村山早紀さんの小説「桜花堂ものがたり」(上/下)を読みました。
もとは2016年10月に単行本として刊行された作品、2019年3月に上・下の2巻に分けて、文庫本化されています。
主人公である書店員の青年が、同僚や出版社の営業担当など周囲の力添えも受けて、優しい奇跡を起こしていく物語。
主な登場人物は、
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月原一整:この物語の主人公。心優しい、銀河堂書店文庫担当。他者と関わることを避ける傾向にあるが、隠れた名作を見いだす才能がある。
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卯佐美苑絵:銀河堂書店児童書担当。内気で夢見がちな美しい娘。絵を描くのが得意。天才的な記憶力を持つ。
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三神渚砂:銀河堂書店文芸担当。若きカリスマ書店員。人脈づくりがうまく、勝ち気で元気。いろんな意味で強靭な娘。苑絵とは幼馴染。
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柳田六朗太:銀河堂書店店長。業界の風雲児と呼ばれた男。趣味の料理と酒関係の本の棚作り、壮大なディスプレイ作成に定評がある。人望がある良き店長だが、駄洒落と悪乗りが好き。
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塚本保:銀河堂書店副店長。外国文学担当。知的な紳士。何かとクールでスタイリッシュな性格。店長とは学生時代からの長いつきあい。
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桜風堂店主:明治時代から続く桜野町の書店「桜風堂」の店主。ネット関連の知識にも長け、「桜風堂ブログ」も人気。
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透:桜風堂店主の孫。利発で優しい少年。本とおじいちゃんが大好き。料理と動物も好き。
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蓬野純也:若手の人気作家。テレビや雑誌にもよく登場する。柔和で人好きのする性格。かなりの美男子。
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団重彦:かつて活躍した著名な脚本家。数々のヒット作を持つが、いまは病気で一線を退いている。一整が見いだした新刊、『四月の魚』の著者。
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柏葉鳴海:本好きで知られる女優。十代の頃、歌手としてデビューして以来、スーパーアイドルとしてお茶の間の人気者に。通称「なるる」。苑絵の母とは昔からの友人。
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大野悟:福和出版社営業担当。明るく素直でそつがない性格。空気とタイミングを読むのがうまい。さりげなく商売もうまいようだ。
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福本薫:桜野町町長。若い日は出版業界の第一線で働いていたらしい。白髪の美女。
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アリス:愛らしく賢い三毛の子猫。
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船長:オウム。年齢不詳のキバタン。態度と声が大きい。
というあたり。
まず上巻。
背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。
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書店に務める青年、月原一整は、人づきあいは苦手だが、埋もれていた名作を見つけ出して光を当てることが多く、店長から「宝探しの月原」と呼ばれ、信頼されていた。しかしある日 店内で万引きをした少年を一整が追いかけたことが、思わぬ不幸な事態を招いてしまう。そのことで傷心を抱えて旅に出た一整は、ネットで親しくしていた、桜風堂という書店を営む老人を訪ねるため、桜野町を訪ねるのだが……。
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序章 朝の子猫
内緒で面倒を見てくれていた女の子から「アリス」と呼ばれていた子猫は、そのお母さんに見つかって捨てられ、桜野町で廃校になった小学校の図書室にやってくる。そこでアリスは風に乗って男の子の声を聞く。
第一話 オウムとコーヒー
風早駅前にある老舗百貨店・星野百貨店の6階にある銀河堂書店で文庫担当として働く月原一整。人とあまり積極的に関わらない青年だが、店長は「宝探しの月原」と評価していた。刊行予定の文庫の中で元シナリオライターの団重彦の作家デビュー作の「四月の魚」に魅かれた一整は、それを売り出そうと、サイン本を依頼するなど準備を進める。そんな中、書店で少年が本を万引きする現場を目撃して追うと、追い詰められた少年は車道に飛び出し、車にはねられてしまう。
第二話 霧の中
