鷺の停車場

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朝井リョウ「少女は卒業しない」

朝井リョウさんの小説「少女は卒業しない」を読みました。

本作を原作にした映画を先日観に行って、原作も読んでみることにしました。

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本作は、「小説すばる」2010年4月号から2011年9月号に連載され、2012年3月に単行本として刊行された作品、2015年2月に文庫本化されています。

 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。 

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今日、わたしは「さよなら」をする。図書館の優しい先生と、退学してしまった幼馴染と、生徒会の先輩と、部内公認の彼氏と、自分だけが知っていた歌声と、そして、胸に詰まったままの、この想いと―—。別の高校との合併で、翌日には校舎が取り壊される地方の高校、最後の卒業式の一日を、七人の少女の視点から描く。青春のすべてを詰め込んだ、珠玉の連作短編集。

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主な登場人物は、次のようなもの。特に記載がある人を除き、いずれも3年生、女の子です。

  • 作田:先生に惹かれて図書室に通う返却期限切れの常習犯。卒業後は京都の私立女子大に進学する。
  • 陽子:作田の友人。推薦で東京の私立大学への進学を決めていた。
  • 佳織:作田の友人。美容関係の専門学校に進学する。
  • 先生:作田が恋している図書館の担当の先生。大学を卒業してから5年間、ずっとこの高校に勤務している。既婚。
  • 孝子:ピアノ、英会話、吹奏楽部、生徒会を掛け持ちする多忙な高校3年生。英語の教師を目指して地元の国立大学教育学部に進学する。
  • 尚輝:孝子の幼馴染。芸能事務所に所属し、ダンスに打ち込んでいる。同じ高校に通っていたが、2年生のときに高校を辞めたいた。
  • 岡田 亜弓:卒業式で在校生代表の送辞を読む2年生女子。バスケ部。生徒会で書記を務める。
  • よっちゃん:亜弓の友人のバスケ部の2年生女子。
  • 前野先生:岡田のクラスの担任教師で料理部の顧問。頭頂部の髪が薄いことから、生徒たちから密かに「ザビエル」とのあだ名が付けられている。
  • 田所 啓一郎:高校3年生。生徒会長。最難関の大学に前期試験で合格を決めていた。中学時代は陸上部。数学と世界史が得意。
  • ゆっこ先輩:1年前に卒業した女子バスケ部の先輩。とてもきれいでバスケも上手く、キーボードも弾けるスーパーガール。田所が恋していた。
  • 後藤:女子バスケ部の部長。胸が大きい。東京で心理学の勉強をするのが夢で、
  • 寺田 賢介:男子バスケ部で後藤の彼氏。町の小学校の先生になろうと、地元の国立大学を目指して浪人する。
  • 倉橋:女子バスケ部の副部長。
  • 神田 杏子:軽音楽部の元部長。
  • 森崎:軽音楽部でヴィジュアル系バンド「ヘブンズドア」のヴォーカルを務めている男子高生。バンドでは「刹那四世」との呼び名を付けている。進路は不明。
  • 桜川:軽音楽部でビートルズなど主に洋楽のコピーをするおしゃれな男女混成バンドを率いる男子高生。
  • 氷川:卒業ライブで音響を担当する放送部の元部長。
  • 高原 あすか:小学3年生からカナダに住んでおり、高校1年生の9月に転校してきた帰国子女。美術部。卒業後はアメリカに行くことになっている。
  • 楠木 正道:知的障害の生徒のクラスであるH組の男子生徒。高原に誘われて一緒に美術部に入った。近くのパン屋への就職が決まっている。
  • 中島 里香:あすかと同じクラスで、英語部。最初は仲が良かったが、実力テストで高原が英語で満点を取ったのを契機に、高原に敵意をもって接するようになる。
  • 真紀子:里香に従順な友達。
  • まなみ:料理部の元部長。栄養士の専門学校に進学する。卒業式の日、取り壊し前夜の学校に忍び込む。
  • 駿:まなみの彼氏。剣道部のエースだった。習字がうまく、校内のポスターなどを書くときに重宝されていた。
  • 香川:剣道部の元部長の男子高生。浪人して寺田と同じ予備校に通う。

