鷺の停車場

映画、本、グルメ、クラシック音楽、日常のできごとなどを気ままに書いています

映画「52ヘルツのクジラたち」

休日の朝、MOVIX亀有に行きました。


9時ごろの時間帯、ロビーにはけっこうチケットを買うお客さんがいました。


上映スケジュールの一部。この日は、27作品・28種類の上映が行われていました。

この日観るのは「52ヘルツのクジラたち」(3月1日(金)公開)。全国336館と大規模での公開ですが、公開3週目に入っていたこの日は、近くのシネコンはどこも1日1回の上映になっていました。


スクリーンに向かう途中の通路の壁には、タペストリーも飾られていました。


上映は147+2席のシアター1。お客さんは40人ほど、思ったより多くのお客さんが入っていました。


(チラシの表裏)

 

2021年の本屋大賞を受賞した町田そのこの同名小説を原作に実写映画化した作品で、監督は成島出、脚本は龍居由佳里

「52ヘルツのクジラ」とは、他の仲間たちには聴こえない高い周波数で鳴く世界で1頭だけのクジラのことだそうです。声が高すぎて仲間に届かない孤独なクジラになぞらえて、家族に虐待された過去を引きずる女性が、かつての自分と同じような環境にいる少年との交流を通じ、かつて自分の声に気づいて救ってくれた恩人との日々を振り返る・・・という作品。

 

公式サイトでの紹介によれば、

 

「この<52ヘルツのクジラ>の鳴き声は、あまりに高音で、他のクジラたちには聴こえない。だから、世界で一番孤独なクジラって言われてるんだー」
傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる──。

 

・・・というあらすじ。

 

公式サイトで紹介されている主要登場人物・キャストは、次のとおりです。

  • 三島 貴瑚(みしま きこ)【杉咲 花】:ある傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家に移り住んできた

  • 岡田 安吾(おかだ あんご)【志尊 淳】:貴瑚の声なきSOSを聴き、救い出そうとするトランスジェンダー男性(生まれた時に割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の人)の塾講師

  • 新名 主税(にいな ちから)【宮沢 氷魚】:貴瑚の初めての恋人となる職場の上司

  • 牧岡 美晴(まきおか みはる)【小野 花梨】:貴瑚の高校時代からの親友

  • 少年【桑名 桃李】:母親に虐待され「ムシ」と呼ばれる

  • 品城 琴美(しなぎ ことみ)【西野 七瀬】:「ムシ」と呼ばれる少年の母

  • 村中 真帆(むらなか まほろ)【金子 大地】:貴瑚の家の修理を手掛け友人となる

  • 三島 由紀(みしま ゆき)【真飛 聖】:貴瑚の母

  • 岡田 典子(おかだ のりこ)【余 貴美子】:安吾の母

  • 村中 サチエ(むらなか さちえ)【倍賞 美津子】:真帆の祖母・貴瑚の祖母を知る存在

  • 藤江(ふじえ)【池谷 のぶえ】:少年を可愛がっていた元隣人

 

児童虐待を受けた主人公が、かつての自分と重なる境遇の男の子を救い出そうとするメインストーリーはシンプルですが、それに絡み合うように、家族の呪縛から逃れて幸せを掴もうとするも打ち砕かれてしまう主人公の過去の回想シーンが痛々しく、気持ちが重くなりましたが、心に響く作品で、希望を抱かせるラストには温かい気持ちになりました。

ただ、児童虐待、ネグレクト、ヤングケアラー、トランスジェンダーと社会的問題の要素が多く盛り込まれているために、それぞれの要素をきちんと描き切れず、表面をなぞった薄っぺらい描写に感じられてしまうところもあったのは残念。原作で描かれた要素を生かしたのだろうと思いますが、少し要素を絞って、どうしてそうなったのかも理解できるように描かれると、より深く心に響いたのではなかろうか、という気がしました。

 

以下は、ネタバレになりますが、備忘も兼ねて、記憶の範囲で、より詳しく作品のあらすじを書いてみます。(多少の記憶違いはあるだろうと思います)

 

大分の海辺の町にある家で一人暮らしを始めた三島貴瑚。貴瑚の家の修理にやってきた工務店の村中は、町で貴湖が水商売の女性だったと噂されている、この家にはかつて妓女だった女性が住んで長唄を教えていたが、男たちが集まるようになって大変になったことがあると話す。それを聞いた貴湖は、それは半分当たっている、その女性は自分の祖母だと話す。