少年が車にはねられたことで、その引き金となった銀河堂書店や月原へのクレームがお店や百貨店に殺到するようになる。その責任を取るように、辞表を出して銀河堂書店を辞めた一整は、書評ブログをする中でネットで知り合った桜風堂書店の主人に会おうと、書店のある桜野町に行くことにする。同じくネットで交流のあった自称書店員の「星のカケス」から届いた心配するメールに、一整は自分が書店を辞めたことを返信する。
第三話 遠い日の絵本
一整に「わたしの王子さま」とひそかに想いを寄せていた児童書担当の卯佐美苑絵は、少年の万引きに最初に気づいていたため、自分のせいで一整が辞めたと責任を感じ、一整が売ろうとしていた「四月の魚」を代わりに売ろうと、得意な絵で、オリジナルの帯を作ろうとする。母親の茉莉也は、友人で本好きの女優・柏葉鳴海に一言コメントをお願いする手紙を書く。
幕間 子猫と少年
子猫のアリスは、聞こえた男の子の声を探して、小学校を出て町に下りていく。書店のに行くと少年が食べ物と水をくれるが、少年は、ぼくがいなくなって、おじいちゃんも帰ってこなくなったら、この本屋はどうなってしまうのだろう、と涙を流す。
第四話 桜と恋文
一整は片道5時間以上かけて桜野町に向かう。その頃、一整が抜けててんやわんやの銀河堂書店では、カリスマ書店員の三神渚砂は、「星のカケス」としてネットでやりとりする中で恋をしていたブログ主「胡蝶亭」が、親友の思いびとにして元同僚の一整だったと知り、複雑な心情に陥るが、この思いは一生誰にも明かすことはないだろうと思う。
第五話 春の野を行く
春の山道を歩いて桜野町に向かう一整。出発前夜に送っていたメールには、心からお待ちしております、と返事が入っていたが、町に着くころ、病院にきてほしいとのメールを受け、その病院を訪れる。桜風堂店主は、院長に勧められて2週間前に検査入院したら、状態が悪すぎて手術に耐えられる状態でないことを話し、うちの店を預かってほしいと一整に提案する。夢のような話にわくわくする一整だったが、考える時間がほしいと頼む。
続いて下巻。
背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。
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「誰かの大切な居場所は、守らなきゃいけないんだ」―—入院中の店主から桜風堂書店の店長になってほしいと頼まれた月原一整は、迷いながらもそれを受け入れる。そして彼が見つけた「宝もの」のような一冊を巡り、彼の友人が、元同僚たちが、作家が、そして出版社営業が、一緒になって奮闘し、ある奇跡を巻き起こしていく。田舎町の書店で繰り広げられる、本を愛するすべての人に読んでほしい温かい物語。
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第五話 春の野を行く(承前)
その日のうちに帰るつもりだった一整だったが、桜風堂店主の勧めで、孫が残っている桜風堂書店に泊まることになる。病院の受付で出会った町長の福本に呼び止められて話をした一整は、桜風堂書店の店主には若い頃に事故で亡くなった自分と同じ名前の書店員の息子がいたと聞かされる。その頃、銀河堂書店では、「四月の魚」を売り出そうと柳田や塚本が休日出勤してPOPなどの準備を進める。
第六話 その店の名は
桜風堂書店に着いた一整は、店主の孫・透に迎い入れられる。店主がつけていたノートを確認した一整は、自転車に乗って雑誌などの配達に出かけ、配本を元通りにしてもらうよう取次に連絡し、返本作業を行う。その夜、「星のカケス」から届いた、店主の提案を受けるよう勧める質問に対する返事を読んだ一整は、「星のカケス」にお礼のメールを打った後、店主に宛てて長いメールを打つ。
幕間 空を行くもの
自分が元同僚であることを隠したまま、「星のカケス」として「胡蝶亭」こと一整とメールのやり取りを続けていた渚砂は、自分が書店員として一整に評価されていることを知り、涙を流す。そして、売り場が違っても同じ本を応援することができることを幸福なことだろうと思う。一方、苑絵は、スケッチブックに筆を走らせる。
第七話 四月の魚
5月になって、桜風堂書店の店主は、体調が持ち直し、難しい手術を経て、やっと退院できるようになる。透は、書店の片隅にカフェスペースを作りたいと話し、一整は書店の今後を考えて賭けてみる可能性はあると考え、店主が退院したら相談してみることにする。わざわざ訪ねてきた営業担当の大野に、一整は「四月の魚」のサイン本をお願いし、本をどう売るか考える。銀河堂書店でも、それぞれが「四月の魚」を売ろうと宣伝に力を入れる。
終章 光舞う空
6月の「四月の魚」の発売日がやってくる。銀河堂書店では、サイン本50冊はその日のうちに売り切れ、その後も売れていく。在庫を持つ各書店でも売り上げの上位を占めるようになり、取次と版元の在庫がなくなるに至る。そんなころ、桜風堂書店では、サイン本を完売した後、平積みの「四月の魚」をのびのびと展開していた。重版が決まったころ、桜風堂書店に、一整の「四月の魚」へのかかわりを聞いた著者の団重彦がやってくる。感謝の言葉を述べる団重彦は、作品に込めた思いを一整に語る。
(ここまで)
現実から遊離した設定は、強いていえば、男の子の声を探して桜風堂書店にやってくる子猫のアリスくらいのもので、基本的には現実的な設定の中で物語が進んでいきますが、主人公の一整、そして銀河堂書店の書店員たちの努力で、一冊の本が売れていくという展開は、思った以上にファンタジー的で、心温まる作品でした。