鷺の停車場

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映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」

休日の午後、MOVIX柏の葉に行きました。


14時ごろの時間帯、ロビーにはそれなりのお客さんがいました。


この日の上映スケジュールの一部。この日は、開催中のイベント「ライブ音響上映」の作品も含め、30作品・31種類の上映が行われていました。

この日観るのは、「ぼくが生きてる、ふたつの世界」(9月20日(金)公開)。
9月13日(金)から先行上映が始まっている宮城県内の9館を含め、全国85館とやや小規模な公開ですが、遅れて上映予定の映画館も既に20館以上あるようです。


上映は103+2席のシアター1。30人ほどのお客さんが入っていました。


(チラシの表裏)


(公開日アナウンス前に配布されていた別バージョンのチラシ)

作家・エッセイストの五十嵐大による自伝的エッセイ「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」を原作に実写映画化した作品だそうで、主要スタッフは、監督:呉美保、脚本:港岳彦、撮影:田中創など。


公式サイトのストーリーによれば、


宮城県の小さな港町、五十嵐家に男の子が生まれた。祖父母、両親は、“大”と名付けて誕生を喜ぶ。ほかの家庭と少しだけ違っていたのは、両親の耳がきこえないこと。幼い大にとっては、大好きな母の“通訳”をすることも“ふつう”の楽しい日常だった。しかし次第に、周りから特別視されることに戸惑い、苛立ち、母の明るささえ疎ましくなる。心を持て余したまま20歳になり、逃げるように東京へ旅立つ大だったが・・・。


というあらすじ。

 

映画情報サイトなどで紹介されている登場人物・キャストは、次のとおりです。

  • 五十嵐 大【吉沢 亮】:主人公。20歳のときに親から逃れるように東京に出てきた男性。

  • 五十嵐 明子【忍足 亜希子】:大の母。聾者。

  • 五十嵐 陽介【今井 彰人】:大の父。漁船の塗装などの仕事をしている。聾者。

  • 河合 幸彦【ユースケ・サンタマリア】:上京した大が入った雑誌編集会社の社長。

  • 鈴木 広子【烏丸 せつこ】:大の祖母で、明子の母。

  • 鈴木 康雄【でんでん】:大の祖父で、明子の父。

  • 〔伊藤 佐知子〕【原 扶貴子】:明子の姉で、大の伯母。

  • 〔上条 理〕【山本 浩司】:大が入った雑誌編集会社の社員。

  • 〔尾形 智子〕【河合 祐三子】:大がアルバイト先のパチンコ店で出会った聾者。手話サークルを主宰している。

  • 〔庄子 紗月〕【長井 恵里】:智子の友人の聾者。

なお、〔 〕内の役名は、映画本編では明示的には出てきません。


「コーダ」(Children of Deaf Adults)とも言われる、音が聞こえる健常者の世界と音が聞こえない聾者の世界のふたつの世界を生きる聾者の子どもの健常者を主人公に、聾者の母親との関係の再構築、そして自らのアイデンティティをつかんでいく過程を描いていますが、障害のない普通の家族にも共通する、母と子の物語として、心に響く作品でした。

作品は、父・陽介が漁船に塗装する仕事のシーンで始まりますが、しばらくの間は無音で、聞こえない世界はこうなのかと意識させられます。
その後は音が入って本編の物語に入っていきますが、本編を通じて劇伴(劇中の伴奏音楽・BGM)は使われておらず、ドキュメンタリーのような雰囲気で物語が進んでいきます。主人公の両親をはじめ、本編に登場する聾者は、その全てが実際の聾者の方々であることも、物語にリアリティを与えています。

物語の終盤、劇中のクライマックスだと思われる駅のホームで主人公が涙するシーン、そこでも、無音にする演出が採られていますが、劇伴を付けるどころか、あえて一切の音を排除することによって、より心に刺さり、涙なしでは観れないシーンになっていました。

俳優陣では、主役の吉沢亮の演技もさることながら、いつも微笑みを絶やさず、大に深い愛を注ぐ母親を演じた忍足亜希子がとても印象的でした。

 

 

ここから先はネタバレになりますが、備忘を兼ねて、もう少し詳しくあらすじを記してみます。(多少の記憶違いはあるだろうと思います。)


漁船を塗装する仕事をしている陽介が仕事を終えて家に帰ると、康夫、広子、佐知子たちが、生まれたばかりの大を可愛がっているところだった。明子はワンピースに着替え、陽介も着替えてお食い初めの儀式を行い、陽介はその様子をカメラで撮影する。