自転車で家を出た貴湖は、坂道を下って漁港に向かい、その桟橋の突端に一人腰掛けてたたずむ。貴湖はアンのことを思い出す。雨が降ってきて、家に帰ろうとした貴湖だが、途中でお腹の傷が痛み、雨の中倒れてうずくまってしまう。そこに通りかかった長い髪の少年は、ゴミ捨て場から捨てられていたビニール傘を拾って開き、自分が濡れるのも厭わず貴湖に差してあげる。それに気づいた貴湖は、少年を気遣って家に連れて行く。

貴湖が雨に濡れた少年にシャワーを浴びさせようと着ていたTシャツを脱がせると、その身体には虐待された傷痕が付いていた。貴湖がそれに気づくと、少年は走って貴湖の家から出て行ってしまう。

翌日、貴湖が自転車に乗って少年を探していると、軽トラックに乗って通りかかった村中が声を掛ける。少年の話をすると、村中は琴美の子どもではないかと話す。琴美はかつては福岡でアイドルのようなこともしていたようだが、シングルマザーになって戻ってきて、子どもは学校にも行かず、全くしゃべらないという。そして村中は、琴美がバイトしている食堂に貴湖を連れて行く。そこでお昼を食べて村中と別れた後、食堂の道路向かいの駐車場でタバコを吸う琴美に声を掛け、少年について話を聞こうとするが、琴美は子どもなんていない、と取り合わない。

そうしたある日、貴湖が家で洗濯物を片付けていると、あの日会った少年がやってくる。貴湖は、自分の行動で少年が辛い目に遭ってしまったことを察し、それを詫び、温かく少年を抱きしめる。そして、デジタルオーディオプレーヤーを取り出し、少年にあるものを聴かせる。それは52ヘルツのクジラの鳴き声だった。貴湖は少年に、この鳴き声は他のクジラたちには聴こえない、世界で一番孤独なクジラだと言われている、と説明し、自分も親から虐待を受けて、助けて、といつも思っていたが、1人だけ声を聞いてくれた人がいた、と話し、辛かっただろうと言葉をかけ、少年を抱きしめる。

 

3年前、貴湖は自宅で義父の介護に追われていた。オムツを交換し、食事を食べさせていると、義父は食事を喉に詰まらせてしまう。運ばれた病院で、義父は誤嚥性肺炎と診断されるが、それを聞いた実母は激昂し、介護が嫌になって死なせようとしたんだろう、お前が代わりに死ねばいいんだ、と貴湖を激しく罵倒し、その首を絞める。

絶望的になって街を歩く貴湖。そこに、高校時代からの親友の美晴とその同僚の安吾が通りかかり、美晴が声を掛けるが、思いつめた様子の貴湖にはそれが耳に入らず、フラフラっと車道に飛び出す。貴湖は走ってきたトラックに轢かれそうになるが、それに気付いた安吾が駆け寄って間一髪助かる。

美晴の誘いで貴湖は安吾とともに居酒屋に入る。そこで、母親は働いて生計を支えており、自分が高校を出てから3年間ずっと養父の介護をしていることを話すと、安吾は、家族は呪いでもある、そこから抜け出してもいいんだ、と新しい人生を歩むよう励ます。

貴湖は、2人の支えを受けながら、新たな生活を始めるための準備を進め、安吾に同伴してもらって自宅に向かい、母親に別れを告げる。その帰り、途中で気分が悪くなった貴湖は、車を止めてもらった道端で嘔吐し、母親に愛されたかったが叶わなかった自分の思いを吐き出し、号泣する。安吾は、貴湖の背中をさすりながら、貴湖もいつか愛し合う魂のつがいに出会うことができる、と励ますのだった。

 

少年と一緒に暮らし始めた貴湖は、琴美が働く食堂に行き、琴美に自分が預かることを告げ、少年の名前を聞くが、苛立つ琴美は、ムシだ、あの男が付けた名前なんて覚えてない、と言い捨てる。

貴湖は、全く喋らない少年に、筆談で名前を聞こうとするが、少年は差し出されたスケッチブックに「ムシ」と書き、本当の名前は知らないという。どんな名前で呼ばれたいか、と尋ねると、少年は、スケッチブックに書かれた「52ヘルツのクジラたち」という文字の「52」のところを指で丸く囲み、貴湖はひとまず少年を「52」と呼ぶことにする。そして、他に家族はいないのか尋ねると、少年は「チホちゃん」と書くのだった。

そんなある日、親友の美晴が突然貴湖の家を訪ねてくる。美晴は、最初こそ突然音信不通になって連絡もよこさない貴湖を責めるが、久しぶりの再会を喜び、自分も仕事を辞めて覚悟を固めて来たと話す。

