鷺の停車場

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大木亜希子「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」

2024年を迎えました。あけましておめでとうございます。

年明け早々、能登地方でマグニチュード7.6、最大震度7地震が発生してしまいました。まだ被害の全容はわかりませんが、現時点で5人の死亡が確認されています。被害を受けた方々にお見舞い申し上げるとともに、大きな被害がないことを祈ります。

 

さて、大木亜希子さんのノンフィクションノベル「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」を読みました。

ちょっと前に、本作を原作に実写映画化した同タイトルの映画を観て、なかなか良かったので、原作も読んでみようと思い、手に取ってみた作品。

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本作は、SDN48として活動した元アイドルで、ライターに転身した著者が2019年6月から11月にかけてWEBマガジン「コフレ」に連載した記事を再構成して、2019年12月に単行本として刊行された作品で、2022年6月に文庫本化されています。

 

本編は、次の10話で構成されています。

第1話 六畳一間のマリー・アントワネット

28歳の「私」は、東京で家賃5万円の6畳1間・風呂なしアパートに暮らしアイドルグループを引退して一般企業で営業マン兼記者として働いていたが、体重はアイドル時代から20キロ以上も増えていた。そんなある日、地下鉄のホームで突然足が前に進まなくなってしまう。

友人の薦めで精神科を訪れた「私」は、医師から思ったことを話すように勧められ、その病院に通院することになる。「私」は、アイドル時代に本気で好きになった男性が結婚したことを知ってショックを受けたことが原因の一つになっているのではないかとも思う。医師は一時的なパニックだと言い、1週間ほど会社を休むことになるが、次第に朝起き上がることができなくなり、会社を辞めざるを得なくなる。

「私」は8歳年上の姉から勧められ、姉が20代の頃ルームシェアでお世話になった、「ササポン」と呼ぶ56歳の一般企業に勤めるサラリーマンとルームシェアをすることになる。引っ越して最初に一緒に食事をした際、ササポンから、誰にも一つくらい才能はある、同世代の友だちと話すより、仕事への野心とか夢を持っている人と話す方が楽しいと言われ、その言葉に慰められた「私」は泣いてしまうが、この特殊な生活の中で自分が変われるかもしれないという予感がおとずれる。

第2話 フリーランスは辛いよ

ササポンとの生活は、「私」にささやかな安心感と気楽さをもたらしてくれるが、早くこの状況から脱しなければと思い、倉庫での時給1,200円の簡単なアルバイトを始め、仲良くなったバイト仲間との日々は、心に安堵をもたらす。

アルバイトをしながら、フリーライターとなることを諦めず、企画書を出したり関係者が顔を出す食事会に顔を出したりするが、独立してからの実績がない「私」への反応は冷ややかだった。そんな中、やっと大手メディアの編集長とコンタクトがとれ、会う約束を取り付けた「私」は、ササポンのアドバイスも受けながら、プレゼン資料を作って約束の喫茶店に向かうが、編集長は急きょ来日した俳優のインタビューのため姿を現さず、任せる仕事もないと断られてしまう。

帰宅して結果をササポンに伝えると、ササポンは、そんな変な媒体で書かなくてよかったね、と慰めの言葉をかける。

しばらくして、カルチャー誌の編集者から連絡が入って会うが、その中年の男性編集者は下心から連絡してくるヤバい奴だった。ササポンがマネージャー役を装って撃退に協力してくれて、事なきを得る。

第3話 真夜中のスイカショパン

深夜1時、通販で手に入れた貴重なスイカを食べていたササポンは、「私」にそれをシェアしてくれ、「私」はその美味しさに恍惚となる。

食器を片付けたササポンは、ピアノに向かい、ショパンの「別れの曲」を弾き始める。それを聴く「私」は、アイドルをしていた20代前半の頃の高宮浩介との恋を思い出す。渋谷の水タバコ屋で初めて出会った時の印象はマイナスだったが、次第に会話するようになり、フリーランスのカメラマンをしている彼に誘われ、アシスタントとして屋久島での撮影に同行する。東京に帰る日、冗談半分にだが、好きかもしれない、と言った「私」に、彼は長く付き合っている恋人がいて、結婚するかもしれないと話す。その後も、あれは何でもなかったという顔をして普通に会話していたが、恋人がいる彼ともうふたりで会うべきでないと思った「私」は、恋人がいると嘘を付くが、彼への思いを隠すことはできず、関係は終わりを告げたのだった。

一般企業で記者になった次の春、彼が結婚したと聞いた「私」は、休みを取って東京を飛び出し、思いきり泣いた。しかし、その後も、夜になると彼に会いたくなってしまう。そこから長い時間をかけて、少しずつ心の整理がつけられるようになってきたのだった。