というあたり。

本作は7編の短編小説で構成されています。

この春で隣の市の大きな高校と合併し、校舎が取り壊されることになり、取り壊しの工事が始まる前日の3月25日に卒業式が行われることになった高校を舞台にして、卒業を迎える7人の女子高生のエピソードが描かれています。各編の概要・主なあらすじは次のようなもの。

エンドロールが始まる

卒業式の朝、作田は、借りていた本を返すという名目で、先生と一緒に学校に行く約束を取り付け、先生と話しながら学校に向かう。学校に着いた作田は、先生に頼んで図書館に入れさせてもらう。
作田は、2年生の3月、研究発表のために資料を探しに幽霊が出るという噂の東棟の書庫に行った際に、付いてきてくれたことがきっかけで、先生が好きになり、先生が図書室のカウンターにいる毎週金曜日に図書室に通ってきたのだった。
図書室に入った作田は、借りていた本を差し出し、好きでした、先生、と勇気を出して告白する。先生は眉を下げて微笑んで、ありがとう、作田さん、と応じる。先生が本を抱えて図書室を出て行った後、好きでした、とつぶやく作田の目には涙が浮かぶ。過去形にして無理やりせりふを終わらせればやっと、エンドロールが始まってくれる、と作田は何度も好きでしたとつぶやいてみるのだった。

屋上は青

間もなく卒業式が始まる時間、孝子は尚輝と東棟の屋上に来ていた。前日の夜、急に尚輝から、式が始まる30分前に東棟の階段で待ち合わせると久しぶりのメールが入ったのだ。
幼稚園のころからずっと一緒だった幼馴染の尚輝は、中学に入ってから、芸能事務所に所属し、ダンスに打ち込んでいた。立ち入り禁止とされている東棟の屋上は、尚輝のダンスの秘密の練習場所だった。高校2年生の3学期、尚輝は仕事が本格的に増え始め、授業についていけなくなっていった。そして、3学期の期末テストの日、尚輝は全日程を無断欠席し、突然、学校を辞めたのだった。
屋上で、孝子は尚輝と高校生活の思い出話をしているうちに、卒業式の始まりを告げるチャイムが鳴り、孝子は卒業式で初めてのサボりをする。尚輝は、明日大きな仕事のオーディションがあると言い、最後に孝子に俺の踊っている姿を見てほしいと、泣きながら踊り出す。孝子は視界がゆらゆらとゆらめき、ただ踊り続ける尚輝の姿を見つめていた。

在校生代表

卒業式で、在校生代表として送辞を読む岡田亜弓。
亜弓は送辞で、前年、卒業式の後に生徒会が準備して開催される卒業ライブで、照明をしながら涙を流していた男子生徒から目が離せなくなったこと、それが当時生徒会の副会長だった田所で、4月から生徒会長になるという噂を聞いて自分が生徒会に入ったこと、田所が好きになり、近づきたくてよく勉強を教えてもらったこと、文化祭の最終日のキャンプファイヤーの時、生徒会室で一人グラウンドのキャンプファイヤーを見て涙を流していた田所と話をして、田所がゆっこ先輩とのお別れの場だったことを知ったことなどを打ち明ける。

寺田の足の甲はキャベツ

卒業式が終わって卒業ライブが始まるまでの間の体育館、生徒会が卒業ライブの準備をしている中、バスケ部の面々は卒業アルバムに寄せ書きをしていたが、後藤は寺田を誘い、二人きりになり、自転車に乗って学校を出る。
高校1年生の夏、高校で行われた練習試合の後、ダウンのストレッチを終えた寺田の裸足を見て、こいつの足の甲はキャベツみたいだ、と思った後藤。先輩たちが引退し、一気に人数が減った女子バスケ部。生徒会に立候補すると宣言した亜弓に、後藤は絶対ダメと止めようとするが、どうしていいか分からず、涙があふれ、体育館から飛び出す。そこに声を掛けた寺田と話しているうちに、寺田をずっと好きだと思っていたということに気がついたのだった。
自転車に河原にやってきた二人。寺田は草むらを掘り返して、前日に買った花火を取り出す。高校最後の文化祭の最終日、二人は余った花火が保管されているという噂を聞いて生徒会室に忍び込み、花火を盗んで草むらに埋めたことを後藤は思い出す。二人は花火に火をつけまくって楽しむが、後藤はちゃんと言わなきゃいけないことがあると思い、寺田に話しかけ、腕に力を込めて、別れよ、と告げる。

