を見る。ショッピングモールにある楽器店の前を通りかかると、早瀬君が店頭のピアノを弾き、周りにいた子どもたちは、迫力ある演奏に興奮していた。優子の耳に強烈にその響きが残る。家に帰って、森宮さんから入試直前に一日出かけたことを咎められた優子は、初めて森宮さんと会ったときのことを回想する。受験当日、森宮さんは体が温まる朝食を用意し、1時間休みを取って優子を送り出す。

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一週間後、学校から帰ると、合格通知が届いていた。優子は森宮さんに最初に伝えるのが礼儀のような気がして、電車に乗って森宮さんの会社まで合格通知を見せに行く。優子は、森宮さんに夕食をごちそうすると提案し、2人はラーメンを食べに行く。

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3月1日、優子は卒業式を迎える。梨花は、森宮さんとの生活が始まってたった2ヶ月で、置手紙を置いて家を出て行った。また会いに来てくれるはずだと思っていたが、梨花は姿を消したままで、連絡が来ることもなかった。しばらくして、梨花から離婚届が同封され、再婚するので手続きをしてくださいと書かれた手紙が届く。離婚届を書いた森宮さんは、大事なのは優子ちゃんだ、しっかり考えて、優子ちゃんの父親になるって決めたんだと話し、優子を引き受けることを宣言した。そのときのことを回想する優子は、「森宮優子」と呼ばれて、「はい」と起立し、結婚するまではこれが自分の名前だと思う。

第2章

22歳になった優子は、会ってほしい人がいると早瀬君を結婚相手として森宮さんに紹介する。短大を卒業して小さな家庭料理の店に就職した優子は、偶然お店にやってきた早瀬君と3年ぶりに再会し、付き合っていた。ピザの修行にイタリアへ、ハンバーグの修行にアメリカに行き、音大を中退してフランス料理店で働き始め、手作りのファミリーレストランを開くことを目指していたが、森宮さんはふらふらどこかに飛んでいく不安定な早瀬君を風来坊と呼んで猛反対する。

2週間ほど後、優子は再び早瀬君を森宮さんに引き合わせるが、森宮さんは再び猛反対する。優子は、森宮さんを後回しにして、他の親の賛成を得ようと考える。

優子は、まず泉ヶ原さんに手紙を書き、早瀬君を連れて家を訪れる。大喜びする泉ヶ原さんに、優子は梨花の連絡先を聞くと、泉ヶ原さんはメモを書いてくれる。

優子が森宮さんに泉ヶ原さんに会いに行った話をすると、森宮さんは意地悪い言葉を吐くが、梨花に会いたいか聞くと、いや全然、と一切の未練を見せず、恋愛より大事なものはけっこうあると語る。

優子は、泉ヶ原さんに教えてもらった病院へ梨花に会いに行く。7年ぶりに会った梨花は、顔色が悪く痩せていたが、からりとした笑顔で、森宮さんとの結婚から泉ヶ原さんとの再婚までの経緯を優子に話す。優子は早瀬君の話をし、小学生のころアパートの大家さんにもらった20万円を梨花に渡す。実の父の水戸秀平の連絡先を尋ねると、梨花は、家に帰ればわかると思うと話す。病室を出ると、早瀬君は待合室横のロビーの奥に置かれたグランドピアノを弾いていて、ロビーにいる人はみんな聴き入っていた。それを見た優子は、ピザ焼いている場合じゃない、早瀬君は真摯にピアノを弾くべきだ、と話し、早瀬君は、俺もうすうす気づいてたと静かに笑う。

1週間もしないうちに、梨花から荷物が届く。それは、ブラジルに旅立った水戸さんが小学生の優子に書いた数々の手紙で、渡せずにいたことを詫びる梨花の手紙が添えられていた。優子は、新しい家族ができて子どもがいる水戸さんに会いにいくのはやめることにする。

フランス料理店を辞めた早瀬君は、音楽教室の講師や結婚式場などでピアノを弾く仕事をしていた。結婚式場を見て回る2人は、森宮さんと早瀬君のお母さんを説得しなければと話す。

9月に結婚式を予定する2人は、7月の終わりに夕食を用意して森宮さんの帰宅を待つ。悪態をつきながら料理を食べた森宮さんだったが、泉ヶ原さんから結婚祝にと送られてきたと300万円を渡す。

結婚式の前日の夜、夕食後のデザートを食べながら、森宮さんは、自分より大事なものがあるのは幸せ、優子ちゃんがやってきてくれてよかったと話す。

結婚式の日、森宮は早瀬君の家族にあいさつし、梨花、泉ヶ原さん、水戸さんにあいさつする。水戸さんからの112通の手紙を読んだ森宮は、水戸さんに結婚式の場所と日時を知らせていた。バージンロードを歩くことになる森宮に優子は、ありがとうと声をかけ、森宮の腕に手を置く。森宮は曇りのない透き通った幸福感を感じ、足を踏み出す。

(ここまで)

 

なお、第1章の前に1ページ、優子のためにオムレツを挟んだサンドイッチを作ろうとする森宮さんの描写が出てきます。いつのことかは明示されていないのですが、最後まで読み進めると、それは結婚式の日の朝の描写であることがわかります。


淡々とした筆致で描かれ、劇的な展開はありませんが、じわじわと心が温まるいい作品でした。ころころと親が入れ替わっても、いずれも温かい愛情を受けて育ってきた優子。現実にはそうそう起こらない奇跡のような境遇。どこかほんわかしているけど芯の強さを感じるのは、そうした愛情の賜物なのだろうと思いました。


ところで、本作を読むと、映画版で変更された部分がいくつかあることが分かります。

第1章で描かれる高校時代でいうと、映画では、笑顔で男の子に好印象を与える優子は周囲の女子から敵視されており、ピアノ伴奏もあまり弾けないのに押し付けられたといった風の描写でしたが、本作ではちょっと違います。浜坂君をめぐる萌絵とのいざこざなどのエピソードをカットして再構成した結果だろうと思います。

第2章で描かれる卒業後では、細部はいろいろありますが、大きいのは、映画版では、優子が梨花から送られてきた実の父親である水戸さんからの手紙を読んで、実際に会いに行っており、梨花は優子と直接に会うことなく亡くなっています。本作では淡々と進んでいく印象もあるので、物語に変化を付け、よりドラマチックにする狙いがあったのだろうと思いますが、原作から先に入った方は映画版に違和感を感じるかもしれません。