鷺の停車場

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ドビュッシー「海」/ベルリオーズ「幻想交響曲」

だいぶ前に買った、1967年11月14日に行われたパリ管弦楽団の発足記念コンサートのライヴ録音のCDを、久しぶりに聞き直してみました。

シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団
(録音:1967年11月14日 パリ、シャンゼリゼ劇場(ライヴ))

当時文化相だったアンドレ・マルローの構想により、パリ音楽院管弦楽団を発展的に解消し、国立のオーケストラとして再編成されたパリ管弦楽団が、音楽監督に就任したシャルル・ミュンシュの指揮で行った最初のコンサートのライヴ録音。

当日のコンサートでは、この2曲のほかに、ストラヴィンスキーの「レクイエム・カンティクルス」も演奏されていて、現在は、これも収録したCDも販売されています。

シャルル・ミュンシュ幻想交響曲といえば、古くから名盤と名高い、同時期に同じコンビでスタジオ録音された演奏があり、私も以前に借りて聴いたことがあります。

「海」の方は、ミュンシュが1949~1962年に音楽監督を務めていたボストン交響楽団との録音はありましたが、このコンビでの録音はなかったはず。

どちらも、ライヴならではの高揚感が強く感じられる演奏。鳴り物入りで創設されたオケのデビューコンサートとあって、ある種の気合いも感じられます。ミュンシュらしく、テンポは振れ幅が大きく変化しますが、オーケストラも、響きは粗削りながらもアンサンブルを大きく乱すことなくついていっているのは見事。記憶では、前述の幻想交響曲のスタジオ録音は、ここまで激しく動くことはなく、もう少し落ち着いた演奏だったはず。家などで鑑賞するには、演奏がより整っているスタジオ録音の方が万人向きだと思いますが、この迫力と盛り上がりも捨てがたいと思います。

なお、パリ管弦楽団は、1970年代になって、バスーンがフレンチ式のバソンから世界的に主流なジャーマン式のファゴットに変わってしまいましたが、創設当初のこの録音では、フレンチ式のバソンの音を聴くことができます。

 

久しぶりに、手元にある「海」と幻想交響曲の録音を聴き比べてみました。

まず、「海」を録音の新しい順に。

ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団クリーヴランド管弦楽団合唱団(夜想曲)、フランクリン・コーエン(クラリネット:狂詩曲)
(録音:1991年3月(狂詩曲)・1993年3月 クリーヴランド、メイソニック・オーディトリアム)

1990年代前半にブーレーズクリーヴランド管弦楽団を指揮して録音した1枚。ドビュッシー管弦楽曲では、このほかに、「牧神の午後への前奏曲」、「映像」、「春」などを収録したCDもリリースされていました。何より、美しいアンサンブル、透明感のあるオーケストラの響きが印象的ですが、決して機械的ではなく、情感も感じられる熟練した演奏です。

現在販売されているCDは、これらの2枚から有名な曲をセレクトして1枚に収録したものになっています。

 

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団、ティモシー・ハッチンズ(フルート:前奏曲)、モントリオール交響女声合唱団(夜想曲
(録音:1988年5月(映像)、1988年10月(夜想曲)、1994年5月(春)、1989年5・10月(その他) モントリオール、聖ユスターシュ教会)

1980年代にフランスものの録音で一世を風靡したデュトワモントリオール交響楽団のコンビによるドビュッシー管弦楽曲集のうちの一曲。録音のうまさもあって、雰囲気がよく、アンサンブルもよくまとまった演奏です。第3楽章の後半、盛り上がったところ(237小節目・練習番号59の4小節目から8小節間)で、後のバージョンでは削除されたトランペットとホルンによるパッセージが入ったバージョンで演奏されているのは、ちょっと珍しいと思います。

手元にあるのは、このコンビによるドビュッシーの録音をまとめた2枚組の輸入盤ですが、現在国内盤で販売されているのは、そのうち有名な曲を選りすぐって1枚に収めたバージョンになっています。

 

ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団、フランス国立放送合唱団(夜想曲)、アラン・マリオン(フルート:前奏曲
(録音:1973年6・9月(夜想曲・海)、1973年1・6・9月(前奏曲)、1973年9月・1974年1・4月(小組曲) パリ、サル・ワグラム)