四拍子をもう一度

卒業ライブの直前、森崎率いるヴィジュアル系バンド「ヘブンズドア」のステージ衣装とメイク道具がなくなる事件が発生する。生徒たちの中での認知度や集客力、ライブの盛り上がりは軽音部の中でトップだったバンドのメンバーは顔面蒼白になるが、森崎だけは素知らぬ顔をしている。イライラする神田は、いったんはヘブンズドアと軋轢があった桜川を疑うが、一瞬控え室の電気が消えて真っ暗になった隙に、ヘブンズドアの音源が入ったCD-Rまでも隠されてしまう。
6月に行われた定期演奏会の直前、楽譜一式を練習室に忘れた神田が取りに戻ろうとしたとき、練習室から4拍子を刻むメトロノームに合わせて歌うビートルズの歌が漏れ聞こえてくる。それは練習室の鍵を管理している森崎の歌声だった。
トリを務めるヘブンズドアの順番が近づいてくるが、どこを探しても見つからない状況に、氷川は、こうなったらヴォーカルがアカペラで歌うしか道はない、と話す。神田はダメだよ!と思わず大声を出すが、1つ前の桜川のバンドの演奏が終わったとき、氷川は森崎に、あなたがアカペラで歌えば、すべてに勝てる、と声をかける。森崎は一人でステージに上がっていく。
神田は、氷川に声をかけ、軽音部にいればずっと森崎の歌声を聴いていられるから、中学のときからずっと軽音部なんだ、と話し出し、氷川が全部隠したんだよね?と尋ねる。何も言わない氷川に、神田はさらに、森崎のこと好きなんだよね、私と一緒だね、森崎の本当の歌声をみんなに隠していたかったんだ、森崎のこと好きになったりしたら困るから、氷川さんはみんなに聴いてほしかったんだよね、と言葉を重ねる。耳の裏まで真っ赤になっていた氷川は、高校から歩いてすぐの自分の家に隠した、森崎の歌声を卒業するまでにみんなに聴いてほしいと思っていた、ほんとのこと言うと最後に自分がもう一回聴きたかっただけかな、と明かす。

ふたりの背景

卒業式が終わって美術室に向かったあすか。誰もいない美術室で卒業アルバムを開いていると、正道がやってきて、うれしそうにアルバムを開いて見せる。
1年生の9月、転校してきたばかりのあすかは、東棟の壁をキャンバスにして絵を描く生徒たちの姿に心が躍る。文化祭になって、それがH組の展示であることがわかり、完成品を見に行こうと東棟に行くと、正道が間に合わなかった絵を仕上げようとしていた。自分ともういないお母さんの絵だと話す正道に、上手だと思ったあすかは、正道に一緒に美術部に入ろうと誘ったのだった。
遅れて部の後輩が入ってきて、二人は卒業生に寄せ書きを渡す準備をする後輩たちのために美術室を出て、あの壁画について話をする。そこはいつのまにか、生徒たちの告白スポットのようになっていた。正道は、僕は、ふしぎなんだ、と話し出す。
転校してきた当初は仲良くしてきた里香は、実力テストであすかが英語で満点をとってからは、話しかけてこなくなり、里香が手を回したのか、ほかの女の子たちも話しかけてこなくなる。正道と美術部に入ったあすかは、教室以外に居場所ができた気がする。毎日出てくるの同学年はあすかと正道だけで、やがてあすかはH組でお弁当を食べるようになる。里香はあすかを偽善者とうわさし、その影響力で男子もあすかに話しかけようとしなくなり、あすかはH組の子と過ごす昼休みと、美術部で過ごす放課後だけが楽しみになっていた。そんな中、里香と真紀子が美術部に入ってくる。あすかは自分たちの居場所を壊しに来たと思うが、それは杞憂に終わったのだった。
正道はあすかの手首を握って、東棟の壁画の前に連れていく。改めて壁画を見るあすかに、正道は自分とお母さんが別々の方向へ歩き出す絵だと説明し、僕はふしぎなんだ、どうして僕の大切な人はみんな、遠くに行ってしまうんだろう、みんな、いなくなってしまうと話す。卒業後はアメリカに行くことになっているあすかは、頑張ってる正道くんに絶対に会いに来る、と言い、正道が自分の言葉を見つけるまで、ずっと待っていた。