耳が聞こえない明子は、大がぐずって泣き出しても気が付かず、ちょっと目を離した隙に大がふとしたはずみで掃除機を付けてしまっても気づかず、康夫に怒られたりしてしまう。

大が少し成長し、明子は家で造花の内職をしながら大の面倒を見る。大は折り紙の裏にクレヨンで母へのお手紙を書いて自分でポストに入れ、郵便屋さんが来た、と明子に取りに行かせる。その手紙を読んだ明子は、自分も大への手紙を書いてポストに入れ、大に取りに行かせる。
夕方、明子は大を連れて買い物に行く。魚屋に行って、店主が話すタコの値段を手話で明子に伝えてあげる大は、店主から偉いねと褒められる。

しかし、小学生になり、家に連れてきた友人から、お前の母ちゃんはちょっと変わっていると言われたことをきっかけに、自分の母親が耳が聞こえないことを気にするようになる。授業参観のお知らせを渡さず、なぜ教えなかったのか明子に問われ、耳が聞こえないから来てほしくなかったと答えるようになる。

中学生になって反抗期を迎えた大は、母親にあえて手話でなく口で話して悪態をついたりするようになっていた。普通の人と同じようには将来の相談ができない両親に苛立ちを募らせるようになっていた大は、県立高校の受験に失敗し、障害者の家に生まれたくなかったとその苛立ちを明子にぶつける。明子は陽介を仕事場まで迎えに行き、その一件を報告するが、陽介は、どんな家族にだって悩みはあると思う、と明子を慰める。

高校を出た大は、時々バイトをしながら、パチンコ屋に入り浸り、上京して劇団のオーディションを受けるが、うまく行かない。大は陽介に、東京に行ったのは耳が聞こえない親を持つかわいそうな子だと見られないから、本気で役者になりたかったわけじゃない、こっちで働くと言うが、陽介は、かつて聾学校で知り合った明子との結婚に周囲から猛反対され、認めてもらうために東京に駆け落ちしたことを明かし、東京に行け、と大の背中を押す。

そして、東京に出た大は、パチンコ店でアルバイトしながら、編集者を目指して面接を受ける。そんな折、耳が聞こえず景品交換に苦労するのを手話で助けたことがきっかけで、智子と知り合い、智子が主宰する手話サークルにも参加するようになる。そして、大は河合の会社に面接を受けに行くと、大の話を面白がった河合は即採用を決め、大は河合の会社で働き始め、記事の執筆も任されるようになる。

河合の失踪などの異変も起きるが、ライターとして働き、手話サークルを通じた智子や紗月たちとの交流していく中で、自分の生い立ちや母の愛情を見つめ直すようになっていく大。

そんな折、大が義肢装具の製作工房を取材しに行った帰り、陽介が倒れたこと知らせる電話が入り、病院に駆け付ける。

病院の廊下の長椅子にひとり座っていた明子からくも膜下出血だと聞かされた大は、出てきた医師は、静脈瘤は処置できたと大に伝え、大が大丈夫だと明子に手話で伝えると、明子は大きな声を出して嗚咽する。

翌日、ひとりで久しぶりに実家に帰った大は、伯母の佐知子から、明子が妊娠したとき、父母ともに耳が聞こえないことで周囲は産むことに反対したが、明子は大を産んだことを知らされる。大は、帰ってきて台所で料理する明子に、いろいろごめん、ありがとう、と伝える。

東京に戻るために電車に乗る大を駅まで見送る明子。駅のホームに明子と並んで立つ大は、かつて自分が東京に出ることにした時のことを思い出す。

20歳のとき、自分が何になりたいのか探すために東京に行くと宣言した大に、明子は、スーツを買うために紳士服店に大を連れていって一緒にスーツを選び、レストランでパスタを食べ、電車の中で手話で楽しく会話し、駅で電車を下りたところで、周りにいっぱい人がいたのに、手話で会話してくれてありがとうと感謝の言葉を伝え、歩きだしていく。その後ろ姿を立ち止まって見る大は、、これまで自分に愛情を注いでくれた母の顔が走馬灯のように浮かび、その目には大粒の涙が溢れたのだった。

そして、駅から電車に乗った大は、パソコンを取り出し、「ぼくが生きてる、ふたつの世界」と原稿のタイトルを打ち込むのだった。

(ここまで)