第4話 煩悩ババア

友人に誘われ、アルバイトの後に、渋谷でIT系の若い男性と飲むことになった「私」だが、酔って気持ちが大きくなって、派手に失態をやらかしてしまう。

絶望感に苛まれる「私」は、翌朝、死にたくなった経験はあるかとササポンに尋ねると、離婚したとき、でも、人ってどんなことも乗り越えられるようにできてるから、と言い、若いうちはなんでも失敗して自分のリミットを知ればいい、自分のことを必要以上に年寄りだと思わない方がいい、と言葉をかけ、さらに、自分をどんな風に思っているのか尋ねた「私」に、遠い親戚の大切なお嬢さんを預かっているような感じ、と答える。

ササポンが出社していった後、「私」は、何をすれば自信が手に入るのだろうかと考えるが、ぼんやりして答えは出ない。

第5話 「ご報告」恐怖症

バイト仲間で芸能活動を続けていた友人から、芸能活動で知り合って長く同棲していたスタッフと結婚し、家庭に入ると報告される。高校の芸能コースで一緒だった彼女の結婚に、「私」は複雑な気持ちを抱える。

29歳の誕生日を迎えた「私」、友人がディズニーランドで祝ってくれる。その夜、実家の母から電話がかかってくる。後でかけ直すと、痩せて本来の姿に戻ってほしい、自分が変われば他人を妬んだりしなくなる、と言われる。

帰宅して風呂から上がると、食卓にササポンからのプレゼントが置かれていた。それはリフトアップ用の美容ローラーだった。それを手にした「私」は、変わりたいと強く思い始める。

第6話 セーラー服姿のアラサーよ、どこへ行く

誕生日の翌日から、「私」は母と姉の力も借りてダイエットを始め、2か月を過ぎた頃からは痩せていく自分を実感するのが楽しくなり、生きる喜びに満ち溢れ始めるが、浩介に子どもが生まれたことをFacebookで知り、どん底まで落ち込んで泣き散らすようになってしまう。

心配する親友たちの追及で、事情を白状した「私」に、親友たちは手厚いサポートの手を差し伸べる。ある日、自宅まで送ってくれた彼女たちは、部屋にとってあった高校時代のセーラー服を着てタコ焼きパーティをし、勢いでそのまま渋谷に行き、夜更けまでカラオケで発散する。その荒療治に、「私」は心が軽くなっていることに驚く。

第7話 ふたりだけの軽井沢旅行

心療内科に通い続けていた「私」は、浩介に子どもができたことを知って落ち込んだことを話すと、医師から、その不安に対処せず、不安を感じて放置し、ありのままの自分で望むことをアドバイスする。

親友の意見に従んでアルバイトを休み、昼頃に目覚めると、有給を取って軽井沢の別荘に行くと言うササポンに誘われ、一緒に軽井沢の別荘に行くことになる。別荘に着き、うたた寝から起きると、農作業着姿のササポンが野菜を採ってきていた。ササポンは、ここに来て自分が採った野菜を食べると大抵のことはどうでも良くなる、美味しいものを食べて寝れば越えられない壁はないと思える、と言葉をかけ、それを聞いた「私」は、その意味を考えて涙する。

第8話 アイドル生命が終わる

久しぶりに電車に乗ってバイトに向かった「私」は、妙なマウンティングを仕掛けるので苦手にしているライター業界の先輩から声を掛けられる。今の状況についてズカズカ踏み込んで聞き出した挙げ句、30代を迎える準備ができていないと言って去っていく。

その日の夕方、アルバイトからの帰り、「私」は姉に電話を掛け、先輩ライターに言われた一言について相談すると、言われて傷つくということはどこか図星なんだ、悩んでいる暇があれば何か書けば、と言われ、どのようにして食べていくべきか悩む時期に突入する。

唯一の心の拠り所になっていたブログでアラサー女子としての素直な気持ちを書き綴っていた「私」だが、ブログに同世代の読者がつき始め、自分の感情を書き綴ることに遣り甲斐を感じるようになる。

そんなある日、ブログを読んだWEBメディアの編集長からコラムの執筆依頼が入る。「私」は、タイトルを「29歳、人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」に決め、ササポンとの暮らしを無心に書き綴る。初稿を送ると、GOサインが出る。

「私」は仕事から帰ってきたササポンに事情を話し、原稿を手渡すと、ササポンはそれをサッと読み、別にいいよ、とOKし、女の子が他者によって再生されていく話だね、とコメントする。