そして、貴湖と美晴は、「チホちゃん」を探しに、少年がかつて住んでいた北九州を訪れる。かつて少年が乗ったという夜の観覧車に乗って、美晴がはしゃいで記念写真を撮ろうとすると、少年の顔にも笑みが浮かぶ。

ホテルに入った3人。少年が寝入った後、美晴は貴湖に、安吾との間に何があったのか話してほしい、と言う。

 

2年前、貴湖は通販の商品の箱詰めを行う会社で働いていた。そのころ、美晴には恋人の鈴木巧(井上想良)ができ、安吾と4人で飲みに行くようになっていた。その帰り、貴湖は、自分とアンさんの関係はどうなのだろう、私はアンさんが好き、と自分の思いを明かすが、安吾は、貴湖を大事に思っている、貴湖に幸せになってほしい、と言う。自分を好きと行ってくれない安吾に、貴湖は自分を納得させるようにして別れる。家に帰った安吾は、貴湖の思いに応えられない自分に思い悩み、病院で処方された注射を打つ。安吾トランスジェンダーだったのだ。

その後、貴湖が職場の食堂で昼食を食べていると、血の気が多い男性職員がケンカになり、その巻き添えを食って、貴湖は投げられたパイプ椅子が頭にぶつかり、額に4針を縫う怪我で病院に運ばれてしまう。

貴湖が目を覚ますと、目の前には社長の息子で専務の新名が座っていた。新名は、今回のことを謝罪し、退院時には、高級焼肉店に貴湖を連れていってお祝いをする。その後も、新名は貴湖を食事に誘い、交際を申し込む。最初は自分は専務には釣り合わないと謙遜する貴湖だったが、新名の熱意に、2人は恋人の関係になる。そして、新名は、自分たち2人のための部屋としてタワーマンションの1室を用意し、一緒に住むようになる。

そして、新名が会いたいと希望し、美晴とその恋人の匠、安吾との会食が開かれる。「アンさん」と貴湖が呼んでいたことから、女性だと思っていた新名は、それが男性の安吾だったことに驚き、ライバル心を抱く。新名は、貴湖は自分が幸せにするから、あなたに助けてもらう必要はない、と言うと、安吾は、そうかもしれない、でも、そうでないかもしれない、と言うのだった。

その後、貴湖が家を出て歩いていると、道沿いで安吾が待っていた。安吾は、新名と別れた方がいい、彼は貴湖を何度も泣かせることになる、と言うが、今は十分幸せだと思う貴湖は、もうアンさんに助けてもらわなくても自分で判断できる、とそれを拒む。でも、私はアンさんが好き、また美晴たちと一緒に飲みましょう、という貴湖に、安吾は、先に行くように言い、歩き去っていく貴湖を思いつめた様子で見送るのだった。

 

北九州にやってきた3人は、チホちゃんの家を探してかつて少年が住んでいた街を歩く。少年がある家の扉をドンドンと叩くと、はす向かいの家からおばさん・藤江が顔を出し、少年を温かく家に迎え入れる。藤江は、チホちゃんとは少年の祖母でもう亡くなっていること、琴美は少年の世話を祖母に丸投げし、祖母は少年を可愛がっていたことを話し、前日に行った観覧車の前で撮った祖母と少年の写真を取り出し、少年に渡す。その写真の裏には、千穂・愛と名前が書かれていた。藤江は、「愛」とは少年の名前で、「いとし」と呼ぶことを教える。

大分に戻ってきた3人。愛は、布団に横になって52ヘルツのクジラを聞きながら、もらった写真をじっと見る。

美晴は、いつまでも一緒に暮らすことはできない、警察に保護を求めるべきでは、と貴湖に話すが、貴湖は、今度母親のもとに戻されたら殺されるかもしれない、安心して暮らせる場所を見つけたいと自分の決意を話す。

 

1年前、会社の食堂での昼食時、貴湖は新名が取引先の令嬢と婚約したという噂を耳にする。帰宅して落ち込んでいた貴湖に、遅れて帰ってきた新名は、それが事実であることを認め、親父の言うことには逆らえない、だが、自分が愛しているのは貴湖だけだ、このままでいてほしい、と愛人になってほしいと求める。

しかし、しばらくすると、安吾から会社に送られてきた手紙で、新名と貴湖の関係が社長である新名の父親や取引先にバレてしまい、父親は激怒、取引先も失い、新名は専務もクビだと告げられる。安吾のせいでこんなことに、と床を叩いて悔しがる新名。

