鷺の停車場

映画、本、グルメ、クラシック音楽、日常のできごとなどを気ままに書いています

アニメ映画「きみの声をとどけたい」

アニメ映画「きみの声をとどけたい」(2017年8月25日(金)公開)をDVDを借りて観ました。

初めは、映画の画調になかなかなじめない感じがあります。1つは、白い縁取りのように、輪郭が明るく描かれ、背景から際立たせる人物への独特の光の使い方。もう1つは、電車らしい揺れもなく滑らかに進む江ノ電など、乗り物などの描写。

背後の景色や建物など、背景の絵はとても綺麗なのですが、動く部分の描写は、最近スクリーンで観たアニメ映画の「ペンギン・ハイウェイ」や「未来のミライ」、「この世界の片隅に」などと比べて荒いように感じます。もっとも、これは、むしろこれらの作品の描写の緻密さを賞賛すべきで、本作がそんなに悪いわけではないのですが、相対的に見劣りするのは否定できないところ。ちなみに、江ノ電沿線が舞台なのは以前テレビで観た「海街dialy」(こちらは実写ですが)と同じです。

ただ、物語が進んでいくと、最初に挙げた人物への光の当て方は、これでいいのかも、という気がしてきました。夏休みの間の高校生の青春物語ですが、言霊が物語をハッピーエンドに導くおとぎ話でもあり、メルヘン的というか、現実にはそうそう起きない展開もあるので、あまりリアルだと逆に違和感が強くなってしまうように思えたのです。

一生懸命に(損得を考えず)打ち込むことの尊さ、友達と過ごす他愛のない時間の貴重さなど、高校時代が遠い昔となってしまった眼で観ると、かつてあった(かもしれない)甘酸っぱい青春時代を思い起こさせる、心温まる映画でした。同年代の眼にはどう映るのだろう?

ところで、本筋からは外れますが、にわか雨の中、傘のないなぎさがカエルに導かれるように喫茶店アクアマリンに初めて入り、店内にあったレコードをかけてDJの真似事をするシーン。レコードを棚から出したところで棚に飾ってあった別のレコードのジャケットが一瞬映ります。見覚えがある気がして家にあるCDを見てみたら、明らかにそれらしいものがありました。

f:id:Reiherbahnhof:20180830073909j:plain
モーツァルト交響曲第40番ト短調 K.550/交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(録音:1976年4月・ウィーン、ムジークフェラインザール)

モーツァルト:交響曲第40番&第41番「ジュピター」、他

モーツァルト:交響曲第40番&第41番「ジュピター」、他

 

カール・ベーム(1894~1981)最晩年の録音で、淡々とした運びながら滋味深い演奏。現代の古楽器オケなどによる軽やかなモーツァルトとは趣が違いますが、歴史的名盤の1つだと思います。

このシーンで実際に使われるのは、ヴィヴァルディの合奏協奏曲「四季」(「春」 の第1楽章)で、この曲が映画の中で流されることはありません。「四季」の方のジャケットのモデルとなったディスクはちょっと分かりませんでしたが、レーベル名が「HINOSAKA EMI」となっていたので、東芝EMI(当時。今はワーナー・ミュージックに吸収されてしまいました。)のレコードがモデルなのでしょう。例えばこのあたり?

ヴァイオリン独奏は当時21歳のアンネ=ゾフィー・ムター、指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による1984年の録音。当時一世を風靡していたカラヤンの最後の「四季」の録音です。

また、別のシーンでも、棚に並んでいたレコードジャケットがちらっと映っていましたが、それは間違いなくこれ。 

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

 

これはベートーヴェンの第九のまさしく歴史的名盤で、かつては長らくベスト盤といわれてきた名演。カラヤンの前にベルリン・フィルの常任指揮者を務めた巨匠ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886~1954)の指揮による、第二次世界大戦から6年後に初めて再開されたバイロイト音楽祭のオープニングの演奏会のライヴ録音。

このように、想像ではなく、実在するかつての名盤をモデルに描写しているのは、おじいさん(だったはず)のレコードコレクターぶりをきちんと描いていて、好感が持てました。