昔から、ドビュッシー管弦楽曲集の名盤として名高い録音。改めて聴いても、やはり名盤です。細部のアンサンブルには細かい乱れも散見されるので、演奏の精度を重視する人だと不満を感じるかもしれませんが、全体の音楽の流れ、各楽器、オーケストラの音の雰囲気が素晴らしい演奏です。

上記のCDは、有名な曲をセレクトして1枚にまとめたものですが、もとはCDでは4枚に分かれていたドビュッシー管弦楽曲をほとんど網羅した録音で、それをまとめたCDも出ています。

 

エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団アムステルダム音楽院女声合唱団(夜想曲
(録音:1954年5月24・25日(映像)、1957年5月27・28日(夜想曲・海) アムステルダム・コンセルトヘボウ)

第二次世界大戦後、急逝するまでの14年間、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を務めたベイヌムによる録音。ドイツものの録音が有名ですが、ドビュッシーは珍しいジャンルの録音だと思います。ベイヌムらしい端正な演奏で、奇を衒わず実直な表現は好感が持てます。ステレオ最初期の録音で、音の古さは否めないところで、アンサンブルも近年の録音のような精緻さはそれほどないですが、予想以上にいい演奏でした。

こちらは既に廃盤になっていて、中古でしか手に入らないようです。

ドビュッシー:夜想曲

ドビュッシー:夜想曲

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ちなみに、これらの演奏時間を比較してみると

ミュンシュの第3楽章の演奏時間が飛び抜けて長いのは、ライヴで演奏後の拍手が入っているためで、実際にはそれほどの違いはありませんが、第1楽章の演奏時間の長さは際立っています。

次に、幻想交響曲の方を、同様に録音が新しい順に。

ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団クリーヴランド管弦楽団合唱団(op.18)
(録音:1996年3月 クリーヴランド、メイソニック・オーディトリアム)

上記のドビュッシーの録音の後、同じくクリーヴランド管弦楽団と録音した1枚。ブーレーズとしては1967年のロンドン交響楽団との録音に続く2回目の録音です。若い頃のブーレーズの録音に時折感じられる刺激的な要素は少なく、熟成された演奏という印象。ドビュッシーの録音と同様、アンサンブルの精度も申し分なく、透明感のあるオーケストラの響きが印象的です。迫力を求める人には物足りないかもしれませんが、私自身は好きな演奏です。

チョン・ミュンフン指揮パリ・バスティーユ管弦楽団(パリ国立歌劇場管弦楽団
(録音:1993年10月 パリ、バスティーユ歌劇場)

1989年から1994年まで、パリ国立歌劇場(パリ・オペラ座バスティーユ歌劇場とも言われています)の音楽監督を務めたチョン・ミュンフンが、専属契約を結んでいたドイチェ・グラモフォンに録音したうちの1枚。以前に紹介したCDにも他の1枚がありました。

reiherbahnhof.hatenablog.com

他の演奏と比べると、全体的にテンポの幅が大きい印象。オッと思う効果的な解釈もあり、悪くはないですが、アンサンブルの乱れがみられる場所もあり、今回紹介した他の演奏と比べると、魅力に乏しいのが正直なところ。

サー・ゲオルグショルティ指揮シカゴ交響楽団
(録音:1992年6月8日 ザルツブルク、祝祭大劇場(ライヴ))

前年にシカゴ交響楽団音楽監督勇退し、桂冠指揮者となったショルティが、ザルツブルク音楽祭で指揮したコンサートのライヴ録音で、幻想交響曲は1972年のスタジオ録音以来の2回目となる録音。ショルティベルリオーズは結びつきにくいイメージですが、オーケストラの高い能力も発揮され、風格を感じます。飛び抜けて素晴らしいという印象は受けませんが、バランスがとれた好演だと思います。

ベルリオーズ:幻想交響曲

ベルリオーズ:幻想交響曲

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ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク
(録音:1991年9月16~18日 パリ、旧音楽院)

初演された1830年当時の楽器(復元)で演奏した録音で、現在は廃れてしまった、キーを使った低音の金管楽器であるオフィクレイド(通常はチューバで置き換えて演奏されています)も使われており、会場もこの作品が初演された旧パリ音楽院のホールということで、史料的な価値のある演奏。現在一般的なモダン楽器による演奏とは異なる魅力もありますが、私にはモーツァルトベートーヴェン交響曲ほどの斬新な印象はなく、楽器の能力的な限界も感じてしまうのが正直なところ。この曲がある意味時代の先を行っていたということかもしれません。初演時のバージョンということなのでしょう、こちらも第2楽章にはコルネットが入っています。

