鷺の停車場

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小澤征爾の訃報に接し

2月9日(金)、指揮者の小澤征爾(1935年~)が2月6日(火)に88歳で亡くなったことが報じられました。

ここでその経歴を紹介するまでもなく、日本人のクラシック音楽家で世界的に最も知られた偉大な指揮者でした。

率直にいうと、私自身は、特にファンということではなかったのですが、改めて手元にあるCDを見てみると、それでも、それなりの数、小澤が振ったCDがありました。いわゆるドイツものなどは、私の好みとちょっと違うことが多く、スタンダードな名曲のCDは少ないのですが、改めて一通り聴き直してみました。

ここでは、このブログでこれまで紹介していなかったCDを、おおむね録音の古い順に紹介したいと思います。

武満徹
1.ノヴェンバー・ステップス
2.アステリズム~ピアノと管弦楽のための
3.グリーン
4.弦楽のためのレクィエム
5.地平線のドーリア

小澤征爾指揮トロント交響楽団鶴田錦史[琵琶:1]、横山勝也[尺八:1]高橋悠治[Pf:2]
<録音:1967年12月8日[1]、1969年1月16日[2,5]、1969年1月17日[3,4] トロント、マッシー・ホール>

小澤が32~33歳のとき、1964年から1969年まで音楽監督を務めたトロント交響楽団と録音した武満徹の1960年代後半の作品を集めたアルバム(ただし、「弦楽のためのレクイエム」は1957年の作品)

「ノヴェンバー・ステップス」は、小澤自身がニューヨーク・フィルを振った世界初演から1ヶ月後、「アステリズム」はこのコンビによる世界初演の2日後の録音。「ノヴェンバー・ステップス」と「弦楽のためのレクイエム」は約20年後の1989年、1991年にそれぞれサイトウ・キネン・オーケストラと再録音していますが、その他の3曲は小澤唯一の録音のようです。やや録音の古さを感じますし、アンサンブルの精度といった点では、より優れた演奏もあるかもしれませんが、初演直後の緊張や昂ぶりが感じられる貴重な録音だと思います。

なお、ディスコグラフィを見ると、本盤のほかにも、私自身は未聴のものがほとんどですが、30代前半、すなわち1960年代後半から、RCA、EMIといった一流レーベルで、シカゴ交響楽団ロンドン交響楽団ボストン交響楽団などと少なくない録音を行っています。それほど若い時代から世界の一流オーケストラを振っていたとは、改めて驚きます。

チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 op.67「悲愴」

小澤征爾指揮パリ管弦楽団
<録音:1974年2月25~27日 パリ、サル・ワグラム>

小澤が38歳のときの録音。本盤はフィリップスですが、EMIでも、ほぼ同時期の1970年代前半にチャイコフスキー交響曲第4番、ストラヴィンスキー火の鳥」などをパリ管弦楽団と録音しています。

個人的に、初めて買った悲愴のCDで、そのころは数多く聴いていた演奏。かなり久しぶりに聴いて、懐かしく感じました。ロシア的な雰囲気によりかからない純音楽的なアプローチの清新な演奏で、パリ管の明るい音色・響きもプラスに働いています。

ベートーヴェン交響曲第3番変ホ長調 op.55「英雄」

小澤征爾指揮サンフランシスコ交響楽団
<録音:1975年5月18~25日 サンフランシスコ>

小澤が39歳のとき、1970年から1976年まで音楽監督を務めたサンフランシスコ交響楽団との録音。

小澤のベートーヴェン交響曲は、後に1993年から2002年にかけて録音したサイトウ・キネン・オーケストラとの全集があり、2014年から2017年にかけて水戸室内管弦楽団と第3番・第6番以外の7曲(健康状態の悪化で未完になってしまったのだろうと思います)を録音していますが、それ以前の録音は、本盤のほか、1968年にシカゴ交響楽団、1981年にボストン交響楽団と録音した第5番、1974年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団と録音した第9番の計3曲・4枚だけです。

