鷺の停車場

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宮下奈都「よろこびの歌」

宮下奈都さんの小説「よろこびの歌」を読みました。そのあらすじと感想です。

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

  • 作者:宮下 奈都
  • 発売日: 2012/10/05
  • メディア: 文庫
 

「月刊ジェイ・ノベル」2007年11月号から2009年9月号にかけて掲載され、加筆・修正して2009年10月に単行本化された作品。2012年には文庫本も出ています。

 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が載っています。

『歌でつながる少女たちの心。青春音楽小説の傑作!
著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す御木元玲は、音大附属高校の受験に失敗、新設女子高の普通科に進む。挫折感から同級生との交わりを拒み、母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。しかし、校内合唱コンクールを機に、頑なだった玲の心に変化が生まれる——。見えない未来に惑う少女たちが、歌をきっかけに心を通わせ、成長する姿を美しく紡ぎ出した傑作。』

作品は次の7章で構成されています。各章のタイトルは、いずれも、ザ・ハイロウズの歌のタイトルからとられているようで、巻末にはその旨の著者の謝辞が記されています。

do よろこびの歌

「12月1日 御木元 玲」と副題がついています。名の知れたヴァイオリニストの娘の御木元玲は、声楽を志して音大附属高を受験したが失敗し、音楽科などない数年前にできたばかりの新設校・私立明泉女子高等学校に入学する。コンプレックスから音楽から遠ざかり、ひとりで過ごしていた玲だが、2年生の秋の終わり、ホームルームでクラス対抗の合唱コンクールの指揮者に推薦され、合唱の指導を行うことになる。意気込んで取り組むものの空回りして、コンクールはまとまらないまま終わるが、初冬のマラソン大会で遅れてゴールに向かう玲に、クラスメイトが合唱コンクールで歌った「麗しのマドンナ」を歌う。それを聴いた玲は、歌の原点を見たと思い、涙を拭いながら走る。

re カレーうどん

副題は「12月22日 原 千夏」。うどん屋の娘・原千夏は、ピアノをやりたかったが、家の経済状態からあきらめた過去があった。中学生のとき、御木元響のヴァイオリンを聞いてファンになった千夏は、高校に入って、この学校に御木元響の娘がいるという噂を聞いて、玲の姿を追いかけるようになっていた。こっそり音楽室でピアノを自己流で弾いているのを偶然見かけていた玲から、合唱コンクールでのピアノ伴奏に指名された千夏は猛特訓して臨むが、緊張から自滅してしまう。しかし、マラソン大会での歌に震えた玲から、音楽を続けていってくれたらうれしい、と言葉をかけられ、解き放たれたような気がする。

mi No.1

副題は「1月13日 中溝早希」。早希は、中学校のソフトボール部では四番でエースで、強豪校への推薦も決まっていたが、最後の試合で肩を壊し、ソフトボールを諦め、明泉女子高に入学した経緯があった。玲にむかついていた早希だったが、玲に歌を教えてもらう千夏の真っ直ぐさに、早希の中で何かが変わる。

fa サンダーロード

副題は「1月27日 牧野史香」。他人には見えない霊の姿が見え、声が聞こえる史香は、他の人にどこまで話していいのか分からなくなって、親しい友達もいなかったが、明泉女子高に入って、周囲との接し方を変えて友人ができるようになっていた。ある日の音楽の授業中、クラス担任で音楽教師の浅原が、合唱コンクールのリベンジに卒業生を送る会でもう一度歌うことを提案するが、史香はピアノの上におじいさんの姿を見る。おじいさんの視線が玲に向いていることがわかった史香は、おじいさんのメッセージを玲に伝える。史香が合唱を指揮する玲がコンクールの練習のときとは違うと感じる。

sol バームクーヘン

副題は「2月19日 里中佳子」。絵を描くのが好きで、美術部に通う佳子は、高校二年の今をどこかに留めておこうとクラスメイトたちが合唱している姿を描きはじめていたが、気持ちがもやもやしていた。合唱の指導をする玲を特別な人だと感じ、みんなそれぞれ特別なのだと考える佳子は、ある授業中に、ふと絵の構図がひらめく。

la 夏なんだな

副題は「2月26日 佐々木ひかり」。なんでもそこそこにできたひかりは、第一志望の進学校に落ちて明泉女子高に入学し、率先してクラス委員を引き受けていた。合唱コンクールでは指導をする玲の情熱に圧倒されて自分の無力を感じ何もできないひかりだったが、マラソン大会を経て、クラスのみんなや玲の気持ちが変わったことに、自分も前向きになっていく。

si 千年メダル

副題は「3月4日 御木元 玲」。マラソン大会の経験を経て、玲は冬になって、声楽の基礎練習に再び取り組むようになっていた。千夏の家のお店に行き、千夏の家族を見て、自分の家族のことを考える玲。クラスメイトの姿を見る中で、歌も、音楽も、自分も、見え方がすっかり変わっていた。卒業生を送る会の日を迎え、玲は指揮台に向かう。

 

上記の副題から分かるように、2年生の12月から3月までの約3か月、御木元玲と彼女に影響を受けた5人のクラスメイトの心情を点描しています。

御木元玲は、周囲と距離を置いてひとりで過ごしていましたが、クラス対抗の合唱コンクールの指揮&指導を担当することになったことがきっかけで、原千夏をはじめクラスメイトに強い印象を与えます。コンクールは散々な結果に終わりますが、逆にそれがクラスを結束させるきっかけになります。担任の提案で再びその曲に向き合う中で、それぞれ何かを抱えている女の子たちが自分自身と向き合い、前向きに進み出してなっていく姿はまぶしく、爽やかな印象が残る作品でした。

宮下奈都さんの作品を読むのはこれで4冊目ですが、こんな青春群像劇も書く方だったのですね。