サー・コリン・デイヴィス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(録音:1990年11月12~14日 ウィーン、ムジークフェラインスザール)

ウィーン・フィル幻想交響曲の録音なんて珍しい、と思って買ったCD。デイヴィスとしては、1963年のロンドン響、1974年のアムステルダム・コンセルトヘボウ管との録音に続く3度目の録音。美しい響きが魅力的で、アンサンブルもよくまとまっており、味わい深い演奏ですが、ここに挙げた他の演奏と比べると、インパクトはないかもしれません。こちらも、第2楽章にはコルネット入りの版が使われています。

ベルリオーズ:幻想交響曲、他

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団
(録音:1989年10月 クリーヴランド、メイソニック・オーディトリアム)

何より、精度の高いアンサンブルの見事さが際立つ演奏。実際は違うのだろうと思いますが、楽譜を素直に音にしたような印象を受けます。クリアな立ち上がりのティンパニなど録音のうまさも光ります。音楽の運びはケレン味のないスマートな感じで、好みに合わない人もいると思いますが、優れた演奏だと思います。こちらも、第2楽章はコルネット入りの版が使われています。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(録音:1974年10月・1975年2月 ベルリン、フィルハーモニー

この曲を3度録音しているカラヤンの最後となった録音。機能的で洗練された音、カラヤン独特の美しさを追求したような流麗な表現は好き嫌いが分かれるところかもしれません(実は私もあまり好きな方ではありません…)が、オーケストラの高い技量が光る演奏です。第2楽章のワルツのうまさはさすがです。

ベルリオーズ:幻想交響曲

ベルリオーズ:幻想交響曲

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イゴール・マルケヴィッチ指揮ラムルー管弦楽団
(録音:1961年1月 パリ、サル・ド・ラ・ミュチュアリテ)

ステレオ初期の録音。ダイナミクスの幅の狭さには時代を感じますが、リマスターもあって音は鮮烈な印象です。オーケストラの能力の限界も考慮してか、第5楽章の主部などはけっこう遅めのテンポですが、オーケストラの特性を把握した上で、細部まできめ細かく目が配られた演奏で、意外といいです。なお、第4楽章と第5楽章のそれぞれ最後の部分は、ちょっとした独自のアレンジが施されています。

 

改めて引っ張り出してみると、幻想交響曲のCDは9枚もありました。私の手元にあるCDで、これだけ数がある曲は他にはないかもしれません。

これらの演奏の楽章ごとの演奏時間を比べてみると、次のようになります。(第1楽章と第4楽章の○×は、提示部のリピートの有無です。)

  • ミュンシュ   Ⅰ13'13"×/Ⅱ6'17"/Ⅲ12'49"/Ⅳ4'10"×/Ⅴ8'51"
  • ブーレーズ   Ⅰ13'59"○/Ⅱ6'09"/Ⅲ15'24"/Ⅳ7'04"○/Ⅴ9'51"
  • ミュンフン   Ⅰ14'49"○/Ⅱ6'10"/Ⅲ15'24"/Ⅳ4'31"×/Ⅴ9'39"
  • ショルティ   Ⅰ15'32"○/Ⅱ6'19"/Ⅲ16'11"/Ⅳ4'50"×/Ⅴ10'26"
  • ガーディナー  Ⅰ13'47"○/Ⅱ6'03"/Ⅲ16'35"/Ⅳ6'38"○/Ⅴ9'51"
  • デイヴィス   Ⅰ15'14"○/Ⅱ6'29"/Ⅲ17'08"/Ⅳ6'46"○/Ⅴ10'28"
  • ドホナーニ   Ⅰ14'33"○/Ⅱ6'24"/Ⅲ16'46"/Ⅳ6'44"○/Ⅴ9'52"
  • カラヤン    Ⅰ14'22"×/Ⅱ6'14"/Ⅲ16'40"/Ⅳ4'33"×/Ⅴ10'47"
  • マルケヴィッチ Ⅰ14'15"×/Ⅱ6'08"/Ⅲ15'58"/Ⅳ4'48"×/Ⅴ11'03"

こちらは、ミュンシュの第3楽章と第5楽章の演奏時間の短さ(テンポの速さ)、マルケヴィッチの第5楽章の演奏時間の長さが際立っています。