爽快なテンポの演奏なのかと思いきや、テンポは意外と落ち着いていて、後年のサイトウ・キネン・オーケストラとの録音(1997年)の方が全体の演奏時間は4分以上短くなっています。これは、その後、総じてテンポが速めの古楽器オーケストラの演奏もメジャーになって、テンポが速めの演奏が広まってきた影響だろうと思います。そういう意味で、今になって聴き直すと、あまり清新な印象を受けませんが、古楽器オーケストラが出てくる前の時代の代表的な演奏(ドイツ系の大指揮者でいえば、フルトヴェングラーワルタークレンペラーベームカラヤンetc)を思い浮かべると、その当時は若々しいフレッシュな演奏に聴こえたのだろうと思います。

1.ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番ト長調 Op.126
2.チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ
3.グラズノフ:吟遊詩人の歌 Op.71

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ[Vc]小澤征爾指揮ボストン交響楽団[1,3]ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[2]
<録音:1975年8月 ボストン[1,3]、1978年6月 ベルリン[2]

1.ドミトリ・ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番嬰ハ短調 op.129
2.ロベルト・シューマンショスタコーヴィチ編):ヴァイオリン協奏曲イ短調

ギドン・クレーメル[Vn]小澤征爾指揮ボストン交響楽団
<録音:1992年4月 ボストン(ライヴ)>

1975年と1992年、小澤が39歳、56歳と、録音した時期は大きく違いますが、いずれも、1973年から2002年まで、30年近くという長期間にわたり音楽監督を務めたボストン交響楽団とのショスタコーヴィチの協奏曲などの録音。

小澤にはショスタコーヴィチの録音はほとんどなく、この2枚のほかは、1987年にロンドン交響楽団を振って同じロストロポーヴィチと録音したチェロ協奏曲第1番、2006年にサイトウ・キネン・オーケストラと録音した交響曲第5番だけのようです。そういうことからすると、得意なレパートリーではなかったのかもしれませんが、本盤は、楽譜に従って誠実に演奏している印象です。何よりソリストの2人、特にロストロポーヴィチが素晴らしく、これらの曲の録音の中でも、かなり優れた演奏なのではないかと思います。

アイヴズ:
1.ニュー・イングランドの3つの場所
2.交響曲第4番
3.宵闇のセントラル・パーク

マイケル・ティルソン・トーマス[1]小澤征爾[2,3]指揮ボストン交響楽団、ジェローム・ローゼン[Pf:2]、タングルウッド音楽祭合唱団[2]
<録音:1970年1月[1]、1976年2月9,16日[2,3] ボストン、シンフォニー・ホール>

アイヴス:交響曲第4番、他

アイヴス:交響曲第4番、他

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小澤が40歳のときに録音した、アメリカの現代音楽の先駆者ともいわれるチャールズ・アイヴス(1874~1954)の作品集。こうしたアメリカの作曲家の作品も録音しているのは、アメリカのビッグ5アメリカでトップレベルとされる5つのオーケストラ。残り4つは、ニューヨーク・フィルハーモニックシカゴ交響楽団フィラデルフィア管弦楽団クリーヴランド管弦楽団の1つであるボストン交響楽団音楽監督を長年務めたことによるのでしょう。

いずれも20世紀初頭、よく知られた他の作曲家の作品でいうと、マーラー交響曲第9番ストラヴィンスキーバレエ音楽火の鳥(いずれも1910年)とほぼ同時期の作品にもかかわらず、不協和音、複数のリズム・旋律が同時進行的に重なる複層的な構成など、より前衛的に聞こえる音楽で、スコアもかなり複雑なのだろうと推測しますが、見事に整理された素晴らしい演奏です。特に、「宵闇のセントラルパーク」(1906)は、夜の静けさを表現した静かな弦楽器の演奏の中に、突然ジャズ風の酒場の騒がしい音楽が闖入して、また夜の静けさが戻る、という描写が新鮮で、最初に聴いた時にははかなり衝撃を受けた曲。改めて聴いても素晴らしい一曲です。

