鷺の停車場

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山田悠介「キリン」

山田悠介さんの小説「キリン」を読みました。

キリン (角川文庫)

キリン (角川文庫)

  • 作者:山田 悠介
  • 発売日: 2013/06/21
  • メディア: 文庫
 

たまたま図書館で手に取ってみた作品。2010年9月に単行本で刊行された作品を2013年6月に文庫本化したものだそうです。

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

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天才精子バンクで生まれた兄弟――天才数学者の遺伝子を受け継ぐ兄は容姿に優れなかったため、弟の麒麟は「パーフェクトベイビー」を望む母親の期待を一身に背負っていた。しかし、背中に怪しいシミが浮かんだ時から成長が停止。"失敗作"の烙印を押された彼は母と兄から見捨てられてしまう。孤島に幽閉されても家族の絆を信じ続ける麒麟に、運命が残酷に立ちはだかる! 最も切ない山田悠介作品が、待望の文庫化‼

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作品は、数字で区切られた31節から構成されています。各節の内容を簡単に紹介すると、次のような感じです。

  1. 30歳を迎えようとしている皆川厚子は、結婚せずに優秀な子どもを作ろうと、ジーニアスバンクが開催する冷凍精子のオークションに参加し、狙っていたIQ180の天才数学者の精子を75万円で競り落とし、人工受精する。

  2. 生命保険会社の営業課に勤める厚子は、胎教に励み、生まれた男の子を秀才と名付ける。秀才は期待どおり驚異的な成長を見せ、厚子は優越感に満たされる。

  3. しかし、秀才が話さないことや、顔立ちのバランスが悪いことに不満を感じるようになり、「パーフェクト・ベビー」が欲しくなった厚子は、再びオークションに参加してノーベル化学賞受賞者の精子を200万円で競り落とし、生まれてきた男の子を麒麟と名付ける。

  4. 厚子は、秀才のとき以上に麒麟に育児、教育に励み、端正な顔立ちにも満足するが、秀才が自発的に麒麟に勉強を教えるのを不思議に感じる。

  5. 秀才が8歳、麒麟が4歳に成長し、秀才は天才少年少女が集まるテレビ特番でグランプリを獲得するが、その番組のスポンサーであるジーニアスバンクの社長・鳥居篤郎に会った厚子は、父親のことを子どもに聞かれることを考え不安になる。

  6. 厚子はグランプリの賞金で麒麟がせがむ動物園に連れていく。麒麟は大興奮で動物園を見て回る。

  7. 翌日、厚子は麒麟の背中にシミができているのを見つける。原因が分からず、さらに、麒麟が中学生レベルの問題になると途端に解けなくなり、厚子は麒麟が劣化したと動揺し、秀才は馬鹿は嫌いだと突然冷たい態度をとるようになる。

  8. 厚子はレーザー治療を受けさせて麒麟のシミを取るが、麒麟は変わらない。麒麟が失敗作だと知った厚子は、掌を返すように冷酷になり、ベランダに置いた犬小屋に麒麟を閉じ込める。

  9. 犬小屋での生活が1年を超えた麒麟は、2人が出かけている間にベランダから抜け出すようになる。公園で出会った捨て犬をミミと名付け仲良くなり、秀才に誰か育ててくれる人を探してくれないか頼むが、秀才はつれない返事をする。麒麟は出かけていたことが厚子に見つかり、激怒される。

  10. ジーニアスバンクの社員が厚子を訪ねてくる。下の子は失敗作だと抗議する厚子は、無料で20歳まで天才養成学校で預かるとの申し出に飛び付き、麒麟は車に乗せられる。

  11. 竹芝桟橋からフェリーに乗ってとある島に着いた麒麟。同じフェリーに乗ってきた5歳の女の子・星野利紗とともに、天才養成学校での生活が始まる。

  12. 秀才の10歳の誕生日、塾帰りの秀才をジーニアスバンクの社長・鳥居が呼び止め、自分の豪邸に招いて誕生日を祝う。プレゼントを聞かれた秀才は、抑揚のない声で、麒麟が可愛がっていた犬を飼ってくれる人を探してほしいと頼む。一方の麒麟は、美術の時間に絵の才能を見出だされ、個別指導を受けることになる。校長の熊野孝弘に20個スタンプを貯めたらお母さんに天才だと証明に連れていくと約束され、麒麟はやる気になる。

  13. 秀才は全国珠算選手権のフラッシュ暗算の部で優勝する。そこに来ていた鳥居に一緒に記念写真を撮らないかと声を掛けられるが、気味悪さを感じる厚子は断って立ち去る。

  14. 美術の先生・井上公子の個別指導が始まって6日目、麒麟は、井上が出した課題で熊野をモデルに絵を描き、最初のスタンプをもらう。部屋で漫画を描いたことで、それまで自分たちをからかっていた8歳の悠輔、中里武、山本賢治、吉田修久と仲良くなる。

