鷺の停車場

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小説「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(上/下/外伝ほか)を読む

京都アニメーション制作のアニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」、劇場版の「外伝―永遠と自動手記人形―」で初めて接して、テレビアニメ版を最後まで見たのですが、さらに、暁佳奈さんの書いた原作のライトノベルも読んでみたくなりました。すっかりハマってしまったようです。

しかし、原作小説の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(上/下/外伝)は、京都アニメーションが発売している「KAエスマ文庫」から発刊されているので、通常の出版社から発刊されている一般のラノベのようにどこの書店でも扱っているわけではないらしく、書店を回ってみても、なかなか置いてあるお店がありません。京アニHPに取扱店舗として載っているお店にも行ってみましたが、そもそもKAエスマ文庫がほとんど置いておらず、あっても「ツルネ」ほか数冊という程度。取扱店舗で取り寄せてもらえば確実だったのかもしれませんが、なるべく早く読みたい気持ちが強くて、結果、行きやすいお店から順に、取扱店舗の6店を含めて10店ほど書店を回った末に、ようやく3巻全部を揃えることができました。

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結果論としては、最後に行った秋葉原の書店に最初に行っていれば、一度に揃えることができていたのですが、行ってみなければ分からなかったことなので仕方ありません。その書店も、店頭にあったのはそれぞれ1冊ずつ、私が買った巻は品切れになってしまったかもしれません。

さっそく、順番に読んでいきました。

テレビアニメ版では、基本的に時系列に物語が進んでいきますが、原作小説では、テレビアニメの第7話で描かれたオスカーとヴァイオレットの話から始まります。全体が大きなストーリーとしてつながっているという形ではなく、ヴァイオレットの過去が明かされないまま短編が積み重なっていき、ヴァイオレットと依頼人たちの心の交流、依頼人の依頼にこたえて代筆などの任務を遂行していく中で、依頼人たちの心を融かしていくヴァイオレットの姿が描かれていきます。

そして本編の中盤、上巻の終盤~下巻の序盤にかけて、ようやく、ヴァイオレットの過去が明らかにされ、彼女が郵便社で働くことになった経緯を知ることになります。

後述するように、テレビアニメ版との相違はいろいろありますが、テレビアニメ版を見てもなお、原作小説を読んで新たに感じることがいろいろありました。文体にはちょっとクセのあるような気もしますが、時系列とは異なる形で短編を積み重ねて全体を紡いでいく設計、ヴァイオレットをはじめ個々のキャラクターが際立つ描写のうまさなど、さすがは実質的に9回開催された京都アニメーション大賞での唯一の対象受賞作だと思わせる巧みさを感じさせます。入手するのは一苦労かもしれませんが、テレビアニメや劇場版アニメで涙した方なら、やはり涙することだろうと思いますし、アニメで気に入った方であれば、読んで損はない作品だと思います。

 

 

以下は、多少ネタバレになってしまいますが、各編のおおまかなあらすじです。

 

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン 上」

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「小説家と自動手記人形」

テレビアニメの第7話で描かれた、劇作家オスカーが、その新作を代筆するためにやってきたヴァイオレットとの交流の中で、娘を病気で失った悲しみから少しずつ癒えていく物語。「人形」というその呼び名から、世情に疎いオスカーはヴァイオレットが本当の人間だと思っておらず、ひょんなことでヴァイオレットの生肌を見て驚くシーンがありますが、これはオスカーの内心から描いた小説ならではの面白い描写。

「少女と自動手記人形」

テレビアニメの第10話で描かれた、病気の母クラーラの依頼で手紙の代筆にやってきたヴァイオレットと7歳の娘アンとの物語。小説で読んでもやはり涙する話です。

「青年と自動手記人形」

テレビアニメの第11話で描かれた、内戦地域からの依頼にかけつけたヴァイオレットと、瀕死の重傷を負って手紙を残して命を落とすエイダンやその両親たちとの物語。

「学者と自動手記人形」

テレビアニメの第6話で描かれた、天文台での写本課のリオンとヴァイオレットとの物語。小説では、ヴァイオレットは仕事が重なって来れなくなったカトレアの代わりに最初の7日間だけ働くという設定で、リオンはヴァイオレットに恋をし、別れる際には、アニメでも描かれた将来への決意とともに、「好きだ」とヴァイオレットに伝えます。

「囚人と自動手記人形」

これはテレビアニメ版では描かれていない短編。死刑囚エドワード・ジョーンズが、処刑前の最後の願いで、手紙の代筆のためにヴァイオレットを呼ぶ。ともに多くの人を殺してきた2人の対話。まだギルベルトからの命令を待ち望むヴァイオレットの思いが切なく響く短編。

