鷺の停車場

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飯田雪子「きみの呼ぶ声」

飯田雪子さんの小説「きみの呼ぶ声」を読んでみました。 その紹介と感想です。

(P[い]4-1)きみの呼ぶ声 (ポプラ文庫ピュアフル)

(P[い]4-1)きみの呼ぶ声 (ポプラ文庫ピュアフル)

 

たまたま図書館で見掛けて手にした作品。この作家さんの作品は初めてです。

文庫本の背表紙の紹介文によると、

<高校の校舎の片隅で、「僕」はひとりぼっちの幽霊・真帆と静かな時間を過ごしていた。だた、転校生・はるかが現われたことで、その穏やかな場に変化が生じ始める。僕はなぜこんなにも孤独なのか、はるかは何のために僕たちに近づいたのか……謎めいたストーリーは、やがて思いがけないラストへ!
大切な人を想う、哀しいほどの愛の深さが心を揺さぶる感動の物語。文庫書き下ろし。>

という作品。

小説に章立てはなく、プロローグと、数字の見出しで9つの部分に区切られた本編という構成になっています。


多少ネタバレになりますが、ごく簡単にあらすじを紹介すると、

 

高校2年生の智之は、高校の屋上に続く扉の前で、幽霊の真帆と二人きりの時間を過ごしていた。真帆は、片思いしていた先輩を追ってこの高校に合格したが、入学前に交通事故で亡くなり、その先輩が通うこの高校で過ごしているが、生徒たちは誰も、真帆のことが見えないのだ。
その2人に、転校してきた3年生のはるかが近づき、幽霊が見えるはるかと2人は話をするようになる。ある人に会うためにこの高校に転校してきたはるかは、母親との電話で、その人に会えたことを伝える。
智之は、小学校に上がったばかりの妹との約束を果たせないまま、会うことができなくなってしまったことを強く悔やんでいた。
はるかは、同じクラスにいる、真帆が恋する先輩から中学校の卒業アルバムを借りてきて、真帆に見せる。真帆は智之にキスをして消えていく。
真帆が消えて、はるかは智之を高校の外に連れていく。その先は、あの事件が起きた廃工場だった。智之は自分が殺された場所に来て、あの記憶を思い出す。そして、はるかに誘われるように、かつて自分が住んでいたアパートに向かう智之。その部屋は、事件後に引っ越す前に智之たち家族が住んでいた部屋で、今ははるかが借りて暮らしているのだった。その部屋で、はるかは智之に「おにいちゃん」と言葉をかける。はるかはあの事件で会えなくなってしまった妹だった。はるかの「おかえりなさい」の言葉に、約束を果たした智之は光にのまれて白くなって消えていく。

 

という物語。

 

最初は、真帆は幽霊だけど、智之はリアルな存在だと思って読み進んでいったのですが、最後になって、リアルな存在なのははるかだけで、智之も幽霊だったことが明らかになります。

えっ?と思って読み直してみると、確かに、智之がリアルな存在であることを明示する記述は避けられており、よく読むと、智之が幽霊であることを暗示する記述も埋め込まれていました。智之の高校時代の思い出が、真帆との日常と異なる時間軸にあることが慎重に隠されたまま記載されていくので、最初に読んだときは、同じ時系列の話だと思って読んでしまったのです。

このあたりは、作者の仕掛けにうまく引っかかってしまいました。ただ、そう思って読み返しても、少し引っかかる記述もあって、ちょっと狙いすぎな感じはありましたが、叙述トリック的な仕掛けが、読者に最後まで展開を読ませない巧みな構成で、はるかの兄に対する思いが胸を打つ、いい作品になっていました。