  15. 厚子の家に鳥居がやってくる。ジーニアスバンクの成功例として秀才を紹介したいとの申し出に、厚子は戸惑うが、秀才の一言で押し切られ、メディアに紹介されることになる。多額の報酬を得た厚子は、勤めていた会社に辞表を出す。

  16. 厚子と秀才がテレビで紹介されているのを見た麒麟に、熊野はジーニアスバンクや麒麟の父について説明する。一時帰宅が許される年末がやってきて、武、賢治、利紗は帰っていくが、厚子はやってこない。麒麟は利紗に厚子と秀才への手紙を託すが、利紗の親に破り捨てられてしまう。

  17. 年が明け、多額の報酬を得て金銭感覚が狂い始めた厚子は家賃20万円のマンションに引っ越す。家に帰った子どもたちが天才養成学校に戻ってくるが、帰ってこなかった賢治が交通事故で死んだニュースが流れ、麒麟たちはショックを受ける。4つ目のスタンプをもらった麒麟は、スタンプが20個貯まったらほかの子も家に帰してほしいと熊野にお願いする。

  18. 4年が経ち、天才養成学校に幼い子どもも増え、彼らを守りたい思いで、麒麟たちの心は成長していた。一方、厚子は贅沢な暮らしを続けていたが、秀才は2年ほど前から厚子の言うことを聞かないようになっていた。秀才はひそかに鳥居に会い、ハーバード大学に入るために渡米することを決め、あなたの役目は終わりだ、あなたを親と思ったことはないと告げて出ていく。絶望した厚子は家のベランダから飛び降りる。

  19. さらに6年が経ち、麒麟のスタンプはあと1つになっていた。麒麟は厚子と秀才が自分を迎えに来たところを描いた「檻の中から」と題した作品を完成させる。そこに、20歳になった悠輔がカリキュラムを延長すると告げられてトラブルになる。子どもたちもずっと閉じ込められたままになってしまうと、悠輔たちは島を脱出する計画を立て、麒麟も同行することを決める。

  20. 決行の日、悠輔たちは包丁で先生たちを脅してお金を奪い、フェリーに乗って竹芝桟橋に着く。利紗の家、さらに麒麟の家に行くが、どちらも既に引っ越して別の人が住んでいた。悠輔たち5人はアパートを借りて共同生活をすることにする。

  21. 脱出して1ヶ月が経ち、麒麟井の頭公園で絵画展に出展するため絵を描いていた。保証人がいない悠輔たちは下北沢の割高のワンルームマンションを借り、悠輔、武、修久の3人が肉体労働で金を稼ぎ、利紗が家事を担う日々を送っていた。秀才がアメリカのロックヒルズ大学にいると知った麒麟は秀才に手紙を書くが、返事はこない。一方、秀才は、弱冠20歳で全米大学ランキングで3位以内に入るロックヒルズ大学の数学教授に就いていた。秀才は長年の難問に挑む論文を間もなく書き上げ、その3週間後に東京で開かれる学会で別の研究成果を発表することになっていた。秀才は麒麟から届いた3通目の手紙を封を開けることなくゴミ箱に捨てる。

  22. 井の頭公園で絵を完成させた麒麟は、悠輔から天才養成学校の情報を100万円で売り、雑誌に掲載されると聞かさせる。その頃、秀才は講義や論文を書いていても突然手が止まるようになる。1週間後に雑誌に掲載された記事をきっかけに、天才養成学校に警察の捜査が入り、中にいた126人の子どもは保護されるが、鳥居や熊野は見つからない。雑誌掲載の2週間後、ジーニアスバンクの広告塔で、学会のために来日した秀才に報道陣が群がる。来日を知った麒麟も会場に待ち構えて呼びかけるが、一瞬振り向いただけで去っていく。学会が開会し、秀才の発表が始まるが、数分後には突然動きが止まり、倒れてしまう。麒麟は一緒に来ていた利紗と秀才を運ぶ救急車に飛び乗る。

  23. 着いた病院で意識を取り戻した秀才は麒麟に、今すぐ出ていけ、と声を荒げ、厚子の連絡先は知らないと冷たい対応を取る。翌日2人が再び見舞いに行くと、また冷たい対応をする秀才だったが、麒麟は主治医に呼ばれ、精密検査で若年性アルツハイマーと分かったことを知らされる。治らないと聞きショックを受ける麒麟だったが、プライドが高い秀才を慮って、告知せず進行を遅らせる治療をしてもらうようお願いする。

  24. 診察室を出て泣き崩れた麒麟が病室に戻ろうとすると、携帯に電話が入り、有名な絵画賞の1つである画聖展で「檻の中から」が最優秀賞に選ばれた、2日後に授賞式があると聞かされる。熊野が出品したのだと思った麒麟は、病室に戻り、秀才に交換日記を始めようと提案するが、秀才は首を縦に振らない。帰宅し、悠輔たちがお祝い会を開いた後、麒麟は買ってきたノートに交換日記を書き始めようとするが、秀才との思い出が走馬灯にように蘇り、麒麟は涙を流す。

