鷺の停車場

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近江泉美「深夜0時の司書見習い」

近江泉美さんの小説「深夜0時の司書見習い」を読みました。

本をめぐる謎解きを描く三上延さんの小説「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズは読んでいて、本をテーマにした本作も目に留まって、読んでみることにしました。

 

文庫本の背表紙には、次のような紹介文が掲載されています。

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珠玉の”書物“たちが彩るビブリオファンタジー

 高校生の美原アンが夏休みにホームステイすることになったのは、札幌の郊外に佇む私立図書館、通称「図書屋敷」。無愛想な館主・セージに告げられたルールを破り、アンは真夜中の図書館に迷い込んでしまう。そこは荒廃した裏の世界―—”物語の幻影“が彷徨する「図書迷宮」だった!迷宮の司書を務めることになったアンは「図書館の本を多くの人間に読ませ、迷宮を復興する」よう命じられて……!?
 美しい自然に囲まれた古屋敷で、自信のない少女の”物語“が色づき始める。

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主な登場人物は、次のとおりです。

  • 美原 アン(みはら あん):主人公の高校1年生。生まれも育ちも東京。太一に勧められ、札幌でホームステイすることになる。

  • 美原 太一(みはら たいち):アンの父。40歳半ばだが、妻にベタ惚れ。

  • 美原 千冬(みはら ちふゆ):アンの母。キャリアウーマンで、上海に出張中。
  • 籾 (もみ):強面の青年。雑木林の中にある古い屋敷で私立図書館「モミの木文庫」を設けている。セージと呼ばれている。

  • 能登(のと):住み込みで「モミの木文庫」で働いている丸顔で丸眼鏡の人のよさそうなおじさん。ノトと呼ばれている。

  • 能登 六花(のと りっか):ともに「モミの木文庫」で働いているノトの妻。がっしりとした体格の女性。リッカと呼ばれている。

  • ワガハイ:セージが飼っているペルシャ猫。アンが眠りに落ちると、アンの前に現れ、図書迷宮に連れていく。

  • 伊勢 もみじ:高校生のときにベストセラー青春小説「恋雨とヨル」を書いた作家。図書迷宮で高校生の頃の姿でアンの前に現れる。

  • さゆり(新堂 咲百合):図書館に足を運ぶようになった老婦人。

というもの。

 

本編は、プロローグ、エピローグと4章で構成されており、各章は、数字が付けられた節に細分されています。多少ネタバレになりますが、それぞれの簡単なあらすじを紹介すると、次のような感じです。

プロローグ

アンは、休暇を取って千冬に会いに上海に行く太一によって、札幌の籾さんの家に2週間ホームステイをすることになるが、行ってみると、話が通じていなかった。危うくセージに追い出されそうになるが、ノトのとりなしで、ひとまず泊めてもらえることになる。セージは、スマホなどネットにつながるものを図書館に持ち込まない、夜は部屋から出てはいけない、猫の言うことに耳を貸してはいけない、という3つのルールを守るよう厳命するが、その夜、ペルシャ猫がアンを呼び、さあ、仕事の時間だ、と告げる。

一冊目 『荘子 第一冊 内篇』 荘子

猫によって図書迷宮に連れていかれたアンは、今日から司書見習いだ、と言われ、掃除など仕事をさせられる。そこは、夏目漱石シャーロック・ホームズなどたくさんの幽霊がいる空間だった。猫は、「モミの木文庫」を読む人間が減って迷宮は滅亡寸前だと言い、図書屋敷の利用者を増やして繁盛させるよう命ずる。そうしているうちに、文字の匂いと嗅ぎつけて巨大昆虫が現れる。逃げるアンは少年に助けられる。

翌日、家の手伝いをしたいと言うアンを、リッカはキッチンの奥にある宮殿のような「モミの木文庫」に連れていき、図書館は開店休業中で、自分たちも平日は他で仕事をして、休みの日にここの手入れをしていると話す。そこに、不動産屋の青年が訪ねてきて、リッカに立ち退きを求める話をする。アンは、前夜に夢の中で落とした本のページが穴だらけになっていることに、冷たいものが背筋を伝う。

常識を超えた何かが起きていると膝が震えるアンは、前日に猫が口にした荘子の「胡蝶の夢」という話に何か秘密があるのではないかと考え、図書館の蔵書からその本を探し出す。そこにやってきたセージに本を探していることを話すと、セージは「荘子 第一冊 内篇」を取ってきて渡す。アンは読んでも全然わからず、眠ってしまう。すると、前夜に会った少年が現れ、契約の影響で図書館で寝ると迷宮に入ってしまうから絶対にここで寝たらだめだ、と忠告する。その少年は、伊勢もみじと名乗る。