「少佐と自動手記人形」

テレビアニメの第8話・第9話で回想として描かれた、ギルベルト少佐とヴァイオレットの物語。小説ではテレビアニメよりも丁寧に2人の関係が描写されています。インテンス攻略作戦で、ヴァイオレットに「愛してる」と言葉をかけるギルベルトと、「愛」がどういうことか分からないヴァイオレットの会話は、とても切なく響きます。

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン 下」

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「少佐と彼のすべて」

テレビアニメの第8話・第9話で回想として描かれた、ギルベルト少佐とヴァイオレットの物語。ギルベルトの視点から、ディートフリートからヴァイオレットを押し付けられた日から、ホッジンズにヴァイオレットを託すまでを描きます。テレビアニメでは、ギルベルトは未帰還兵のままとなっていますが、本編では、生還したギルベルトが、ヴァイオレットの将来を案じて、自分が生きていることを伏せて彼女をホッジンズに託すことになっています。

「少年兵と彼女のすべて」

戦争が終わり、両腕を失い義手となって入院中のヴァイオレットをホッジンズが訪ねるところから、そしてホッジンズの郵便社で働くことになるまでが描かれます。細部にいろいろ相違はありますが、テレビアニメの第1話に対応する部分。

「花婿と自動手記人形」

これは、テレビアニメでは描かれていない部分。バイクの故障で困っているヴァイオレットとベネディクトを近くの村に迎えてくれたシランは、翌日に結婚式を迎える花婿だった。今はボケがちになっている母親に愛されてこなかったと思っていたシランだったが、結婚式でヴァイオレットが読み上げた母親の手紙で、その思いを知る。

「半神と自動手記人形」

これも、テレビアニメでは描かれていない部分。半神と崇められ、宗教団体が暮らす孤島に幽閉されていた少女ラックス。たまたまそこに泊めてもらうことになったヴァイオレットは、儀式で生贄に捧げられそうになったラックスを救出し、郵便社に連れ帰る。

「飛行手紙と自動手記人形 前編」

テレビアニメ第13話で描かれた、航空祭のエピソードですが、細部はかなり違っています。航空祭に一緒に出掛けたカトレアに好きな人は誰か聞かれ、ギルベルト小佐しかいないと答えるヴァイオレット。書きかけの手紙には、ギルベルトへの思いが綴られていた。ヴァイオレットは、カトレアから離れ、街中で見かけたある人に声をかける。

「飛行手紙と自動手記人形 後編」

声をかけた相手は、ギルベルトの兄のディートフリートだった。ギルベルトは死んでしまったのかとの問に言葉を濁すディートフリートに、ヴァイオレットはギルベルトが生きていると確信する。テレビアニメの第13話でディートフリートが「最後の命令」としてヴァイオレットに語ったセリフは、場面は違いますが、ここで描かれています。

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」

テレビアニメの第12話で描かれた、大陸縦断鉄道を破壊しようとする和平反対勢力に立ち向かうヴァイオレットたちの物語。テレビアニメとは異なり、ディートフリートが列車の護衛に当たる設定はなく、ギルベルトの部隊が列車を救出するため潜入して、ヴァイオレットを救い、2人が再会するハッピーエンドになっています。

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン 外伝」

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「王女と自動手記人形」

テレビアニメ第5話で描かれた、王女シャルロッテと、その政略結婚の相手のダミアン王子との公開恋文の物語。

「永遠と自動手記人形」

劇場版「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝」の原作に当たる物語。主に劇場版の前半部分に対応していますが、テイラーが郵便社を訪ねることを示唆する描写もあります。

「ベネディクト・ブルー」

記憶を失ってホッジンズに助けられ、郵便社で働くことになったベネディクトが、たまたま見かけたある女に、おぼろげに残る妹の記憶を思い出す。ベネディクトの痛々しい思いが心に刺さります。アニメでは、ベネディクトの内面はほとんど描かれていなかったと思うので、こんな過去を引きずっていたんだと意外でした。

「カトレア・ボードレール

カトレアが、顧客の男性から結婚を前提にした交際を申し込まれ、断り切れず一緒に食事に行く。彼と会話するなかで、カトレアは別の男性に恋する自分の本心に気付いていく。本編も、アニメでは描かれていないカトレアの内面が描写されています。

「ギルベルト・ブーゲンビリアとクラウディア・ホッジンズ」

体調を崩したヴァイオレットを見舞いに来たホッジンズが、ギルベルトと知り合い、友人となるまでを語る。ヴァイオレットを訪ねた後、ホッジンズはギルベルトの部屋を訪れる。