新名は、安吾のことを調査してもらい、母親をホテルに呼び出す。母親は自分の娘が男になっていることを知らず、動揺して土下座して謝罪する。そこに同じく新名に呼び出された安吾がやってくる。新名は親にも明かしてなかったのかと言って、あとは親子でと言って立ち去る。

家に帰り、得意げにそのことを貴湖に話す新名。なんて酷いことを、と言う貴湖に新名は暴力を振るう。

一方、小さい頃から違和感を抱き、中学でそれを確信した、東京に逃げればやっていけると思ったと母親に自身の性同一性障害について打ち明ける安吾。母親は安吾を受け入れ、一緒に暮らそう、と優しく声をかける。

安吾が心配になって彼のアパートに向かった貴湖。部屋の前に着いてインターホンを押そうとすると、安吾の母親がやってきて、今日一緒に長崎に帰ることになったと話す。部屋の鍵は開いていて、母親が入っていくと、安吾が風呂場の浴槽で血を流しており、母親は悲しみの声を上げる。遅れて入った貴湖がテーブルを見ると、母親宛と新名宛の2通の遺書が置かれていた。

安吾の骨壺を持って長崎に帰るため空港に来た安吾の母親は、付き添う貴湖に、生前の安吾がどんな人間だった尋ねる。貴湖は優しい人だったと安吾の人となりを話し、美晴と3人で一緒に飲んだときに撮った安吾の写真を見せる。その楽しそうな表情を見て、母親は涙ぐむ。

帰りの高速バスの中で、貴湖は新名宛の遺書を開く。そこには、貴湖と別れてほしい、それができなければ貴湖のことだけを見て幸せにしてほしい、と貴湖の幸せを願う思いが書かれており、それを読んだ貴湖は涙ぐむ。

しかし、貴湖が家に帰ると、連絡もせずに数日家を空けたことに激怒した新名は貴湖を殴り倒し、安吾と会っていたのかと関係を疑う。貴湖がアンさんは自殺したと言って新名宛の遺書を差し出すと、新名はそれを開こうともせず、台所のコンロの上に置いて火をかけ燃やしてしまう。怒りに震える貴湖は、コンロの脇にあった包丁を手に取り、新名の方に歩み寄って一度はそれを新名に向けるが、その向きを自分の方に変え、自分の腹部を刺そうとする。慌てた新名が駆け寄り貴湖の手を掴んで止めようとするが、包丁は貴湖の腹部に刺さってしまう。

 

大分の家で海を眺める貴湖。隣に安吾がいるように感じた貴湖は、安吾は自分の声を聞いて救ってくれたが、自分は安吾の声を聞くことができなかった、でも自分たちは魂のつがいだったのかもしれない、と安吾への思いをに語り、涙する。

貴湖と美晴と一緒に暮らす愛だったが、ある日、村井がその祖母と一緒に貴湖の家を訪ねてきて、琴美が男と出て行ってしまったことを知らせる。村井の祖母は、愛をどうするつもりなのか問い、仕事をしていない貴湖には難しい、このままでは貴湖たちが誘拐犯になってしまうと忠告する。愛に安心して暮らせる場所を見つけてやりたい貴湖は、少し時間をください、とお願いし、村井たちは帰っていく。

その夜、布団に横になる愛は、クジラの鳴き声を聞きながら涙を流す。そして、夜明け近くに貴湖が目を覚ますと、愛の姿はなく、クジラが描かれたページが開かれていたスケッチブックには、ありがとう、さようなら、と愛の字で書かれていた。

それを見た貴湖は、家を飛び出して港に走る。そして、これから海に入水するつもりのように桟橋の端に1人立つ愛を見つけ、貴湖は大きな声で愛に思いとどまるよう語り掛け、ダメな大人だけど一緒に生きていきたい、私には愛が必要なんだと自分の思いを伝える。貴湖をじっと見つめる愛は歩み寄ってきた貴湖に「き・・・こ・・・」と初めて声を発し、貴湖は愛を抱きしめる。そこに、港に迷い込んできた大きなクジラが飛び跳ね、2人にもその水しぶきが掛かってしまうが、貴湖の顔は明るかった。

貴湖と美晴は、行政に掛け合うなど行動を始めるが、愛が安心して暮らすことができる場所を見つけるのはなかなか大変なことだった。しかし、一緒に暮らすうちに、愛の顔はすっかり明るさを取り戻していく。そして、町で開かれたちょっとしたお祭りに参加した3人、間もなく町を離れる美晴は、ずっと親友、何があっても駆けつける、と貴湖に誓うのだった。

 

(ここまで)

 

映画オリジナルの設定が加えられるなど、原作小説からのアレンジも入っているようなので、原作小説も読んでみたいと思います。