もみじは、荘子と「胡蝶の夢」について分かりやすくアンに説明してくれる。

そして、もみじは人間が夢から覚めるには扉から出るしかないと言って、アンを扉に連れていき、契約のことは何とかするから、二度とこちら側に来てはいけない、猫が来ても無視するんだ、と忠告し、アンを扉の外に送り出す。現実の世界に戻ったアンが荘子を読むと、もみじの説明のおかげで読めるようになっていた。廊下からは不動産屋の青年とセージが言い争っているのが聞こえる。リッカは、この土地を無償で借りていたが、オーナーが代わって、期日までに出て行くか、土地を買い取れと迫られていることをアンに話す。それを聞いたアンは、自分も図書屋敷を守るために何かしなければと思い、2週間司書見習いとしてがんばることを決める。

二冊目 『クローディアの秘密』 E・L・カニグズバーグ

その夜、再び現れたワガハイは、アンを図書迷宮に連れていき、図書迷宮と図書屋敷の関係などについて説明し、蔵書票のついた本を人間に1冊でも多く読ませ、人間の想像力を頂戴するのだ、想像力だけがこの世界をよみがえらせるエネルギーだと話す。本のことをよく知らないアンのために、ワガハイはモミの木文庫の利用者の「名簿」を貸してやろうと「司書の書斎」に向かうが、その鍵を持つ革装の本が先祖返りした羊を捕まえることができない。

翌日、アンは図書館の本を読んでもらおうと、写生に来た小学生に声を掛けるが、うまくいかない。午後、ノト夫妻に頼み込んで図書館の受付に座るが、誰も来ない。物音がして少し席を離れて戻ると、カウンターの上に「クローディアの秘密」が置かれていた。それを読んでいるうちに眠ってしまったアンの前にワガハイが現れる。

ワガハイの指示で羊から「司書の書斎」の鍵を手に入れようとするアン。「クローディアの秘密」がカウンターに置かれていた話をすると、ワガハイは、それはセージがアンを気にかけてしたのだろうと話す。そして、もみじも現れ、「クローディアの秘密」について説明してくれるが、再び、迷宮に来てはだめだと忠告し、迷宮では司書が期待したことが起こる、失敗するんじゃないかと思うほどよくないことを引き寄せると語る。目覚めて現実の世界に戻ったアンは、窓を開けようとして勢い余って本棚にぶつかると、その衝撃で本棚が倒れてくるが、駆け付けたセージが身を挺して守ってくれる。

その夜も図書迷宮でうまくいかなかったアンは、翌朝、セージに本は好きか、と聞かれたアンが、小学1年生のときの絵本「おおきなかぶ」を使った授業がトラウマになって本が苦手なことを話すと、セージは、答えはひとつじゃない、いろんな考えや見方があっていい、本は自由だ、と話し、アンを屋敷内のささやかな広場に連れていき、ひとりになりたいときはここを使うといい、だから頑張りすぎるな、と元気づける。そこで「クローディアの秘密」の続きを読んだアンが戻ると、前日にも会った老婦人と出会う。ときどき窮屈で息苦しくなると言う老婦人にさっき読んだ本の話をすると、老婦人は興味を持って、その本を借りる。

その夜、図書迷宮で再び「司書の書斎」の鍵を手に入れようと奮闘するアンは、何とか鍵を手に入れ、「名簿」を手にすることに成功する。しかし、本を薦めることは作品の想いと読む人の心を結ぶことで、大切なのはデータじゃないと気付いたアンは、「名簿」を「司書の書斎」に置いて戻ってくる。翌日、図書館を開けると、前日の老婦人・さゆりが来ていて、毎日の買物の前に少しだけ来ると話す。

三冊目 『シャーロック・ホームズの冒険』 コナン・ドイル

毎日図書屋敷にやってくるようになったさゆりのために、本を選ぶのが楽しみになってきたアンは、もみじの勧めた本を貸す前に読もうとするが、ノトがもみじがかつてここにいたことを口を滑らせたのが気になって集中できず、自分が好きな違う本をさゆりに紹介する。さゆりは戸惑いを見せるが、アンはそれに気付かない。

その夜、図書迷宮でもみじに会ったアンは、シャーロック・ホームズの本を紹介するのはどうか相談すると、もみじはいいアイデアだと言い、最初に読むなら短編集の「シャーロック・ホームズの冒険」がいいと勧める。もみじと別れたアンは、ワガハイに何でもみじが書いた「恋雨とヨル」が図書館にないのか尋ねると、ワガハイは答え始めるが、途中で、初代との契約に抵触するので話せないと口を閉ざす。ネットに繋がるものを持ち込んではいけない理由を聞くと、図書迷宮とネットが相性がよすぎる、図書迷宮は膨大な本の記憶と人間の想像力でできているから、それを持ち込むと混乱する、と説明する。