プロコフィエフ
1.交響曲第1番ニ長調 op.25「古典」
2.交響曲第5番変ロ長調 op.100

小澤征爾指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
<録音:1989年4月 ベルリン、フィルハーモニー[1]、1990年1・11月 ベルリン、イエス・キリスト教会[2]

プロコフィエフ
1.交響曲第2番ニ短調 op.40
2.交響曲第7番嬰ハ短調 op.131

小澤征爾指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
<録音:1989年4月 ベルリン、フィルハーモニー[2]、1990年1月 ベルリン、イエス・キリスト教会[1]

小澤が53~55歳のときの録音で、1989年から1992年にかけてベルリン・フィルと録音したプロコフィエフ交響曲全集(現役版は今や入手困難なようですが)からの2枚。

プロコフィエフ:交響曲第1~7番

プロコフィエフ:交響曲第1~7番

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とても意外なことですが、小澤が録音した交響曲全集は、このプロコフィエフが初めて。ほぼ同時期に、1989~1991年にサイトウ・キネン・オーケストラと録音したブラームス交響曲全集、直後には、1980~1993年にかけて手兵のボストン交響楽団と録音したマーラー交響曲全集があり、その後、先に触れたようにサイトウ・キネン・オーケストラベートーヴェン交響曲全集を録音していますが、その指揮者としての名声を考えると、かなり少ないように感じます。当時、小澤がメインで録音していたフィリップスやドイチェ・グラモフォンといったメジャーレーベルでは、他の一流指揮者を起用しての交響曲全集が少なからず録音されていましたから、レコード会社の営業戦略的な判断から、小澤にはあまりその機会が巡ってこなかったということなのでしょう。ほぼ初めての交響曲全集がプロコフィエフになったというのも、小澤自身の意向よりも、レコード会社のドイチェ・グラモフォン側の意向が大きく働いたのだろうと推測します。

それはさておき、改めて聴くと、ロシア的な色彩・勢いや、熱い情熱を期待すると今一つに感じるかもしれませんが、余計な感情を廃して、楽譜を実直に音にしている演奏と感じます。繊細さとしなやかさを感じさせる一方で、ベルリン・フィルの高い能力も十全に発揮され、音の厚み、迫力も十分に感じられる高いレベルの演奏だと思います。ベルリン・フィルのような世界一流のオーケストラによるプロコフィエフ交響曲全集という点でも、貴重な録音といえるでしょう。

チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 op.67「悲愴」

小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ
<1995年9月 松本、長野県松本文化会館

小澤が59歳のとき、先に紹介したパリ管との録音から約20年後にサイトウ・キネン・オーケストラと録音した3回目の録音。

パリ管との録音と比べると、全体の演奏時間はほとんど変わりませんが、全体的に、わずかながら、テンポの速い部分はより速く、遅い部分はより遅くなり、サイトウ・キネン・オーケストラの高い能力もあいまって、細かいテンポの揺れ動きなど、演奏の自由度が増して、より柔軟になっている印象です。

ベートーヴェン
1.交響曲第5番ハ短調 op.67「運命」
2.葬送行進曲 WoO 96 No.4
3.交響曲第2番ニ長調 op.36

小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ
<録音:2000年9月8~10日 松本、長野県松本文化会館

小澤が64歳のときの録音で、1993年から2002年にかけて、サイトウ・キネン・フェスティヴァル松本の際に録音されたベートーヴェン交響曲全集の第5弾として、2000年に録音された1枚。

「運命」は1968年にシカゴ交響楽団を振った録音がありますが、その他の2曲は唯一の録音のようです。ケレン味のない純音楽的なアプローチの演奏。テンポの速い演奏ですが、透明感のある響きで、アンサンブルの乱れもなく、サイトウ・キネン・オーケストラの高い能力が十全に生かされた秀演だと思います。

 

謹んでご冥福をお祈りいたします。