  25. 2日後、秀才の病室に利紗が1人でやってくる。秀才に話しかけられたことに意表を突かれた利紗がもらした一言がきっかけで、麒麟が画聖展で受賞したことを話す破目になる。その頃、麒麟は画聖展の授賞式に臨んでいた。授賞式の後、麒麟は、秀才が倒れたところを見ていた報道陣に、秀才の弟なのか、ジーニアスバンクで生まれたのか質問が飛ぶが、麒麟は逃げるようにその場を去る。

  26. 会場を出ると、白髪交じりの女性に声を掛けられる。それは母親の厚子だった。麒麟は、足に障害を抱え、生活保護を受けながら川崎で暮らしていると語る厚子を引っ張って秀才が入院する病院に連れていく。こんな奴のことなどどうだっていい、と冷たい反応をする秀才だが、麒麟が画聖展で最優秀賞を取ったことに興奮しだす。そこに、秀才の携帯に書いた論文がミスだらけだと連絡が入る。怒りを露わにする秀才だが、論文のテーマも思い出せなくなっていた。鳥居に騙されたと怒る秀才は、着替えて病室を出て行く。麒麟は秀才がジーニアスバンクの本社に行ったのではと向かうが、秀才の姿はなく、社長秘書の野口に訳を話すと、心当たりがあると麒麟に話す。

  27. そのころ、鳥居の自宅に来た秀才は、窓ガラスを割って家に入った形跡をたどってある部屋に入ると、その壁一面に秀才の写真が貼られていた。隣の部屋には、秀才のことについて書いた日記を読み返す鳥居の姿があった。秀才は最愛の子で、自分の最高傑作だと語る鳥居だったが、目の前の人間が秀才だと分からなくなっていた。日記を奪って読んだ秀才は猛り狂う。麒麟を連れてやってきた野口は、鳥居が血を流して倒れているのを見つけ、麒麟を巻き込まないよう出て行かせる。利紗が厚子を連れて帰ったマンションにまっすぐ戻った麒麟だったが、そこに秀才が鳥居を殺した容疑者だとニュースが流れる。麒麟は秀才の父親は鳥居かもしれないと思うが、悠輔たちには告げなかった。

  28. その夜、秀才からの連絡を待つ麒麟だったが、日付が変わった直後、秀才がやってくる。秀才は鳥居を殺したこと、鳥居が天才数学者と偽って自分の精子を売ったこと、鳥居に大賢という名のもう1人の息子がいることを話す。そのとき、秀才の携帯に野口から電話が入り、腹違いの兄と大井埠頭で待っていると呼び出す。麒麟は厚子を連れて秀才に付いていく。

  29. 大井埠頭に着くと、野口と熊野が待っていた。熊野が秀才の兄と知って驚く麒麟。熊野は真相を語り始める。出来が悪いと自分を捨てた鳥居に密かに恨みを抱いていた熊野は、自分の遺伝子が優秀であることを証明しようと、ノーベル賞受賞者精子と自分の精子をすり替えたと語る。熊野が自分の父親だと知って驚く麒麟は、自分と暮らしたいとの熊野の申し出にちょっと迷うが、母や兄がいると断る。最後に熊野は、麒麟に20個目のスタンプを押す。

  30. 熊野たちと別れた麒麟は、厚子と秀才を連れてかつて一緒に暮らしたアパートに向かう。そして、思い出の場所、上野動物園に向かうが、上野駅を出たところで秀才は逮捕されてしまう。

  31. 秀才の逮捕から2年、ジーニアスバンクは倒産し、熊野は監禁の罪で懲役2年の刑に処せられていた。麒麟も秀才の逮捕後バッシングを受けたが、自分の絵を販売したいという少数の画商があり、絵を描き続けていた。麒麟と厚子は、懲役7年の刑が確定し、医療刑務所に収監された秀才に面会に行く。秀才は逮捕後から急激に記憶を失っていき、もはや麒麟や厚子のことも分からない状態になっていた。秀才は一度も口を開かず、麒麟たちが話すだけで面会の時間は終わってしまうが、看守が秀才が書いたノートを見せてくれる。そこには、不器用な絵だが動物園が描かれていた。幼い頃家族で行った場所と言っていたと聞いて、麒麟たちは涙をこぼす。

 (ここまで)

設定や細部の描写など荒いところもあると感じましたが、終盤まで意外性のある展開で、一気に読み進めることができました。

ネットで検索すると、ホラーものが中心で、作品にメッセージを込めることは少ない作家さんのようです。

本作は、主人公が過酷な境遇に放り込まれても家族の絆を信じ続け、切なくも、ほんのちょっとだけ救いのある結末に至る物語。単なるエンターテイメント性の追求でこうした物語になるのるか、という気がします。本当のところは分かりませんが、どこか著者の思いが託されているように思いながら読みました。