夜明けの中心

卒業式の日の夜、まなみは昼間のうちにこっそり鍵を開けておいた北棟の裏側の端の窓から学校に忍び込む。自分の教室がある4階に上がり、教室に入ると、先客がいた。まなみは駿かと思うが、それは香川だった。
香川と駿の思い出話をするまなみは、香川に何でここにいるの、と尋ねると、香川は、まなみと一緒だよ、と答える。
料理部の部長になり、顧問から調理室の鍵を預けられていたまなみは、いつも昼休みになると、駿と調理室に行き、自分と駿のために作ってきたお弁当を一緒に食べていた。窓からは、自主練に行く香川が見えた。香川は、メンバー決めの校内試合で駿に勝ち、最後の試合で初めて大将となったのだった。
夜の学校で、香川は校舎を回ろうとまなみに提案し、西棟に向かい、剣道部の部室に入る。壁には駿の字で書かれた部の目標があった。そして、香川は調理室がある南棟に行かなきゃダメだとまなみに言う。
コンテストに向けてクッキーの試作をしていたまなみは、廊下の窓を開けて腰掛ける駿と話をしていたが、中庭から駿を呼ぶ香川の声に引っ張られるように、駿は窓から転落してしまう。
調理室に行った二人。香川は、南棟に行きたいけど、駿は本当にもう死んだんだって思い知るのが怖くて、忍び込むなら北棟にしようと思った、俺も駿に会って訊きたいことがあった、最後のメンバー決めで駿に勝ったとき、駿が自分に大将を譲ったと思って、許せなかった、あのとき呼んだのも、ちょっとビビらせてやろうと思っただけだった、あんなことしなければ、死ななかったかもしれないと話し、まなみに謝る。駿を嫌いだったんじゃない、まなみを好きだったんだ、と話す香川は、あの日から何も手につかない、と打ち明ける。まなみは、駿は悔しいことがあると早食いになる、あのときもクッキーを一瞬で食べた、わざと負けたとかじゃない、と話し、何を作ってるときも、駿が食べてくれると思ったから作れた、あの日から何作ってもダメ、誰のために何を作れば幸せな気持ちになるのかもうわからない、いつもみたいにお弁当を作って、またこの場所に来れば駿に会えるんじゃないかということばかり考えていたと打ち明ける。香川は、駿の代わりにまなみの目的を果たす、と言って、まなみが作ってきたお弁当を食べ、まなみは立派な栄養士になれるよ、と言葉をかける。香川は自分を未来に送り出そうとしていくれていると感じたまなみは、校舎から夜の波が引いていく様子を、じっと見ていた。

(ここまで)

 

映画では、この7編のうち、「エンドロールが始まる」「寺田の足の甲はキャベツ」「四拍子をもう一度」「夜明けの中心」の4編に出てきた女子高生たちのエピソードが描かれていますが、映画について書いた記事でも触れましたが、映画では、「夜明けの中心」の主人公である山城と駿のシーンを除いては回想シーンはなく、卒業式の前日と当日の2日間の、卒業を迎える4人の女子高生のそれぞれの姿が描かれていますが、本作では、卒業を迎えた女子高生たちの卒業式の日の思いを、高校時代の回想を交えながら描かれており、細部のエピソードは、映画版との共通点はほとんどありません。

映画版では、それぞれの積もる想いを繊細に描いて、その内心を掘り下げるような内省的な空気感がありましたが、本作は、全体的にはより明るい雰囲気で、前向きになれる爽やかな読後感が残り、映画版とはちょっとテイストが違いますが、それぞれ魅力的な作品だと思いました。