そして、コラムが掲載されると、それがTwitterでバズって記事は拡散し、マスコミからの取材依頼が殺到する。翌朝、Twitterのフォロワーは5,000人以上増えていた。勢いが止まらないことに恐怖を感じながら、ササポンに事態を報告する。ササポンは顔色ひとつ変えず、取材依頼は断って、出社していく。

第9話 さよなら、ササポン

12月を迎え、自分は自分、人は人、と多少なりとも思えるようになってきた「私」は、ササポンとの奇妙な暮らしを楽しみたいという思いが強く芽生え始めていたが、ササポンから、あと2年ちょっと経ったら出て行ってもらうことになる、定年を迎えたら軽井沢の別荘に完全移住し、この家は売り出すつもりだと告げられる。それを聞いた動揺する「私」は、ササポンが軽井沢の別荘に向かった翌日、高熱を出してしまう。

その日の深夜、熱は42℃まで上昇し、救急車を呼ぶ。近隣の病院に搬送され、熱を下げる点滴を打ってもらうが、ベッドがなく、翌朝にタクシーを呼んで帰宅した「私」は、この家を出るときに備えて強くならなければと思う。

翌朝、軽井沢からササポンが帰ってくるが、「私」は熱が上がったり下がったりを繰り返す。ササポンはコンビニで買った冷却シート、スポーツドリンクなどを差し入れてくれ、「私」はササポンの優しさに涙する。

第10話 前奏曲第一五番『雨だれ』

それから数日間体調が優れなかった「私」だが、間もなくやってくるクリスマスで一人ぼっちなのは体調のせいにできるとホッとする気持ちもあった。しかし、搬送された病院で検査結果を聞きに行くと、自宅待機はクリスマスの前日までと言われてしまう。

クリスマスイブの前日、ササポンに翌日の予定を聞かれた「私」は、男性と食事に行く、と見栄を張って嘘を付いてしまう。その夜、食事に連れていってくれそうな独身男性に連絡しようと悩むが、悩んだ末に、自分から男性を誘うのはやめ、不安や孤独を受け入れることを決断する。

翌日、療養中に散らかった部屋の掃除を始めた「私」は、浩介がプレゼントしてくれた青い花瓶を捨て、日が暮れるまで掃除を続ける。2階のリビングからササポンが弾くショパン前奏曲第15番「雨だれ」が聞こえてきて、笑いがこみ上げてきた「私」は、2階に駆け上がり、男性と食事に行くというのは噓だったと打ち明ける。

ササポンの提案でピザなどをデリバリーして一緒に食べる「私」は、もう少しだけこの家に居させてほしい、今の暮らしの中で自分を取り戻している気がしている、もう少し休んで元気を取り戻したらササポンとの暮らしを一冊の本にまとめたい、と話すと、ササポンはそれを快諾してくれる。

晦日、「私」は実家に帰るため、ササポンは軽井沢の別荘で年を越すため、ともに家を出る。半年間の奇妙な同棲生活を振り返り、一抹のノスタルジーにかられる「私」は、来年の自分はどうなっているんだろうと思うが、ササポンや家族、友だちがいるからもう大丈夫だと思うのだった。

(ここまで)

 

実写映画版では、主人公に最初に症状が現れるのが地下鉄ではなく駅に向かう階段の手前だった、編集長と会う約束を取り付けてドタキャンされたのはスイカを食べる前だった、親友のヒカリと渋谷で飲んで失態を犯してしまったのは親友の景子の結婚を知って相手の男性と会った後だった、誕生日にディズニーランドに行くエピソードやセーラー服でたこ焼きパーティをするエピソード、クリスマスをササポンと過ごすエピソードはなく、誕生日に景子・ヒカリと一緒に夕食を食べ自宅でケーキを食べるエピソードになっている、誕生日の主人公が熱を出して病院に運ばれるのは軽井沢の別荘に行く前だった、など、エピソードの細部や時系列にはいろいろと変更が加えられていた部分がありましたが、全体の展開や雰囲気は本作に沿ったものとなっており、こうして原作小説を読んでも、その相違に違和感を感じることはありませんでした。

本作では、あと2年くらいしたらササポンの家を出て行かなければならないが、もう少しこの生活を続けたい、と思っているところで終わっていますが、実写映画版では、主人公がササポンの家から引っ越すことになり、ササポンの家を出たところで終わっていました。映画の公開時で本作の執筆・出版から4年近くが経過しており、本作で記されたとおりになっていれば、既にササポンは軽井沢に完全移住し、主人公はササポンの家を出ているはずですので、本作の刊行後の進展を多少踏まえた形になっていたのかもしれません。