「郵便屋と自動手記人形」

C.H.郵便社がライバルの郵便社に襲撃され、社長ホッジンズと社長秘書ラックスが拉致される。それを知ったヴァイオレットはギルベルトと会う約束をしていたが、ベネディクトやカトレアとホッジンズたちが連れていかれたライバル会社に向かい、高い戦闘能力を発揮してホッジンズたちを救出する。夜になってギルベルトはホッジンズたちが食事をしていたところに駆けつける。ホッジンズたちと別れ、2人きりになったギルベルトとヴァイオレットは、互いの気持ちを伝え合う。

 

こうやって読んでみると、テレビアニメ版では、細部の設定がいろいろ変更されていることが分かります。

テレビアニメ版の第10話に相当する「少女と自動手記人形」では、アンが銃を持つヴァイオレットを見掛けるシーンがあるなど、小説では、自動手記人形となっても武器を所持し、必要に迫られて元少年兵としての高い戦闘能力を発揮する(でも殺すことはしない)描写がいくつも出てくるのですが、テレビアニメ版では、ヴァイオレットが武器を持つシーンは排除されています。また、テレビアニメ版では、エヴァーガーデン家になじめず、エヴァーガーデン家に身元引受人となってもらうものの、実際にはホッジンズも暮らすC.H.郵便社の建物で住み込みで働くことになっていますが、小説では、ヴァイオレットは養子としてエヴァーガーデン家で養親とともに暮らしてC.H.郵便社に通っています。

さらに、テレビアニメ版では出てきた同僚のアイリスやエリカは出てきておらず、第1話で描かれたヴァイオレットが自動手記人形を直訴する場面や、自動手記人形として一人前になっていく過程を描いた第2話・第3話・第4話に相当する部分はありません。小説では、ホッジンズとカトレア、ベネディクトとともにヴァイオレットが郵便社の創設メンバーとなり、後にヴァイオレットが宗教団体に幽閉されて生贄に捧げられそうになったところを救出したラックスが社長秘書として加わる、という形になっています。このラックス、アニメで見てみたい気もします。

 

現在公開されている劇場版アニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝―永遠と自動手記人形―」では、第1週から第3週にかけて、暁佳奈さんの書き下ろし短編小説が計4編、入場者特典として配布されています。第1週・第2週は3編のうちから1編がランダムに配布、第3週は残りの1編が配布されています。第3週の入場者特典もほとんどの映画館では既に配布終了になってしまっているようですが、上映延長が決まり、第5週の入場者特典としてこれらの4編から1編がランダムに再配布されることになっています。

殊更に特典目当てというわけではなかったのですが、何度か観に行ったことで、第1週・第2週配布の3編が、1冊ダブっただけで運良く揃いました。ここまで揃うと、第3週配布の残りの1編もどうしても読みたくなって、これだけは時間を作って特典がほぼ確実にもらえそうな金曜日に観に行きました。

それぞれの短編を簡単に紹介すると、

「アン・マグノリアと十九歳の誕生日」

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テレビアニメの第10話、小説では上巻の第2編「少女と自動手記人形」で描かれた少女アンのその後。成長した19歳の誕生日、亡き母からの手紙が届くのを心待ちにするアン。手紙が届くのと同時に、思いがけない訪問者がやってくる。

「リオン・ステファノティスと一番星」

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テレビアニメの第6話、小説では上巻の第4編「学者と自動手記人形」で描かれた天文台に勤めるリオンのその後。小説の最後にちょっとだけ出てきた、文献収集で世界をめぐるようになったリオンが、ヴァイオレットと再会するエピソードをふくらませて描いた短編。

シャルロッテ・エーベルフレイヤ・フリューゲルと森の王国」

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テレビアニメの第5話、小説では外伝の第1編「王女と自動手記人形」で描かれたシャルロッテのその後。ダミアン王子と結婚し、王位継承で王妃となったシャルロッテだったが、60年ぶりの国外からの王妃に周囲の目は冷たく、孤立していく。そのとき、王のダミアンは・・・。

「イザベラ・ヨークと花の雨」

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公開中の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝―永遠と自動手記人形―」、小説では外伝の第2編「永遠と自動手記人形」で描かれたイザベラ・ヨーク(エイミー・バートレット)のヴァイオレットへの思いを、さらに掘り下げて描いた短編。終盤の結婚のシーン、現実的にはこういうことがむしろ当たり前の世界なのかもしれないのですが、イザベラの心の内を考えると、切ない気持ちになりました。

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全て読むことができて良かったです。特に、テレビアニメ版でも涙したアンとシャルロッテのものは、この短編を読んでも涙腺が緩みました。