翌日、開館前の図書館から「シャーロック・ホームズの冒険」を借りたアンは、たまたま開いたページにあった「きみは見てはいるが観察はしていない」との一節が目に入り、もみじについてこれまで見聞きしたことを書き出して整理し、図書館にもみじが残した個人的な本があるのではないかと考える。リッカにさゆりからアンにお茶の誘いがあったと知らされ、約束の時間にさゆりの娘夫婦が切り盛りしているお店「タベルナ新堂」に向かうと、さゆりはアンに、目が悪くて本が読めず、借りた本は読んでいなかったと打ち明け、謝る。また間違えてしまった、とショックを受けたアンは思わず店を飛び出して逃げてしまう。

翌日、アンは初めて図書館の仕事をさぼり、逃げるように屋敷を出て、中島公園に行く。正午を過ぎても公園にいたアンが座るベンチに、セージがやってくる。アンが中学1年生のときの失敗で、クラスのグループから外され、転校することになった過去を打ち明けると、セージは、人の考えを尊重するのは大切だが、同じくらい自分の考えも大切だ、痛みで気持ちを殺すな、もう自分を責めなくてもいい、と励ます。勇気づけられたアンは、さゆりに会いに行く。さゆりは、アンが話すあらすじを聞いてその本を読みたくなったこと、字はよく見えないけど手触りや挿絵がストーリーを教えてくれた、と話し、本選びは間違ってなかったとアンはほっとする。図書屋敷に帰ると、リッカが太一が東京で倒れたと言い、入院が決まった太一が上海に行くと嘘をついて札幌に送り出したことが分かる。呆然としたアンは、電源を切ったスマホを図書館に落としてしまったことに気づかない。そのスマホは、夜になってひとりでに起動してしまう。

四冊目 『おおきなかぶ』 A・トルストイ再話

深夜、姿を現したワガハイに、アンはもみじについての自分の推理を話すが、ワガハイは未発表作品は聞いたことがないと冷たい反応を示す。図書迷宮に入ると、それまでと様子が一変していた。その異様さに恐怖を感じるアンに、ワガハイはネットに侵蝕されたと言い、アンのスマホが原因であることを指摘し、インターネットを止めるのが先だと急ぐが、ネットから流れ込んだ情報によって悪夢のような状態となった迷宮に、どうすることもできない。

びっしょりと冷や汗をかいて目を覚ましたアンは、セージを呼ばなければと部屋に向かうが、廊下でケガで意識を失い座り込んでいるセージを見つける。その様子を見たアンは、セージがもみじであることに気づき、確信する。ケガの要因はこの世界にないことを知っているアンは、図書館に急ぎ、カウンターの下に落ちていた自分のスマホの電源を落とす。ネットから流れ込んだ情報を排出するために迷宮に行かなければと、アンは図書館の中で眠りに入る。ワガハイにセージがもみじであることを話すと、ワガハイはそのとおりと言い、当時の経緯を説明した後、大扉を開けてもみじを扉の外に連れ出せば迷宮を救えると教える。

ワガハイのサポートを得て、大扉を開けようとするアンは、一時は危機に瀕するが、扉を開けて情報を外に排出することに成功する。

エピローグ

救急搬送されたセージは病院で意識を取り戻す。翌朝、不動産業者が再び現れると、病院を抜け出して慌てて駆け付けたセージは、図書屋敷は渡さない、土地を買うと言い、通帳を渡す。その金額にびっくりしたアンが聞くと、アメリカの株式市場でこつこつ投資して貯めたと答える。そして、ノトとリッカにとって図書屋敷は帰るべき我が家だったことが分かった、気づかせてくれてありがとう、アンが来てくれたおかげだ、と感謝する。

 

(ここまで)

「ビブリア古書堂」シリーズは、古本屋を舞台に、本にまつわる過去の謎を解き明かしていくミステリーでしたが、こちらは、古い私立図書館を舞台に、現実の「図書屋敷」と空想的な世界「図書迷宮」が交錯するファンタジー

図書迷宮で起きる出来事は、なかなか想像が追い付かないところもありましたが、高校生の時にベストセラー小説を生み出しながら読者が想像するイメージに傷つけられたセージと、中学生のときの経験がトラウマとなっているアンが、太一の思いつきで偶然に出会い、触れあう中で、それぞれが傷からすこしずつ癒えていく姿を描き、心地よい読後感の残る作品でした。