伊坂幸太郎さんの小説「アイネクライネナハトムジーク」を読みました。
先日、スクリーンで実写版の映画を観て原作が気になって、図書館で借りてきました。
映画では、物語の始まりの時期とその10年後という2つの時期の物語が前半・後半でそれぞれ描かれていましたが、原作のこの本では、大きくは、物語の始まりの時期、その10年後、19年後という3つの時期で物語が進行し、時期が行ったり来たりする部分もあります。登場人物も多く、映画よりも複雑な構成です。
以下、ごく簡単にあらすじ、各編の概略を紹介します。
アイネクライネ
マーケットリサーチ会社に勤める27歳の佐藤は、世界タイトルに挑むウィンストン小野の試合がビジョンに流れる夜の街頭で、アンケートをとっていた。佐藤はアンケートに応じてくれた仕事探し中の同い年の女性が気になる。そもそも街頭アンケートをとることになった原因は、妻と娘が突然家を出ていきショックを受けていた会社の先輩の藤間が、誤って会社のサーバのデータを一部消失してしまったからだった。
大学時代の友人の織田一真・由美夫婦の家に行った佐藤は、一真から出会いについて毒舌を吐かれる。その後、佐藤は通りかかった道路工事現場で、誘導のバイトをしていたアンケートに応じてくれた女性に再会する。
ライトヘビー
「アイネクライネ」より8か月前、美容師の美奈子は、常連客の板橋香澄から、弟と電話で話してみない、と勧められ、弟と時々電話で話す仲になる。
10代の頃にライブで知り合った仲間の山田寛子と日高亮一と居酒屋で飲んでいるときに美奈子がそれを話すと、2人はその話で盛り上がる。居酒屋を出た3人は、路上で100円で客の気持ちに応じた曲をワンフレーズ流してくれる「斉藤さん」のところに行く。山田寛子は彼と別れて1ヶ月になること、日高亮一は彼女と別れようとしていることを話し、「斉藤さん」はそれに会った曲を流す。
ウィンストン小野の試合の日に香澄に呼ばれ一緒に観戦する美奈子は、自分が電話で話していた香澄の弟が世界チャンピオンになったウィンストン小野(小野学)であることを知る。
ドクメンタ
「アイネクライネ」の半年後、藤間は、更新期間の最終日曜日に運転免許の更新に行く。10年前、同じく最終日曜日に更新に来た藤間は、近くにいた子連れの主婦に頼まれ眼鏡を貸していた。そしてその5年後、再び最終日曜日に更新に来た藤間は、その主婦と再会していた。藤間は、今回も最終日曜日に行けばまた会えるかもしれないと思って来たのだが、主婦はいなかった。しかし、更新を終えて出てきた藤間に、その主婦が声をかける。
ルックスライク
「アイネクライネ」の9年後、平凡な父のようにはなりたくないと思っている高校1年生の久留米和人は、クラスで席が近くで、男子に人気がある一真・由美夫婦の娘の美緒に放課後に誘われる。駐輪場で料金を払った印となるシールを盗まれたから犯人を探すという。2人は犯人を見つけるが、逆ギレされて絡まれ困っているところに、和人たちのクラスの担任の深堀先生がやってきて、あるテクニックで撃退する。そこに和人の父がたまたまやってくる。父が深堀先生と親しげに話すのに当惑する和人。
実は、学生時代に父と深堀先生は付き合っていて、そのきっかけは、ファミレスでバイト中の深堀が客に絡まれた時に父がそのテクニックで撃退したことだった。
本編は、和人ら高校生のストーリーの間に、大学生の久留米邦彦と笹塚朱美のストーリーが挿入されているのですが、最後の深堀先生と和人の父の会話で、それが20年近く前の2人だったことが初めて分かるという構成になっています。
メイクアップ
おそらく「ルックスライク」とほぼ同時期、化粧品メーカーに勤める窪田結衣は、上司で実質的に広報部を仕切っている部長補佐の山田寛子とともに、新商品のプロモーションのコンペを担当することになる。
名刺交換する広告会社の営業担当の中に、高校時代に自分をいじめた小久保亜季がいた。高校時代から体型が変わり、結婚して姓も変わった結衣に亜季は気付いていない様子だが、クライアントと仲良くなろうとする意図か、結衣を合コンに誘う。同僚の佳穂は復讐をけしかけるが、結衣は複雑な気分で合コンに臨む。
ナハトムジーク
「アイネクライネ」「ライトヘビー」の19年後、自身のボクシング人生を回顧するテレビ番組の収録に臨む小野学(ウィンストン小野)。
その19年前、世界タイトルを奪取した直後、小野は後に妻となった美奈子とともに、彼女の高校時代の友人である織田由美の家を訪ねたことがあった。
その10年後(「ルックスライク」の1年後)、美緒は父の一真と親友で藤間の娘の亜美子とウィンストン小野が再び挑む世界タイトル戦を観戦に行くことになる。美緒は、10年前に自分の家を訪れた小野を、亜美子は小野が敗れた初防衛戦を父と観戦に行ったことを思い出す。
再び挑んだ世界タイトル戦、ダウンの危機を乗り越え、最終ラウンドまで闘った小野は、最後に相手を殴り倒すが、ゴングの直後と判断され、判定で敗れていた。その9年後のテレビ収録で、小野はその試合を振り返る。
この最終編は、亜美子の母が職場で接した男性が「メイクアップ」の結衣が語った高校時代のエピソードの当事者であったり、「ライトヘビー」で出てきた「斉藤さん」がまた出てきたり、それまでの5編に散りばめられていた伏線をつなぎ合わせるような感じです。時間が行ったり来たりするので、それまでの人間関係が頭に入ってないと、かなり分かりにくいですが、巧みな作りだと思いました。上のように簡単にまとめると全く伝わりませんが、実際に読んでいくと、最後にパズルのピースがはまっていくような感じがしました。
映画では、佐藤と、アンケートに応じてくれた女性(映画では本間紗季という名前になっています)が主役で、その2人の結婚をめぐる関係が後半のテーマの1つになっていますが、本作では、女性は第1編の「アイネクライネ」に出てくるだけで、名前も付いていません。佐藤は、「アイネクライネ」のほか、「ドクメンタ」、「ナハトムジーク」にも出てきますが、端役のような扱いに感じます。
気になれば戻って振り返りながら読み進めることができる小説と違って、映画では、途中で振り返ることができないので、時間軸を一方向にして、時間の都合もあるのでしょう、かなりアレンジが加えられている部分もあります。原作が好きで映画を観た人だと、がっかりした人もいたのだろうなあと、今になって思いました。