米澤穂信さんの小説「いまさら翼といわれても」を読んでみました。 その紹介と感想です。
「氷菓」の原作となる〈古典部〉シリーズの第6作、第5作の「ふたりの距離の概算」に続いて、読んでみました。
表紙には「Last seen bearing」という副題?が付いており、背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。
【「ちーちゃんの行きそうなところ、知らない?」夏休み初日、折木奉太郎にかかってきた〈古典部〉部員・伊原摩耶花からの電話。合唱祭の本番を前に、ソロパートを任されている千反田えるが姿を消したと言う。千反田はいま、どんな思いでどこにいるのか―—会場に駆けつけた奉太郎は推理を開始する。千反田の知られざる苦悩が垣間見える表題作ほか、謎解きを通し〈古典部〉メンバーの新たな一面に出会う全6編。シリーズ第6弾!】
前作は全体で一つの謎を解いていく長編でしたが、本作は、第4作「遠回りする雛」と同様に短編集になっており、同作が刊行された後に発表された短編を中心に、次の6編で構成されています。おおまかなあらすじを紹介します。
箱の中の欠落
生徒会長選挙で、投票数が生徒数よりも多くなる不正が発覚する。選挙管理委員長がちょっとした手違いをした1年生の選挙管理委員のせいにして責めるのを快く思わない総務委員の福部里志は、その夜、同じ古典部員で友人の折木奉太郎を呼び出し、謎解きを頼む。投票はかなり厳しく管理されていたが、奉太郎はあることから、その手段を見破る。
鏡には映らない
伊原摩耶花は、中学校の卒業制作で模様を彫刻した大きな鏡を作ったとき、奉太郎が手抜きをしてみんなから責められたことを思い出し、なぜ奉太郎がそんなことをしたのかを突き止めようとする。同じ神山高校に進んだ当時のクラスメイトたちに話を聞いていくうちに、鏡の模様をデザインした女子生徒の企みに気づいた奉太郎がわざとやったことであることがわかる。
連峰は晴れているか
奉太郎は、中学校時代、英語教師だった小木が、ある日の授業中にヘリの音を聞いて突然窓の外を見て、ヘリが好きだと言ったことを思い出す。そのことが気になった奉太郎は、千反田の助けも得て、そこにどのような真相があったのか解き明かそうとする。
本編は、2008年に「小説 野生時代」で発表された作品で、テレビアニメ版「氷菓」の第18話「連峰は晴れているか」の原作となっています。
わたしたちの伝説の一冊
伊原は、文化祭での一件から、読みたい派と描きたい派の対立が大きくなったいた漫画研究会で、描きたい派の浅沼から同人誌を作ろうと誘われる。しかし、それを知った読みたい派は、浅沼をつるし上げ、漫研から追い出すため同人誌の作成を妨害する。伊原が漫画の構想を書いていたノートも盗まれるが、それは意外な人物の仕業だった。
長い休日
ある休日、いつになく心身の調子のいい奉太郎は、体力を使おうと本を読むために神社に出かけるが、そこで神主の家の十文字かほを訪れていた千反田えるに会う。お稲荷の祠の清掃をする千反田を手伝うことになった奉太郎は、千反田に訊かれて、「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」と言うようになったわけを話すことになる。
いまさら翼といわれても
夏休みの初日、市の合唱祭に神山混声合唱団の一員として出場予定だった千反田が会場の文化会館にやってこない。ソロパートを任されていた千反田の不在に、ともに出場する伊原から連絡を受けた奉太郎は、会場に駆けつけ、千反田を探し出そうと推理を始める。そこには、ソロパートの歌詞の内容と、数日前に父から言われた言葉が大きく関係していた。
(ここまで)
同じく短編集の第4作「遠回りする雛」では、奉太郎が1年生のときの入学直後から春休みまでの折々が描かれていましたが、本作では、必ずしも時期が明示されていない作品もありますが、前作「ふたりの距離の概算」の直後、奉太郎が2年生となった5月ごろから7月ごろまでが描かれているようです。
「わたしたちの伝説の一冊」、「長い休日」は、本シリーズでは珍しく、謎解きの要素がない作品ですし、「長い休日」は奉太郎が省エネ主義をとるようになった過去が、「いまさら翼といわれても」では、地域の名家の子としての運命を受け入れていた千反田の動揺と悩みが描かれていて、主要人物の心の内に焦点が当てられている点で、やはり本シリーズのこれまでの作品とは少し色合いが違います。この2作は、特に印象に残りました。