鷺の停車場

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宮下奈都「終わらない歌」

宮下奈都さんの小説「終わらない歌」を読みました。そのあらすじと感想です。

終わらない歌 (実業之日本社文庫)

終わらない歌 (実業之日本社文庫)

  • 作者:宮下 奈都
  • 発売日: 2015/10/03
  • メディア: 文庫
 

以前によんだ「よろこびの歌」の続編と聞いて、手にしてみた作品。 

2011年から2012年にかけて「紡」などに掲載されたものに、改稿、書き下ろしを加えて2012年11月に単行本化された作品。2015年10月に文庫本化されています。

 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が載っています。

『歌への情熱がほとばしる 青春×音楽小説の傑作!
声楽を志して音大に進学した御木元玲は、自分の歌に価値を見いだせず、もがいている。ミュージカル女優をめざす原千夏は、なかなかオーディションに受からない。惑い悩む二十歳のふたりは、突然訪れた「若手公演」の舞台でどんな歌声を響かせるのか。名作『よろこびの歌』の三年後を描き、宮下ワールド屈指の熱量を放つ青春群像劇、待望の文庫化!』

作品は、「よろこびの歌」と同様に、章ごとに違う人物の視点から語られる形になっており、次の6章で構成されています。

Ⅰ シオンの娘

声楽を志して音大に入って一年半が過ぎた御木元玲は、周囲と比較して、自分の歌に価値を見出せないでいた。自分の経験を増やそうと、高校卒業後ミュージカル劇団に入った友人の原千夏とたまたま食事に行ったお店でバイトを始める玲だったが、目の前のものを見ないように他のことで気を紛らわすのは、たたらを踏んでいるようなもので、一歩も動けない、との千夏の忠告に、迷っても進んでいこうと考える。

Ⅱ スライダーズ・ミックス

中学校のソフトボール部で無理をして肩を壊した中溝早希は、トレーナーを目指して大学の運動科学部に進んでいた。大学のオーケストラの演奏会に誘われ、チラシにあった「スライダーズ・ミックス」の曲名に興味を感じて聴きに行った早希は、トロンボーンが活躍するその曲に感銘を受ける。終演後に楽屋を訪れ、トロンボーンを吹いた久保塚と話をする中で、早希は、エースにこだわってしまう自分はトレーナーとしてのエースをねらえばいいのだと気付く。保育士を目指す佐々木ひかりと会い、一緒に千夏が出演するミュージカルの公演に行った早希は、千夏の歌に身体の芯が震える。

Ⅲ バームクーヘン、ふたたび

高校を卒業して2年が経つ春、里中佳子は、2年生のときのクラス会に出席する。近況を紹介しあう元クラスメイトたち。ミュージカルのオーディションにまた落ちたと話す千夏、短大を卒業して北陸の会社への就職が決まった、帰ってこないつもりと話す東条あや、保育士を目指して短大から四大に移って勉強することになったと話すひかり。いろんな決断をした同級生たちの中で、ダラダラと何も決められない自分に居たたまれなさを感じる佳子だったが、片思いしていた教師に失恋したことを話して同級生たちになぐさめられる。

Ⅳ コスモス

短大を出て富山の会社に就職した東条あや。その会社に勤める清水菜生は、東京から来たという華奢なあやを見て、心の中で線を引いていたが、更衣室であやがiPodのイヤフォンをしながら泣いているのを目にする。あやは、菜生にある合唱曲を聞かせ、この歌を聴いていて、この町に来ようと決めたと話す。奥野さんとのデートであやの話をする菜生は、熱心に仕事に向かうあやを見て、特に熱中していることがあるわけでもない自分に腹立たしさを感じていたことに気付く。その合唱曲が「コスモス」であることを知った菜生は、幼くして死んだ妹のミチルのことを思い出す。あやに電話をかけて休日に会った菜生は、ミチルのことをあやに話す。あやは、自分が児童養護施設に預けられ、今の義父母に引き取られ育てられたことを告白して涙をこぼし、高校のときに合唱コンクールで歌った「コスモス」を後で聴いて、その歌詞の意味がわかった気がして、ここに来ることを決めたと話す。それを聴いた菜生は、気持ちが前向きになるのだった。

Ⅴ Joy to the world

千夏は、外部の舞台のオーディションを受けるが、同じ劇団の七緒に決まり、制作の仁科さんから、あなたは育ちがよすぎる、と言われ、打ちのめされる。ウォークマンでシャッフルで流すと、自分には歌いこなせない"Joy to the world"がかかり、千夏は夜遅く、実家に向かう。弟の正彦に鍵を開けてもらい、作ってもらった夕食のうどんを食べながら弟と話す千夏は、気持ちが軽くなる。稽古の後、仁科さんから新たなオーディションがある、スピードとパワーを意識するといい、貪欲になってつかんでこいと励まされる。

Ⅵ 終わらない歌

ある日、玲は、千夏から、千夏が所属する劇団の若手公演で、自分と七緒がメインで出るが、もう1人、外から歌のプロフェッショナルを採るので、玲を推薦したと誘われる。千夏と劇団の事務所に行き、仁科さんの前で歌った玲は、その場で出演が決まる。それから、大学を終えてから稽古に通い、トレーニングやダンスの特訓にも取り組み、千夏、七緒と一緒に稽古を重ねるうちに、歌うことのよろこびを改めて感じる玲。そしえ迎えた関係者を招いての最後の通し稽古、舞台で歌う玲は、予感をはるかに超えたよろこびが身体に満ちていくのを感じ、わたしはきっとこのまま歌い続けて生きていくのだろうと確信する。

(ここまで)


メインの登場人物である御木元玲のほか、原千夏、小溝早希、里中佳子は、『よろこびの歌』でもそれぞれ中心となって描かれた章がありましたが、「コスモス」では、『よろこびの歌』ではあまり目立って描かれていなかった東条あやがメインになっています。加えて、あや自身ではなく、あやが就職した会社の先輩である清水菜生の視点から描かれており、他の章とはちょっと違った切り口になっています。

その「コスモス」は東条あやたちが3年生のとき、合唱コンクールでクラスで歌った歌。3年生になるときにクラス替えがあって、東条あやが里中佳子とは別のクラスになったことは「バームクーヘン、ふたたび」で書かれていますが、「コスモス」では、あやが3年生の時のクラスも、佐々木ひかりがリーダー役で、御木元玲が合唱を指揮したことが分かります。

少し前に読んだ「メロディ・フェア」でも思いましたが、主人公が打ち込む事柄、本作では音楽なわけですが、その奥深さを感じさせ、鮮やかな印象を与える描写が見事です。本作でいうと、「終わらない歌」で稽古などで玲たちが歌うシーンは、実際にどんな音楽かは分からなくても、舞台に響く歌声のイメージが頭の中に自然と生まれるような感じがありました。これは、この作家の大きな特長なのだと個人的に思いました。